頼れる美少女
しばらくして、母が僕の部屋に様子を見に来たことから、その日の写真鑑賞会は終了となった。そもそも櫻井さんは、母の命により夕飯なのに姿を見せない僕を呼ぶために部屋に来たそうだ。そして、そこでパソコン画面に映っていた写真に魅入られて、夕飯のこともすっかり忘れて僕との写真鑑賞会に熱が入ってしまったと。
夕飯時、僕、母、櫻井さんの三人でご飯を食べる中、我に返った櫻井さんはずっと恥ずかしそうにもじもじとご飯を食べていた。ちなみに母は、何故か僕と櫻井さんを交互に見ながらニヤニヤしていた。
そんなわけで翌日の朝。
「じゃあ、行ってきます」
一足先に、櫻井さんは朝食を食べて家を出た。
昨日、強引に今週末の予定を取り付けられてしまったが、それ以外は基本、櫻井さんは僕の意思を理解し、尊重してくれる気らしかった。
「何よ、仲良く一緒に学校に行けばいいのに」
一足先に出掛けた櫻井さんを見て、母が僕に文句を言った。
「……櫻井さんに迷惑がかかる」
「何よ、転校初日にあんた、早速何かやらかしたの?」
「まさか」
「じゃあ問題ないじゃない」
言い包められて、僕はそれからは黙って朝食を食べることにした。
櫻井さんに遅れること数十分、僕は家を出た。学校に着いた頃には、櫻井さんは既にクラスメイトに囲まれ、姿が見えない状態になっていた。
「芽衣ちゃん。ここはこう解けば良いんだよ」
群衆の中から、櫻井さんの落ち着いた声が聞こえてきた。
「宇美ちゃんごめん。今週末はちょっとお出掛けの予定があって」
やはり、櫻井さんは冷静で優しい今の調子がしっくりくる。……昨晩のあれは、何かの夢だとか幻だとか、そういう可能性はないだろうか?
そんなことをぼんやりと考えて、一日授業に集中した。GW後にはすぐに中間テストがやってくる。転校前の学校よりも授業進度が早いことを鑑みると、他所事を考えている暇は微塵もなかった。
そうして、忙しない授業を一つ一つ消化していく。二日目にして、休み時間にクラスメイトから声をかけられることは一切なくなった。
ただそんなことはどうでも良くなりつつあって、着実に授業を受けていき、放課後はやって来た。
「宝田」
さっさと帰って、今日の授業の予習復習でもしようと考えていた中、遠藤先生に呼びつけられた。呼ばれた理由は、転校してきたことに際して、体育着やシューズなどの受け渡しのためだった。と言っても、これからサイズ確認などをするとのことで、それなりに時間を要する行事らしい。
遠藤先生に続き職員室に行き、応接間に入り、僕は指示事項をこなしていく。
「お疲れ。じゃあ、体育着とかは今日持ち帰っていいから」
「はい。ありがとうございます」
応接間を出て、大きめのため息を吐いた。持ち帰る荷物が増えてしまった。
とりあえず一度、教室に鞄を取りに戻ろう。恐らくもう、クラスメイトは部活動に向かったか、帰宅したか、という時間だろう。
「あ、宝田君」
そう思って教室に帰ると、櫻井さんと出くわした。
昨晩以来の会話。僕は少し、戸惑っていた。
「体育着、もらってきたんだ」
「うん」
「二年から転校するのも大変なんだね。疲れたでしょ?」
「……まあ、少しだけどね」
そう言いながら、櫻井さんはどうして教室に残っているのか気になった。見たところ、部活動というわけではなさそうだ。
「クラス日誌を書いてるの」
僕の視線に気付いたのか、櫻井さんはいつも通りの微笑みで僕に言った。そう言えば昨日も、日誌を書いていると言っていた気がする。
「日誌、当番制じゃないんだ」
「クラスによるかな。多分、そういうクラスがほとんどだよ」
「……そうなの?」
僕は首を傾げた。
「じゃあ、ウチのクラスはどうして違うの?」
「あたし、クラス委員長だから。一番クラスのこと見えているし、頼られたらなんだか断れなくてさ」
アハハ、と櫻井さんは頭を掻いた。
確かに、勉学優秀、コミュニケーション能力も秀でている彼女は櫻井さんは頼りになるだろう。でも、たかが日誌を書くことくらい、専任せずともいいのでは、と思ってしまう。
「それ終わったら、帰るの?」
「ううん」
帰れないのか。
「黒板消しの掃除が甘いのとか、ちょっと気になってて。それをやってから帰るつもり」
言われてみると、黒板消しで消した後にも関わらず、黒板には白い模様が数か所残っていた。
一番クラスのことが見えている、という周囲の櫻井さん評は、どうやら確からしい。
「僕、黒板消しの掃除するよ」
言ってから、自分にしてはあっさりと面倒事を引き受けたな、と思った。多分、昨日の一件で櫻井さんの人間味を知り、少し打ち解けた気になっているのだろう。
「えぇ、いいよ」
しかし、櫻井さんは僕の要望に応じなかった。
「……どうして?」
「だって、あたしクラス委員長だもの」
僕は言葉に困った。それは僕の要望に応じない理由になっているのだろうか。
「まあ、やるよ」
櫻井さんの制止も聞かず、僕は黒板消しをクリーナーにかけた。そもそもまず、クリーナー内にチョークの粉が溜まりすぎているのが黒板消しが綺麗でないことの原因らしかった。粉をゴミ箱に捨てて、僕は入念に黒板消しを掃除し、黒板も掃除していった。
「ごめんね、宝田君」
申し訳なさそうに、櫻井さんはやって来た。手には日誌。どうやらそちらも完了したらしい。
「……別に」
言葉に詰まった。本当に、謝られることは一切していないと思っていたから。
「情けない委員長でごめんね?」
「いや、だから別に……」
「宝田君には、迷惑をかけっぱなしだ」
「……迷惑?」
「だって、ご飯の件もそうだし、今回の件も。忙しい中、手伝ってもらっちゃった」
「別に。黒板はクラスの共有物なわけだし」
「でも、このクラスの委員長はあたしだもん。あたしがしっかり管理するべきだったよ」
「……まあ」
それはまあ、そう……なのだろうか。
「もっとしっかりしないと。クラス委員長として」
櫻井さんは、身を引き締めたようによしっと呟いた。
「じゃあ宝田君。帰ろ……あー、あたし、先に帰るよ」
「あ、うん」
「じゃあね」
「……うん」
一人教室に取り残された僕は、しばらく時間を潰そうと鞄から本を取り出して、読み始めた。
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