完璧美少女?
興奮気味な櫻井さんに気圧されながら、僕はパソコンを操作し、これまでに撮った写真を写していく。これらの写真は、転勤族である父の影響で引っ越しする度、友達がいない僕が一人でお出掛けし撮った写真の数々。
それらの写真一枚一枚に、櫻井さんは興味津々なご様子で唸ったり、頷いたり、褒めてくれたり。
これまでの人生で、ここまで話し手側に回るのは初めての体験だった。背中に変な汗を掻きながら、僕は当時の思い出を振り返りながら櫻井さんに写真のことを説明していた。
僕の撮る写真は、風景写真が主である。
お寺や橋など人工物から、桜、海、川などの自然の構図まで、風景写真であれば雑食的に写真を撮って来た。
「これはどこの写真?」
眩いくらいに目を輝かす櫻井さんが尋ねてきた。
写真には、夕日をバックにした海に電柱が生える不思議な光景が映し出されていた。奥には小さく工場地帯が見えた。
「これは、江川海岸。千葉の木更津の傍だよ」
「なんだか不思議。どうして海に電柱が?」
「この辺はアサリ漁が盛んだったんだけど、密漁が横行したから、監視所を設けたんだって。それの送電のために建てられたそうだよ」
それを教えてくれたのは、駅から遠目の現地に徒歩で行った際、駐車場を運営するおじさんが丁寧に教えてくれた。子供一人で歩いてくる人は珍しいから、と。
「結構有名な撮影スポットなんだ、そこ。海中に電柱が建てられた光景も異質だけど、奥に見える工場地帯があるのも、工場マニアを寄せ付ける要因になっていたんだって。だから、僕が写真を撮りに行った日も数十人くらい、人が集まっていた。少し待って良いスポットに立って写真を撮ったこと、今でも覚えてる」
「……そう言えば、なんだかここ、何かの曲のPVで見たことがある気がする」
「そうなの? ……でも、最近この電柱は撤去されちゃった」
「えぇ、じゃあ、もうこの光景は見られないんだ」
コクリ、と僕は頷いた。
残念そうに、櫻井さんが頬を膨らましていた。
「でも、本当に綺麗な写真。凄いよ、宝田君」
「……全然だよ。その海岸で一番の写真は、風が弱い日なんだ。風が弱い日の潮が引いている時の、夕暮れ時。その時が、工場地帯がライトアップされることも加味して、一番綺麗な写真になるんだ。海の水面に電柱が映し出されて、それが一層幻想的な雰囲気を駆り立てていたんだ」
その日を狙ってもう一度写真を撮りに行く。本当であれば、そのつもりだったのだが……生憎、中々その機会に恵まれず、結局再度撮影に行く前に父の転勤が決まり、更には電柱も撤去されてしまった。
つまり、もう二度と僕はその幻想的な写真を撮るチャンスを失ってしまったわけなのだ。
もう少し粘れば良かった、と思い後悔し始めたのは、江川海岸の電柱が撤去されたと知った後だった。
「それに、写真も加工を使って補正をかけているんだ。本当であれば、それはご法度だよ」
「宝田君、写真の加工も出来るのっ!?」
僕としては、なるべく写真は生の状態で素晴らしいものを撮りたいという考えがあった。その方が、当時を思い出す意味でもより良い潤滑剤になると思ったから。
だから、それを駄目だと言ったのに、櫻井さんは更に目を輝かせて、僕にグイッと顔を寄せた。
……近い。
「で、出来るけど……」
でも、簡単なことだけだ。そう付けくわえるつもりだったが、
「すごい。すごいすごーい!」
興奮気味な櫻井さんには届きそうもなかったので止めた。そもそも櫻井さんは、簡単なそれが出来るだけで満足らしかった。嬉しそうに、楽しそうに、その場で小躍りを始めた。
「ねえねえ、もっと見せてっ」
……今更ながら、櫻井さんの豹変ぶりに僕は戸惑いを隠せなかった。
学校でも、ご飯の時でも、僅か数日の付き合いだが、櫻井さんがここまで子供のように喜んだ姿を見たことがなかった。
それに、彼女はもっと真面目でお淑やかな人だと思っていた。学校でクラスメイトから頼られる姿を見ても。僕に過干渉する姿を見ても。
「……櫻井さん、写真好きなの?」
「好きっ」
即答だった。
「旅行好きなお母さんに感化されちゃってさ。自分が知らないところに行って、色々なことを見て知って、少しの非日常を味わって、そういう時間が大好きなの! そして、その時間を他人と共有出来て一生の思い出に出来る写真も大好きっ! 綺麗な写真を見るのも大大大好きっ!」
「……そうなんだ」
「うん。あっ、これ、あたしのスマホの待ち受けっ」
嬉々とした櫻井さんが、ショートパンツのポケットからスマホを取り出して、僕に見せた。
一瞬、プライベートな情報過多である他人のスマホを見て良いものかと逡巡したが、本人から差し出されたのだから問題ないだろうと考えて見せてもらうことにした。
櫻井さんのスマホの待ち受けは、一面の海の写真となっていた。
「これ、自分で撮ったんだ」
嬉しそうに、櫻井さんはぴょんぴょんと跳ねながら言った。
「へえ、どこかの遊覧船?」
「ううん。伊豆諸島に旅行に行った時、さるびあ丸って大型客船から撮った写真」
「伊豆諸島に行ったの? いいなあ」
「宝田君は行ったことないの?」
「うん。種子島には転勤で行ったんだけど……そもそも、旅行する機会が滅多にないんだ。ほとんど、引っ越しばっかりで」
「そうなの? そうなんだー」
そう言って、櫻井さんは何かを思いついたように手を叩いた。
「そうだ。じゃあ、今週末一緒にどこか行かない?」
「え?」
あまりに唐突な申し出に、僕は素っ頓狂な声を出した。
「……嫌?」
さっきの寂しそうな表情と違い、不貞腐れたような顔で櫻井さんに言われた。
正直、驚いた。さっきの時よろしく、露骨な態度を見せてしまったために、きっと櫻井さんは引くと思ったから。
なのに、まさか不貞腐れるだなんて。
……こ、断りづらい。
「……えぇと、嫌ってわけでは」
しどろもどろに、僕は言った。
僕の言葉に、櫻井さんはパーッと子供のように顔を微笑ませた。
「やったっ。じゃあ、決まりっ!」
そして、僕の手を再び取ってぶんぶんと振り回した。
「エヘヘ。やったー。やったー!」
嬉しそうな櫻井さんを戸惑いがちに遠目で見ていた。
「約束だよ? 今週末。今週末だからねっ」
るんるん気分の櫻井さんの水を差すのは躊躇われた。致し方なく、僕はその申し出に応じることにしたのだった。