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18/22

現金な美少女

 先日までは一緒に帰ることもなかった学校の帰り道。文芸部の体験入部を終えた夕方、悟と茜は互いの家へ向けて歩いていた。


「うぅん……」


 腕を組みながら微妙な顔で歩くのは、茜だった。そんな顔つきになったのは、悟が文芸部への訪問はあくまで体験入部であることを伝えた頃からだった。


「櫻井さん、本当ごめんね」


 そんな、ずっと不調そうな茜に、悟は何度目かもわからない謝罪の言葉を口にした。今日は、朝から心変わりをしたり、茜を泣かしたり、色々ある一日だったと謝罪しながら感慨深くなっていた。


「……ごめんね。宝田君、今日は色々迷惑をかけて」


「え?」


「今日……突然泣いたり、とにかく喜怒哀楽が激しかったり……迷惑だったよね」


 茜の唐突な謝罪に、悟は口をつぐんでしまった。ただ、まもなく茜の言葉をかみ砕き、悟は思ったことがあった。


「別に」


 それは、心変わりする前と同じ、口数の少ない回答。否定の言葉なのに、どうしてかそんな気がしない言葉だった。

 これでは伝わない。悟はすぐに話を続けることにした。


「……別に、大丈夫だよ。むしろ、感謝しているんだ」


「感謝?」


「うん。……転校して欲しくないって、言ってくれて」


 思えばこれまでは、転校をする際、涙ながらに惜別の言葉をもらうことはあっても、転校なんてしないで、と言われた体験が、悟は一度もなかった。子供ながらに、皆がそれは出来ないということがわかっていたから、口にされないところもあったのだろう。

 でも、難しいとわかっても尚、茜は転校して欲しくないと言ってくれたのだ。


 それが、悟は嬉しかった。あの時、茜が荒唐無稽なことを言った時、無理だと否定しながら、胸の奥の奥がポカポカと温かくなっていったのだ。

 だから、悟はお礼を言った。


「……って、なんだかこっぱずかしいね。……櫻井さん?」


 いつにもまして穏やかな顔での悟のお礼に、茜は気付けば、見惚れていた。悟に呼び止められ、茜は咄嗟に顔を背けていた。熱く真っ赤な顔を、悟に見られたくなかった。


「お、お礼を言われるようなこと、あたしは言ってないよ」


 捲し立てるように、早口で茜は続けた。


「あたし、甘えてばかりで……迷惑だったら、迷惑だって言って欲しいくらい」


「迷惑だなんて……」


 悟は、苦笑して続けた。


「全然、そんなことないよ」


 優しい悟の言葉に、茜はニヤケそうになる口元を堪えるのに必死だった。

 卑しい女だ、と茜は自己評価を下した。今茜は、悟ならそう言ってくれるとわかって、そう聞いた。

 そして、悟は思った通り、今一番欲しい言葉をかけてくれた。


 悟への気持ちが深まると同時に、茜は思っていた。

 本当に、このままだと悟なしでは、生きていけないかもしれない、と。


 ……だからこそ、茜は悟に、文芸部に入って欲しかった。一緒に、今よりもっと長い時間を、一緒に。

 そう願っていた。


 でも、悟の友達づくりにより適した環境があるなら、その方がいいのも同意だった。


 はっきりしない気持ちに、少しだけ茜は辟易としていた。

 このままではいつか……悟に愛想を尽かされてしまうかもしれない。


 いいや、いつかと言わず、もう今からでも……。


「今日は、写真鑑賞会は出来ないね……」


 そんな時に、遠くを見ていた悟が呟いた。


「……え?」


 自分の声が震えていることが、茜はわかった。ショッキングな一言だった。悟が引っ越ししてきてから、悟の家に茜が入り浸るようになってから、あの日、悟の撮った写真に魅入ってから。

 それは、日課だったから。

 かけがえのない、悟との二人きりの時間だったから。


「どうして?」


 愛想を尽かされたからなのか。

 昨日も、今日も。好意を自覚してから、茜はずっと空回りしっぱなしだったから。そんな自分に、早速愛想を尽かしたのではないのか。

 そう思うと、不思議と手が震えた。


 茜の問いに、悟は少し困惑気味に瞳を揺らした。


「どうしてって……」


 悟は、続けた。


「今日からしばらくは、櫻井さんのオススメ本の紹介をしてくれるって話でしょ?」


 キョトン、と茜は目を丸くした。


「あれ、違った?」


「……宝田君、文芸部に入らないんでしょ?」


 であれば、オススメ本を聞く理由が、どこにある。そう思っていたから茜は、その話は立ち消えになったと思っていたのだ。


「まだ入らないと決まったわけでは……。だって、気になるじゃないか」


 悟は、穏やかに微笑んだ。


「櫻井さんが、どんな本に興味を持つのか。オススメしてくれるのか」


 ドキリ、と茜の胸が高鳴った。 


「櫻井さんのこと、もっと知りたいんだ」


 穏やかで優しい微笑みに。言葉に。茜の心臓が、音を立てて高鳴った。


「……それは」


 好きだから?


「僕達、友達なんだからさ」


 ……一瞬驚きに目を丸くして、茜はすぐに、微笑んだ。


「そうだね。あたし達、友達だもんね」


「うんっ」


 微笑んで頷いて、悟は帰路の方向へ向き直った。

 そんな悟の、女子よりも少し大きな背中に向けて、


「……友達以上に、なりたいな」


 悟に聞こえないくらいの小さな声で、茜はそう呟いた。

二人は出会ってまだ数週間です

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