喧しい美少女
「あ、部長お疲れ様です!」
部室に入ってきた女子に快活に挨拶したのは茜だった。
部長と呼ばれた女子は、数日ぶりに会う茜に頬を緩ませた。
「茜ちゃん、お疲れ様。今日は来れたんだ」
「はい。先週は忙しくて部室に来れなくて、ごめんなさい」
先週の茜は、クラスの仕事の方に追われ部活に集中する時間を作れなかった。
「ううん、全然大丈夫。むしろ、大変なのにこっちまで出て大丈夫?」
悟は、二人の女子のやり取りを傍らから見守っていた。
艶やかな黒髪に眼鏡を携えた少女、茜は曰く部長は、どこかの誰かのようにお淑やかで優等生タイプに悟には写った。
「はい。大丈夫です。今日こそ部活に行くんだって、ずっと楽しみにしてたくらいなんです」
この前の日曜には仕事で溜まった疲労も遠因となり発熱したというのに、よく言うな、と悟は少し呆れていた。ただ、相手の気持ちを慮れる発言がスラスラ出るのも凄いな、とも思うのだった。自分なら多分、うんとかすんとか、とにかくろくな会話にはならなかったろうと自虐的に苦笑した。
「そっかそっか。嬉しいなぁ、そこまで言ってもらえるなんて……」
心から嬉しそうに、部長は言った。
「それで、そちらの方は?」
次いで、悟は部長の興味関心が自分に向き、ビクッと体を揺らした。
「えへへ。部長、今日は新入部員を連れてきました!」
「え?」
体験入部に来ただけなのだが、の意を込めて悟は首を傾げた。
「えー、そうなんですか!?」
大層嬉しそうな部長。
「はいっ、そうなんですっ!」
悟に四の五の言わせる気がない……もしくは本当に体験入部だと思っていない。もしくはそれを忘れている茜は、部長にそう返事をした。
体験入部なんだけど、と言い出しづらい雰囲気に、悟は一先ずこの場は苦笑して波風立てないことに徹するのだった。
「お名前を教えてもらえますか?」
悟は部長に問われた。
「宝田悟君。あたしのクラスメイトなんです!」
悟は答えようとしたのだが、横から茜が言ってくれた。
「あたし達、友達なんですっ!」
そして、舞い上がる茜はそう付け足した。
「へー、そうなんですね。じゃあ二年生なんですね」
「はい。最近……というか、先週転校してきたばかりなの」
またまた、茜が事情を説明してくれた。
悟は出鼻を挫かれた気分になったが、まもなく変にごもったりせず、何より口下手なところを見られずに済んで良かったかも、と考えて成り行きを見守ることにした。
「へぇ、どこから転勤してきたんですか?」
「茨城みたい。でも親が転勤族で、色々なところを転々としてて」
写真鑑賞の際などに、その辺の情報は全て茜に教えていた。
「転勤族。それは大変でしたね。あたしも前、父の仕事で転校したことがありましたけど、引っ越しだったり友達づくりだったり、出来れば二度と体験したくない」
アハハ、とかろうじて悟は苦笑した。
「宝田君も、凄い大変そうで……でも、とても優しくて」
「ふふ、そうなんだ」
それで、と部長は付け足した。
「二人は、付き合ってるの?」
しばらくの静寂。
悟は、喋るも準備も出来てないし部長の言っていることがわからないしで、ピタリと閉ざした口の筋肉が固まっていた。
対して茜は……部長の言葉がわかってないようだった。だが、少しずつその言葉を飲み込んで、何を言われたか理解して。
「つつつつつつつちゅきあってるわけないじゃないですかー!?」
廊下にまで響いてるだろう喧しい大声で、顔を真っ赤にしそう叫ぶのだった。
「あれ、そうですか? そっかー」
「そそそうですよ。あたしと宝田君が……そんなの」
言いながら、悟との関係を成就させた時のことを妄想した茜は、ニヘラと顔をだらしなくさせた。
「先輩、僕達別に付き合ってませんよ?」
至って冷静に、内心は荒ぶりながら、悟は言った。
「そう? いやー、付き合ってると思ったのになあ」
残念そうに、部長は頭を掻いた。
「どうしてです?」
尋ねる悟。
「いやだって、二人凄い仲良いみたいだし」
「そうですか?」
「宝田君っ!?」
部長が部室に来てから、悟と茜が会話した時間は極わずか。なのに仲良さそうとどうして思ったのか、という意味で聞き返したのだが、茜にはその意図が通じなかったらしい。涙目で、茜は悟の顔を見ていた。
「いや違くて! 僕達、部長が来てからはそこまで会話してないじゃん。なのに、どうしてそれだけ見て仲良いと思えたのかなって気になっただけで」
弁明を始めた悟に対して、
「いや、だって……」
部長は、理由を教えてくれるらしかった。
「茜ちゃん、宝田君の家庭事情だったり、転校一週間の割には色々知られてたので……。失礼かもしれませんが、宝田君、内向的な性格をされてると思ったし。それなのに尚そこまで知れて仲良くなれるだなんて、深い関係になれる何かしら……例えば交際だとか。元々知り合いだったとか、近所に住んでるかくらいしか思い当たらなくて」
悟はしばし部長の話を飲み込む努力をし、腕を組んだ。
「ふむ。確かに」
ぐうの音も出ない素晴らしい考察だった。
近所住まいではなく隣人という点と、茜が悟の家に入り浸っている点を言い当てられれば満点だった。
「そうですか。恋人ではなかったんですね。ごめんなさい」
部長は深々と頭を下げた。
「いやそんな……頭を下げるほどでは」
焦って言った悟だったが、カースト的に考えると、非礼の詫びを不要か否か判断するのは、茜に任せるべきだった、と思い当たった。
だから、チラリと悟は茜の方へ目配せした。何か嫌そうな態度とか示してたら嫌だなあ、と。
「うげっ」
思わず声に出た。
茜は、目尻に涙を蓄えて鋭い目付きをしていた。しかし睨みつける先にいたのは、部長ではなく悟だった。
「あたし達、友達だよね……?」
プルプル震えているのは怒りを堪えているのか。
目尻に涙を蓄えているのは悲しいことでもあったのか。
しばらく考えて、悟は気付いた。
どうやら茜は、先程の悟の弁明では、納得出来なかったようだ。
それからしばらく、部長のこともそっちのけで、悟は焦り顔で茜を慰め、弁明し、謝罪を繰り返した。
傍から見たら今の二人は、泣き虫な彼女を必死にあやす彼氏に……つまり、恋人同士にしか見えなかった。
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