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浮かれる美少女

「ふんふんふ~ん」


 学校の廊下にて、機嫌の良さそうな鼻歌を歌う少女が一人。わかりやすくスキップしながら、並走する男子が遅れていないか時折振り返って、茜は微笑んでいた。


「櫻井さん、さすがにそろそろ少し落ち着いたら?」


 困惑気味に、悟は茜を諭した。

 登校中の通学路の話だった。悟が茜に友達になってと依頼をし、茜がそれを当然とばかりに速攻快諾したのは。

 それから、茜は通学中ずっとこの調子だった。駅のホームでも、電車の中でも、学校の廊下でも。いつか公衆の面前で小躍りでもするんじゃないかと思うくらい、とても嬉しそうにしているのだった。


 そんな調子の茜を隣に、悟はいつもよりも疲弊した朝を送っていた。悟からして、友達になってとお願いするだけでまさかここまで喜ばれるとは思っておらず、困惑するのは致し方ない話であった。


「おはよう、茜ちゃん」


 教室に差し掛かろうか、と言うタイミングで、茜を呼ぶ人が一人。


「あっ、おはよう、宇美ちゃん」


 その人は、茜と悟のクラスメイト、新井宇美だった。その隣には、古川芽衣の姿もあった。二人共に、茜の一番の友人とも言える存在であった。


「茜、今日は朝から機嫌がいいね」


「そう見える? そう見える?」


 きゃっきゃっしながら、茜が言った。ニヘラと笑った顔は、完璧少女らしい姿は欠片も見えなかった……。


「……あ、おはよう。えぇと……」


 芽衣が、茜の隣にいる悟の姿に気付き挨拶を試みたが、名前が出てこない様子であった。


「あ、宝田悟です」


「宝田君か。おはよう。よろしくね」


 微笑んだ芽衣に、悟はドギマギしてしまった。コミュニケーションの機会不足な様子がうかがえた。


「おはよっ、宝田君」


 次いで、宇美も悟に挨拶をした。ども、と悟は会釈し答えた。


「それで、茜は宝田君とどんな関係なの?」


 宇美は、早速最近転校したてであまり馴染みのない悟と、茜の関係を尋ねた。


「えぇと……」


 悟は口ごもった。理由は素直になれなかったからではなく、なんて言っていいかわからなかったから。


「なんとっ、あたし達友達なのですっ!」


 そんな悟の苦悩を知ることもなく、上機嫌で茜が答えた。


「へえ、最近転校してきたばかりの子なのに、もう友達になったんだ」


「うんっ。羨ましいでしょー?」


 苦笑する女子二人。本気でそう思っている茜。そして、既に居た堪れない気持ちの悟。


「茜、本当に宝田君と友達なの? なんだか少し困っているように見えるけど?」


 あくまで悟の身を案じて心配げに言ったのは、芽衣だった。

 悟としては、少しではなく結構困っていた。ただそれは友達でもない茜に絡まれているからではなく、さっきから茜が上機嫌過ぎて悟の手に負えないからであった。


「えぇー? ちゃんと友達だよ? ね、宝田君」


「え、あ、うん」


「……まあ。宝田君。この子、今はちょっとおかしいけど、基本的には頼りになるから仲良くしてあげてね」


「あ、はい」


 悟としても、茜が頼りになることは重々承知していたし頷いておくことにした。

 一方茜は、ぞんざいな言われ方をされ、芽衣に文句を一つ二つ。

 しかしまもなく、


「まあいっか!」


 悟との関係に進展があった今、それ以外のことは別にどうでもいいや、という素晴らしい考えにより芽衣への文句も引っ込んだ。

 それからは悟にとって平和となる授業の時間を送り、早いもので放課後となった。


「よし、行くか」


 悟は、クラスメイトが雑談に興じる中、ショートホームルーム後、すぐに教室を後にしようとした。帰るわけではない。

 友達を作ることに勇気を出していくことにした悟は、まずどの部活動に入るのか。それを決めるため、目星をつけた部活動に一日体験入部を申し込もうと思っていたのだ。


 今日悟が見に行こうとしていた部活は、書道部だった。

 書道部を選んだ理由は、将来的に……例えば就活などの時に、字が上手い人の方が有利になるという話を聞いたことがあったからだった。


「あ、宝田君!」


 意を決して部室に向かおうと立ち上がった時、悟は教室から自らの名前が呼ばれたことに気が付いた。

 廊下。

 背後を振り返ると、芽衣達と会話を楽しんでいた茜が悟目掛けて駆け寄っていることに気付いた。


「……慌てて、どうしたの?」


 悟は尋ねた。


「もう、今日帰るの?」


 悟は察した。朝の話から考えると、まだ茜は、自分が部活動に対して後ろ向きな気持ちを持っていると思ったのではないかと。


「ううん。今日は目星の部活に体験入部を申し込もうかなって」


 安心させるためにも、悟は言った。

 途端、茜の顔がパーッと晴れ渡った。


「そっか! 部活動、やる気になったんだねっ!!」


「……まあ、僕は手先も不器用だし、話も面白くないし、場の空気を悪くするかもしれないけどね」


 悟は自らのコンプレックスを挙げて、苦笑した。


「ううん。そんなことない」


 そんな悟に、茜は慈悲深い顔で続けた。


「だって、宝田君は真面目だもの。少し時間は必要かもしれない。でも、皆すぐ宝田君の良さ、わかるよ」


「そうかな……?」


「そうだよ。大丈夫!」


 励ます茜に、悟は胸中の大部分を占めていた恐怖が薄れていくのがわかった。


「うん。頑張ってみるよ」


「そうだねっ!」


 先ほどよりも凛々しい顔つきになった悟に、茜は嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、ちょっと待っててね」


 悟は茜のこの発言で、彼女が自分の見送りに来てくれたわけではないことを今更察した。


「行くんだよね、文芸部」


「え?」


「え?」


 二人で首を傾げ合った。

 悟はただ書道部に見学に行こうと思っただけなのに、どこから文芸部が出てきたのか。


 ふと、悟は今朝の、悟の母と茜の会話を思い出した。そう言えば、文芸部は茜が所属する部活だった。


「……僕、今日は書道部に行こうと思っていたんだけど」


「えぇ……?」


「はうっ……」


 目尻に涙を溜めた茜を前に、悟は顔を青ざめさせた。思い出していたのは、いつかのゴキブリ退治の時、謂れのない文句で頭をひっぱたかれた体験。

 今廊下には、悟と茜のみ。

 そして、教室にはこれから出てくるたくさんのクラスメイト。

 このままだと、茜を泣かした最低野郎だなんて噂が教室で広がってしまう……! と、悟は慌てた。


「い、行くよ行くっ! そうそう、今日は文芸部に行こうと思っていたんだよね」


「そ、そうなの?」


 一回二回三回と、悟は首を縦に強く何度も振った。

 目尻の涙を拭って、


「なぁんだ、そうだよね。良かったー」


 茜は、微笑んだ。

 悟は額に滴っていた汗を拭いながら、


「良かったー……」


 と小さく呟いた。なんとか最悪の状況は回避出来たらしい。

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