空回りする美少女
写真鑑賞会を初めてしばらく、ある程度東西南北折々、悟の様々な写真を見ながら、茜はしばらく絶景に唸ったり無邪気に興奮したり、悟に見惚れたり。
様々な感情から多様な行動をしていたら、あっという間に時間は過ぎていった。
「もうこんな時間だ」
パソコン右下の時計を見ながら、悟は言った。時刻は十一時を回ろうとしていた。
今更悟は、リビングの方で話し声が二つあることに気が付いた。どうやら残業していたであろう父がいつの間にか帰宅していたらしかった。
「本当だ。今日も遅い時間までごめん」
茜としたらまだまだ悟と一緒にいたいと思っていたが、あんまり長居するのも迷惑なことは目に見えていた。……考えてから、既に長居しすぎでは、と茜は頭を抱えた。
「え、櫻井さんどうしたの……?」
「本当、遅い時間までごめん……」
「ん? うん」
釈然としない顔で、悟は頷いた。
気を取り直した茜は、一つ大きめのため息を吐いて立ち上がった。先日の悟の母との会話を思い出していた。悟は今、友達を作ることを忌避している、という話だ。いくら甘えていいと言っても、物には限度がある。友達づくりを忌避している悟に、一層深く絡むことは彼から嫌厭される理由になりかねないと思ったのだ。
「本当、ごめん。勉強する時間を奪っちゃって」
家に帰れば勉強するもの。ポンコツながら勤勉である茜は、悟の勉強する時間を奪って申し訳ないと思っていた。
「……まあ、勉強はそんな毎晩はしていないし、大丈夫だよ」
茜を慰める気はないものの、慰めのような言葉を悟は言った。
ただこの言葉が悟のことをもっと知りたいと思っている茜の琴線に触れるのだった。
「へぇ、宝田君って、学校から帰った後はどんな風に過ごしているの?」
「……引っ越してきてからは、夕飯食べて写真鑑賞会かな」
「あっ、そっか。じゃあじゃあ、引っ越しの前は?」
「……本を読んだり、ゲームをしたりかな」
「そうなの? あたしの家、本いっぱいあるよ! お父さんが洋本好きなんだ!」
……なので、今度是非ウチに遊びに来て。
と茜は言いかけて、そう言えば悟は既に二度も自分の家に足を踏み入れていたことを思い出した。ついでに、同学年の男子が我が家に足を踏み入れたことなど一人とて、一度もなかったことを思い出すのだった。
「はわわっ」
茜は顔を真っ赤に染めた。
その様子を見ていた悟は、怪訝な目で茜を見るのだった。
「大丈夫?」
尋ねる悟。
「うん……」
答える茜。
しばらくの静寂。
「……それで、今度どうかな、ウチに来てみない?」
「……気が向いたらね」
悟からしたら、行けたら行くの意。つまり行かないという意味で言ったのだが、茜はそうは捉えなかった。
悟が家に来てくれる。それだけでニヤけそうになる顔を堪えるのに必死だった。
嬉しさ滲む茜は、先程まで自分が悟の家に長居して申し訳なくなっていたことなど、すっかり忘れていた。茜が一度立ち上がったにも関わらず再び椅子に座り直すと、悟は茜の様子にぎょっとしたのだった。
「ねぇねぇ、宝田君はそれで、どの部活に入るの!?」
茜は唐突に思い出したことを口にした。
今日の放課後、廊下にて悟と鉢合わせした際、彼が手にしていたのは入部届。直前、職員室で担任である遠藤に渡されたそれを、悟は困り果てた顔で凝視していたのだ。
きっと、どの部活も魅力的に見えて困り果てているに違いない、と茜は思っていた。
そう思ってこの話をして、茜は気付いた。
つまり……どの部活に入ればいいか困り悩み果てている悟がどの部活に入ればいいか導いてあげれば、一目置いてもらえるのでは、と。
「宝田君宝田君っ!」
「……何?」
「宝田君が入りたい部活は、運動部? 文化部?」
目を煌めかせる茜は言った。
そんな茜の様子に気圧されながら、悟はしばらく逡巡するように黙りこくり、応じることにした。
「……文化部」
「じゃあ、吹奏楽部とかは? ウチの吹奏楽部、全国大会に出れるくらい上手いんだよ。特にここ数年は顧問の指導にも熱が入ってて凄いの。しかもっ、運動部並の練習してるから。部員の女の子、皆スタイル良くて可愛くて……はっ!」
しまった。他の女子に目移りさせるようなことを言ってしまったと慌てた。
恐る恐る悟を見ると……吹奏楽部に、あまり興味を示している様子はなかった。
「……吹奏楽部は、いいかな」
茜は、ホッと胸を撫で下ろした。
しかし、吹奏楽部が駄目となると他には……茜は思いついた。
「じゃあ、化学部は? 元々進学校で頭の良い人が揃ってるし、実験系は最近動画配信とかも始めて注目も集まってるの。しかもっ、皆眼鏡が似合っててインテリ美人で……はっ!」
また他の女子に目移りさせるようなことを言ってしまったと茜は慌てた。
恐る恐る悟を見ると……幸い化学部にも、あまり興味を示している様子はなかった。
「……櫻井さん?」
「は、ひゃいっ!」
「……人が少なくて、活動が楽な部活はない?」
悟の問いの真意を、茜は図り損ねていた。
「……皆、各々が一生懸命部活動に励んでる。楽な部活なんてないんじゃないかな?」
全ての部の活動を見たわけではないが、学校の生徒を買っている茜がそう答えるのは必然だった。
「宝田君、違ったら言ってほしいんだけど。もしかして……部活動に参加したくないの?」
悟から返事はなかった。陰鬱そうに俯いていた。
その態度に茜は再び思い出した。悟が、友達づくりを嫌厭しているということを。
「……そっか」
茜は気付いた。つまり悟は、友達を作りたくないから人が少なく、やる気のない部活を探しているというわけだ。名前だけ置いて、幽霊部員にでもなるつもりなのだろう。
悟の意図を察した茜は、怒ることはなかった。ただ、悲しかった。部活動にさえ参加したくないと思うほど、長らくの転校続きの生活で受けた悟の傷は、深かったということなのだろう。
今は、そっとしておいて上げるのがいいのかもしれない。
だから、悟の両親も悟に干渉しないのかもしれない。
「……宝田君、きっと楽しいからさ。部活動にポジティブになってみない?」
でも茜は、それは嫌だった。
部活動の話になった途端、悟は俯いている時間が露骨に増えた。それほど、部活動が嫌なことはよくわかった。
でも茜は、好きな人の暗い顔など、見たくなかった。
「あたしもサポートする。だから、頑張ってみない?」
献身的な言葉を言う茜。
そんな茜に、悟は返事をしなかった。