しばらくぶりな美少女
放課後の職員室は、普通であれば生徒が最も関わりたくない場所。生徒が職員室に呼ばれること自体、教員からの叱咤であることが多く、かつ休み時間と異なり放課後は制限時間がないため、叱咤の時間が長くなる。だから、生徒はなるべくその時間帯のその場所と関わり合いにならないよう取り計らいながら学校生活を送るのだが、ここに二週続けて呼び出しを食らう男が一人。
件の男、宝田悟は辟易としながら担任教師である遠藤の話を聞いていた。辟易としていると言ったが、その理由はただただ彼の性格が災いしているだけで、別に遠藤に叱られているわけではなかった。
遠藤が今日、悟を呼び出した理由は、転校したばかりの彼のこれからの学校生活について話すため。
「部活動への参加、ですか」
具体的には、彼が二年の春から転校してきたこの学校のルールとなる、部活動への参加の件だった。
「ああ、ウチは文武両道を掲げているから、基本的に部活動への参加は強制だ」
「そうですか……」
わかりやすく、悟の声色のトーンが落ちていた。
これまで数十にも及ぶ転校を繰り返してきた悟からして、この部活動強制のルールがある学校は半々くらいの割合。今回はハズレを引いたか、と残念に考えていた。
人によれば、途中からの部活動参加を新たな交友関係の発掘とポジティブに捉えられることもあるだろうが、生憎悟は交友関係において比類のネガティブさを持つ男だった。
何かに付けて断る術はないのだろうか。そんなことを考え始めていた。
思い当たるのは、遠藤の言った『基本的には』という言葉だった。
「先生、基本的にはって……例外は例えばどんなことが?」
「なんだ宝田、部活に入りたくないのか?」
悟は口をつぐんだ。沈黙は肯定。
遠藤はため息を吐いた。
「……まあ、あんまり例外には期待するな。家庭環境などでの金銭的不安だとか、素行的に他所に見せるに値しないとか、本当に例外中の例外だから」
聞きながら、確かにそれは期待薄そうだと悟は思った。
「宝田。高校二年、十六歳は一生に一度だぞ。後悔したってやり直せないんだ。もう少し積極的になれないか?」
遠藤の口ぶりは、叱咤というより諭しだった。
「卒業アルバムには部活別で写真撮影をする。そこにお前の姿だけ無いというのも、後々寂しいもんだぞ。途中参加とはいえ……いいや、途中参加だからこそ、部活動に勤しむべきだと俺は思うぞ」
悟は文句の言葉は発しなかった。
ただ、それは無事、この高校で卒業出来てこそ言えることだと思った。
結局、悟は遠藤の押しに負けて、入部届を一枚受け取らされてしまった。
来週、新入生に向けて部活動紹介の機会があり、そこに参加するかと問われたが、クラスに新参者として交じることより居心地悪そうな状況になるのが目に見えていたため、丁重に断った。
適当な文化系の部活の名前を書いて提出してしまうか。そして、提出したら最後、一度も部室に足を踏み入れることもない幽霊部員となってしまえば、新たな交友関係も築かずに済むかもしれない。
問題は、行事ごとが少ない部活をどうやって見定めるか。簡単なのは、体験入部などで事前に肌でその部活の様子を感じることだが、それさえも悟は拒みたかった。
「……うぅん」
悟は頭を掻いて困惑した。普通の人であればなんてこともない状況だが、悟からしたら思い悩むべき深刻な問題だった。
そして、思い悩むあまり悟は気付かなかった。
「それ、入部届?」
「うわっ!」
教室で待つのも飽きて廊下に繰り出した茜と、鉢合わせをしていたことに。
「……何よ、その反応」
しばらくぶりに会ったというのに、しばらく待ちぼうけを食らったと言うのに、ぞんざいな反応を見せた悟に、茜は頬を膨らませた。
驚いて跳ねる心臓を抑えながら、悟は眼前の少女を見やり、気付いた。
「櫻井さん、どうして鞄が二つ?」
茜は、何故か両脇に鞄を抱えていた。
「片方は、宝田君の」
「えぇ……?」
「今日、この後予定ないよね」
決めつけ。
しかし残念ながら、悟にはこの後確かに、特に予定はなかった。何なら早く帰りたいと思っていたし、利害の一致と言いたげに鞄を受け取った。
「ありがとう」
「……帰ろ」
まだ茜は怒りの感情がこもった声をしていた。
しかし、悟がそのことに気付くことは、当然なかった……!
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