61 囁き
【囁き】をお送りします。
宜しくお願い致します。
大きな……大きな……
桜の木……花びらが舞い散る……
桜の木の下で、夜空を見上げる少年が居る……
ドリスは、その少年と出逢う為に生まれて来たのだと思った。
その少年の側に座り、その横顔を眺める。
それだけで幸せだった。
あぁ、そうか、これは生まれ変わった世界での記憶。
少年の笑顔がドリスに向けられた瞬間、
ドリスの頬を涙が滑り落ちた。
「……バ………ス……様……」
「……ル……ン……様!! 」
「ルバンス様! 」
その声で覚醒した意識の微睡みの中で、ルバンスを覗き込む面々をそれとなく眺める。
「ジーク……皆んな……」
「良かった! 眼を開けられた! 」
ルバンスは皆の顔を眺めて、その中に一人居ない事に気がついた。
「……ドリスは? 」
「……」
沈黙が周囲に広がる。それだけでルバンスは悟ってしまう。自分の感受性を呪いたくなる瞬間だった。涙はなぜか出て来なかった。ドリスと、ナディアの遺体を眺めてもそれは変わらない。自分は壊れているのかも知れないとさえ思う。祖国を出てからの思いが壊れ、母への思いが壊れ、そしてドリスを好きになった事への思いも壊れてしまった。そのルバンスとは対照的に皆は泣きじゃくった。その姿を眺め、自分と何が違うのかを分析する自分が嫌になる。
「……俺は……」
言葉を飲み込んで、拳を思いっきり地面に打ちつけた。そんな痛みすら気にならない自分をもっと嫌になった。仄暗い何かの塊が心の中心に誕生した瞬間だった。
「……こんな世界に……何の意味がある……」
やはり、涙は出なかった。
◆◇◆
「ついに、第一幕が降りる。さぁ! 次の第二幕への役者も揃いはじめた。絶望への第二幕の始まりだ! 」
「これで、終わりか? なんだか呆気ないな? 」
いつままにか、銀髪の男の隣に白装束の男が空に浮かんでいる。
「母親だけの予定が、餌がもう一人増えた。より完璧に呪いがかかったのですよ。素晴らしい! 」
「成る程な。お前の呪いは、我が知る陰陽や神道の呪いとはまた違うものだな」
白装束の男は、顎に右手を当てて髭を気にしている。
「このアリストラス世界で、呪いの効果を馴染ませるには、この世界の呪詛も織り交ぜた方が効果的です」
「確かに一理ある……だが? 」
「ええ、本番はこれからです。真なる呪い【災厄の渦】を発動させるのは」
髪を風に靡かせて、銀髪の男はこれ以上ない笑顔で、眼下のルバンスを眺めている。
◆◇◆
あれから三年の月日がたった。ルバンスは帝立魔導学園を卒業し、祖国アリストラス皇國に帰還する事となった。宮廷魔導士筆頭のスターズが、全てを取り仕切り、事がなったのだが、ルバンスは祖国に戻ってからは自室に篭り魔導の研究に没頭している。
「…….お兄様……また食べていない。お兄様聞いておられますか? 夕飯だけでも出てきてお顔を私に見せて下さい……」
返答はない。エレクトラは、朝食のトレイを片付けに戻った。ルバンス、いやクラインは自室でこの世界の魔導の根幹を調べていた。その先に何か方法が見つかるかも知れない。
「……この世界の魔導だけで人を蘇らせる事は出来ませんよ」
「……誰だ?! 」
いつのまにか部屋の隅の影の中に一人の男が佇んでいる。
「あまり驚かれていませんね? 」
「どうでもいい……暗殺しにでも来たのか? 」
クラインは直ぐに興味を目の前の研究資料に戻す。ただこの男が只者では無い事は見ただけで、その醸し出す魔力だけでわかる。
「私はただの陰陽師です殿下」
「……陰陽師? 召喚者か? 」
やっと少し興味をもったのか、改めて男を眺める。銀髪の男がそこに立っている。
「殿下のご研究では限界があります。その術式で肉体は再生されても、魂魄の定着に時間がかかり過ぎて、魂の再生に手が届きませんね」
「わかるのか? いや、成る程。貴公の言う通りだ。だがアリストラスの魔導理論での構築には限界が……いや、ならば異世界の魔導、魔術ならば可能か? 」
クラインはこの怪しげな男の存在には興味がない為、男が何者で、何をしに来たのかにすら、考える事を放棄している。
「可能かも知れません。ですが魂を再生するには、膨大なエネルギー、神霊力を必要とする。殿下ならばお解りでは? 」
「あぁ、そうだ。その通りだ。今のままではその膨大な神霊力を得る手段がない」
この半年、諦めにも似た研究の反復ばかりしている。どう考えても袋小路に入ってしまう。
「方法はありますよ」
悪魔の囁きがクラインの脳に響き渡った。
【囁き】をお送りしました。
(映画【運び屋】を観ながら)




