56 限界突破
【限界突破】をお送りします。
宜しくお願い致します。
周囲の大気にピリピリとした殺気が広がり、そして収縮する。
ルバンスとカーリー、この二つの存在に殺気が集まってゆく。
カーリーの右手に短剣が、左手に長剣が、何処からともなく出現する。
極限まで圧縮された殺気が爆発した!
ルバンスの姿が一瞬消えるが、カーリーの右側面から白刃を横殴りに放つ。それを難なく短剣でカーリーが捌き、右回りに体を回転させながら、左手の長剣でルバンスの首を薙にかかる。それをしゃがんで回避し、そのままの姿勢を保ちながら、右足で低空の回し蹴りを放った。今度はそれをカーリーが飛び上がって回避し、上段から長剣を振り下ろした!
その攻撃を【村雨】で受け止めた瞬間、巨大な神霊力同士がスパークし、炸裂した。
暗黒神カーリー。古代インドの最高神三柱の内、破壊と再生を司るシヴァ神の妻である。太古の昔、神々の戦争で、カーリーはアスラ神族と敵対し、ソーマ(不老不死の神薬)を飲んでいなかったアスラを殺戮し、あまりの残虐さに、夫であるシヴァに無限牢獄に入れられる。シヴァから許されたアスラ神族は、後に仏教では阿修羅として崇められた。逆にカーリーは悪神として貶められ、カーリーを崇める集団は邪教として駆逐されてゆく。
「素晴らしい! あの暗黒神カーリーと互角にやり合えるとは! まだ完全体とは言えないまでも、神の一柱と互角とはな! 」
蘭丸は遥か上空で歓喜に震えた。自らの手で母を殺させ、クラインに絶望を与え、魂を汚し、人形と化す事こそ、この呪いの成就といえた。そして最高のパーツとして再生されるのだ。
「本来ならば【白銀の巫女】を殺させたいところですが、それはまたの機会にしましょう。仕損じては、意味がないですからね」
「あのカーリーとか言う奴、凄まじい。あんなのが世の中に存在するのか? 」
ライラックは歯噛みした。ルバンスと出会ってから、自分の中の常識が覆る事ばかりだった。そして今もまた、ルバンスの隣に立つ事すら叶わない。その思いはジークも同じだろう。
「腐るなよ。我らには、我らにしか出来ぬ事を成せばよい。皆で結界を張ってルバンス殿を援護する」
ナルザラスが皆に結界魔法の詳細と方法を伝えて行く。
「まずカーリーとルバンスの戦闘の邪魔にならない大きさの結界を我ら九人で張る。その上で、その結界半径を狭めてカーリーの動きに制約を課すのじゃ。我ら九人の神霊力を儂が魔力に変換し、結界に注ぎ込む」
そう言って、地面に皆の位置関係を書き込んでゆく。各々の神霊力を循環させる事で、最小限の消費で、最大の出力を発生させる結界を構築してゆく。
「……こいつ……こんな奴を王弟なんかが、呼び出せる訳が無い。可能性があるとすれば、宮廷魔導士筆頭のスターズか、もしくはアリストラス皇國と敵対するグランドロア聖教連合法國か……」
ルバンスは誰が敵で、味方なのか判断がつか無い状態だった。だが今は目の前に集中しなければならない。まだ元服もしていない身体で、リミッターを外し、どこまで耐えらるか……
「……リミット・ブレイク・アクセラレーション! 」
その呟きと共に、一気にルバンスの動きが加速する。
「ほぅ? さらに加速するか?! 益々気に入ったぞ! どうだ、妾の男妾にならぬかえ? 」
カーリーは余裕で話しかける。だがルバンスはそれを無視して、低空から【村雨】でカーリーの足を薙ぎ払う!
斬ったと思ったが、既にカーリーはルバンスの射程外に逃れていた。そこにカーリーからの爆炎攻撃が襲いかかるが、それをクリスの魔法防御壁が何とか防ぎきる。
「絶対魔法防御壁に亀裂が?! なんなのよこいつ! 」
クリスが力負けしている。瞬間的にはクリスの神霊力をカーリーが上回った。
「どうやら、この世界にいる女神の転生体みたいじゃが、その幼い身体ではまだ力を出し切れぬ様じゃな」
獲物を前にカーリーは更に舌なめずりする。
【限界突破】をお送りしました。
(映画【犬死にせしもの】を観ながら)