55 殺戮の庇護者
【殺戮の庇護者】をお送りします。
宜しくお願い致します。
夜の闇が深くなってくる。
星も見えない空の空気に、血臭が混じる。
燃える家屋の炎を背に、照らされたナディアの姿には、狂気の気配が滲んでいた。
「貴様……母様を乗っ取ったな?! 」
ルバンスは左手の指を使って、相手から見えない位置で印を作る。
「降臨したと、言って欲しいものだな、人間よ。我はシヴァの妃にして、殺戮の庇護者カーリー。三千年振りに受肉したが、まさか異界とはな……この世界の人間は、中々魔力が高いようじゃな」
そう言いながら、自らカーリーと名乗る女は、右手をルバンスに向ける。一瞬にして巨大な神霊力が炸裂した。指向性を持ったエネルギーの奔流がルバンスに直撃し、さらに周囲の大地を吹き飛ばした!
イオン化した空気を宿す白煙の向こうで、発光した不可視のシールドにルバンスは守られていた。クリスとドリスの二人が障壁を張って防御したのだ。
「ほう?! 人間風情が?! いや、ご同業が居る様じゃな……アスラ族を殺し尽くして、ちょうど退屈していたところじゃ」
カーリーは邪悪な笑みを浮かべる。
「いかん! 皆、退避するんじゃ! 我々は邪魔になる。ジーク、お前も引け! 」
ナルザラスは、前に出ようとするジークの服を引っ張って止める。
「なんなのこいつ?! この神気は? 悪霊でもない? やっぱ【幻惑の羽衣】を持ってくるんだったわ」
クリスは掌に汗をかいていた。この異常な存在を前にして、女神の転生体である自分が?
「ルバンス、お母様が傷つくよ。攻撃できない」
ドリスは覚悟を決めるしか無いかと思い始めた。
「わかっている。だけどどうすればいいんだ? こいつの神気はそれこそクリスに匹敵する。神レベルだ。こんな奴をどうやって異界から呼んだんだ? 誰が?? 」
ルバンスは、ジークやライラック達が退避したのを確認して、【妖刀村雨】をゆっくり抜き放つ。
「ドリス、君の家系は封印師の家系だね。俺とクリスが、奴の動きを抑えるから、君が封印して欲しい。やれるか? 」
ゴドラタン帝国十家は、その昔、ゴドラタン帝国勃興時に建国に協力した十人の部下達に、それぞれナポレオン・ボナパルトが召喚者としての能力を分割し分け与えた。その一家が、ドリスのラゲージ男爵家である。ラゲージ家は、怪異など帝国に仇名す存在を、封印する能力を継承する家系である。
「ええ、私もそれを考えていた。お母様から奴を引き剥がすわ」
ドリスは懐から呪符を取り出す。
「なら、話しは簡単ね! 私が奴の攻撃を防ぐから、ルバンスが拘束、ドリスが封印。いくわよ! 」
クリスはいそいそと、上着を脱ぎ出した。
「なななんで脱ぐのよ!? 」
「やっぱ、服が邪魔なのよ! せっかくルバンスに良いところを見せるのに、下着でないと動きが鈍くなる」
「鈍いのは、あんたの頭でしょう! 」
「二人とも、来るぞ!! 」
ルバンスは既に臨戦体制をとっていた、カーリーの神気の籠った衝撃波が三人を襲う。衝撃波を喰らったと思った瞬間、カーリーは、真後ろからルバンスに素手で攻撃をして来た。まともに攻撃を喰らった様に見えたが、
「貴様、面白い物を飼っているな? 精霊か? 」
ルバンスは間一髪、【風獣】で、カーリーの物理攻撃の力の方向を曲げていた。
「とんでもない速さだな……音速を超えて背後から攻撃して来るとは……」
「人間風情が、我の動きに対応出来るとは、良いではないか! アスラ族の戦士共などより、余程殺し甲斐がある。この異世界では、シヴァの邪魔は入らぬぞ。思う存分、楽しませて貰おう」
そう言ってカーリーは、その長い舌を出して、舌舐めずりする。
「……力をセーブして、勝てる相手じゃないな……リミッターを外す。奴を倒したあと、暴走してたらドリス、クリス、頼むよ」
手にした【妖刀村雨】の白刃に神霊力を集中し始める。
【殺戮の庇護者】をお送りしました。
(映画【アポカリプト】を観ながら)