54 憑依者
【憑依者】をお送りします。
宜しくお願い致します。
ここは、
深い闇の森の中……
いつも私の手を引いてくれる兄の温もりが、闇の中で感じられなくなった。
泣きじゃくる私に囁くのは、あの穢らわしい者だった……
『君には呪いがかからないね……流石は【白銀の巫女】だね』
その声は何処からか響き渡る様でいて、直接脳に聞こえる様でもある。遠くからか、それとも物凄く近くからか……
『だから、君の母上に呪いをかける。君の身代わりと言う事さ』
「母様に?! そんな事はさせない! 」
少女は、必死の形相で闇を睨みつけて、精一杯の声を張り上げて叫ぶ。
『これは仕方が無い事なんだ。君の兄上を覚醒させ、導く為なんだよ』
「導く?! 兄様を? 何処に導くと言うのです? 」
『超帝国の神が降臨する……災厄の渦の後に、世界が再生し、清浄なる世界が始まる。君の兄上は創世記の王となる……』
「世迷言を!! 」
そこでエレクトラは目を覚ました。
エレクトラは自室の天井を見つめ、この恐ろしい夢の内容を整理した。汗をかいた髪の毛を掻き上げて、何故自分が母上のそばに居ないのか、居た堪れない気持ちになる。
「……王弟が死んだ今、もう皇國に戻ってきても良いのではないですか? 母様、兄様……」
◆◇◆
爆散した建物の破片と、土煙で視界が奪われてしまった。
ゆらめく煙の中に、蠢く影がゆったりと立ち上がる。カインは、エルトリアと、ドリスを庇って頭から血を流していた。
「カイン様! 」
ドリスが心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。それより、あれは不味い。みな退避した方がいい」
カインが見るその者は、すでにナディアではなかった。ナディアの意識が喪失したその者が、右手を振ると、土煙が一気に晴れ渡る。
「吸血鬼? いや、何か別種の……」
ナディアだった者が、フェルミナの首を掴んで締め上げる。
「うっっつぐぐ! 」
「フェルミナ!! 」
カインがナディアに蹴りを放つが、ナディアは左手でそれを受け止め、弾き返す。そのカインに向けて右手で掴んだフェルミナを投げつけた。
「ぐっがぁ!! 」
凄じい衝撃が加わり、二人は意識を失った。それを横目に、クリスが拘束する為の魔法を発動した。
「暴鎖牢獄!! 」
右手で掴む様な仕草をして、ナディアを拘束する。
「くぅ! 大人しくしなさいよ! ルバンスが悲しむわよ! エルトリア! ドリス! あんた達も手伝って! 」
凄じい力で拘束魔法を離れようとするナディアを必死に抑え込む。女神の転生体であるクリスの力に匹敵するパワーだ。二人もクリスに習って拘束魔法を重ね掛けする。
「……愚劣な人間共よ、弾けろ! 」
ナディアが言葉を発したと思ったら、黒い波の様な力が伝わり、大爆発した。
粉塵が収まりかけて、その向こうに防御結界に包まれたドリス達がいた。ルバンスが間一髪、全員を結界で防御したのだ。
「ルバンス様、ナディア様は吸血鬼化した訳ではありません。何者かが、ナディア様のお身体に憑依しています」
ナルザラスは眼を細めて、ナディアの様子を注意深く観察する。
「憑依だと?! 」
ルバンスはナディアの中に居る者を睨みつける様に対峙した。
「……母様を乗っ取ったな……貴様、そこから出なければどうなるか……」
ルバンスが凄んでみせても、ナディアの内にるある者は揺らがない。むしろ楽しんでいる風に、笑みを浮かべる。そして右手をルバンスに向けて水平に上げる。その掌に莫大な神霊力が集約されて行き、徐ろにそれを放った! 閃光が辺りを包み込み、遅れて爆風と衝撃波が襲う!!
「何だと!? 」
ジーク達は何が起こったのか理解が追いつかない。ライラックの作った結界にヨシア達を逃がし、自らはルバンスを目指して走った。
「ほう? 人間風情が、我の右手に耐えるか? 褒めてやろう。おめでとう! 」
そう言ってナディアに憑依した者は軽い拍手をする。
【憑依者】をお送りしました。
(映画【ブラックスワン】を観ながら)