48 誘う紋様
【誘う紋様】をお送りします。
宜しくお願い致します。
暖炉のゆらめく灯りのお陰で、僕の影もゆらめく。
時折、燃える薪の爆ぜる音だけが、この静かな空間に響く。
王弟である叔父から身を隠して、この暗い隠し部屋に入ってから、多分一日半ほどか……
「……母さま、どうやらここは……ケルン教団の……」
「そうね……ここはケンル教団の瞑想部屋……司教以外の者は部屋の存在すら知らないわ」
床に書かれた神聖文字を読み解いたのね……この歳で、この魔法知識、義弟が恐るはずね……まだ七歳だと言うのに。
「エレクトラは大丈夫でしょうか? 」
「あの子は心配ないわ……いくら義弟が愚かとはいえ、白銀の巫女に手を出す勇気はありません」
しかし、いつまでもここにいる訳にもいかない。大司教が匿ってくれるとはいえ、いつかは発見される。
「……クライン。良くお聞きなさい。リアンカ大司教の御助力により、ゴドラタン帝国に身を寄せます。かの国より派遣されている外交武官のアルバイン殿と接触し、明日にはアリストラスを脱出します」
「国を捨てるのですか? 」
「それは違います。貴方が元服するまで時を稼ぐのです。必ずこの国に戻り、そして取り戻す為に、いまは耐えるのです」
そう言い終わる瞬間、ナディアは目眩に襲われて崩れ落ちる。
「母様! 」
最近、母はよく目眩を起こして倒れる回数が増えた。
「だ……大丈夫……です。ただ疲れているだけ……さあ、もう寝ましょか。明日は強行軍となりますよ」
そう言って母様は、優しく頭を撫でてくれた。その手の温もりにどれだけ助けられた事か……
「……母様? どこです? エレクトラ? ……なにも見えない」
暗い闇の底を歩く自分がいる……
仄暗い
何処までも続く髑髏が敷き詰められた道……
「うぁぁぁあああ!! 」
叫びを上げてルバンスはベッドの上で身悶えした。
夢?
「……また同じ夢か……これで何度目だ? 」
辺な汗を拭いながら、これも呪いの影響かと思う。
そして、この日の午後、学園に母ナディアの急変が伝えられる。
◆◇◆
「どうしたものか…….」
帝都から派遣された、純白のローブを纏った司祭はナディアの脈をとりながら、溜息をついた。ナディアの顔に青白く光り輝く紋様が浮かんでいる。
「司祭様、この紋様は? 」
カイン・アルバインは、先週ナディアの顔に異変をみてとり、すぐ帝都へ使い魔を介して連絡を入れた。受け取ったグラウス皇帝は直ぐに教団から退魔呪術と医術に明るい者達を派遣してくれたのだ。
「……アリストラス世界には無い術式紋です。神聖魔法術式に似ているが、この世界の神とは、別系統の存在を表している……こんな物は見た事が無い……」
「別系統? 」
「……アリストラス世界の神の紋様では無いのです。この紋様がナディア様の精神を蝕んでいる」
「何とかならないのですか?! 」
「我らではなんとも……ただ我らが帝都を出立する際に、皇帝陛下は宮廷魔導士筆頭のナルザラス様を、例の発掘場から呼び戻すと仰りました。いまアリストラス皇太子殿と共に此方に向かわれている筈」
「そうか、ナルザラス様なら或いは……」
八頭立ての豪華な馬車二台を飛ばして、一行はタイランド領を目指した。先頭の馬車には、ルバンス、ドリス、ジーク、クリス、エルトリア、そして宮廷魔導士筆頭ナルザラス。その後に続く馬車には、ライラック、ヨシア、フェルミナ、アトワイト、ソリウリスが後に続く。
「皇太子……いや今はルバンス様とお呼びすれば良いでしょうかな? 」
ナルザラスは気さくな男で、宮廷人とは少し違った感覚の持ち主だった。元々は庶民の出だからかも知れない。ただし魔導の力は本物で、アリストラス皇國の宮廷魔導士スターズと双璧をなす。
「有難う御座います。ナルザラス様にも、お仕事が沢山お有りなのに……」
「なぁ〜に、ちょうど仕事が煮詰まっていたところ。気になさるな」
【誘う紋様】をお送りしました。
(映画【ロクヨン】を観ながら)