47 幻惑の羽衣 五
【幻惑の羽衣 五】をお送りします。
宜しくお願い致します。
「何が邪魔しないで〜って、邪魔なのはあんたでしょ? 」
クリスとドリスの取っ組み合いが始まった。相手の手のひらと、自分の手のひらを合わせて組合、お互いに眼を逸らさずに睨み合っている。
「胸がデカけりゃいいってもんじゃないわよ! この変態うすら馬鹿女! 」
「ひょっとして、ルバンスは幼児体型が好きなの?! 」
今度はルバンスをクリスが睨みつけてくる。
「いや、そんな訳では……ないけど」
クリスに睨まれて、しどろもどろになる。
「はぁ〜?! ルバンス! あなた、私をそんな風に見てたの?? 」
今度はドリスに睨まれた。蛇に睨まれるカエルになった気分である。
「見てないよ。そんな事、考えることもない」
「それって好きでもなんでも無いって意味よね〜」
クリスが横から話を放り込んでくる。
「ななななんですって! どう言う事? あんた、この変態女と、私とどっちが好きなのよ!! 」
「よく話しはわからんが、余の前で痴話喧嘩はやめろ! 」
そこに見かねたグラウス皇帝がクリスとドリスを止めに入って来た。早く止めて、この【幻惑の羽衣】を何とかしなければならない。
「話しがわからないのに入って来るんじゃないわよ、お子ちゃまが! 」
「なななんだと! 余を誰だと思っておる! 」
後ろに控える近衛騎士達の目の色も変わったが、強烈な魔力波動に当てられて、目眩を起こして倒れ始める。それでもクリスはお構いなしだ。
「ま、ま、不味い……これ、い、以上は……うっ」
エルトリアも恍惚とした表情で倒れてしまった。不味い、非常に不味い。魔力を何とか中和してきたが、魔力波動がさらに強くなってきた為に、これ以上の中和が限界に達している。
「ル、ルバンス、様、ごご無事で……うっ」
ジークが入り口付近からここまで這って来た様だ。なんたる執念。だけど恍惚とした表情で迫られると、とてもキモい。キモいが何故か、そのジークの表情に、愚息が起立した。どどどうなっとるんだーーーー!!!
「ま、ま、不味い……身体が変だ、力も抜ける……うっ」
ルバンスも遂に恍惚とした表情で、倒れてしまった。
「おい、ルバンス! 大丈夫か?! って……いかん……余も頭がふらふらして来た……こ、このままでは……うっ」
そう呟いてグラウス皇帝も倒れて混んでしまった。
残された二人は取っ組み合いの喧嘩を始めて、何故か最後には、あんたも中々やるわね! などとお互いに讃えあい、仲良くなっていた。
こうして【幻惑のダンスパーティ事変】としてゴドラタン帝国史に刻まれる事になる。
◆◇◆
そこは魂の牢獄だった。巨大な渦を巻く呪いの力で、アリストラス世界を彷徨う魂を引き寄せる。溜め込んだ魂をエネルギーとして圧縮しているのだ。
その銀髪の男は普段は迷宮の最深部で呪いの制御を行なっているのだが、元来綺麗好きで、どうも埃っぽい迷宮の空気が肌に合わなかった。大体我慢の限度が十日ほどでやってくる。その度に街に出て湯船に浸かる事が楽しみだった。ほんの少しだけ前世を思い出す。
「……どうも風呂に入ると、感傷的になりますね……」
自分に似合わない感情だと思った。遥か昔の幼い頃の事が思い出される度にそう思う。
風呂上がりに街を散策していると、裏路地から女性の悲鳴が聞こえた。普段なら無視して歩き去るところだが、今日は何故か悲鳴が聴こえる方に歩みを変えた。
少女が数人の男に殴られている。手枷をつけられているところを見ると、奴隷のようだ。銀髪の男は、連中と少女の間に割ってはいる。
「……なんだてめ〜?! 」
凄む男達の詰問には答えない。
いきなり刃物を懐から取り出し、銀髪の男に振り下ろした。誰が見ても終わったと思う中で、少女だけは驚愕に眼を見開いている。振り下ろした刃物が、いや腕が肘から綺麗に無くなっている。斬り飛ばされたのではなく、無くなっている。
「ぅぐがぁぁあ!! なななにしやがった?!! 」
そんな恐怖に彩られた声も無視して、さらに銀髪の男が右手を振ると、今度は男の右足の膝から下が消えて無くなった。
「ぐぐっがぁ!!!! 」
辺りを血飛沫が舞い、周りの男共は腰を抜かして、呆然と見ていた。恐怖に支配され、声も出ない。
銀髪の男が左手を振ると、少女の手枷と足枷の錠前が弾け飛ぶ。
「今日の私は気分がいい。なので殺しはしませんよ」
独り言の様に呟き、傷ついた少女を抱き抱えて、雑踏の中に消えて行った。
【幻惑の羽衣 五】をお送りしました。
(映画【伝説巨神イデオン】を観ながら)