45 風見鶏再び
【風見鶏再び】をお送りします。
宜しくお願いします。
西暦2240年、東京新宿区某所……
【ファイヤーグランドラインVRMMO】このベータ版のスタートからちょうど一ヶ月が経過した。システムは正常に稼働している。システム構築に要した期間は約二年半、基礎プログラムをたった一人で構築した少年は都内の学校と昨年みずから設立した会社とを行き来する生活をしている。今朝は昨夜から発生した問題と格闘していた。
「あ、ぅ……くそ! また駄目だ」
「マスター? 本当に外部からの干渉なのでしょうか? 」
少年を迎えに来た、歳のころは二十代後半だろうか、高級スーツに身を包んだ黒人の男は、少年と横並びになってモニターを見ながら、信じられないと言う顔をした。この少年のシステム【ワールド】に侵入する事自体、理論上不可能なのだ。少年と共にこのシステム構築に携わり二年が経つが、こんな焦りを見せる少年は初めてだった。
「……これは普通のクラッキングとかじゃない。この世界からの干渉じゃないよ……何と言えばいいかな、外宇宙……いや、異界宇宙とでも言うか、別世界から僕のファイヤーグランドラインに相転移して来たと言うのかな? 」
「……まっまく意味がわからん」
「相対性理論に触れず、因果律の崩壊を招かない方法での外部干渉……つまりこの世界とは別の世界から、量子理論的に僕の【ワールド】に転移してきた何者かが存在する。それも今から七年後に……」
システムプログラムを診断するAIが、何者かがシステムに干渉して、誤作動を起こすタイムスケジュールを七年後と表示している。この【ワールド】が構築した【ファイヤーグランドライン】は十年先まで発生するイベントが、既に構築されている。そのタイムスケジュール内で、七年後に不具合が発生すると言うのだ。それも外部どころか、異世界から??
「アニメじゃあるまいに……」
「その一年前、つまり今から六年後にも干渉される。これは転移してくるのでは無く、逆に此方がデータを吸われてしまう。多分プレイヤーの誰かのデータがそっくり異世界に転移されてしまう……」
「……もうベータに参加している者か? 」
黒人の男は、かけたサングラスをずらして、少年の目を見る。少年は素早くパネルを弾き、そのデータを導き出す。
「アバター名……ヒロト……十四歳……都立白金学院中等部……両親は防衛軍、軍属か……」
どうやったのか、アバターの個人情報までを導き出し表示した。これが、六年後にアリストラス世界に召喚される天才魔法剣士ヒロトと、希代のハッカーでゲームマスターのカズキとの初めての接点となった。カズキは現在十二歳、二人の天才の人生が少しだけ交わった瞬間だった。
「マスター、どうする? 」
男は上着の内ポケットから葉巻を取り出して火をつけようとする。
「クラビス! 禁煙だぞ! 七年後に相転移されてくる者……いきなり別世界、別の世界線から入ってくるその存在と、同量のエネルギーがこちらの世界から、向こうの世界に同時に転移される筈だ。でなければそれこそ因果律が崩壊する。存在しない者がやってくる。そのエネルギーや質量がこの世界を崩壊させる。それを防ぐ為にこの世界は同量のエネルギーや質量と交換する筈だよ。理論上はな……すげ〜な。こいつ人間だぞ! それにもう一つのエネルギーは魔王クラスのかなりヤバい奴だ! 」
「で? ただ指を咥えて見てるだけじゃ、ないんだろ? 」
「当たり前だ……面白いじゃないか、異世界だぞ! 人間が居るって事は、文明もあるんだろ? 行ってみたいだろ? 」
「じゃあ? 」
「その世界の揺り戻しを利用して、僕らも向こう側に渡るのさ。リアル異世界だ。ワクワクするね〜」
ファイヤーグランドラインの構想を思いついた時以上に高揚感を覚えた。正直世界は退屈過ぎる。もっと面白い事があればといつも考える。
「かなりのエネルギー量だ。僕一人だと有り余る。メンバーを集めるよ。候補はわかるよね? 」
「ああ、内調のあの女は誘うのか? 」
「う〜ん……腕は申し分ないんだけどな〜。苦手なんだよ……だってあいつ、サイコだろ〜」
そんな会話をしながら、浮き立つ心が直ぐに顔にでる辺は、年相応だった。
【風見鶏再び】をお送りしました。
次回は再び紐パン話しに戻ります。
(映画【キャッシュトラック】を観ながら)