31 十中八九
【十中八九】をお送りします。
宜しくお願いします。
ガブール山脈は古来より、ナイアス大陸南方地域を南北に連なり、さらに東方地域にまで続く。そしてそれは、アリストラス皇國とゴドラタン帝国の国境線の役割を果たしてきた。険しい山脈はナイアス大陸東方地域からの侵入を防ぐ防波堤でもある。
ゴドラタン帝国を勃興した初代ゴドラタン皇帝にして前回の災厄の渦では十剣神と呼ばれた召喚者ナポレオン・ボナパルトは、このガブール山脈に囲まれた天然の要塞と呼べるこの地に帝国を置いた。それから八百年、一度も外敵の侵入を許していない。それは来るべき【災厄の渦】と、災厄の渦を乗り越えた先に始まる【マルドゥク争奪戦争】を見据えた、ナポレオンの遠大な戦略だったのかもしれない。
「皇帝陛下、ヴァイアの街に潜り込ませた暗部からの報告によりますと、西方のエルファンが裏で動き出したとの事。彼の地の情報屋ギルドとの接触が行われています。あの蛮族共、なにを考えているのやら……」
ライラック・バルバロッサの父親である、内務大臣グラール・バルバロッサ公爵はゴドラタン帝国の暗部部隊を統括する役目をおっている。情報と破壊工作を司るトップの位置にいる。帝国勃興時より、帝国の影となり国を支えてきた。
「エルファンの王は、世襲ではなく、各部族より選抜された勇者の中から、王が選ばれると聞いた。グランバルド大砂漠の王か……」
グラウス皇帝は、テーブルに置かれたナイアス大陸の地図を眺めながら想いは虚空を泳いでいた。
「ヴァイアの情報屋ギルドは、ギルドとは名ばかりの犯罪シンジケートです。いまから五年ほど前に、ヴァイアの街の裏社会に現れた銀髪の男が、瞬く間に他のギルドや犯罪組織を殲滅し、吸収して作った組織……その男、不老不死との噂も……」
「面白いな……超帝国時代ならいざ知らず、いまのナイアス大陸に不老不死の魔法などない。ならば其奴は転生者か、あるいは召喚者か……」
グラウス皇帝はナイアス大陸の中心地である、ロード・グランデ大森林を指さした。あと十年ほどもすれば、また【災厄の渦】が始まるかもしれない。既にゴドラタン帝国はその為の準備期間に突入していた。
◆◇◆
ルバンスとラウンズ一行は、二日前にゴドラタン帝国側からガブール山脈に入り、獣道を通ってアリストラス国境を越えた。流石にこの手付かずの森にまでは、国境警備は行き届いていない。途中、数体のトロールや、巨大蜂を倒して進んだ。
「この地図とコンパスに私の邪眼を通して見ますと、黒装束が残した座標は、ここから北西に八デルの距離、半日といったところです」
ヨシアは妖弓を放つ際に、邪眼を通して標的を捉える。まるでGPSでも持っているかの様だ。
「そろそろ、奴らのテリトリーだと心得よ! 敵が【黒の蛇頭騎士団】であるならば、感知されていても不思議ではない」
ジークフリードとライラックは、使い魔を飛ばして、周囲の警戒を怠らない。
「……でも、なんでこんな山深い古びた祭事場なんかに連れ込んだのよ? 」
ミランが近くの大きな岩に腰をかけながらぼやく。
「……この場所は、元々は超帝国の人体実験場だった……その事を知る俺に、プレッシャーを与えているつもりだろう……」
ルバンスは下唇を噛む。
「なにそれ? 悪趣味な連中ね! 如何わしい」
超帝国の遺物なら、まだ設備が生きている可能性もある。
「どうするのです? まともに行けば、ドリス嬢を盾にとられる」
フェルミナはルバンスを気遣って言葉を選んだつもりだが、意味合いはどうしても同じになる。敵が広域探知を使えるならば、こちらの人数も把握されているだろう。実体遮断の術を使ってはいるが、どこまで有効かわからない。
「正面から行くよ。こう言う手合いが、二度と現れない様に正々堂々の乗り込んで殲滅する。ドリスに手をかける時間は与えない
」
「使い魔からの情報です。祭事場入口を発見。ステルス探知に四体のゴーレム。入口に人は居ません」
ライラックは舐められたものだと思う。ゴーレムで我等を止められると思うのか? 十中八九罠だな……
【十中八九】をお送りしました。
(映画【アラビアのロレンス】を観ながら)