30 策謀の足音
【策謀の足音】をお送りします。
宜しくお願いします。
灰色のタイルに埋め尽くされた異様な空間。
その中央に巨大な機械の装置の様な物があり、そこから天井に向かって沢山のケーブルが伸びている。祭事場と言うよりも、何かの実験場の様な雰囲気だ。かつて超帝国時代に魔導科学者達の一派が、不老不死の実験場として使っていた。人権を無視した人体実験を繰り返し、時の超帝国皇帝によって、その一派は異端として殲滅された。その後、超帝国の直轄地として封印された禁忌の場所だった。ゴドラタン帝国国境とアリストラス皇國国境を跨ぐガブール山脈の中腹に位置する忘れられた地だが、そこに黒の蛇頭騎士団は拐かしたドリスを連れ込んで拘束した。
「皇太子であれば、この地に連れ込んだ意味はわかるだろう」
ドリスの顎を上げさせながら、ルーベリアは呟く。
「団長、出迎えの仕掛けは準備しました」
「わかった。それではゆっくり待たせてもらおう……王弟殿下もお越しになられる。自ら決着をつけられるおつもりだ」
◆◇◆
スタージンガー城塞都市の外側ではアンデットに対する殲滅戦が開始されていた。何故か鎧武者の敵将が、忽然と姿を消したのだ。残ったアンデットに向かってゴドラタン帝国第一軍が進軍を開始した。
「どうした事か? 何故包囲をといて姿を消す? 」
グラウス皇帝にも、その理由を推察する事ができなかったが、好機である事には違いない。
殲滅戦が開始されて程なく、ルバンスのルームメイトが黒装束の一団に拐かされたとの報告が上がって来た。
「やはり、始めからルバンス殿が狙いか……ルバンス殿にラウンズの同行を許す。攫われたドリス嬢は、我が家臣であるロア・ラゲージ男爵家の令嬢だ。必ず傷をつけずに助けだせ! わがゴドラタンに手を出した報いは安くないと解らせよ! 」
「ははぁ! 」
跪くラウンズの面々はグラウス皇帝よりの勅命で、一斉に動き出した。
◆◇◆
「王弟が動きだしましたね」
フードを目深に被った銀髪の男は語りかける。
「貴公の言う通りになったな……儂は王弟殿下などより、貴公の方が余程恐ろしいな」
魔力の込められたサファイアの留金がついたローブを纏っている男は、かなりの位の魔導士だと推察出来る。
「お戯れを……アリストラス皇國随一の魔導士と言われるスターズ閣下に、その様な事を言われますと恐縮ですね」
銀髪の男はフードの下で苦笑する。
「此度の絵図を描いたのは儂だが、貴公に踊らされているとも考えられる……まあ、お互いに利害が一致する間は信頼出来ると言うべきかな? 」
スターズと呼ばれた魔導士は銀髪の男を一瞥し、遠くを見る様な瞳になった。
「クライン殿下と王弟殿下が潰しあってくれれば、それで良し。次の皇王は既に決まっているのだ。役者は少ない方がよい」
スターズは紅玉が嵌め込まれた杖を左手で弄びながら、思考の海に入っている。
「閣下は、災厄の渦が起こるとお考えですか? 」
「災厄の渦とは、アリストラス超帝国のシステム・プログラムの様な物。どんな外的要因があろうと、必ず千年に一度発生する。それは渦の中心に現れる存在を破壊しなければ止まらない……超帝国が崩壊してから、そのファーストコンタクトを含めて四回の災厄の渦が起こっている。そのどれもが完全に奴を破壊する事は叶わなかった。伝説の十剣神が如何に強かろうと、所詮人間には無理なのやもしれぬ……だが儂はそれで良いと考えている」
「何故です? 」
「ある程度の状況で止める事が出来れば、世界は戦後復興の為に経済を回す。好景気が訪れる。現に千年ごとに世界経済は格段に規模が拡大している」
冷酷な分析だが、事実そうなのだろう。
「閣下は経済学者でも在らせられましたな」
「儂はただアリストラスの為の方策を考え続けているだけの、ただの魔導士だよ」
スターズは、ただ目の前に居る男の器の底が見えて来ない事に苛立っていた。この男が災厄の渦で、如何なる存在となるかは、この時点で知るよしも無かった。
【策謀の足音】をお送りしました。
(映画【燃えよ剣】を観ながら)




