28 粘菌生物
【粘菌生物】をお送りします。
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この巨大な白亜の空間、遥か上にある天井を支える化石と化した巨木は、数千年の時を経てもその佇まいをかえてはいない。アリストラス超帝国の時代に作られたこの祭壇も然り。この祭壇を構成する材質が、どの様な物なのか今の材料工学では理解する事も出来ない。まるで時が止まったかの様に、傷の一つもついてい無い。
「災厄の渦を発動させようとする者がおる……宝珠を一つ嵌めよったぞ……」
灰色のローブを纏った者の声は美しい女のものだった。祭壇に身を寄せて祈りを捧げる少女に語りかける。
「予定より早い様だな。依代が見つかったのか? あれを呼び覚ますのは超帝国の血統でも、更に濃密な血でなければならぬ。だがその事を知る者すらも少なかろう……」
祭壇を前にした青い瞳の少女は、独り言の様に呟く。
「そうだな。だからこそ、前回の災厄の渦は不完全であった。ならば今回は完全なる災厄の渦が発動するやもしれぬ。エルファンの影を使い、その者と接触させよう」
ローブから少女へと伸ばしたその腕の妖艶さ、艶やかさ、
「……全てはシステムの御心のままに……」
ローブの裾から伸びた手と、少女の手が艶かしく結ばれた。
◆◇◆
「三つの回廊に空間跳躍陣が敷かれている。これはあの鎧武者の怨霊が行っているのか? 」
フェルミナはジークの背を護りながら、ハープを鳴らし始め、その旋律に合わせて聖歌を歌い上げる。空間に聖なる調べが轟くと、屍人が動きを止めて灰になってゆく。
「我がレクイエムにて滅せよ!! 」
屍人は灰に、死霊は浄化され霧散していく。
「効いてるぞ! ここは、私とフェルミナだけでいい。皆は赤の回廊に向かってくれ」
ジークの指示でミランとアトワイトは走り出した。
補修棟と教導棟を結ぶ赤の回廊では、ライラックが火炎魔法で回廊全体を焼き尽くしていた。回廊に敷かれた魔法陣はそれでも消す事が出来なかった。
「回廊その物を破壊するか? 」
そうこうしていると、ルバンスがライラックと並んで爆裂魔法を回廊に向かって放った。巨大な炸裂が起こるが、元から回廊など学園の建物には特殊は物質保持の魔法が施されていて、簡単には破壊出来ない。
「頑丈だな。少し時間をくれ」
ルバンスが珍しく詠唱に入ると同時に、ミランとアトワイトが合流してきた。アトワイトが妖弓を放ち、ミランがクマの縫い包みを回廊に突入させる。
「……クワイ グラスード アロス! 真実の果実よ 我に力を与え給え! ストアルバードドリアナス……」
ルバンスの詠唱が響き渡る!
「何だその呪文は? それは暗黒の? 」
ライラックが明らかに動揺した。
「魔神爆鎖波動陣!!! 」
完成した詠唱と共にルバンスは右手を回廊に向けた。そこから放たれた波動が回廊中央の空間跳躍陣を包み込む様に発動したその術は、陣の上にさらに陣を上書きして、空間跳躍してくる屍人ごと結界内に封じ込めた。そしてさらに結界内に異界から悍しい何かを、召喚する。
「あれは魔界の粘菌生物?! 」
ミランが悲鳴に近い声を上げる。遥かな昔、英雄と呼ばれた十剣神を攻撃する為に、魔神が使用した暗黒魔法の一つだ。そんな術式を使える人間が存在する?
結界内に溢れでた屍人や死霊を魔界の粘菌生物が簡単に喰い散らかしてゆく。そしてその結界は空間跳躍陣ごと異空間に収束し、消えていった。
「貴様! あんな危険な術を行使するなど! 許される事ではない! 」
アトワイトがルバンスの襟を掴みかかる。だがそれをライラックが静止した。
「確かあの術式は本来、魔界から悪喰の粘菌生物を召喚するだけの、制御不能な術だ。召喚された粘菌はありとあらゆる物や生命を食らいながら、際限なく成長する。たしか二千年前の災厄の渦では、ナイアス大陸西方地域の王国が壊滅した。それからという物、西方地域は今でも内乱が続いている……だがさっきの術式は、それを防ぐ為の結界を組み合わせていた。君が開発した術式か? 」
「いや、あの粘菌召喚は本来、超帝国時代には限定された空間内で使用する術だった。伝承の魔神はそのセーフティを外してスタンドアローンで粘菌を放った為にあの惨状が発生した。だから本来の術式に戻しただけだよ」
【粘菌生物】をお送りしました。
(映画【遊星からの物体X】を観ながら)
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