19 傀儡人形 (改訂)
【傀儡人形】をお送りします。
宜しくお願いします。
夜半の校舎に、殺気立った空気が満ちている。
この空気感……
母様と皇國を脱したときに感じたプレッシャーに似ている。これは暗部の魔導兵団に包囲されそうになったあの状況の空気にそっくりだ。もう駄目かと思われた時、カインとその部下達に救われた。
「……心象結界? 暗部か? だが殺気は強いが、何処か幼い……」
十歳のルバンスに幼いと言われた殺気の持ち主は、少しずつ間隔を詰めてくる。
「……ジークも気づいているな……」
ルバンスは跳ね起きて剣を取る。あれから剣を鞘から抜いていない。また暴走する可能性もあるが、自身から漏れ出す神霊力を抑えるにはどうしても必要な物だった。
カーテンの隙間から外の様子を伺うが、相手は上手く気配を消している。
「……向こうから仕掛けて来ないと位置特定が出来んな」
外に出たルバンスは校舎の中庭に向かった。中庭といえどもかなりの広さがある。ここなら多少の魔法も使用可能だろう。中庭の中心に広い芝生のスペースがある。そこまで来たところで、なにか聴こえてきた。
「……歌?! 」
歌が反響している。これも心象結界の影響か。すーっと目の前の暗闇から滑る様に何者かが移動してくる。身構えたルバンスが目を凝らすと、右手にクマの縫いぐるみを抱いた少女だ。裾が広がったスカートにフリルを大量に付けた上着をきて、帽子にもフリル飾りが付いている。なんとも場違いな格好だ。よく見るとこの学園の制服をカスタマイズしている様だ。そして歌はこの子が発しているのではない。
「もう一人いる?……いや、全部で四人か? 」
気配を消していても、魔力の残滓がある。魔力持ちは移動の際に魔力の痕跡がどうしても残ってしまうのだ。ルバンスはその僅かな魔力を探知していた。正面に立つ女の子が、クマの縫いぐるみを持った右手を正面にかかげてくる。するとあろう事かクマの縫いぐるみの瞳が輝き出して、クマの身体が大きくなり始めた。女の子が手を離すとさらに大きくなってルバンスの身長の三倍の背丈まで巨大化した。
「なななんだ?! ありえん! 」
頭で考えるよりも先に行動した。左手側に回り込む様にしてルバンスは走る。それをクマが追いかけてきた!
「ミランちゃんの傀儡人形からは逃れられないわよ〜」
そう言いながら、襷掛けしたポシェットの中から今度は虎の縫いぐるみを取り出す。
◆◇◆
「ルバンス様は既に戦闘に入られている。こうしてはいられん! エルトリア! まだか?! 」
「急かさないで下さい! この結界の術式が複雑なんだよ! あともう少し! 」
エルトリアは剣だけをつかんでこの騒動の渦中に出てきた。途中でジークフリードと合流して中庭に入ろうとしたら結界に遮られた。
そうこうしていたらヨシアも駆けつけて来た。彼も愛用の弓と矢を持ってきている。
「中に五人います」
「という事は、賊は四人か」
「解除した! 結界の術式を中和した! 」
エルトリアが言う前にジークとヨシアは走り始めていた。お互いに目で合図すると、中庭を左右に分かれて突き進む。ルバンスは中央にいるから、その援護の為だ。エルトリアは真っ直ぐにルバンスを追いかける。
ジークが少し進むと、開けた場所に出て、そこに右目以外の顔を包帯で覆った女の子が佇んでいた。包帯と包帯の隙間から覗く口に歪んだ笑みを浮かべ、細長い槍をジークに向ける。
「これはこれは、ナイトオブラウンズ筆頭家の次期当主様が、この様な時間に、こんな場所へ何の御用ですかね〜」
「……貴様、裏の者か? 私をラウンズ筆頭と知って刃を向けるか?! 」
「そう、裏と言っても、私もラウンズ……ラウンズは唯一皇帝陛下のみに仕える……アリストラス如き皇子に膝を折る貴様の振る舞いは皇帝陛下に対する叛逆である!! 」
「私に叛意などない。ルバンス様の事はタイランド公爵様が後ろ盾になられている。その事を皇帝陛下がご存知無い訳はない。それにエルトリアがタイランド公爵様に確認済みだ」
「我らには何の通達も無い。それは皇帝陛下がお認めになられていないと言う証拠だ」
問答無用と鋭い槍の突きをいきなりジークフリードに向かって放つ! 間一髪でその突きをかわし後ろに下がる。が、完全にはかわしきれなかった。ジークの左袖が裂けている。
(初動が全く見えなかった……ノーモーションで撃って来ただと?! )
「よくぞ我が【月光】をかわしたな! 」
そう言いながら、さらに連続の突きを放ってくる。ジークはそれを剣で捌きながら、徐々に右手に回り込む。
「……ルバンス様は……向こうか?! 」
激しい炸裂音が中庭中央から響き渡った。
【傀儡人形】をお送りしました。
(映画 【バケモノの子】を観ながら)