夢で逢えたら
その日は優しい日の光が青空を広々と照らして、風には季節の香りだけが乗っかって、カラッとした爽やかな日だった。
私は彼と久しぶりに会った。
彼はすごく嬉しそうだった。それはそう、今回はほんの1ヶ月ぶりだけど、いつも別れをするときの彼はすごく悲しそうにする。
私は彼と行きつけにしていたスーパーでその日の夕食に使えそうな材料を買っていく。
「それにしてもよく帰ってきてくれたね!」
彼はカートを押しながら嬉しそうに言った。もちろん私も嬉しい気持ちだった。
「時間空いちゃったね」
彼は「でも帰ってきてくれたことが嬉しい」と、ただただ純粋にそう言ってくれて、私は安堵した気持ちでカートに食材を入れていく。
「懐かしいね」
どちらも同じ気持ちで、少し前までは普通にしていた買い物を、もう遠い昔のように懐かしみながらスーパーを回っていく。
彼は食材を見ては「あれが食べたい」とか「これを作ろう」とか、私がいない間に自炊して腕をあげたのを披露したいとか、私が作っていた料理を作りたいとか、まるで何年ぶりの再会みたいに言って。
それが突然「ちょっとごめん」とその場で目を瞑り……。
―――――-
「ただいま」
と、帰ってきた家は私がここを離れたときの、ほぼそのままの光景が広がっていた。掃除は下手なのか、ずれたカーペットと乱雑に整理されたらしい食器類が少し微笑ましく思えた。
それから流れるように二人で前みたいに料理をして、他愛の無い話をして。
置かれた書類の山を見て指摘すると「ちゃんとやらないとね」と彼は寂しそうに言った。
そろそろお別れの時間だ。
また会えるかな? きっと会えるよね。もう会話は無く、溶けるように彼は消えていった。
―――――――
目を覚ました僕は、ぼんやりと天井を見上げながら今しがた見ていた夢を思い返していた。
彼女が帰ってきたようだった。本当にいつものように、突然の離別となった彼女が帰ってきた夢で、本当に自然な彼女のままだった。
もう亡くなってから数ヶ月経って、やっと気持ちの荒波が凪いできた。ちょくちょく彼女の夢を見るけど、今回は1ヶ月ぶりだったと思う。
ただの夢だと切り捨てたくはなかった。一度浅く目が覚めて、もう一度眠っても続きを見れたのだから、彼女は近くにいてくれたのだと信じたい。
でも夢は夢だ。内容はざっくりとしていて、話した内容を細かく覚えてるわけじゃない。
「……いる?」
返事なんてあるわけないけど、でもやっぱりただの夢だと切り捨てたくはない。
もしも彼女が見せてくれたものだったら、それを自分の脳だけが作った幻だと簡単に忘れたくはなかった。
だから彼女を感じることが出来た安堵と送れなかった日常への絶望を胸にして、僕は自分の現実に戻ることにする。
「そうだ、書類って……」
彼女の死の手続き、まだ終わってないものがあることを思い出した。まるで彼女がちゃんと見守ってくれているように感じて、日常への絶望感は少しだけ薄れた。
―――――――
夢はただの脳の幻じゃないんだよ。夢の中でそれを伝えると、彼は「やっぱり!」と嬉しそうにして「だって君はいる!」とはしゃいでいた。
でも夢から覚めると「夢」になる。細かいことは忘れてしまうし、どんなに重要な事を覚えていたとしても「それでも夢だし」となるものだし、人の中にある常識がそれ以上のラインを作らない。
というかそもそも、夢で何があっても意味がないのだし。
でも、私は確かに彼の中に入り込んだ。
死んだとき、私の意識は空中に放出されて、世界の中に取り込まれた。なのに生きてきた中で構築してきた意識はたしかにここにあって、私の新しい道が続いていた。
もう彼と以前のように話すことは出来ないけど、唯一直に話すせる手段が夢だった。
人の意識は死によって肉体から離れることになるけど、睡眠でも似たような事が起きてくれることがある。完全な死と違って意識は臍帯のように体に紐付いたままだけど、その意識に入り込むことで彼とは話すことが出来た。
だからあなたが話したのは確かに私なんだよ。それを伝えても現実では信じられないだろうけど。
でも覚えててほしい事とか、思い出してほしい事とか、生きる糧にしてほしい事、これからも伝えよう。