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霊ポイント


「すまんなぁ」


 僕はあっさり死んでしまった。大事な人を置き去りにして。なんとか生きようとしたんだけど、どうにもうまく行かなかった。


「しかしなぁ」


 本当に死んだらこうなるのか、という状態で宙空を漂う僕。自分の眠る顔を見下ろすと、鏡で見ていたのとは少し違う気がする自分がいて、その隣には最愛の人が僕の手を握ってわんわんと泣いていた。


 僕はポリポリと頭をかいて、「申し訳ねぇ……」と困っていた。その人にはもう触れることもできないし、ペンとかの無機物にも触れられない。ポルターガイストが起こせたらそこにあるペンで「もう痛くないし楽になった。近くにいるから安心してね」と上手いこと書いて伝えてあげるんだけどなぁ。


「困ったなぁ」


 あっちの声はよく聞こえないけど、すごい泣いてるのはわかる。なんとか宥めたいんだけど、どうにもうまく行かない。そりゃそうだろう、もしそう簡単にこっちから通信できたら世の中の構造は大きく変わってると思うし。


「大事な人だったんだね。そりゃあ教えたいよねぇ」


 僕の背後から話しかけたその声の主は、僕のおばあちゃんだった。若い頃の姿で最初はわからなかったけど、苦しんでいた僕が楽になったと思ったら、すぐ近くにいた。いわゆるお迎えさんで、死んでから近くにいてくれてる。


「おばあちゃん、どうにかできないの? ほら、霊現象みたいなのでなんとかさ」


「出来るよ」


「出来るの?」


 おばあちゃんは当たり前のように言った。まぁでも、これだけ世界中で言われてたんだし、あることなんだろうな、なんて気持ちで更に聞いた。


「じゃあそこにいる人に僕の気持ちを伝えたいんだけど……」


「わかるよ。そうしたいよね。そのためには、はいココ見て」


 おばあちゃんは僕の左腕手首、腕時計をつけるような位置を指してそう言った。そこには数字が書かれている。なんだろう。


「それはね、霊ポイントというものでね、霊的な現象を現実で起こさせるために必要なポイントだよ。その反対の手首には消費ポイントリストがあるから見てご覧」


「霊ポイント。すごいねおばあちゃん、二秒で決めたみたいな」


 おばあちゃんはそう言うとよくある幽霊ポーズ(手首をだらんとして、両腕を前に軽く突き出すようなあのポーズ)を取っている。なるほど、片方はポイントが表示されて、もう片方がリストになってるからそれを見比べるためにあのポーズが……僕はなんとなくそんな事を思いながら同様にポーズを取った。


「僕のポイントは今三だけど……ポルターガイストは……」


「ペン程度だろう? それくらいなら四万ポイントくらいで出来るんじゃないかね?」


「えっ。ペン動かす程度で!? 今三なのに……いつになったら動かせんの!?」


「まぁそう考えるのも無理ないね。あたしも最初はそう思ったけど……でも出来るだけいいじゃないの。ポイントが溜まったら実行出来るからね」


 おばあちゃんは「じゃ、そういうことで。おばあちゃんはホームにいるからね。戻りたくなったら霊ポイントを使って来ればいいよ」と言ってどこかに消えてしまった。リストを見ると「ホームに機関・三ポイント」と書かれている。


 どうやら現世への干渉にはやたらポイントを使うらしい。この他に「タバコを吸う・三ポイント」「お寿司を好きなだけ食べる・五ポイント」「好きなゲームで好きなだけ遊ぶ・二ポイント」「子供の頃大好きだったぬいぐるみを出現させる・一ポイント」「好きな漫画全巻セット・二ポイント」「好きな場所へ行く・場所により変動」などなど、リストを調べれば調べるほど霊ポイントの使いみちが書かれている。


 でも僕はそれらに使わず、ずっと遺してしまった大事な人の隣に寄り添い続けた。


 家に帰っても泣き続け、電話で友人に話しては大泣きして、ご飯もろくに食べず、横になったら動かないし、とにかく暗い表情を張り付けていて見ていて苦しい。


「……まいったなぁ」


 思ってたよりこっちでの暮らしが快適そうで、正直こんな顔してるのを見るのは悪い気がして仕方がない。「人に触れる・二百五十万ポイント」はふざけてると思う。


 火葬を済ませたり、骨壷に入ってみたり、色々な行事ごとを懸命にこなしてくれているのを見て気づいたことがある。


 霊ポイントは時間で溜まっていくのだけど、どうやら大切な人の祈りが強くなったときに「ボーナスポイント」が付与されるようだった。それも通常のポイントとは比べ物にならないほど貯まるみたいで、ここ数日で一気に二十万も溜まっていた。


「よし、それじゃあペンでメッセージを……」


 僕はリストからポルターガイスト、ペンを動かすものを選んで発動した。よしっ、これで伝えられる!


 で、ペンを持とうとしたら一瞬の感触と共に少しだけ転がった。四分の一回転くらい。


「むむっ!?」


 これだけでポイントが減っている。それでももう一度発動した。ペンはやっぱり四分の一くらい転がっただけ。でもペンの凹凸が机にあたって「コツン」と音がした。


 その音に、大事な人は目を向けてくれた。気づいてくれた。でも何があったのかはわかってないらしい。


 おのれこうなれば……「夢で伝える・六万ポイント」これだ。


 で、どうなったかと言えば、その人の起き抜けに安心したような表情を見れただけ。なんと歯がゆい。それも十分で忘れてしまったのか、また暗い表情に戻っている。


「ほら、わかっただろ?」


 いつの間にか近くにいたおばあちゃん。


「こっちからあっちへの干渉は難しいのよ。見ててあげることは出来るんだけどねぇ」


 そこで種明かしと言うか、教えてもらうことができた。どの干渉も本当にただの一瞬で、普通の人なら気の所為で済ますようなことだけしか出来ないらしい。


 きっと百年くらいポイントを貯めれば数文字くらいは書けるかもね、なんて皮肉っぽく言うおばあちゃん。そんなに時間がかかったんじゃ伝えたい人がもうこっちにいるよ。


「まぁ好きに過ごしなさいな。ホームに行って楽しく過ごすのもいい。同じホームには波長が合う人しかいないから辛いこともないし、なんだって出来るからね。もちろんその人を見守って、気づいてもらえないかもしれない事を続けるのも自由だしね」


 音を出したり、気配を漂わせたり程度。聞けばおばあちゃんも最初こそ大事な人に寄り添っていたけど、だんだんホームと行ったり来たりするようになって、たまーに比較的大きな霊現象を起こして合図する程度だったらしい。といっても、比較的大きな霊現象の範疇は「おばあちゃんのつけていた香水の香りをなんとなく漂わせる」「家のどこかをミシミシっと音をさせる」のようなものだそう。


 おばあちゃんいわく、気づかないうちに霊ポイントがたくさん溜まっていたりするから、そういう時に元気づけてあげるような現象を起こしてあげればいいとか。基本的に乗り越えるのは本人の気持ちが大事という。


 僕はしばらくホームへ行かず、付きそう事を選んだ。その人は最初の頃は気づいてくれたような素振りを見せたこともあった。


 あっちの声はよく聞こえないけど、ぼやけた声で「君?」と聞かれた気がする。答えたい。応えたいけど、ごめん、霊ポイントが切れてて返せない。


 同じ環境の人たちも、時間が経つに連れて大事な人の近くから離れがちになっていく。ホームは快適だし、見たこと無いものを見に行けるし。でもポイントが溜まったときは気づくし、大事な行事があるときには一緒にいる。


 そんなに悲しいもんじゃないし、結構あっさりしてるんだよ。こっちに来たら、きっとあまりに簡単な事で笑っちゃうだろうな。

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