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「ガーベラとキンセンカ」

作者: 九条シオ

 退屈。生きていてこれ以上不幸なことはあるだろうか?

 今年の春、高校生になった俺は、この年ですでに人生の平凡さにうんざりしていた。

「今日は何回信号に捕まるかな」

「学校に行くまで黒い車と10回以上すれ違ったら大吉」

 毎日の登下校、少しでもこのつまらない人生に色を付けようとそんなことばかり考えている。

 学校に着くと一息つく間もなく授業が始まる。最悪な時間だ。毎日板書をして綺麗にまとめてあるノートは、どう見てもガラクタにしか見えない。使い終わったノートを何年も保存している学生はそう多くないだろう。だとしたら、このノートに費やした時間は限りなく無駄に近いのではないだろうか。

「たくみ!なにぼーっとしてんの!」

 授業が終わりを告げるチャイムが鳴るのとほぼ同時に後ろの席から声をかけられた。

「急に話しかけるなよ」

 その声に驚いてしまった恥ずかしさを隠すため、少しそっけなく返事をする。

「どーせまた下らないことばっか考えてたんでしょ」

 当たりだ。

 こんな風に、如何にも親し気な感じで話しかけてくる彼女は、俗に言う「幼馴染」という奴だ。

「たくみは昔っから変なことばっっか言ってたからね」

 いつの話をしているのだろう。

 口元に手をあて、人を小ばかにしたように笑っている様子が妙に癇に障る

「ななみと俺じゃ価値観が違いすぎるんだよ」

 事実その通りなのだ。これはななみを貶して言った言葉ではない。

 ななみは明るく社交的な性格をしていてクラスでもいつも友達に囲まれている。その上、可愛らしい顔立ちをしているからか男にもモテるのだ。

「だよね~。私はたくみと違って友達もたくさんいるし毎日楽しいもん。たくみも友達つくりなよ。おばさんも心配してたよ。」

 気の毒そうにななみは言った。

 友達がいらないわけではない。寧ろ欲しいとさえ思っている。では、なぜ作らないのか。

 答えは簡単だった。気の合う奴がいないからだ。一緒にいて楽しい奴とならぜひ友達になりたい。

 六年ほど前だろうか。まだランドセルを背負っていた頃は友人と呼べる奴は何人かいた。学校終わりや休日、友人の家に遊びに行くことも少なくなかったのだ。

 友人の家に行くと決まってみんなでゲームをした。ゲームに飽きたら外に出て野球、おにごっご、かくれんぼ、思いつく限りのいろんな遊びをした。

 ・・・つまらなかったのだ。どんなゲームをしても、どんな遊びをしても、俺の心が満たされることはなかった。そんな気持ちを友人達に見透かされていたのか、自分から友人を拒絶していたのか定かではないが気がつけば一人でいるようになった。

 誰か、この退屈な俺の人生を変えてくれないだろうか。

 後ろで小声を言っているななみの声は、遠くで聞こえる蝉の鳴き声のように、耳に入ることなく消えていった。


 

 その日の登校時はいつもの退屈とは少し違ったことが起きた。道、街並み、すれ違う人。そのどれもに変わりはないが一つだけ。

 あと五分も歩けば学校に着くというところで歩道の脇でしゃがみこんでいる女の子を見つけたのだ。四歳くらいだろうか。ランドセルを背負うにはまだ小さすぎると思った。

「どーしたの?」

 その女の子からしたらピンチの時に颯爽と現れ、すぐに解決してくれるヒーローのような人に声をかけてもらいたかっただろう。どう見てもヒーローとは程遠い恰好で、声で話しかけてしまった。

「・・・まま・・」

 泣きすぎたのか、しゃっくりの様な音とともに少女は呟いた。

「迷子?」

「まま、いなくなっちゃった」

 ピポン。

 まるで空気を読もうとしない俺のスマホが音を鳴らした。

 ななみからだ。授業が始まったのに姿が見えないからと、わざわざラインを送ってきたのだ。

 現状を詳しく説明するのも面倒だった俺は、休む。とだけ返信した。

「俺が一緒に探してやるよ。だからもう泣くな。」

 純粋に少女を放って置くことはできなかったし、なにより学校に行くより数倍楽しそうだと思った。

 これで少しは退屈じゃなくなるかな。

 滅多に味わえない非日常に、不謹慎ながら胸がどきどきした。

「それで、家はどこ?お母さんとはどこではぐれたの?」

「おうち、わからない、、ままとおかいもの、、おひっこしのおいわい、、って」

 少し質問を繰り返して分かったのは、少女の名前は「春奈」ということ。最近引っ越しをしたばかりで家の場所はおろか、ここの町の名前、近所にあるお店の名前は一切分からないということ。

 母親探しの手掛かりはほとんどなく、八方塞がりではあったが、一緒に探してやる。と言った手前そう簡単に投げ出せない。

 とりあえず少女と一緒に歩く事にした。

 連れ違う人に声をかけ、なんとか手掛かりを探そうとした。

 が。歩く事2時間、少女の母親らしき人も、何か知ってる人にも出会うことは出来なかった。

「大丈夫か?」 

 2時間経ち、会った時よりも断然悲しそうにうつむいている少女に声をかけた。

 こんな時になんて言えばいいのか。気の利いた言葉が言えない俺は、自動販売機でジュースを2本買い、そのうち一つを少女にあげた。

 こーゆー時の対処方を教えろよ。くだらない公式やらなにやらしか教えない学校にイライラした。

 完全に八つ当たりだ。行き詰った現状を前に心の余裕という奴はどこかに無くなっていた。

「たくみ!学校さぼってこんなところで何してんの!」

 真後ろから大声がした。声の主は振り返らずともすぐに分かった。

 こんな近くで大声出すなよ。口に出すと面倒なので心の中でツッコミを入れた。

 察しろよ。と言わんばかりに横にいる少女を見た。

「え、誘か」

「馬鹿か」

 俺の幼馴染はコミュニケーション能力を得た代わりに状況把握する力を失くしてしまったらしい。あまりにも頓珍漢なことを言おうとしていたので言葉を遮る。

「迷子なんだと。んで母親探しの途中。」

 息を漏れる。難航している母親探しに少しだけ嫌気がさしていたのだ。出口のないトンネルなんてない。そんな言葉があるが、本当だろうか。あるはずの出口が見える気配は全くしなかった。

「私も手伝うよ!たくみが人助けしようとしてるなんて幼馴染としてほっとけるわけないもの!」

 大きなお世話だ。と言ってやりたいところではあったが猫の手も借りたい状況だったので口を閉じた。

「じゃあお前はこの子と一緒にいてくれ。俺が探してくる」

「え?二人で探しに行ったほうが良くない?」

「いや、いい」

 二時間歩き続けた少女をまた歩かせるのも酷だったし、一人で走って探してたほうが効率がいいと思い、ななみの提案を断った。

「んー、わかった。なんかあったらすぐ連絡してよ」

「了解」

 ななみと少女を残し、母親探しを再開した。



 駅前、スーパー、喫茶店。町内中のお店を探し回った。警察にも届け出を出そうかと迷ったが母親が出しているかもしれないし長い時間聞き込みをされたときのことを考えると時間がもったいなくて辞めた。

 スマホにはななみからの連絡が何度も来ていた。見つかりそう?公園で座ってるね!大丈夫?と言った内容ばかりだったのでスルーして捜索を続けていた。

 少女と一緒に探していた時間を合わせると四時間は経っただろうか?これまで全く見えなかったトンネルの出口が急に姿を現した。

「あの・・・」

 そういって話しかけてきた女性は、ショートボブというのだろうか、そこまで長くない黒色の髪で、少しぽっちゃりしていた。「おかん」という呼び方が似合いそうな人だった。

「子どもを探しているんです、四歳くらいの小さな女の子です。」

 まさかと思い「名前はなんていうんですか?」と聞いてみた。

「はるなって言います」

 その言葉に、今にも飛び跳ねて大声をあげたくなるほど気持ちが高揚した。

 やっとだ!やっと見つかったのだ!これまでの人生でここまで達成感に満ち溢れたことはあっただろうか。

 いますぐ公園で座っているというななみとはるなのところに連れて行きたかった。

「はるなちゃんです!僕らが母親を探していた女の子は!」

「良かった、、、ずっとずっと探していたんです、、」

 母親は娘が無事だったことを知り、嬉しさよりも安堵が勝っているようだ。涙を隠すように顔に手を持っていき、よかった、、、よかった、、と繰り返していた。

 感傷に浸っているところ申し訳なかったが俺はいますぐはるなと母親を会わせたくて母親を急かした。

「向こうの公園に俺の友達と一緒にいます!行きましょう!」

 心臓が強く音を鳴らしている。早く会わせてあげたい。少女に会ったばかりの時は、面白そうだから、退屈しのぎだ。と、絶対に見つけてやる。なんて思っていなかったが、何時間も探し、やっとゴールが目前になると自然とそう思えた。

 何もなかった砂漠でようやく水を見つけたときのように、何時間も、何日も待ってようやくオーロラを見ることができたよな、そんな感動が全身を張り巡らせていた。

 俺は今、生きている。



「さっきまで起きてたんですけど、疲れて寝ちゃったみたいです」

 ななみの膝に頭を乗せて寝ているはるなはどこか寂しそうな顔をしていた。

 目が覚めた時、母親の顔を見てその寂しさがなくなったらいいな。と少女の目覚めを待ち望んでいた。

「もう日も暮れますしこのまま家に帰ります」

 娘を背中に背負い、優しそうな笑顔で母親が言う。娘の姿を見てほっとしたのだろう。

「本当にありがとうございました。あなたたちがいなかったらと思うと胸が痛くなります」

「いえいえ!当然のことをしたまでです!」

 俺より先にななみが返事をする。母親を見つけたのも再会させたのも俺だけどな。と言おうとしたがこの感動の場面にそれは野暮だと思い、辞めた。

「僕らこそ、見つけることができて良かったです。」

 夕日が顔を出し始めた公園。ほんのり温かく、心地よい風は俺の心まですこやかにさせていった。

「じゃあ、私はこれで失礼します。本当にありがとうございました。」

 何度も頭を下げ、母親は歩いていった。

             

「もう絶対離さないからね。晴菜」



 ちょうど学校も終わる時間だろう。俺らも公園を出て家に向かっていた。

「ほんっっとに良かったね!はるなちゃん!お母さんと会うことができて!」

「そうだな。」

 いつも通りのそっけない返事だったが口元は緩んでおり、笑顔だということがすぐにばれた。

「嬉しそうな顔しちゃって!はるなちゃんのために頑張ってるたくみかっこよかったよ。」

 普段、俺を褒めることがないななみが珍しく褒めた。

「ありがとな。ななみが来てくれて助かったよ。」

 ななみの方も慣れないことを言われ驚いたのか、少し頬を赤くしている。

「幼馴染なんだから助けて当然でしょ!これからも何かあったら頼っていいんだからね?」

「ああ、そん時は頼むわ」

 いつも素直になれない俺たちだが、お互い、今日は自然と素直になれた。

 退屈な人生にうんざりしていた俺だったが、はるなちゃんと再開したときの、母親の安心した姿を見たら、平和が一番だな。と学ばされた。

 いつもと同じ道、街並みがやけに綺麗に見えた。

 今日の朝、道端で泣いてた少女はこれから、いつも通りの家庭で元気に育っていくんだろうな。

 少女の笑顔を想像し、俺らは家に着いた。



「少女を誘拐、その後殺害をした容疑で逮捕」

 被害者、佐藤春奈ちゃん(4歳)

 あの日から1か月後のニュースの内容である。容疑をかけられている女性は「晴菜は私の子です。この子とずっと一緒にいるんです。殺してください」などと供述しており、少女殺害後、自殺をしようとしていたらしい。


 数年前、近藤晴菜ちゃんという少女が隣町で母親と買い物中、はぐれてしまい、車に跳ねられて亡くなったそうだ。それ以降、母親は精神を病み、昼夜問わず死んだ我が子を探し、外を出歩いていた。

登場人物によってラストは異なる。

恋愛の物語では、恋が実った喜劇の主人公。逆に失恋し恋が叶わない悲劇の名わき役。

喜劇なのか、悲劇なのか、惨劇なのか、それはその人の感情でも決まる。はるなが死んだことを知らないたくみは喜劇。知ってしまったら悲劇。このように同じ物語でも変わってきてしまう。

人生も同じ。知らないことが多い方がきっと喜劇になる。

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