No.82 二枚の鬼札と菓子好き魔王①
最近とんでもなく気怠いし頭の右側の感覚がおかしい
トン2と鎌鼬から装備とステータス、スキルや魔法などのザックリとした詳細を聞いたノート達は新生『祭り拍子』の今後の方針を決める会議を始める。
「当然だが、まずトン2と鎌鼬は装備の更新だな。ウチの死霊達は装備の作成技能に於いてもプレイヤー達より遥かに勝るはずだ。素材に関してもこっちの方が圧倒的に上質な物を用意できる。
ユリン達もメイン武器の耐久値は回復させる必要があるし、一括でゴヴニュとアテナに任せよう」
ノートがそう提案すると、善は急げと言わんばかりにトン2と鎌鼬は装備を全て外しノートに預ける。その代わりにユリン達から代わりとなるサブ装備を貸してもらった。
「装備はこれでよし。次はトン2と鎌鼬にさっさとランク11に到達してもらうか。闘技場で悪魔ラッシュすれば多分問題は無いだろう」
「なにそれ~?」
「やってみりゃわかる」
闘技場とランク上げが結びつかないトン2と鎌鼬は不思議そうな顔をするが、説明が面倒だったノートはバッサリ省略した。
「ゴヴニュが武器の製作と修復に励んでいる間は自粛期間だ。俺たちはその間、久しぶりに『深霊禁山』を探索しようと思う。まだ全然探索していないしな。装備は修復が終わるまでは一段劣るが、多分それくらいで丁度いいだろう。トン2と鎌鼬はランクアップしたら即合流だな」
「りょうかーい」
「分かったわ」
ノートの説明を全て理解できたわけではないが、トン2と鎌鼬はノートの采配を信頼しているが故に全てを丸投げし、ノートの指示に同意する。それは長年、共にVRでPKプレイヤーとして徒党を組んで行動してきたが故の連携力と強い信頼があるからできることだ。
「さて、今回のイベントのお陰で俺は新たな死霊を召喚できそうなんだ。前々から欲しいと思っていた純索敵型の死霊だ。
戦闘能力は無いが、そのリソースを全て生存能力と索敵能力、あとほんの少しだけ治癒能力に割り振る極端な死霊を予定している」
「戦闘能力は持たせないの?」
ユリンが問うと、ノートはトン2と鎌鼬に視線を送る。
「本当は、少しは攻撃力を持たせるつもりだった。だが近距離と遠距離、両方のジョーカーが手札に加わったからな。半端に攻撃力を持たせる方が邪魔と判断したんだよ」
タナトスたちのせいで忘れがちだが、死霊とは本来あまり頭は良くない。それを正しく使役するには具体的な指示を与える続ける必要がある。
ノートとしても迷うところだったが、トン2と鎌鼬という替えの利かないレベルの強力なカードが2枚も手に入ったことで迷いはなくなった。
二兎を追う者は一兎をも得ず。元々不安定の塊のような死霊召喚に対して、ノートは狙いを絞って安定性を重視することにした。
「ただ、ユリン達には聞いておきたい。俺が次に召喚する死霊で索敵能力などは補うことはできる。治癒能力が付けばメンバーが増えてもネオンのヒーラーとしての負担も軽減できるだろう。
前衛にはトン2が加わって火力は増し、後衛には安定性抜群の鎌鼬だ。おかげでユリンとヌコォは遊撃手としてより自由に動ける。
しかしまだ足りてない物とかってないか?或いはトン2と鎌鼬を加えることによって起きる問題とか。思ってることを自由に言ってほしい」
今までの『祭り拍子』は、メギドとスピリタスで前衛。ユリンとヌコォで中衛を担い、ノートは中衛から後衛、ネオンは後衛という立ち位置だった。
しかしメギドとスピリタスの2人は前衛として火力は高いが粗があった。その穴を埋めるためにユリンはほぼ前衛寄りに、ヌコォは前衛と『祭り拍子』の要である後衛の両方を気にかけ、ノートは全体のヘイトを常に管理する必要があった。
それに、メギドとスピリタスが前衛としてフル稼働している時は問題ないが、それが機能しなかった時の脆さをノートは人形兵器戦で学んだ。
そんな『祭り拍子』に於いて前衛から中距離専門のトン2が手札に加わるのは非常に大きい。これで前衛はより安定することが予想された。
だが鎌鼬も貢献度は負けていない。ネオンは確かに絶大な火力の魔法を使えても、その範囲が広い。いや、過剰に広すぎるのだ。それは通常攻撃であっても味方を巻き込みかねないほどである。その点、鎌鼬の後衛能力は火力は劣れど融通は圧倒的に利く。
パーティーの生命線であるネオンは鎌鼬に守られ、ノートの負担は大きく減る。ノートの負担が減るということは、スピリタスもユリンもヌコォもより多くのリソースを自分の持ち場に割くことができる。
たった2人でも劇的な戦力強化だ。その状態に不満など一つとしてあるだろうか。しかし、ノートの問いかけにヌコォはすぐに反応した。
「純粋なタンクが居ない」
「まあ、確かにな。だが——————」
タンク、それはMMO系のゲームでは必ずと言っていい程に見かける縁の下の力持ち。少し毛色は違うが、イメージとしてはサッカーのゴールキーパーの様な存在だ。花形的な立場ではないが、ある程度のレベルを求めるなら必須となる役割かもしれない。
ゲーム用語に於ける『タンク』の定義には個々で微妙な差異があるが、ここでは『全体のヘイト(魔物の攻撃優先度)をある程度コントロールし、敵の攻撃を自らに引き付けて耐える役割』とする。
その亜種である『高い回避力を前提に敵の攻撃を引き受ける』回避系タンクなどがいるが、ここでヌコォが言っているのは標準的な『高い防御力を前提とした』耐久系タンクだ。
タンクがいる事のメリットは非常に大きい。
まずタンクが一人いることで、敵の攻撃が分散しなくなり攻撃場所が予測しやすくなる。
これにより高い攻撃力を持つアタッカーは攻撃に専念しやすくなるので、攻撃の効率は格段に上昇する。
また、ヒーラーは回復するべき対象が大幅に絞られるので、他の事をする余裕が生まれる。
面での攻撃を可能とする魔術師などは、タンクが魔物の場所を一纏めにしてくれるので一度の攻撃で効率よく多数の敵にダメージを与えることできる。
全体の戦闘の効率を極めようとするならば、タンクの存在は必要不可欠になるだろう。ノートの質問に対し即座にタンクの必要性を挙げたのも、効率厨であるヌコォだからこその着眼点といえる。
ノートも数々のVRMMO系のゲームを経験しているのでタンクの必要性はよく理解している。だが、ノートの表情は優れない。
実のところ、ゲーマーでありながらノートにはあまり『タンク』という存在に馴染みがなかった。
それはノート自身がタンクを軽視しているというわけではなく、PKプレイヤーとして生き、PKプレイヤーとしかつるんでいなかったことによる弊害だ。
そもそも、PKプレイヤーは『全体の利益より自分の快楽を優先する』様な連中だ。そしてメインは対魔物ではなく対人となる。
花形職であり爽快感のあるアタッカーなどを放棄し、集団を支える『自分の欲求より全体の利益を優先できる』様な人柄でないとなかなか務まらない耐久系タンクなどPKプレイヤーが率先してやろうとする筈がない。
もしかしたら、そんな稀有な存在がいたのかもしれないが、ノートは今のところそんな人に出会ったことは“自分以外で”一度もない。
確かにタンクが必要不可欠に近い状況にも今までに出くわした経験はあるが、ユリンやトン2を始めとした運動能力がイカれた連中に『回避系タンク』を担ってもらい強引に突破、或いは耐久力の強い使い魔などを用意して乗り切っていた。
現状の『祭り拍子』は、最もヘイトを集めることに長け、防御力も高いスピリタスがタンク役に近いが、本来のタンクからすれば全く別物に近い。
スピリタスの場合、ユリンやヌコォなどが上手く立ち回り、ノートが死霊を召喚し調整しているからこそ結果的にタンク擬きとして機能しているのだ。
ではメギドはどうだろうか。ノートの本召喚の死霊では唯一の戦闘型であるメギドは『狂戦士』と『守護戦士』と『重戦士』の3つの顔を持つ。
ここで言う『重戦士』は火力の高い大型の武器と高い防御力を誇る鎧をメインとする存在なので『守護戦士』と役割は少し似ている。なので大雑把に言えば『高火力アタッカー』と『ディフェンダー』の2つの役割があると考えてもいい。
メギドは『守護戦士』として自分自身にヘイトを集中させるスキルを持っている。そして値だけ見れば高い防御力も持っている。
そう、『タンク』に必要な技能は最低限揃っているのだ。
しかしメギドは『タンク』に成りえない。
『タンク』というのは、言わば独立した第二の司令塔とも言える。全体の戦況を把握し、ヘイトを自分に集め続ける。
もしアタッカーが過剰に攻撃を行いヘイト管理が乱れるならば、口頭で攻撃を控えるように指示を出す必要もあるだろう。
だが、この『タンク』という役割は、前時代の俯瞰型視点のオンラインゲームから一人称視点のVRが主流になったことにより難易度が跳ね上がった。
激しく攻撃を受けながら、広い視野を持ち、自分のHPやヘイト管理をしながら全体の戦況をリアルタイムで把握しコントロールする。
これができなければ『タンク』にはなれない。
要するに、おバカには絶対にできない役割なのだ。
ではそれを可能とするヌコォが徹底してメギドをコントロールして『タンク』として活用すればいいのか。残念ながらそれには3つの難題が立ちはだかる。
第一の問題点として、ヌコォがメギドだけにつきっきりになることにより起きる損失が大きい。
特にヌコォの職業が成長し、よりトリッキーで有用な能力を得た今、『初期限定特典』というチートにより得たリソースとメギドを天秤にかけると、優先されるべきは圧倒的にヌコォの方である。
また、彼女はノートが適当になりやすい細かい部分に気を配れる。
メギドという狂獣をノートが最大限運用できているのはヌコォのお陰だ。だがメギドを本格的に『タンク』として運用するなら、ヌコォはより多くのリソースをメギドに割かなければならない。
そうなれば幾らヌコォと言えど、単純にキャパオーバーを起こしかねない。
2つ目の問題点として挙げられるのが、『アタッカー』が優秀すぎることだ。
メギドのヘイト集中率に対し、ユリンやスピリタス達の方が圧倒的にヘイト集中率が高い。かといってメギドに完全に合わせようとすると、却って全体の効率が落ちる。
それに動体視力や反射神経、運動能力が世界基準でもトップクラスに属するユリンとスピリタスは、本人が意図せずとも結果的に回避タンクじみた事ができる。
これからはここにトン2も加わるが、トン2も当然ユリン達と同じことができる。
故にメギドをタンクとして活用することに旨味がない。
3つ目、最後にして最大の問題点は、そもそもメギドは『守護戦士』ではあるが『タンク』を想定した性能を有していないことにある。
メギドの本来のコンセプトは、相手から受けたダメージを一気に“お返し”する『カウンター』だ。
『重戦士』は攻撃力と防御力を上げるため、『守護戦士』は生存能力を高め、より攻撃を自分に集中させるため。その本質は狂戦士であり『復讐者』。
また、タンクとして致命的なのが狂戦士とランダム取得技能で得た『辛狂復讐者』の効果で、メギドは何もしなくても自動でHPが減るし、『重戦士』と『守護戦士』で防御力が上がっていても尚『狂戦士』としてダメージを受けやすいところにある。
『タンク』は云わばパーティーの土台。土台が脆いようでは全体は簡単に崩れてしまう。メギドをタンクとするには、メギドはあまりにも不安定な存在だった。
では、メギドは無理だとしてもノートが新しくタンク型の死霊を本召喚すれば良いのではないか。この疑問に関してもノートはNOと答えざるを得ない。
何度も繰り返すように、死霊は基本的に知能が低い。なので死霊の様な全てが全て指示待ち人間のタイプがタンクを担えば、逆に全体のバランスが崩れてしまう危険性がある。
では、タナトス達の様な高い知能と学習能力を持ったタンク用の死霊を喚びだせばいいのではないか、と思うがそうは問屋が卸さない。
タナトス達が普通に会話し物を作るだけの知能を有するのは、ノートが召喚時に緻密な調整を行った(あとは誰も気づいていないレベルで『ネクロノミコン』が勝手に干渉してる)からである。
ざっくりと召喚のシステムについて解説しよう。死霊の持つリソースを100%とする。
この時、戦闘型にするのに必要な基本リソース値を80%、高知能の獲得に必要なリソースを50%、生産関係の能力に必要なリソースを30%程度とする。
ノートがもし、本召喚で召喚する死霊を選んだ瞬間、戦闘型には基本リソースが80%必要なので残りのリソースは20%。これでは高知能の獲得に必要なだけのリソースが残っていない。
ここで重要なのは、リソースがポイントで管理されているのではなく、全体のリソースのパーセンテージで管理されているところだ。
例えば、死霊の召喚に関わるリソースの量は魂や生贄、触媒などで変化させることができる。より良い魂、生贄、触媒を用意すれば、リソースの絶対量が増えるのでより強大なアンデッドを召喚可能になる。
因みに、ランダム召喚はこのシステムとは別のシステムに基づいているがここで説明すると長くなるので割愛する。
話を戻そう。要するに、召喚により強力な死霊を召喚するには、それに見合ったリソースを用意できれば問題ない。
だが、リソースの値が10000ポイントあったとして、このリソースを戦闘に5000・知能に5000、と割り振ることは不可能なのだ。
一方で、少し混乱を招くような話だが、具体的に数値を出してみよう。例えばタナトスをリソースポイントに換算した時、大体1000ポイントになるとする。そのうちの50%以上が高知能獲得に割り振られているのでタナトスは知能に500ポイント以上のリソースを持っているということになる。
ここで不思議に思った人もいるだろう。もし10000ポイントのリソースを持つ死霊がいたとして、そいつを戦闘型にすると8000ポイントは確実に失う。となれば残りは2000ポイント。タナトスは500ポイント以上のリソースだけで普通に会話を交わし、独自の調味料を生み出すことさえできる知能を持っている。
極端な話、タナトスがその全てのリソースを知能に割り振っても1000ポイントが限界。ならば、全体に対しては20%でも残り2000ポイントのリソースを知能に割り振ればタナトスの倍は賢い死霊が生まれるではないか、そう思った方もいるかもしれない。
しかし、残念ながらそうはならない。あくまでもシステム上重要なのはリソースに対するポイントではなく割合なのだ。
死霊というのは元々生者に対して強い憎しみを持っている。生者に対して攻撃を行うことは本能である。精神はかなり不安定であり、その均衡を天秤として表すこともできる。
天秤の右を本能、左を理性とする。攻撃性を高める、つまり戦闘力を上げれば、本能は強化され天秤は右に大きく傾く。例え左に残りの全てを積み上げようと、全体の80%が本能側に乗っている時点で天秤は常に右に傾き続ける。理性(知能)が本能(攻撃性)を上回ることは決してない。
ここで一つ疑問に思ったことだろう。では、戦闘を捨てたタナトス達はなぜプレイヤー達と戦闘可能なまでに強いのか。戦闘に関するリソースは割り振られていないならおかしいではないか。この疑問は最もである。
だが、考えてみてほしい。1才の子供と1才の犬、この2つを戦わせたらどう頑張っても犬が勝つだろう。なんせ1才児は何をどう頑張っても犬に有効なダメージを与えられない。
一方で犬は人間ほど賢くなくとも噛みつけば子供にダメージを与えることができる。
では、1才の子供と”蟻”ならどうだろうか。1才の子供はとてもひ弱な生き物だ。およそ戦闘などできるはずがない。しかしその手を闇雲に振り下ろせば、自重で蟻を潰すことができる。
ランクの違いは、生命としての格の違いともいえる。2つの生物のランクに圧倒的な差があれば、もはやリソースの量など関係ない。
タナトス達の攻撃は本来は攻撃にすらならない。しかしその対象があまりに脆ければ、それは“攻撃”に成り得る。そこにノートの仮面で更にブーストがかかっていたのだ。
これが戦闘へのリソースが0であってもタナトス達がプレイヤー達と戦うことができたカラクリである。
やたら面倒なシステムで管理しているように思えるだろう。
なので包み隠さずぶっちゃけるなら『タナトス達のレベルの知能』を持つ存在が『メギドのレベルの戦闘能力』を手に入れたら、そもそもプレイヤーの存在意義が消えてしまうが故にこんな面倒なシステムを採用しているのだ。
イベント時でも十分理解できたと思うが、ノートから指示が出ればタナトス達のレベルの知能を持つNPCは独立行動を取ることができる。その上で、タナトス達はきちんと戦果を挙げた。
もし、メギドが同レベルの知能を持ち独立行動が可能になったならば、ノートはやることがなくなる。指示をだして待っていれば勝手に素材も魂も手に入るのだ。ここまで来たらゲームではなくただの作業になってしまう。
既に現段階でも十分に死霊術師という存在はバランスブレイカーなのだ。
客観的に改めて見ると、(バルバリッチャというイレギュラーを度外視しても)ノート単体で食事、鍛冶、農業、アイテムなどのジャンルをカバーしたうえでスピリタスに匹敵する固有戦力を所有し、おまけに普通のプレイヤー達が数日かけて移動する道のりを数時間で踏破する狂った機動力も持っている。
その上で、簡易召喚を行い適宜必要な死霊の召喚が可能なのだ。
『祭り拍子』で誰が一番チート野郎なのか議論を始めたら、1秒かからず満場一致でノートに決まるだろう。
一応擁護するならば、死霊術師という地雷原だらけな最高難度の職業をノートが使いこなせるだけの度量を持っていたから、ユリンを始めとしてノートを全力で支援できる存在がいたから、ここまでノートはバランスブレイカーじみた力を持っているのだ。
この力はノートだけではなく『祭り拍子』全体で作り上げた物だとも言える。
投稿遅れてごめんなさい