No.80 化物VS化物
「面白いメロディーが聞こえる人だと思ったんだ~。リズムは滅茶苦茶、音もガタガタ、ちっとも整ってないの」
ヌコォと鎌鼬の3本勝負が終わり、待ちくたびれていた2匹の獣は漸くフィールドに降り立つ。
「それ、面白れぇのかよ?オレには、汚い音だって言われてる気がするんだが?あ゛?」
「違う、ちがーう。イメージするなら~岩場にうちつける大波の音!荒れ狂って滅茶苦茶で、でもね、ノイズではないの」
そしてその飢えた獣は牙を剥き出しにして対峙する。
「テメェの言いたいことはよくわかんねぇ。だがオレにも分かることもあるぜ。たまーにお前みたいなのがいるんだ。頭がイっちまってるヤツがよ。
その手のヤツは大概はゴミだ。躾のなってねぇよく吠える子犬だ。今まで吼えたら相手がビビってくれただけで、一皮剥けばとっても脆い。
だが“ステージに上がってこれるヤツ”は、壊れたみてぇに強い」
スピリタスの言葉をトン2は否定をしない。一周回ってポーカーフェイスじみた満面の笑みを浮かべるだけだ。
「へ~強いんだ?貴方から見ても、わたしは強いんだね~?」
紫色に光る禍々しい刀をトン2は地面に打ち付ける。キンッと鋭い音が鳴り、それでもトン2は笑顔だ。その音はまるで獣の威嚇するような音だったのにも関わらずだ。
周囲の空気に敏感なネオンなど、観客席にいるのに完全に委縮し、ノートに恥も外聞もなく隠れるようにくっついていた。
しかしそんな強烈な圧に対してスピリタスは真っ向から受けて立つ。
「ああ、そうだなぁ。でもよ、そいつ等をぶっ壊して、オレはトップに立った、立っている。
テメェみたいなタイプは、もう知ってるんだよ」
スピリタスが名をはせる競技はマイナーだ。
今時主流のVRでもないし、女子の格闘技で、ボコボコに生で殴り合う凄惨な物だ。
コアなファンは世界を見渡せば多いが、日本ではほぼ表に出てこない競技である。
それでも、スピリタスがその頂点に立ち続けているのは確かだ。男でさえも肉体的ハンデをひっくり返して勝るほどの格闘センスはスピリタスの絶対的な力であり、自信だ。
その自信は『VR殺陣』金メダリストに対してであろうと揺らがない。
VRでは感じない生の痛みを味わってでも戦うのがスピリタスだ。この程度の勝負、緊張する訳がない。
そしてそれはトン2も分かっている。スピリタスは異常なまでにメロディーがリズムが崩れない。圧倒的な“我”が彼女を更に強者足らしめている。
トン2は現在世界ランキング3位だ。
しかしその業界をよく知る者は知っている。彼女が3位に甘んじているのは、彼女が些か気分屋すぎるからだ。
世界ランキングの1位も2位も、彼女を前にすれば緊張せざるを得ない。死力を尽くさざるを得ない。
世界ランキング4位以下など元々実力差があるのに、緊張し委縮し、更にトン2と実力差が開く。
故に、久しぶりだった。自分と対峙してもここまでブレない存在は。自分に対して絶対に勝つ気でいる存在は。おそらく観客席でふくれっ面して見ているだろうあの子以来かもしれない。
トン2は耳を澄ませる。スピリタスから聞こえるメロディーに。
それは今までにないパターン。さて、どう崩そうか。どう乗っ取るべきか。
そういえば、ノっくんがとある漫画にこんなセリフがあるといっていた。
「(―――激流を制するは静水、だったけな~?)」
やり方は決まった。あとは“チューニング”。『自分のメロディー』を聞こえてくるメロディーに“絶対に合わないメロディー”へと変えていく。
ホログラムのカウントダウン。
スピリタスはガントレットを装備し、トン2は緩く刀を構えた。
残り3秒というところでトン2は子守歌の様な揺るかやな鼻歌を歌いだし、火ぶたは切って落とされた。
◆
先手を取ったのはスピリタス。
初動を察知させない歩法で距離を詰めて相手の得物の間合いを潰す。
選んだのはジャブ。一番素早い一撃。
トン2はそれにしっかり反応し刀の構え方を変え、スピリタスが間合いに入ってもトン2は何かを見定めているのか刀を振るわない。
ジャブは構えに入った。すり足から一気に踏み込んで射程圏内。しかしそれは見せかけ。本命は脚だ。
脚の内側に蹴りを入れバランスを崩してからのラッシュ。これはスピリタスの持つ定石の一つだ。
だが、スピリタスはトン2の構えから奇妙な感覚を覚え咄嗟にブレーキを踏む。
それと同時に目の前をナイフが走った。
「あら、ハズレた?」
構えていた刀は既に手になく、トン2の手には長めのナイフが光る。
スピリタスがブレーキを踏まなければそのナイフは確実に顔面を切り裂いていた。
それに反応できても、強引にガードをせざるを得なかっただろう。
スピリタスはそれに動揺しない。ブレーキを踏んでも残る慣性に逆らわず、スライディングするように身を屈める。そこから体のバネを使って下からトン2を蹴り上げる。
しかしトン2はギリギリで反応し、フワッと軽くステップを踏むとスピリタスの蹴り足自体を蹴って一気に距離を取った。それも即座に追撃できないようにその顔にナイフを投げつけながらだ。
スピリタスはそれをガントレットでガード。着地と同時に武器を槍に切り替えたトン2に対応できるように素早く立ち上がりステップをしやすい構えを取る。
「多彩だなぁオイ!」
「アハハハハハ!!」
吼えるスピリタスに向けて楽し気に笑いながら槍を突くトン2。
その一撃は非常に鋭く素早い一撃だ。
スピリタスはそれを見切り、最小限の動きで回避。だが槍自体が曲がったかのようにぬるりとスピリタスを追いかけてくる。
これはスキルでも魔法でも武器の効果でもない。単純なトン2の高すぎる戦闘技術がなせる技だ。予想外の軌道を描く物体を人間が曲がった様に誤認したに過ぎない。
だが、その一撃はふわりと受け止められる。
スピリタスはその槍を弾かずガントレットで捉え、柔らかに受け流す。
続けて槍を下から掬い上げるような滑らかな動きで力の流れを誘導する。
人は掴んでいた物が急に別方向に動くと反射的に強く掴んでしまう。身体が硬直したらもうアウトだ。スピリタスは一瞬で距離を詰めてバランスの崩れた相手の身体を押し転倒させるだろう。
そうしたらラッシュを叩き込まれてK.O.である。
しかし、トン2はスピリタスに槍を捕らわれた瞬間に野生の勘でパッとすぐに槍から手を離し距離を取り、そのラッシュを封じる。
「ん~、今のな~に?あいきどうってヤツ?」
今の一手はトン2も未体験の一手だった。そもそも全ての近接武器の使用が許可されている『VR殺陣』で無手を選択する者などいないのだ。
「馬鹿言え。確かに合気道も少し齧ったことはあるが、あれはそういう武道じゃねぇ。これは人体の構造に基づいたシンプルな“護身術”だ」
「なるほど~、うん、これは間違えたかもしれない、かも?」
さっきから何をペラペラと、とスピリタスがトン2に突っかかっろうとすると、トン2の雰囲気がガラリと変わる。
今までのトン2の雰囲気は掴みどころのない蝙蝠だった。それが今、血に飢えた狂獣に切り替わったことをスピリタスは敏感に察した。
「貴方、凄く頭がいい。騙された」
トン2がポツリと呟いた次の瞬間、紫色の光が閃いた。
「ほう、は、よ、それ」
それはトン2が最初に握っていたあの禍々しい刀。見るからに通常の武器ではないその刀を怒涛の勢いで振り回し始める。
あまりに速い一撃。容赦なく、鋭く、全てが致命を狙う一撃。それが大雨の様にスピリタスに叩きつけられる。呼吸をする暇もないほどの猛烈なラッシュ。トン2はまるで舞うように淀みなく止まることなく刀を振るう。
「漸くスイッチ入れやがったか!!おせぇ!!」
しかしスピリタスはその猛攻を前に笑った。吼えた。そして今まで以上のスピードで動き出した。
「(なんだコイツ、気味悪いほどに癖がねえな!!面白ぇけどよっ!!)」
「(たのしい!この人、凄く強い!!崩れない!!壊れない!!)」
獣は感情の儘に赴く。ヒートアップすればするほど、相手が強ければ強いほど、彼女たちはその真価を発揮する。力は極限まで発揮される。限界などない。相手が強ければ強いほど、彼女たちのギアはその肉体が悲鳴を上げるまで上昇するのだ。
トン2、沖田錬華はその個性的な性格から独特な戦い方をするように思われがちである。だが実態は全くの逆。
相手の”メロディーとリズム”を聞き、それをかき乱す、つまり相手にとって一番苦手な戦い方で挑むスタイルを取っている。
それができれば誰だって苦労はしないであろうスタンダードなプレイスタイル。それをやるだけのポテンシャルを彼女は秘めていた。
彼女は人のそれから外れた感覚で相手の特徴を掴み、そしてそれに合わせて自分のスタイルを変えられるだけの頭と運動能力があった。
何時もの幼げな立ち振る舞いは、演技であり、演技でない。あれが彼女にとって一番ノイズを聞かずに済む振舞いなだけである。
切り替えようと思えば、まるで人格を切り替えた様に、話し方も、立ち振る舞いでさえも簡単に変えることができてしまう。
いわば、トン2がしているのは『後だしじゃんけん』。相手のスタイルさえ先にわかれば、それに対して有利になるスタイルを選択するのみ。
更に、彼女は一度戦った相手から高速で学習する。頭の中にある戦術のバラエティーが増えれば、彼女はより正確な戦い方をしてくる。
だが、一握りの天才は知っている。彼女が『後だしじゃんけん』をしている内はまだ“遊び”なのだと。
彼女が”戦う”気になったら、それはもう別次元、理解不能で理不尽なまでの強さを発揮する。
そしてトン2は、ほぼ初めてといっていいほどに対戦相手を見誤った。
スピリタスは見た目も性格も豪快だ。そこから受ける印象は野生の獣。
だが、愚かではない。彼女は賢い。性格を超越した部分で、自分が愛する戦闘に於いて、スピリタスの頭脳は無意識のうちに真価を発揮する。
スピリタスはゲームと親友との繋がりを破壊されてから、様々な格闘技を学び続けた。様々な人と闘った。いつか訪れる再会を夢見て。
彼女はその度に学習し、進化し、格闘技より更に上の視点で物事を見るようになる。
例え相手が武器を持っていようが、何を使おうが、自分にできる最適解を見失わない。
スピリタスの真の強さはそこにある。
双方が超強化学習型戦闘マシーン。
そしてテンションが上がるほど彼女たちの戦闘スタイルはリアルタイムで更新され進化する。
だからこそ、トン2はスピリタスの性質を見誤った。トン2はスピリタスという存在を掴みあぐね、一方でトン2に迷いが見え隠れするからこそスピリタスもなかなかエンジンがかからなかった。
だが、双方のエンジンが此処にきて同時にかかった。トン2は“戦闘”を開始し、スピリタスは相手のボルテージの上昇に合わせて自らのボルテージも上げていく。
「オラぁ!!」
「そぅれぃ!!」
強固な鎧に守られた拳と脚、鋭利な刀が激しくぶつかり合う。そのスピードは更に上がっていく。
◆
「すげぇだろ、あれ」
観客席に座っていたノートがポツリと呟くと、いつの間にか見入っていたネオンがハッと気を取り戻す。
「いつだったか、ネオンに言ったよな。スピリタスに対抗可能な『直感型』を一人だけ知ってるって。それがトン2だ」
一目見れば、直感型。もう少し上のステージから見れば、直感型に見せかけた理論派。
だが、やはり根っこの部分は『直感』に生きている。それがスピリタスとトン2という人間だ。
「ありゃバケモンだよ、本物の。天才とは違う。
天才ってのはヌコォや鎌鼬の事だな。まあどっちが優れてるってわけでもないが、真似できるもんじゃない」
「どう、違うんです、か?」
ネオンからすれば、ユリンもヌコォもスピリタスもトン2も鎌鼬も、全員が戦闘能力に関しては別次元の生物のようにすら思える。
努力で到達しえない次元に居るように見える。
だから天才なのだと、ネオンは考えていた。
それをノートはやんわりと否定する。
「俺の意見では、自分の才能を極限まで活かせるのが”天才”。自分の才能に自らを喰われたのが”化物”だ。
言い換えれば、才能を本能的に正しく使えるのが“天才”、才能に使われてるのが“化物”。
因みにネオンは秀才型の極限系だな。自分の才能を一切の妥協なく理性的に磨いたタイプだ。これは天才や化物以上に、希少かもしれないぞ」
ノートがそうネオンを評価すると、ネオンは照れたように俯く。
褒められて嬉しくてしょうがないネオンから少し甘ったるい空気が流れたところで、鎌鼬がそれを遮るように切り込んだ。
「だとするなら、ユリンさんは?」
この世界でユリンの事を一番理解しているのは、ノートに違いない。
しかし彼は天才と化物、あるいは秀才のどれにもユリンの名前を挙げなかった。その事が鎌鼬には、口にはしてないがヌコォも、ノートがどう考えているのか非常に気になった。
「うーん、分からん。強いて言うなら、全部だ。天才で秀才で、化物。まだ発展途上、ってところだな」
ノートは観客席の少し後ろの方に立っていたユリンに手招きする。まだふくれているが、ノートの手招きには素直に従い誘導されるままにノートの膝の上に座った。
そんなユリンの頭をノートはポンポンと優しく撫でる。
「あんな化物二人がユリンの師匠だぜ?これからまだ伸びるに決まってる」
ユリンが認めるたった3人の師匠。一人はノート。一人はスピリタス。そして最後の一人が、トン2だ。気難しいユリンが心から師匠だと認めるのはこの3人だけ。
『祭り拍子』で最大のポテンシャルを持つ堕天使は、ふてくされてはいても、その目は誰よりも真剣にスピリタスとトン2の試合を観察していた。
(´・ω・`)因みに『間違った子を魔法少女にしてしまった』という作品がありましてね。