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“盤”外編 反転スル天祀ノ結界・開錠セシ不浄ノ門・来タルハ冥途ノ渡シ船

(´・ω・`)だーれだ



「――――ふふ~ん、みつけちゃった!みつけちゃった〜!みつけたみつけた!ねぇねぇローちゃん!ローちゃん!!」


 その女性は長い黒髪をユラユラと揺らしながら、ヌルヌルと滑る様な独特の歩き方で自分の一番の親友に背後から飛びつく。


「っ!?わざわざ気配を消してから飛びついてこないで頂戴。何度されても慣れないのよ」


「だからちゃんと声掛けたじゃん?でしょ?」


 そう、彼女は親友に声をかけてから抱き着いた。しかし、抱き着かれた経験のある者しか彼女のそれが予測できる物でないと知っている。

 彼女は独特で、ズレていて、無意識に相手の呼吸の隙をついて動くような癖があるのだ。なので抱き着かれた側はわかっていても驚いてしまう。

 それは生まれつき彼女が“普通の人”とは違うリズムの世界で生きているからであり、幼少期からそうあるように英才教育を施されたからでもある。


 しかし本人はどこまでもそれに無自覚で、幾度となく行った注意をまた受けて、やはり不思議そうな顔をするのみ。

 ローちゃんと呼ばれたどこか冷徹そうな雰囲気の女性も、長年の付き合いでこれが注意してもどうしようもないことだと分かっている。


 これで少しでも悪意があるなら真剣に諭すところだが、彼女の幼げな顔には欠片も悪意がない。そんな顔を見ていると、急に飛びつかれて乱れた彼女の心から毒気などすぐに抜けてしまう。



「それで、どうしたのかしら。そんなに嬉しそうにして」


 きっと犬の尻尾でもついていれば千切れんばかりに振られていただろう。彼女の目は、長い付き合いの“ローちゃん”でもなかなか見ないほどにキラキラと輝いていた。


「あのね、見つけた。やーっぱりそうだった!ノっくんまた面白そうなことしてるよ~!」


 彼女がデバイスを操作して“ローちゃん”に見せたのは現在世界を席巻しているVRゲーム『ALLFO』のとある実況配信。

 はて、彼女がこの様な物に興味を示すようなことがあるだろうか。彼女の人柄をよく知る“ローちゃん”は彼女が実況配信などというものを見ていたことに少し驚く。


 しかし、自分も彼女が示す実況配信について調べてみれば何故彼女が普段見ないような実況配信などを見たのかはすぐわかった。

 ここ数時間で日本サーバーの『ALLFO』の関連の実況配信が大量にアップされ、そして凄まじい勢いで再生数が伸びていたからだ。

 どれくらい異様かと言えば、一日足らずで外部の大手ニュースサイトにまで取り上げられているほどである。


 それほどALLFOというゲームの影響力がリアルでも大きいということもあるのだが、ニュースサイトに取り上げられるだけの騒ぎだからこそ周りに無関心なのがデフォルトな彼女の関心を引き出せたのだろう。


 一体何事かと少しALLFOについて調べてみれば、その原因は容易に確認できた。


「日本サーバーで突発的な大規模のイレギュラーイベント?もう終わってしまったみたいだけれど………」


 『これに参加したかった!』ならまだわかる。

 しかしイベントはすでに終わっているという。

 だとすれば何がそこまで彼女を興奮させているのか。疑問の答え合わせは振出しに戻る。


 否、そうではない。答えは序盤に示されていた。人の名前を覚えるのが極端に苦手な彼女が“ノっくん”と呼ぶ人物など一人しかいないのだから。


「こーれ、みて!」


 彼女は肩越しに一つの動画を再生し、指でスワイプして途中で止める。


 そこに映っているのは、見るからに正義に属する陣営と対峙する青いピエロマスクの男。見たことのない魔物を従え、なにかを話しているようだ。

 しかしその姿は距離が遠くて姿もはっきり見えないし、声も耳を澄ましてようやく聞き取れるぐらいだ。

 なにかのイベントのラストの場面のようだが、これがなんなのか”ローちゃん”にはわからない。


「で、これがなにかしら?」


 答えに近づいたと思ったら遠のいた。彼女の独特の会話は一番理解できるはずなのだが、今回ばかりは”ローちゃん”も確証がもてなかった。

 文脈的に言わんとする事はわからなくもないのだが、それでも“ローちゃん”には完璧に理解はできなかった。


「だーからー、これ絶対ノっくん!100%だね!」


 これだよこれ!と彼女が指さすは青いピエロマスクの男。しかし顔も見えなければ、頭からかぶった黒のローブで体格もなにもわからない。これで個人を特定するなどほぼ不可能に近かった。


「何をもってして、断定するのかしら?」


 声は聞こえているが、この程度はボイスチェンジャーで幾らでも誤魔化せる。顔、体格、声も不明でありながら、ここまで確信できる絶対的な証拠を“ローちゃん”は見つけられなかった。


「んーー、とねぇ、立ち方でしょ、それとね、話し方かな?でも一番はね、メロディー!これノっくんのリズムとメロディー!」


 “ローちゃん”は知っている。出会ったときから彼女はどこか別の世界に生きている人間なのだと。

 

 彼女は人の顔や名前がうまく覚えられない。

 それは記憶面に障害があるのではなく、単純に興味がないのだ。

 やろうと思えば人とは普通に話すことはできる。できるが、やらない。覚えられるけど、覚えない。

 しかして彼女は色々な物に敏感だった。周囲にほとんど興味がないようなのに、時々ヒヤッとさせるほどに鋭い。

 

 “ローちゃん”が彼女は何をもってして世界を見ているのかと問えば彼女は『メロディーとリズム』だという。


 それは単純に音のメロディーとリズムというわけではなく、声や動き、色、形などそれら全てを考慮したうえで彼女が勝手に観測しているメロディーとリズムだ。


 そして彼女は雑音を嫌う。

 故にいらないメロディーは頭からシャットアウトする。  

 雑音を閉ざしてしまうから、相手の顔や名前を覚えない。厳密には、”自分のリズム”を徒に崩したくないから覚えたくない。頭では覚えても体がそれを拒絶するのだ。

 

 逆に、自分の好むメロディーが聞こえる相手には一気に距離を詰めてくる。彼女は好きな物をただ好きと表現しているだけだ。

 しかし、その好悪に関しては彼女は異様に気難しい。

 結果、彼女自身にはそのつもりは無くとも、周りから見ると彼女はなにかと極端に見える。


 斯くいう“ローちゃん”自身も、初対面から彼女にガンガン接近されてかなり戸惑ったものだ。いつもどこを見ているのだかわからず、浮世離れした存在が、何故いきなり自分だけに接近をしてきたのか、最初は理解できずにただただその破天荒ぶりに振り回された。


 しかし、そんな関係も気づけば10年をとっくに超えた。

 人間関係は強いようで脆い。小学校の時よく遊んだ人が中学でもよく遊ぶとは限らない。高校から大学に進学すれば、元々あった繋がりはいつの間にか途絶えることの方が多いだろう。


 それは多くの人々が薄情というわけではない。人間として正しくその環境に適応しただけだ。人間は移り変わる環境の中で、周囲と常に同じ関係性を保つことはできない。

 また、自分の持っている時間は有限だ。すべてに同じだけリソースを割くことなどできないのだ。


 “ローちゃん”自身だって、高校生までの友人で未だにコンスタントに連絡を取る相手など片手の指で数えられる程度。

 そういう意味では、“雑音”をシャットアウトし、自分にあったリズムだけを大切にする彼女は、人間関係の最適化を行いすぎた状態にあるとも考えられなくはない、と”ローちゃん”は思っている。

 

 そんな彼女は、興味がないことに一切割かないリソースを極端なまでに興味があることのみに注ぐ。

 言葉にして言うには簡単だが、人間そう簡単に割り切れる生き物ではない。それができたら人間としては異常なのだ。

 しかしそれが彼女にはできてしまう。できてしまう人種なのだ。


 “ローちゃん”は改めて青いピエロマスクの男を観察すれど、やはりそれが”彼”だと確信できなかった。”ローちゃん”自身、意識すれば喋り方はそんな気がしなくもないのだ。


 しかしそれは自分の希望がバイアスとしてかかっているに思えてしまう。過剰に期待してそうでない時の落胆と徒労感を思えば、“ローちゃん”は安易に確信できない。


 彼女の”メロディー”に対する人間離れした感覚をしっていても、期待が大きいほどに不安は大きくなる。故に“ローちゃん”は保険をかけるように問いかける。


「本当に”彼”なの?」


 そう問いかけた瞬間、いつの間にか彼女の顔が“ローちゃん”の顔を覗き込んでいた。


「あたしが、ノっくんのこと、見間違えるわけないでしょ?ノっくんのメロディー、聞き違えるわけないでしょ?絶対に、ね?」


 顔は無邪気な少女そのもの。全身から幸せオーラを発している。しかし彼女の目は、そんなオーラと真逆に不気味なまでに澄んでいた。

 それは透明のガラス越しに見ているのに外の風景が何一つ見えないような、何とも言えないチグハグな感覚を味合わせる。


 彼女を知る者は、彼女は常人には理解できない領域にいる天使のような物だと言う。

 よく知る者は、清らかな獣のようだと言う。

 しかしもっとよく知る者は、得体のしれない不気味な化物だという。

 では彼女の一番の理解者は、彼女をどう評するか。

 

「貴方がそういうのなら……そうなのでしょうね」


 ――――それは、『一番信頼できる親友』だ。

 彼女は大好きな物に嘘をつかない。心も身体も、嘘をつこうとしない。

 彼女の直感は人間のそれではないと、一番よく知っているのは自分自身。そして彼女の勘も、“ローちゃん”を一度として裏切ったことは無いのだ。



「ようやく、見つかったのね」


 最初は、いきなり出くわして少し驚かせてやろう、などと考えていた。

 しかし、一度も遭遇しない。

 自分たちの運が悪いだけなのか、いや、“彼”が大人しくしている姿など二人には想像できなかった。

  

 “彼”が居そうなところは片っ端から調べて”PKパーティーの数十や盗賊団を殲滅してみた”けれどやはり痕跡一つない。

 連絡を日常的に取り合っているのだから、聞けば解決した話だ。しかしここまで探しても見つからないので二人して意固地になっていたのだ。


 そのお陰でユニーククエストなどを発生させることができたが、そんなことなど彼女たちにとっては些末な事だった。“彼”に刺激を受けてから、彼女たちは普通のやり方ではもう満足できないのだ。


「“ゆーちゃん”が居ない理由は、わかんない!もしかしたら別のとこに映ってるかも?ノっくん一人はめっずらしいね?」


「ええ、私もそこが引っ掛かって確信できなかったのよ」


 “ローちゃん”とて彼女同様に“彼”を探していたのだし、色々と思い入れのある相手。一目見れば、そうと一発で見抜きたかった。しかし、そう思うことをためらわせた客観的事実がある。

 “彼”とはもはやセットのように行動を共にする存在が、その映像には見当たらないのだ。単純に時間が合わなかったか、用事があったか、それとも…………。

 気になることは非常に多い。しかしそれも直接会って聞けばいいだけの事。


「ライブ配信が終わってから、結構時間が経過してるわね。探したところで見つかるかしら?」


 ライブ配信の最後は、青いピエロマスクの男と紅い鎧の人物、パフェを模った仮面を着けた小柄な人物の三人が、何らかの魔法を使って忽然と姿を消して終わっている。転移魔法という物だろうか。

 まだALLFOには見つかってない要素だが、ファンタジー世界なので存在していてもおかしくはないと“ローちゃん”は考える。

 それと同時に『これではどこに行ったかわからない。状況は振出しに戻ったのではないか』と”ローちゃん”は思うが、彼女はそれを否定する。


「ん~、なんとな~く、まだあんまり離れてない気がする?ライブの時間から考えると、一度ログアウトしてもおかしくない?なくない?VRの活動限界あるでしょ?」


「どうかしら。それはただの勘でしょ?」


「うーんと…………ちょっぴり、希望が入ってる、かも?」


 彼女にしては珍しく、歯切れの悪い言葉。ちょっぴり、と人差し指と親指でなにかをつまむような動きをしてそれを表現するが、目が泳いでいた。

 彼女も自覚はしているのだろう。自分の気が異様に急いていることに。

 これが“彼”だという確信はあれど、その先までは正確に予見することなどできないのだ。

 

さて、どうしたものか。”ローちゃん”は思考を巡らせ、一つ案を思いつく。


「そうね、一つ鎌をかけてみましょう。あの子なら“彼”の動向を把握しているでしょうし」


 “ローちゃん”は薄っすらと微笑むと、兄貴分以外にはぶっきらぼうだがメールを送れば案外無視せず律義に返してくる『少し年の離れた友人』に久しぶりにSNS経由で呼びかけてみる。

 

「(なんて声をかければ“釣れる”かしら?『久しぶりね、リントさん。配信、見たわよ』…………これではインパクトが薄いわね。そうね、『動画の横にいる女性は誰かしら。相棒は引退?』…………これにしましょう。きっとあの子は噛みついてくる)」


 彼女が肩口から覗き込む中、“ローちゃん”は敢えて挑発するような文面を送信する。

 そして”ローちゃん”の予想通り、友人は速攻で返信をしてくるのだった。






(´・ω・`)プレイヤーネームのご応募、誠にありがとうございます。頂いた案は一人一つ以上しっかり使わせていただきます。

༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ༽楽しんでいただけたら、下の星ボタンをぽちっとしていただけると幸いです


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― 新着の感想 ―
[一言] “彼”に刺激を受けてから、彼女たちは普通のやり方ではもう満足できないのだ。 ここだけ抜き出すと卑猥な話に聞こえるの草
[一言] ヒャッハーズに沼に引き込まれた中毒者の図w 普通では満足出来ないのw
[気になる点] 「ノートたちとまだやり取りがあって」「ALLFOをやってスピリタスと同列のユニークをやってる」のが名言されてるのはすねこすり(かまいたち)とトントン(トン2)だけなのでそのへんですかね…
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