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No.546 権威バイアス


「と言う訳で2人とも昨日、丸一日GBHW送りにしたんだが……」


 チラリと視線を向けると、キャンキャン吠える小型犬が2匹。

 

「なんじゃぁあのゲーム!?めちゃくちゃ過ぎじゃ!」

「バカって言われだ!あの人だぢ酷い!」


 Gingerとツナは早速GBHWの洗礼を受けていた。

 邪魔な味方を殺す事を『暴挙』とノートは脳内で評したが、GBHWでは通常コマンドである。そもそもあの世界は敵味方の境界線が限りなく薄い。

 GBHWで大事なのは『我を通す事』と『空気を読む事』。この2つの要素は相反するが、これができないと死ぬ。考えながら連携しているようではまず上手くいかない。GBHWは各地でゲリラ戦が同時進行している。今、目の前のことだけに集中していると横から突っ込んできたスポーツカーを避けた先で吹っ飛んできた宇宙人の下敷きになって死んでも文句は言えない。連携は偶然噛み合ったらいいなくらいのノリでいた方が良い。


 周囲全部敵。最適解を狙っていくとギアが自然と噛み合うようになっていく。やがてこの雑魚敵(味方)は殺さなくても問題ないな、と言う判断ができるようになる頃にはそれなりに動けるようになっている。

 ノートが理想とする修練場の条件をGBHWはこれ以上になく満たしている。


 オンラインゲームが久方ぶりだったスピリタスがすぐに適応したのも、本人の頭が良く要領も良い事もあるが、GBHWの地獄を潜り抜けてきたと言う経験が非常に大きい。どのタイプにどう合わせるか、という基礎が頭の中にちゃんと入っていたのだ。


「引率のスピリタス先生、どうでした?」

「先生やめろっ。そうだな、兎に角視野がせめぇっ!互いに意識しすぎっ!以上っ!」


「だって!」

「あんなんどうしろと言うんじゃ!」


 騒がしい小型犬をスルーしてスピリタスに問いを投げるノート。2人をGBHWに案内する役割を担ったスピリタスは端的に2人の最大の問題点を言い放つ。

 対して不満を訴えるようにツナはノートの服を掴んで揺すり、Gingerも怒ってますと表情で表しつつ詰め寄る。


「HAHAHAHA!それがどうにか出来たら味方の攻撃や不意の流れ弾が自分の方向に来ても対処できるだろ?」

「「ッ!?」」


 対してノートは胡散臭い笑い声をあげた後、真顔で何故そのイかれた世界に送り込んだのか思い出させる。


「敵に攻撃はしたい。けどその最中、隠れて闇討ちしようとしてくる奴が居て、そいつら丸ごと爆破しようとしている奴が更に外に居て、そこに前触れもなくボスが登場、全部めちゃくちゃ。はい、じゃあどう生き延びる?それを知りたければ何度も死ね。死んで死んで死んで死にまくれ。GBHWにはデスペナないんだぜ?おいおいこりゃもう死に放題だろ。死より多くの事を教えてくれる教材はないぞ。リアルなら死んだらお終いだけど、ゲームなら死んでも復活できる。死の限界ギリギリを攻められる世界が如何に恵まれているか。普通のゲームじゃまず無いぞ。一つ言っておこう。前作とはいえ、ユリンは小学校入りたてであの世界でトッププレイヤーの1人になったからな。つまり今のお前ら小学校1年生の時のユリン未満って事だからね」


 ただの優しいリーダーなら、PK狂いになっていない。

 その狂気を誰よりも隠すのが上手いだけで、ノートの本質はそちら側だ。むしろ狂人共の頂点に近い存在。

 その真っ黒な瞳に見つめられ、詰め寄ったはずのツナとGingerの方が喉奥で悲鳴を飲み込みながら後退りする。


「…………とはいえ、アレは極端な例だ。昨日の経験を踏まえて今日は頑張ろうな。ああ、今日の俺はツナとGingerにはあえて難しい指示を出すから覚悟するように」

「「は、はい……」」


 恐怖から従順に頷く小型犬2匹を見ると、ノートは嬉しそうに頷くのだった。




「どうだった?」


「あー……お互いを殺す事にかなり躊躇いがなくなったっすね。最後のなんか周りそっちのけで殺し合ってたっすよ。これ大丈夫なんすか?」

 

「さればっ!あそこで転移したら被る言うとるじゃろうに!こんのバカツナが!」

「あそごで先さ攻撃入れで止めねどみんなやらぃでしょ!」


 GBHW2日目。

 初日はノート相手に詰め寄っていたが、2日目はツナとGingerが言い合っていた。


「何で私も…………?」

「エロマは思考を柔軟にして貰うため。今までの常識全然通じなかっただろ?」

「どうしたらいいか声をかけただけで見ぐるみ剥がされて殺されたんだが。あの世界に適応できたら柔軟というより気狂いになっている、と私は思う……」

「それ俺を見て言ってる?」

「そうだけど。昨日のボス戦、酷かったぞ。ボスモンスターよりも怪物らしかった。打開策思いつかずに単騎で倒すのはおかしいと思う」

「はは、こやつめ」


 今回の引率はカるタ。おまけに巻き込まれたエロマ。

 エロマは個人競技出身だが、元々友人が多いタイプ、すなわち周囲を見ることができ、合わせられる性格の持ち主だ。まだ成績表に『優』はもらえないが、アサイラムにおいてギリギリ『良』はもらえる程度の連携力は有していた。


「生き延びられた?」

 

「コイツが!」

「Gingerが!」


 GBHWの世界でちょっとスレてきたのか、いつもよりちょっと生意気な感じのエロマのおでこを指で軽く突き、続いてキャンキャン吠え合っている小型犬2匹にノートが声をかける。すると示し合わせたように同時にバッと互いを指を指すGingerとツナ。そこの息はピッタリだった。


「そう。それでいい。お互い何をしたいのかちゃんと言ってもないのに合わせるのは難しい。お見合いしてごめんなさいをするのは大事だけど、その後じゃあどうするか、どうしてほしいかも言わなきゃお互いわからないんだ」

 

 そう言われて2人はハッとしたように見つめ合う。

 この2人は今まで集団に馴染めないタイプの人間だった。けれどそんな人間に理解あるトップが率いるアサイラムはとても居心地が良くて、初めてここにずっと居たいと思った。

 だから2人はできもしないのに、周囲に気を使う真似をしていた。それでも優秀なプレイヤーばかりのアサイラムは成立していたが、変に遠慮し合っているこの2人だけは上手くいくわけがなかった。それが無自覚なだけにノートはあえて指摘しなかった。

 ここでその方面からの指摘をしてまうと、素直な2人は気を使う事自体をダメだと思い込んでしまうと読んで。


 アサイラム加入前、エロマと2人きりの時のツナは散々文句を言われていても好き勝手に突撃していたし、GingerもDDの面々が散々叱っても全く懲りていなかった。

 そんな2人がちょっとお見合いしただけで謝りあっている。その時点でおかしいのだ。


 怒鳴り合うのはマイナスイメージを抱きがちだが、裏を返せば本音を叩きつけても関係が壊れないという信頼が必要だ。本音も言わずに慣れもしない謝罪を言い合うのは、お互いを全く信頼できていない証。

 しかし、今日の彼女達は本気でベストを尽くそうとしていたから、お互いに文句を言い合った。ノートはそれを予測していたし、2日目にカるタを選んだのはそうなっても言い合いを下手に止めるタイプではないとわかっていたからだ。


 そんな風にノートに言われると、そうだったのかと2人は納得する。実際はストレスが高まってお互い好き勝手言っていただけというのが真実に近いが、人は信頼している人物から『実は××は〇〇なんだよ』と如何にも真相の様に言われると、『そうだったんだ!』と思い込んでしまう。

 仕組みで言えば、有名人が言ったことや大手ネット記事の内容を安易に人々が簡単に踊らされるのと同じ。

 これを心理学では権威バイアスと言ったりする。


 半ば騙すような言い方だが、これはプラスの方向へ傾ける良い嘘だ。実際、まるっきり嘘ではない。怒鳴り合えるのは遠慮がなくなった証には違いないのだから。だからGingerの嗅覚センサーにも引っかからない。

 しかしこれはショック療法にも近い。だからノートが適切にガスを抜いて正しい方向に敵意を向けるように調整する必要があるのだ。


 


クソゲーボス、ユザパ

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― 新着の感想 ―
>> おまけに巻き込まれたエロマ。 アサイラム唯一の常識人であるエロマまでGBHW送りになっちまった
更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 やっぱりGBHWはALLFOの教科書なんよ
やはりクソゲーは人生を豊かにする…!(暴徒の瞳)
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