No.Ex 対米鯖第三≠五臨時偵察小隊 ㉗
何がなんだかわからないけど、何か不可視の怪物がここに居る事は理解できた。
そして怪物の視線がこちらに向いたことを本能的に察した。寒気が臓腑を締め付けた。
何か居る。
恐ろしい何かが。
師匠は極めて警戒心が高い人だ。あっさり暗殺されるような人ではない。どんなゲームでも索敵系の能力に特化しがちだ。なのに抵抗も出来ずに不意打ちで即死していた。それだけでこの存在が隠密にも長けていることがわかる。
しかし少し不思議な点がある。
どうして私がまだ生きているのか、と言うことだ。
思わず後退りしようとするが、何かに縛り付けられたように身体が動かない。
ゆっくりと伸ばされる腕。爪のようなものが腹に押し当てられて服が凹む。もうほんの少し力を入れたら貫かれる予感がして微かに身体が震える。
のそりと陽炎が近づく。顔のすぐ近くに何かが顔を寄せてきたのがわかる。何か生暖かい息吹を感じる。
『オマエハドチラダ?』
どちら。味方か敵か、と言う話なのか。
フォルムは人ではないが、確かに人の言葉を話した。なんだか不自然な話し方ではあるが聞き取れた。
けど推定初対面の相手に敵も味方もないような、なんてぼやいても意味がない相手なのはわかる。先程の動きを見るに、ノートさんの敵か味方か、と考えればいい、と思う。
しかしここでハッキリと敵と味方を区別してしまうと、何かルートが捻じ曲がるような予感がする。これはゲーマー的な勘だ。この問いはルート分岐にまつわる重要な質問である気がする。
私はノートさんから月面の初期限定特典関連の情報を集めるように頼まれているのでどちらかのルートに偏りたくない。なら、ここでの正解は。
「私は、彼が好きですけど……」
味方とは宣言しないが絶対に敵ではない、と伝えるにはこれが最適解。嘘ではない。主として好きだから。
だからギャルズ三姉妹の1人が凄く動揺した反応をしたけど気にしない。取らないから。ライバルにならないから。これは後で弁解しておかないと面倒な事になると思いつつ、今は目の前の怪物に集中。
彼女はともかく、目の前のリス擬きは僅かに爪を引っ込めた。そしてシルエットの動きから予測するに首を傾げているように見える。
怪物にとって想定外のアンサー。どうしたらいいか迷っているのかもしれない。師匠とミゴさんは問いかけもなく殺され、私は問われたのは何故?
……この赤い光。
ノートさんに祈った時に起きた奇跡のような現象。
今までも祈ってきたけど、今回はノートさんが同じフィールドにいた。だから何らかの条件を知らない間に満たした?
この光がノートさんに与する者に発生するなら、怪物が殺していいか迷った?
「私はっ、ノートさんの指示で動いています!確認してもらって構いません!」
ダメ押し。これなら。
ここのいる事はノートさんの指示ではないけど、指示を受けて動いている事自体は本当。ノートさんがよくやる嘘だけど嘘じゃない言葉。
ごくりと生唾を飲む。
ゆっくりと腕が戻され、爪も見えなくなった。
尻尾をフリフリ。頭をポリポリ。顔が左右に振れる。
ノートさん曰く、視線があちこちに動くのは答えを求めている時に無意識に取る行動、との事だけど。人間以外にもその理屈は通じるのか。
うっすらと見えるシルエットだけだと仕草だけはちょっと可愛く見えてきた。
やがて一つの解が出たのか、怪物は地面の岩を削り取るように地面を掬い、更に何かを、おそらく体毛を抜くように身体を引っ張る。それらを捏ねて、おにぎりを握るようにギュッギュッと握り込んだ。
その手を開くと、バッジのようなものが4枚あった。
形容するなら、獣の手形?
可愛らしいデフォルメされた手形ではなく、凶悪な爪がしっかりとわかる禍々しい手形だ。
手の平の部分には何か奇妙な記号が刻まれている。
怪物はそのバッジをペタリと私の左胸に張り付けた。次いで土下座中のギャルズ三姉妹の後頭部にも一枚ずつペタペタペタ。
発生する『強制譲渡』のインフォ。アクセサリが一つ強制解除されてこのバッジを装備した事がインフォでわかった。もはやそれは呪いの装備の挙動。解除も出来ず、勝手に外されたアクセサリーをインベントリに放り込む。
私は鑑定系の能力は取っていないので帰ってから鑑定するとして、これはなんなのか。
そう考えながらバッジを見ていたら、グサリと爪で胸を刺された。
「なんっ……!?」
今のって助けてくれるやつじゃないの?そんな疑問符が頭の中に過ぎりつつ、私の意識は途絶えた。
イツリス「体験版はここまでです★」グサァ




