No.Ex 対米鯖第三≠五臨時偵察小隊 ㉕
「一体どういう……」
巨大棍棒+隕石による一撃のち、戦艦からの砲弾の雨と共に本格的に突撃が開始された。
先頭を行くは戦車並みの装甲を持ちながらスポーツカー並みのスピードを誇ると噂される馬車。
今までアサイラムが出没した時も幾度となく目撃された代物だ。見るたびになんだか凶悪な風貌になっている様な気がする。
そこから始まるは大型狙撃銃からの狙撃。
的が数百mとデカいため、当てるだけなら簡単。などと思ってはいけない。
狙撃ポイント自体が高速で斜面を降りていて、他にも搭乗者が乗っていて狙撃ポイントとしてはかなり劣悪な環境だ。
また、対象物が大きいというのは何もプラスだけではない。弾丸のサイズから推定するに人間に例えるなら0.1mmの球体をぶつけるのと同じ。急所に当てれば少しはダメージを期待出来るかもしれないが、明らかに再生特化に近い生物相手なら急所の更に芯の部分を捉えないとダメージが少しも与えられないと考えた方がいい。
加えて狙撃銃もリアルのものとは違う。
アサイラムはどんなカラクリか現状のALLFOの科学力よりもかなり進んだ兵器開発能力を有しているが、限界はある。狙撃銃の様な繊細な代物であればよりそれは顕著になる。
生産組組合では組織ぐるみで兵器開発をし続けているが私も狙撃銃の試射はしている。その経験から言うと、素人でもわかるくらいに狙撃銃ごとにクセを感じる事がある。
どれくらい弾がブレるか計算に入れないと数十mの距離でも狙った場所にまるで当たらないのだ。それも止まった的相手の話である。
動く的、動く狙撃ポイントから大型狙撃銃で単純距離でkm離れた相手に急所一点狙いを当たり前の様に成功させる、と言うのはかなり人間離れした狙撃技術だ。
しかしアサイラムの狙撃手は迷いのない手捌きで目、頚椎、心臓、肩関節と次々撃ち抜いていく。
それこそ初期限定特典の関与を疑いそうなヒット率だが、私は過去の映像から知っている。あの狙撃は自前の技術だと。アレは周囲からチートの疑いを持たれても仕方ないと私も思う。対人戦闘であんなのやられたらたまったものではない。
決闘でもあの狙撃手にはかなりのメンバーがやられた。
ただ、見た感じあまり狙撃は効果がない様に見えた。
続けて放たれるのは水で出来た巨大な三叉槍。
大きさは確実に50mを超えている。出回っている情報によれば水そのものにダメージ判定はないそうだが、あんなものぶつけられたら吹っ飛ぶ。それに水に何か追加で混ぜ物をするとか色々とやりようはある。
アサイラムでは統領の存在感が大き過ぎるが、十分に他の初期限定特典も壊れている。
刺さった水の槍は塩の香りを激しい蒸気と共に周囲に撒き散らしながら顔面に蛇のように巻き付く。そうか。吹っ飛ばさずに捕らえてしまえば窒息狙いができるのか。
しかしあの手のボスに窒息が効くだろうか。
そんな事を考えているとゆっくりとマグマ漬けドラゴンの口が開き始めた。
同時に光り出す喉奥。
それだけで私はわかった。散々従兄弟が見せてくれた怪獣映画の怪獣がやっていたソレだ。
あの巨体から放たれるビームはそれだけで最低でも直径10m近いはず。斜面を高速で降りている最中の彼らに避ける術はない。それとも分散するか。私なら1人でも2人でも飛び降りて生き残る人を作る。
しかし統領の選択は違かった。
放たれる超高速の光線。ゲーム的都合で避けられる程度のスピードなんてことは全くなかった。チャージが終わってチカっと光ったら既に着弾していた。
その時聞こえたのは何十枚ものガラスを一斉に割った様な耳障りな音。光線の衝撃で巻き上げられた土煙から彼らはほぼ無傷で出てきた。
「(どうやって……)」
大鎧の戦士は1番前にいるあたり彼女がなんらかの方法で防いだと見るべきなおだろうが、防御特化に見える初期特でもアレを完全に防げるならもはや現環境では無敵なのではないか。
しかし、私の想像力の底はまだ浅いと思い知らされる本体がやるなら分身体が何故できないと思うのか。マグマ漬けドラゴンが引き連れる2体の分身体もチャージを開始した。
追い討ちにしてもここまで情け容赦ないのはゲームとして如何なものか。
いやわかる。PC時代のレイドボス戦は本当にハードだったと聞く。それがVRに主流を移し、プレイヤーな理不尽な死を押し付ける事を避ける暗黙の了解ができたから、殺意MAXレイドボスは多くない。
けどこのボスはどうだ。どう見てもゲームバランスよりもゲーム設定が重視されている様な、まかり間違っても今のフェーズで登場していい敵ではない。
そんなビームが巨大な壁に跳ね返されたのを見た時、ポカンと間抜けに口を開けて固まった私を笑う者は自分も同じ目に遭えばいいと思った。
◆
「はぁ、はぁ、暑い……」
坂を駆け上らずに回る様にアサイラムが戦闘していると思われる場所に移動を開始したが、体力以前に熱気が辛くなってきた。
ギャルズ三姉妹が減らず口を叩かなくなった時点でかなり深刻と思うべきだと本能が警告を発している。同時に理性が無理に生き残る必要はないのでは、と嫌味を言ってくる。
熱気デバフを積んだ状態の大怪獣バトルなんて正気とも思えない。わからない事が多過ぎる。それでも足は縋るように彼の元に進んでいた。手はギャルズ三姉妹に結んだ糸を強く掴んでいた。
よくやった。
ヌルならやってくれると思った。
いつも助かるよ。
そう言ってあの人はいつも私を褒めてくれた。
優しく頭を撫でてくれた。
軽くハグをされると、それだけで心が温かくなって寄りかかり続けたくなった。
血の繋がった兄よりも彼は私の理想的な兄だった。
誰に言い訳するでもないけど、中学生女子にとって顔のいい年上の男性からあんな接し方をされたら頭がおかしくなっても責められる事はないと思いたい。
女性を魔性の女と形容とする事はあるけど、彼はその男版だった。距離の詰め方が抜群に上手くて、ボディタッチが不快にならないギリギリのラインを攻めてきて、一つ許すと次の敷居が下がってしまう。あとはもうグズグズだった。
今も私はどこか彼に父性に近いものを求めてしまっている事は自覚している。実際は彼自身に理解させられた。あの人のタチの悪い所は本当に危ないラインまで依存させそうになると急に突き放してくる事だ。
それでも、彼の臣下として仕えるロールプレイは楽しかった。
自分の欲しい物をちゃんと与えてくれる仕えがいのある主人だった。
だから私は今も主従でありたい。
——————良き斥候とはまず第一に生還すること。痛めつけられても帰ってこい。大丈夫。痛めつけてきた奴には俺がキッチリ仕返しするからさ。
私に偵察任務をを任せる時、彼はいつもこんな事を笑いながら言っていた。
そうだ。
生き残るんだ。
無理に生き残る必要はない?そうじゃない。仕えし主人が生還第一と命じるなら臣下は従えばいい。
みっともなくても、生き残る。
「主上、力を貸して、下さい……!」
疲れているように感じるのは錯覚を利用しただけであって、動こうと思えば動ける。3人を連れて絶対に生き延びる。
声に出す事で、覚悟を固める。身体を叱咤する。
深い意味はなかった。
何かに困った時、心の中に彼を思い浮かべて祈る事はいつもの事だったから。
しかしそれが劇的な変化を齎した。
自動HPMP回復、体力増強、肉体保護、精神保護、etc。
一瞬視界にノイズが走り真紅の満月が見えた。
その満月に顔が黒く塗りつぶされた聖女然とした女性が腰掛けてこちらに手を差し伸べる様に手を伸ばしていた。
しかし幻覚のようにそれは一瞬で消え失せ、次いで視界を走る多数のバフ。赤い光が身体を覆う。
「なっ……?」
一体誰が。視界の中にはこんな無法過ぎるバフを行使出来る存在はいない。
では誰が。
私が彼に祈ったのをキッカケにバグを疑う勢いで発生したバフ。偶然と片付けるにはあまりにタイミングが良過ぎた。
祈ることをトリガーとする能力がある事は噂程度ながら聞いたことがある。しかしそれは天使とか力ある概念的存在を対象としていて、私が祈った相手は実在するプレイヤー。
聞いている初期限定特典の能力とは違う。であればどんなマジックが起きたのか。
更に視界の端にスキルの取得、職業のアンロック、称号の取得を知らせるインフォが走っていく。
あり得ない。ノートさんに祈るだけで?
であれば最早プレイヤーの領域を超えた存在に足を踏み込んでいるとしか思えない。
けれど悪い事は何一つはない。
私は彼に感謝すると一気に軽くなった脚を動かしてギャルズ三姉妹を引きずって逃走を続けた。
特定の人物への『信仰』によるアンロックは既にネオンもやっている。まあただのプレイヤー相手に祈っても何かしら起きることは基本的にないんですけど、相手が相手のせいでね。目安として、女帝や先生クラスになると祈りを捧げることで何かしらの効果を発揮するようになります。
因みに、キリスト教を始めとしてリアル宗教系の信仰は全く意味ない。




