No.74 反転スル天祀ノ結界・開錠セシ不浄ノ門・来タルハ冥途ノ渡シ船⑦
ノートは自分のできうる限りの最善手を打った。二回目の攻撃で殺されないかは正直賭けでもあったが、非常に気難しいことで有名なツキの女神さまは今日はノートの方につくことにしたようだ。
一方で易々とノートがやられなかったことで思わず舌打ちしたり項垂れる管理人の皆さんもいたが、ノートにとっては知る由もなかった。
ノートの指摘は教会側にとっても看過できないことだったらしい。先ほどまで暴発寸前だった聖騎士様は皆委縮し、実際に襲い掛かった聖騎士は後ずさり今にも膝をつきそうだった。
そしてその反応は極めてマズかった。
オリジナルスキル【悪意に満ち満ちた恐怖の尋問官】
発動条件:ロールプレイ遂行値(隠しパラメータ)一定値以上を達成
効果:NPCへの脅迫・尋問が100%成功する。発言が呪言になり、知性の低い敵性MOBですら叩きつけられる言葉に硬直する(ランク差補正あり)。味方への指示が5割り増しで通りやすくなり、ロールプレイによるNPCの忠誠値(隠しパラメータ)上昇を極大補正する。また恐慌状態まで追い詰めた敵性MOBは職業技能無視で命令し使役できる。
更にロールプレイ遂行値に超極大補正。一定確率で対峙した敵に恐慌状態付加。
今の構図は教会とその敵の首魁の対峙。そして今のノートの言動はその状況に対し極めて素晴らしい演技だった。
ロールプレイが上手くいくほどその威力を発揮するオリジナルスキルによりノートの発言は呪言となり、ノートの言葉に委縮すればするほど聖騎士達はその模倣演技に圧倒されてしまう。
強力無比なオリジナルスキルだが、オリジナルスキルの中にも格という物が存在する。スピリタスもオリジナルスキルは所持しているが、『エンドコンテンツがその習得に絡んでいるオリジナルスキル』が序盤でも獲得できるスピリタスのオリジナルスキルと“同格な訳がない”。
さらに言えば、エンドコンテンツが絡んでくるランクのオリジナルスキルはエンドコンテンツ相手でも通用するレベルのスキルである。
聖騎士達は確かにノートの上級死霊にも迫る中級死霊を一撃で屠るほど強いのだろう。
だがしかし、アグラットより強いということはあり得ない。つまりノートのオリジナルスキルの影響から逃れることはできないのだ。
そして今の苛烈な問いかけは尋問と捉えられる。オリジナルスキルの効果でノートの尋問は100%成功する。ノートに食って掛かった時点でその聖騎士の敗北はほぼ確定していた。
――――だが、シャンッと錫杖が地面に突き付けられ、ノートに支配されつつあった空気は再び聖女に引き戻される。
「(なんだ?今なにかしたのか?)」
たったそれだけで、消えかかっていたはずの聖騎士達の士気が回復したのをノートは察知する。それも不気味なまでに、不自然なまでに急激にだった。だからこそ鎧で表情を確認できなくとも聖騎士の感情をノートは推し量る事ができた。
「(化けの皮剥いでやろうと思ったが、本当に何者なんだコイツは?)」
ただ一人、一切底が見えてこない恐ろしさ。AIの思考能力と“人間の模倣力”は先ほど聖騎士たちが見せてくれた。だというのに、聖女だけは未だ超然とした空気を保っていた。
「聖女様が自分の口で説明して下さってもよろしいのですが、如何ですか?『教会の正義』はどこにあり、そして私が何を成したというのか、ご説明願います」
しかし、するべきことは依然変わりない。
今の状況はNPCだけでなくプレイヤー達も注目している。何かをして聖騎士の士気を取り戻しても、プレイヤー達の感情と起こってしまった事実まで弄れるわけではないのだ。
さあ、どうする?この期に及んでまだ代弁してもらうか?
ノートは淡々と、聖女がどう動くのかを観察する。
それに対し、聖女は漸く能動的に動きだす。
『貴方ノ言葉ニハ宜シクナイモノガコメラレテイル。貴方ガナニヲ述ベヨウトモ、依然変ワリナク貴方ガ災厄ノ原因デアルコトニ変ワリハナイ。
貴方ガ正義ヲ疑ウナラバ、神ノ御業ヲ以テシテ、ココニ絶対ナル正義ヲ証明イタシマショウ』
その声は聖女の口からではなく、フィールド全体に降り注ぐように聞こえた。
非常に耳触りのいい、芸術品のように品評したくなるような甘露なる声。しかしその声はどこまでも無機質だった。
聖女が錫杖を地面にシャンッと叩きつけると、彼女の元から光がブワッと広がる。そしてそれは羽の生えた身長50mオーバーの巨人の様な形をとる。
「(ダメだコイツ“狂信者”タイプだ)」
そこでノートは自分の失敗を悟る。
そうそう遭遇する事は無いのだが、人間の中には自分に関する不利益やノイズを一切なき者として、何があっても最初に定められた行動を断行するタイプの人間がいる。
時にそれは大成する人物となるのだが、その多くは頑固者としか評価されない。
そして更にそれが進むと、狂信者と呼べるほどにブレない存在になったりするのだ。
このタイプの恐ろしさは『仮定を吹っ飛ばして結論を強制的に作り出す』ところにある。
舌戦で不利なままとか、聖騎士が暴走したとか、そんなことは彼女にとっては何も関係ないのだ。彼女にとって重要なのは今自分の前にある悪を打ち滅ぼすこと。
現実ではあまりお近づきになりたくない人だが、これもこれで指導者としては必要な素質でもある。
特に企業などの純粋な利益追求ではなく“宗教”という不安定な物の旗頭になるには、絶対に揺らぐことのない人物が必要というわけである。
『絶対正義ノ化身・断罪ノ法典・三十六ノ神聖槍』
聞き覚えの無い詠唱と共に聖女が錫杖を振りかぶる。それと連動するように光の巨人は手に槍を具現化させ聖女と同様に振りかぶる。
そして聖女が投擲すると同時に高層ビルをそのまま槍の形に押し込めた様な光の槍がノートめがけて放たれる。それはスピードとかそんなレベルではなく到底避けられる物でもない。
槍は着弾、周囲に光がはじけ、ノートの視界は真っ赤に染まるのだった。
◆
「及第点は、くれてやろう」
槍が着弾する瞬間、ノートにはそんな言葉が聞こえた。それは気のせいだったかもしれない。しかし、結果は変わらない。
ノートは、死んでいなかった。
槍が着弾する直前、ノートの眼前に突如として現れた真紅の鎧が、その体に対してはあまりに大きい漆黒の薙刀で光の槍を真っ二つに切り裂いたのだ。
『矢張リ、イマシタカ』
「随分と元気そうで何よりだ、木偶人形」
それを見て聖女は錫杖を再度具現化し、バルバリッチャも具現化した薙刀を構える。
『貴方ガソノヨウナ形デ復活ヲ遂ゲルトハ』
「貴様らより柔軟でな。狂ったようにただ神に縋る能無しどもとはわけが違うのだ。
絶対なる正義だと?嗤わせてくれる。貴様らは幾ら時を経ようとも微塵も成長がない。貴様が今、妄信する正義とやらで断罪しようとした者は、貴様とは比べ物にならぬほど魅力的だ。
自らで考え、自らで最善を模索し、足掻き、苦しみ、そして大いなる成長を遂げる。貴様ら木偶人形とは大違いだ」
「やめろよ、照れるじゃないか。急にデレちゃってまぁ」
なんだか置いてきぼりで凄いシリアスになったのでノートが思わず茶化すと、バルバリッチャは見もせずに無言でノートの腹に蹴りを入れた。
「(ぐほっ!?ちょ、今ので死にかけたんだが!?)」
きっとあの真紅の鎧の下では照れてるに違いない、ノートはプルプルと震えるのを必死に我慢しているバルバリッチャを見て確信する。
事実、その兜を脱がせればノートは憤怒と羞恥で赤くなっているバルちゃんを確認できただろう。
しかし、周りから見てるプレイヤーにはそんな事情は理解できないので、助けに来たはずの存在がその対象を蹴るという意味不明な光景でしかなく、プレイヤーの混乱は加速していた。
「ともかく、貴様その状態で我と事を構える気か?その器ごと砕いてやろうか?」
『貴方ノ後ロノ者ヲ封ジル事モ可能ナノデスヨ?』
「貴様の信じる正義には偽りを述べることも許されているらしいな」
どっちの言葉がハッタリかはノートにもわからない。ただ万が一に備えてバルちゃんの照れ隠しキックで9割以上吹き飛んだHPを回復薬でこっそり回復しておくことぐらいはしておく。
『貴方ガコノ地ニイル限リ、コノ地ハ正常ニナリエナイ。ドンナ手ヲ使オウトモ、排除シマス』
「だろうな。貴様らがちまちまとこの地に施した細工を貴様はなんとか元通りにしようとしていたが、それを片っ端から邪魔をするのは随分と楽しかったぞ」
「(ん?ちょっと待て。今なんて言った?)」
そもそも、自己申告では非常に昔に封印されたバルバリッチャが、見た目20代の聖女と知己の如く会話をしている時点でノートは割と混乱していたのだが、更にバルちゃんからよくわからない情報が飛び出してくる。
正直、ノートも未だこの状況に思考が追い付いていない。だが、バルちゃんが矢面に立ってくれた今、ノートは思考のリソースを漸く考察に回すことができるようになった。
与えられた情報は多くないが、改めて考えればある程度の予想ができないこともない。
事の発端は間違いなく墓石の破壊である。それがトリガーとなり結界が崩壊したのだ。続けて消えたバウンティハンターと大量に湧き出たアンデッド。
この二つが関連性を持つかは不明だが、結界の破壊により起きた現象であるのはほぼ間違いない。
では、この結界を張ったのは誰なのか?今まで確証はなかったが、ノートはバルバリッチャの言葉からその人物、団体を『教会』であると断定してみる。
その『教会』が張った結界が万が一破壊されたら、『教会』側は当然直そうと、元通りにしようとするだろう。
ここまで導けば、バルちゃんが何をしていたかなんて自明である。
「(墓石全部壊した程度でなんか変に大規模なイベントだと思ったが、バルちゃんが一枚噛んでたのか!なら納得だわ!)」
なぜここまで状況が拗れているのか。プレイヤー達は知る由もないが、このイベントは、実はもう起こりえないはずの幻のイベントだったからだ。
ノートとユリンはバルちゃんが封印されていた『ファーストシティの墓地』を破壊し、バルバリッチャの封印を解いた。
そしてノートは直接交渉により“本来のシナリオを捻じ曲げて”死にイベントを回避しバルバリッチャを仲間に引き入れた。
では、このノートの一連の動きが“本来のシナリオ”と異なるならば、本来のシナリオはどのような物だったのか。
話は少し変わるが、バルバリッチャの解放には元々幾つかのルートが存在していた。
もっともあり得た正規のルートでは『シナリオがかなり進行してプレイヤー達も強くなり、教会からようやく情報などが少しずつ明かされ、教会からの依頼を受けてファストシティの墓地に封印されし強大な悪魔と闘う』流れだった。
一方で、悪魔陣営に与したプレイヤー達が、シナリオを進めて墓地に何かが封印されていることを知り、その復活の儀を行うことによりバルバリッチャが解放されるルートもある。
教会のバックアップを受けて結界には影響を出さない状態で戦う上記のルートと異なり、墓地を全て破壊して結界を穿つことでバルバリッチャが解き放たれるので、バルバリッチャはこの時点では封印されない。
ただ、この解放に細かい分岐がある。バルバリッチャという存在には『悪しき者を好む』という設定がある。
そんじょそこらの“悪”では満たされない。『極悪』がバルバリッチャの興味を引く最低ラインである。そして初期限定特典のようなバルバリッチャの興味を惹くだけの更なるプラスがあれば尚良い。
なのでノート達の時は『ファーストシティの墓地』のみの破壊でバルバリッチャ側から接触があったが、本来は結界の破壊という大罪を以てして『極悪』に至り、初めてバルバリッチャがそれを感知して目覚めるのだ。つまり全ての墓地の破壊がバルバリッチャ解放の大前提にあった。
重要なのはこの『全ての墓地を破壊』という条件である。そう、バルバリッチャの解放のイベントはイベント『反転スル天祀ノ結界・開錠セシ不浄ノ門・来タルハ冥途ノ渡シ船』と切っても切れない関係にある。というより、バルちゃん主導で進められる大規模イベントなのだ。
アンデッドの活性化を封印していた結界は復活したバルバリッチャの手により反転し、地獄を総べるバルバリッチャにより『門』は開く。
その『門』より溢れ出るは悪魔と亡者の群れ。それを吸収することでバルバリッチャは失っていた力を急速に取り戻していくのだ。
要するに、プレイヤー達がアンデッドを滅ぼしてこの地に平和を取り戻すイベントではなく、復活したバルバリッチャが解放されたアンデッドを吸収して力を取り戻していくのを妨害するイベントなのだ。
このイベントの結果次第ではバルバリッチャは封印できなくもないし、或いはある程度力を取り戻し更なる力を得るために地獄へ帰還してしまう。
因みに、教会の依頼を受けてバルバリッチャと戦い敗北すると、バルバリッチャは完全に復活するために地獄へ帰ってしまう。というより、難易度的には実はこっちのほうがよほどあり得るルートだったりする。
分かりやすく言い直すと、バルバリッチャは何某かの手段で解放され完全復活のために地獄へ戻るのが一番想定しやすい正規ルートなのだ。
しかし、今の状況は完全にイレギュラーが連鎖して拗れに拗れきっていた。
まず、イベントが発生した時点でバルバリッチャは復活しているどころか新たな器を与えられて一段階進化している始末だ。復活イベントの対象が既に復活していたら、シナリオが正規ルートから完全に離れてしまうのは当然である。
次に、結界の破壊のラストアタックに『本来存在してはいけない』武器が使用された。
例えるなら、結界の破壊とは即ち命綱を鋏で切ってしまうのと同じ。だが切った程度なら、結びなおすことも可能ではある。
しかし『バルちゃんナイフ』による一撃は、綱を切るというより完全に燃やしてしまうのと同じ。綱を破壊したという点では同じだが、被害の大きさが全く違う。
ここまで結界が破壊されるのは、本来ならば復活したバルバリッチャがある程度力を取り戻し地獄へ帰還する直前、自らを再封印しようとする教会側を妨害するために自分の命を大きく削る大技を行使した時のみだ。
この『バルちゃんナイフ』はアグラットを殺しきるために、『バルバリッチャ』という存在を付加した武器。正規ルートで放つバルバリッチャの大技と規模こそ違えど本質は同じ。結界はただ破壊されたのではなく、完全に破壊された。
これにより教会側は本来より多くのリソースをイベント序盤から結界の再構築に割く必要があった。そうでなければ、このイベントが起きた時に教会サイドが完全武装で援護に来てくれるはずだったのだ。
ここでもシナリオに歪みが生じている。
そしてトドメとなったのは、死霊術師であるノートとバルバリッチャの存在だ。バルバリッチャが主導で進むイベントは、バルバリッチャの不在で進行するはずがなかった。
だが、アンデッドとして新生したバルバリッチャ、加えてノートに率いられる死霊たちの存在がアンデッドを活性化させて、進まないはずのイベントを進めてしまう。
更に、教会を敵視する存在であるバルバリッチャは、そのアイデンティティに従い教会側へ積極的に敵対する。
例えば、完全に破壊された結界の復活を妨害する、聖女の加護を密かに弱める、バウンティハンターという強力な武器を封じる。
バルバリッチャはバルバリッチャという存在であるために、ノートの意思を飛び越えて自律的に行動していたわけだ。
そもそも、滅多に自分から力を貸すこともなく、アグちゃんの力を戦闘に利用することを禁じたバルちゃんがなぜ今回は快く助力したのか。
それは『バルバリッチャ』として墓地の破壊が混沌を齎すことを知っており、それが教会への嫌がらせになると理解していたからだ。
バルバリッチャは『バルバリッチャ』として、その設定を順守する行動をしたに過ぎない。
だがALLFOのAIは、設定に準ずる一方でシナリオの破綻を防ぐ為に新たなシナリオを構築することができる。バルバリッチャが仲間になるという本来なかったシナリオを即興で描いたように、今回もまたAIはこの状況を合理的に解決する新しいシナリオを描き出していく。
本来はこのイベントでは起きないはずのギルドの全面協力体制状態を発生させてバランスを調整し、中級死霊を優先して排除。まだ当分先まで活躍しないはずの日の丸シティの聖女をイベントに介入させる。
しかし編まれた新シナリオは、イレギュラーの介入で更に形を変えてしまう。ALLFOのAIは柔軟すぎるあまりに、リアルタイムでシナリオが書き換えられていく。
その一番の元凶であるノートは、ようやく現状をざっくりと把握して事態の収拾に動き出した。
AIとノートというイレギュラーにより、ALLFOのシナリオは更に大きく変化していくのだった。




