No.Ex 対米鯖第三≠五臨時偵察小隊 ⑭
「ヒールだよー」
「ほんじゃファイアランス!」
「ウィンドパンチ!」
その為、この巨牛に有効なのは魔法攻撃となる。的も大きいので当てるには苦労しない。
ギャルズ三姉妹は確かヒーラー寄りの魔法使いだった気がするか色んなビルドを適当に齧っているようで、槍なども装備しているために何が出来てるのかよくわからない。
1人が大井バさんに回復魔法を飛ばし、他2人が魔法で攻撃を仕掛けた。偶然なのか狙っていたのか不明だが彼女達の魔法は融合を起こし、猛加速した火の槍が巨牛の頭部目掛けて放たれる。
そこに私も重ねるように火属性の魔法を放った。
「え!?」
それは私の声かギャルズ三姉妹か。
彼女達の魔法は確かに私の指示通り蠅を狙った。けど魔法は蝿がブブブと不快な音を鳴らすと出現した氷の壁で相殺された。
相殺されて、後を追うように放たれた私の魔法だけが直撃した。
「せいっ!」
魔法の相殺はPvPの技術として存在するが、モンスター側が行った事例はなかった。今の蝿が狙ってやったのかはわからないがタイミングが良過ぎた。
そのあとの私の魔法が直撃したのはクールタイムのせいか単純にアンデッドとしての処理限界だったのか。偶然ではあったけど攻撃が当たったのは確か。
その火炎で一瞬動きが鈍った隙を突くように大井バさんが繰り出した槍が巨牛の頭部と蝿の接合面より少し下に刺さる。
捩じりながら直ぐに槍を抜く大井バさん、その判断は正しかった。頭を刺されたのにも関わらず、巨牛はまるで頭についたゴミを振り払うように頭をブルブルと左右に振るだけだったからだ。
けどあの巨体だ。槍を刺しっぱなしにしていたら身体ごと吹っ飛ばされていただろう。先程首のスイングでプレイヤー1人を簡単に吹っ飛ばしていたから馬力も実証済みだ。
「オラァ!」
そこで横槍。そうだ。現状では巨牛は脅威ではあるけど脅威の順位では1番低い。隙と見てか巨牛の影を這うように接近していた人狼が槍を抜いて下がった大井バさんを急襲する。
普通なら完璧なタイミングの奇襲。しかし大井バさんはその上を行く。片手の盾で絡めとるように振り下ろされた腕を巻き込むと人狼の突撃の勢いを利用して超変則的な一本背負で人狼を巨牛に叩きつけた。
「ぎゃっ!?」
これには人狼も堪らず悲鳴を上げる。
痛覚制限があっても有刺鉄線に勢い叩きつけられたら脳が痛みを錯覚する。それにしても、単純戦闘能力だったら大井バさんは私の想像よりもっと強いのではないかと思う。咄嗟にやるにしてはあまりにも洗練されたカウンターだった。
いける。
そう思った次の瞬間、視界の端からカッ飛んできた炎のレーザーが大井バさんに刺さった。脅威的な反射神経で盾を割り込ませて直撃こそ避けていたが、盛大に吹っ飛ぶ大井バさんを思わず目で追いそうになる。しかしそれよりも先に大井バさんが吹っ飛ばされたポイント目掛けて土属性魔法で棘を生やす。
炎のレーザーに見えたのは最初にこの陣形を崩した炎の魔人だった。下から低空で放たれたドロップキックが人狼を投げて一瞬動きが鈍った大井バさんに狙い澄ましたように刺さったのだ。
一体どれほど速度のパラメータ、というか脚力を鍛え上げたのか。それともそれが初期特の能力の一つなのか。
「うわわわわっ」
「こうさん!」
「お助けー!」
彼か彼女かわからないが、この炎の魔人は異常に素早い。単純な速度もそうだが0からの加速が上手い。格闘技の動きとは何か違うしなやかなさ。
故に咄嗟に起点を潰すべく足元に土属性魔法を使ったが効果はイマイチ。棘を気にした様子もなく踏み砕きながら上段回し蹴り。鞭のようにしなり振るわれた足に対して、降参表明するように一斉に頭を下げたギャルズ三姉妹の神回避。
悪運が強いというのはこういう事なんだろうか。
無口な襲撃者が動揺したかはわからない。が、澱みなく回し蹴りの勢いを殺さずにターンして後ろ回し蹴りに繋げてくる。
これをビビって転ぶことで再度ギャルズ三姉妹は綺麗に神回避。彼女らの眼球スレスレをガラスの靴が走る。
だが私の視線は何か取り憑いてそうな動きで生き延びるギャルズ三姉妹よりも炎の魔人の手に向けられていた。
回し蹴りから後ろ回し蹴りに繋げる為に後ろを向いた僅かな間。こちらに向いた時には両手に一本ずつ片手斧が握られていて。
直感が斧を私に投擲してくる彼女の姿を脳裏に描き、即座に光魔法で目潰し。なのに嫌な予感は消えず。咄嗟に適当に飛び退いたが、正解だった。光の目潰しなどまるで気にせず私の頭目掛けて斧が投げられていた。避けこそすれど斧が私の頬を深々と切り裂いた。
強い。
PKは初めてではない。幹部候補になってからは幹部陣にPvPの手解きを受けていたから強いプレイヤーにも慣れていたつもりだった。
しかし実戦で幹部級と、手の内がわかってない敵と相対するのがここまで恐ろしいとは。
流れるような動きの一手一手が殺意に溢れていて、なのに全体的にどことなく優雅で。猛毒の花だけで作り上げたような生花と形容すれば良いのか。見栄えはいいのに実態は恐ろしい。
今の私は知る由もなかった。
生産組組合の幹部勢との厳しい模擬戦が天国に思えるような環境で、炎の魔人は毎日の様に鍛えられていた事を。殺意のこもってないような緩い一撃を出そうものなら即殺されるような極限のスパルタ環境で、自分の身を持って炎の魔人は人の殺し方を覚えて、殺意を研ぎ澄ませていた。
人を見出し鍛えるセンスにかけては既に師匠を超えている男の元で炎の魔人は兵器として完成していた。
先生は言っていた。
人には殺人を忌避する理性がある。
故にPKができない人は一生VR内でPKできない。
人の心にはブレーキ装置があって、殺そうとしても咄嗟に頭部を狙う事を避ける。
だが、その理性の錠を破壊する手段に精通する者がいれば話が変わる。
人の心を癒す事に長けた者ならば、自己肯定のロジックを組み立てて殺人を相手に許容させる事が出来るのだと。
誰を指しての発言なのか考えるまでもない。
いたいけな少年に毒を盛らせ、死にかけの老婆にも短刀を握らせる事が出来る。そんな存在をきっと人は悪魔と呼ぶのだろう。
魔王が作り上げてしまった殺人マシーンは相手がどのような言動をしようと攻撃の手を一切緩めない。
あと他に何人生きているのか。視界の隅では既に戦闘が収まりつつあるように見える。こちらを囃し立てるように人狼達が見学している。
そして忘れてはいけない事が一つ。一騎打ちなんてものは物語でしか通用しない。PKプレイヤーに正々堂々の1対1を求めるのは極道の事務所に環境保全の募金をお願いするような無謀なオーダーだ。
ギリギリで斧を躱した私はそれこそ直感で更に身体を逸らしたが、首を半分ザックリ斬られた。赤いポリゴン片が首から大量に噴き出した。
「背中がお留守でゴザルよ〜、巫女ガール殿」
そうだ。この忍者擬きは、最初の襲撃で誰も索敵に引っ掛けられなかったのかはおそらくこのエセ忍者の。
視界の隅では大井バさんがサメを操るプレイヤーと激しく戦闘しているのが見えた。けど、無理だ。三叉槍を持ったプレイヤーがサメのプレイヤーに加勢した。
津波を操るプレイヤーとサメを操るプレイヤーの相性はあまりにも良くて。
津波が大井バさんを球形状に取り囲むことでサメのプレイヤーが三次元で動き始めていよいよ対処が困難に。
大井バさんもサメの猛打と津波の妨害で呆気なく押し切られた。
視界にチラつく毒の状態異常。
短刀に仕込まれていたのか。
どこまでも容赦がない。
今まで私が相手にしていたPKプレイヤー達が赤子に感じるほど実力が違う。
そもそもDDの特記戦力3名が出てくるなんて予想もしていなかった。本陣を守るために出すにしても1人だと読んでいたのに。
あ、そうか。
アサイラムがいるから。
けど知り合ったばかりの狂人に自分の家の留守を任せるだろうか。
いや、それが出来るからアサイラムの統領は統領たり得るのか。
まだ。まだ私は。あれだけ映像でも見ていたのに。彼の力を見誤っていた。侮っていた。
目的は果たしたから何も間違ってないはずだ。
最後まで抗って物資を守ろうとしたようにも見せられたはずだ。
ではなんだ。
この猛烈な悔しさは。
心のどこかでうっかり勝ってしまうなんて驕った考えを持っていたからか。結果はこうも惨敗したのに。
舐めるな小娘。
そう嗤っていた女帝の嘲笑が脳裏に過る。
何も反論出来ない。
アサイラムもDDも舐め過ぎた。
プロゲーマーがなんだと言うのか。
たった10人程度で万単位のプレイヤを殲滅した指揮官。どうして彼の底が私の常識の範疇で測れると思い込んだのか。どうして彼が安易に負け戦をすると思ったのか。
最後に聖女から習った禁忌の魔法である自爆魔法を私は嫌がらせとして使おうとした。しかしそれよりも速く鎖に捕らわれ視界がぶれ、地面に叩きつけられると同時に発砲音が鼓膜を叩いた。
視線の先にいたのは金色の鎖を操る巨大な人狼。その手に握られた拳銃から煙が立ち上る。
私の視界はその光景を最後に暗転した。




