No.Ex 戦闘講義Ⅶ
「は……?」
ノートの思考を唐突に遮る様なアナウンス。
思わず周囲を見渡しても反応している者はいない。
急にキョロキョロしたノートをヌコォと鎌鼬が不思議そうに見ていた。
否、ただ1人、薄らと笑みを浮かべてノートを見ていた。
「我が主人は、どうしてか考えなくても良い事まで考える癖があるな」
バルバリッチャは笑ってこそいるが、目は笑っていない。
誰かに警告をする際によくする目。
いつになく真剣な真紅の瞳がノートの思考を見透かした様に爛々と輝く。
「まだ早い。早過ぎる。主人には暇を与えない方が良いのであろうな。格闘だけとは言わん。使える物全てを使って足掻いてみせろ」
バルバリッチャがそう言うと、決闘の為のカウントダウンにノイズが走り、待ちきれなかった様に一気に0になる。
しゃがんで――――それさえも不正解と判断したノートは召喚した死霊に自分を殴らせて緊急回避を行った。
斯くしてその直感が正しかった事は次の瞬間に示される。
先程までノートが立っていた位置の正面に一瞬で移動したバルバリッチャ。その手刀の振り下ろしでノートが召喚した死霊はノートを突き飛ばすと同時に真っ二つになった。
時を同じくして二つの弾丸がバルバリッチャを襲う。
いきなりのエンドコンテンツからの強制決闘に対してヌコォと鎌鼬はまるで戸惑わない。それが自分の役目だと言わんばかりに即座に銃を装備しバルバリッチャを撃つ。
手加減は無い。
撃った弾丸は魔法を込めた物だ。
距離が近い為回避は難しく、スピリタスの様に弾けば魔法が発動してダメージを受ける。
おまけに言葉を交わす事なくヌコォと鎌鼬は回避と防御をし難い射線を2人で作った。
一つは腰を射抜く射線。
一つは胴を狙う射線。
2択を迫る。
が、バルバリッチャの右腕がぶれる。
胴を狙うヌコォの弾丸を回避しつつ、避けられない鎌鼬の弾丸は右手でキャッチした。
魔法を込められた弾丸は最初の発射時の衝撃で魔法が起動し、一定上の衝撃が再度加わった時、つまり対象にヒットした時に魔法が発動する仕組みになっている。
逆を返せば一定以上の衝撃を与えないと不発する。
「撃つな!」
それにも動じずヌコォと鎌鼬は追い討ちの2射目を放とうとする。
弾丸キャッチはスピリタスならやる。
それこそ弾丸弾きメタが魔法の弾丸なら、その魔法の弾丸対策が回避とキャッチなのだ。
そしてその弾丸をどうするかもわかっている。
その剛腕で投げるのだ。
相手に撃った決死の弾丸が今度は自分に牙を向く。そのパターンを知っているからこそ即座に追い討ちを狙った。
が、それよりも速くノートの警告が飛ぶ。
実際は撃つなの「撃」の時点で2人は反応し動いていた。照準をつける動きをやめ反射的に頭を逸らす。
狙われたのはヌコォの方だった。頬を深く削られて赤いポリゴン片が散る。
「(それ格闘カウントなのか!?)」
魔法連打で勝てるところを一切使ってこない辺り魔法をバルバリッチャが縛っている事はノート達も理解していた。
スキルですら使っているか怪しい。
では今の攻撃は。
ノートも全てを把握できたわけでは無いが、バルバリッチャが動きながら息を大きく吸い込んだ様に見えたのだ。
尋常ならざる肺活量。そこから繰り出される高速の“唾の弾丸”。粘性のある液体が一定速度以上で飛来すればそれは立派な武器になる。
死線を前に唾がどうだの言っているヤツの先は長く無い。頭が良くプライドの高さが天井知らずに見える存在がなんでも使って襲いかかってくるのが如何に恐ろしい事か。
ノートが警告しなければ確実に今の一撃でヌコォは死んでいた。
ヌコォには未来視系のスキルがある。しかしそのスキルの反応が間に合うより先に即死攻撃が放たれればむしろスキルが邪魔になる。
されどやられっぱなしで終わらない。
ヌコォは初期特の力、強奪の能力によりバルバリッチャから速度を剥ぎ取ろうとする。
「――――――!」
不発。
ヌコォの初期特の能力は問答無用に近い強さがある。
ノートを除けばアサイラムの中でもトップのPvP勝利率をマークするのはその初期特の力の対策が極めて困難という事が挙げられる。
ボスにも貫通する圧倒的な優位性。
並の人間なら平衡感覚を盗られた時点でゲームセットだ。
だが、この無敵に近いヌコォの能力には一つ弱点がある。
それはヌコォが強奪しようと能力を使おうとした時、対象の位置を正しく把握している必要があると言う点。
相手の位置を視認できていないと不発する。
そしてヌコォの空間認識能力が並外れていたせいで今まで明確にその欠点が浮き彫りになる事はなかったのだが、この「対象の認識」の判定がかなりシビアだったりする。
自分のいる座標から対象はどれくらいの離れているのか。数字として頭の中で弾き出せるくらいで無いと能力は上手く使えない。
本来直接触れなければ発動しないそれをスキルで強引に運用している。本来できないことを成すには、それ相応の無理を求められる。
本来最初は上手く使えず、後天的にサポート系の能力を取得して徐々に強くなっていくのがヌコォの初期特のコンセプトなのだ。それを使用者がプレイヤースキルのゴリ押しで使いこなしてしまっている為に無法なレベルの強さを発揮している。
ALLFOが予見していなかった完全なイレギュラー。
本来ランダム配布によって強力なプレイヤーの手には渡らないタイプの初期特だったはずが、偶然が重なりヌコォの手に渡ってしまった。
故にこそ、ヌコォの初期特は異様な強さを発揮していた。
その不敗神話が今崩れる。
ヌコォが能力を使おうとした瞬間にバルバリッチャが回避行動を取った。まるでどのタイミングでどれくらい避けたら不発させられるか知っている様に。
座標指定がシビアと言ってもある程度の許容範囲はある。特に対象が遠いほど若干ズレていても誤差の範囲になりやすい。
一方、近い場合はダメだ。座標指定は楽な分、甘えを許してもらえない。
故に、バルバリッチャが回避をして少し座標をズラしただけでヌコォの能力の対象から外れられる。
それを見計らった様にノートの召喚した死霊がバルバリッチャを取り囲む様に現れる。
ヌコォに攻撃した瞬間から、そこからヌコォが攻撃してバルバリッチャが潜り抜け、手に持つ弾丸でトドメを刺そうとする光景が想像できたから。
死霊術はプレイヤーの体勢が崩れていようが余所見をしていようが発動する。頭さえ働くなら幾らでも戦える。
狙うはバルバリッチャ本体ではなく、その右手。弾丸。
恐らく決闘のルールによってバルバリッチャは自分の能力を縛っている。
その制限がどこまでなのかはわからない。
アナウンス。特殊ルールの採用。
本来であれば決闘をするプレイヤーが双方合意して決定されるべきルールがバルバリッチャによって一方的に決められている。
魔法とスキルをどこまで縛っているのか。
最初のノートへの接近は瞬間移動にしか見えなかった。
あれがもし純粋なフィジカルの暴力でしか無いのなら。
アンデッドの包囲網に対してバルバリッチャが反応する。弾丸を起爆させるべく手に殺到するアンデッド共。
其れ等を薙ぎ払おうとして伸ばされた左手。
その動きが変わる。
「(やはり見えてる――――!)」
バルバリッチャの位置から上を見上げてもそこにはただ天井があるだけだ。だがそれはグレゴリの作り出したテクスチャ。そのテクスチャの裏から召喚されたレクイエムがボイスキャノンを放とうとしている。
グレゴリのテクスチャは幻覚系の能力と違って、割と物理寄りだ。古典的故に強力なフェイク。スキルや魔法無しで気づくのは不可能に近いはずだが、バルバリッチャはレクイエムの存在に気が付いたようだ。
自爆系の能力を発動しながら飛び掛かるアンデッド達。
もしアンデッドが爆発すれば弾丸にも起爆する可能性がある。かと言って弾丸を守ることに固執すればレクイエムの攻撃をストレートに受けかねない。
格闘は極論で言えば殴る蹴るが主体なので、打撃系の武器と似通った結果を出すとも言える。しかし如何なる武器でも超えられない格闘だけのアドバンテージがある。
それは『掴み』。物を掴む動きは素手が持つ絶対的な武器だ。
弾丸を遠距離攻撃の為に取っておくのは悪く無い考えだが、同時にそれは片手から『掴み』のコマンドを消すと言うことでもある。
同時にアンデッドの間を縫う様に鎌鼬が照準を付け、ヌコォはアンデッドに包囲された瞬間を逃さない様に強奪の能力を再度使用しようとする。
ネクロノミコンを持つ死霊術師はPvPに於いて、プレイヤーの頭の回転の速さが常人の領域から踏み外した感じのレベルだと、一方的にクソゲーを強いることができる。
リーチを無視して敵を一気に召喚し、包囲して自爆。
これをクソゲーと言わずしてなんと形容するのか。
だがそれは極短時間で死霊を選択して座標をある程度定めて召喚する頭の回転が無いと成立しない。
襲いかかるアンデッドを掴んで盾にしようにも、アンデッドは勝手に自爆するので盾になりえない。しかし下手に突き飛ばせばやっぱり爆発して弾丸にも連鎖しかねない。
そうでなくてもレクイエムのボイスキャノンが放たれたら爆発する。
其方に対処しようとすればヌコォと鎌鼬の攻撃を防げない。
一手で複数の選択肢を用意し、どれを選んでも連鎖して死ぬ様にレールを敷く。
自分が多大な情報を一気に処理できるからこそ、相手に多大な選択肢を叩きつけて殺すという選択がノートには出来る。
格闘に拘り続けるならこのまま――――
側から見たらバルバリッチャの方が追いつめられている。
しかしノートの表情とバルバリッチャの表情だけを並べたらどちらが焦っているか直ぐに分かる。
バルバリッチャの姿が消えた。
どこに。
鎌鼬達が知覚するころには既にレクイエムが腹に大穴を開けて天井に叩きつけられていた。
囲まれていて、攻撃しても自爆してくる状況下でバルバリッチャが見出した脱出経路。それは上。目にも止まらぬ速さで跳躍し、レクイエムが反応するよりも先に抜き手で貫き同時に腹部を破壊してボイス攻撃を強制キャンセルさせる。
天井を蹴って再度突貫。
これはスキルでも魔法でも無い。
今のバルバリッチャが発揮できるフィジカルによる動き。
一直線でノートに突っ込んで蹴りを放とうとしたとろでバルバリッチャは決闘開始から初めて魔法を使った。
空間がひしゃげる様な、捻じ曲げてはいけない方向に金属を捻じ曲げた様な奇妙な音。
自分の攻撃を阻んだ物を蹴って空中で優雅に回転し、バルバリッチャは音もなく着地した。
【予告】
掲示板回を3つ以上やりまぁす!!(血反吐)
【応募】
プレイヤーネーム募集しまぁす!お願いします(嘆願)
※プレイヤーネームですがあまり長くないと嬉しいです
※面白いのは歓迎ですが、あくまでそのプレイヤーネームでその人が活動しているという前提でお願いします(ハゲとか採用しにくいって事です)
※期間は2024/12/24まででお願いします!




