No.Ex 戦闘講義Ⅴ
あああああああシャンフロが身体にしみるぜeeeee
「大正解。格闘は次の行動を選ぶまでの待ち時間が少ないが、コマンドを選ぶのは自分だ。選択肢を選ぶ時間が遅かったら行動の間隔の短さの利点が消える。ぶっちゃければ、長物相手に当たり前みたいに格闘で戦うにはめっちゃ頭が良くないと無理っていうすげぇ夢のない結論がある。そんでもって頭がいい奴は普通に武器持って戦った方が楽って理解してるから、格闘をあえてメインにしていて尚且つ強いプレイヤーってのは、天才かつすごい物好きってことになる。だから格闘メインでスピリタスクラスに強いプレイヤーってのは絶滅危惧種よりもレアだ」
「わぁ」
長々話したのに最終的な着地が「頭良くないとダメだし、そもそも頭良い奴はほとんど格闘なんて実戦形式ではあえてやらん」という救いようのないもので、ツナのなんとも言えないリアクションが皆の感情全てを混ぜたものを短く表現していた。
その反応に対してスピリタスはむず痒そうに顔を背ける。
褒められているが同時に変人呼ばわりされて嬉しがればいいのか恥ずかしがればいいのか怒ればいいのか分からない。実際問題、あえて格闘で戦ってるのも「好きだから」としか言えないのでノートのまとめ方が否定できないのがスピリタスとしていまいち怒りにくい点だった。
「ってことで、これには向き不向きがあるからちゃんと適正に合った技を教えていく。ツナは格闘より魔法のカウンターの方が向いているな。もちろん、近接格闘でのカウンターも指導するが………そうなると、一番指導に向いているのはゴロワーズだな。どっちも出来るし」
「ゴロゴロ!」
「あたち!?」
近接も魔法も得意でガンガン前線に踏み込んでいくバーサーカー的な動きはゴロワーズが得意とする動きであり、瞬間火力に長けるツナが担うポジションでもある。
途中から闘技場の観客席にて完全に他人事でノート観察に勤しんでいたストーカーはいきなり巻き込まれて素っ頓狂な悲鳴をあげる。
子犬のように純真なツナにじゃれつかれるとゴロワーズがタジタジになるのがノートには手に取るようにイメージできたが、ゴロワーズにはいい薬だと思うことにした。
相手にとって楽しいと思わせる指示を出す。この理論には先がある。
指示に従うことを当たり前だと思うレベルまですり込めば、戦略上のベストアンサーをぶん投げても問題なくなるのだ。
「エロマ、それとカるタ。二人はスピリタスが合ってるな。エロマは蹴り技主体である種自分で機動力を削る選択肢を選びがちになりやすいから、そこの対策もしっかりスピリタスと考えるんだ」
「わかった。やってみよう」
才能はあるが取り扱い注意のラベルが貼ってある奴ばかりを相手にしてきたノートからすると、エロマのなんと素直なことか。言われたことをまずちゃんとやってくれるエロマにノートはほろりと涙が出そうになる。
なんで俺の周囲に集まってくる奴、取り扱い注意と危険物のラベルばっかりなんだろう、と。
「うい~。ってあっしもなんすね」
「カるタはもう真っ当に経験値積んで選択肢のバリエーション増やせばOK。そんでもってエロマの指導役も兼任だから」
「えぇ…?パイセン、あっしにだけ厳しくない?」
カるタの場合、逆にちょこちょこ文句を言う方が心を許した証なので気にしない。
師匠への回答に正解をもらえてご機嫌なのか文句を言いつつその顔には笑顔がある。
「VM$、喜べ。お前はトン2とGingerが相手だ」
「う゛っ」
「ネオンもその組な」
「はいっ」
最後に呼ばれたのはVM$とネオン。
まあうち後衛やし関係ないわな、みたいな顔してススッと応援側に回ろうとしていたVM$から珍しく余裕も可愛げも一切ない声が出る。
VM$は基本的に飄々としていて完全に素を見せるといったことがない。
切羽詰まることが絶対にないとは言わないが、全てをどこかゲーム感覚で捉えている傾向がある。
人間関係においても殊更苦手意識を持つ相手はなく、上手くやろうと思えば誰とでもある程度以上は仲良くなれる能力を持っている。
しかし、そんなVM$にとってトン2とGingerは例外中の例外とも言える明確な天敵だった。
VM$の対人関係の動きにおける基本理論は、『人の行動理念はある程度パターン化できる』という考えに基づいている。
その理論に基づいて行動すれば自分の立場が極端に損なわれず、楽な立場を確保できる。それはVM$が人生を通して積み上げた経験から生み出した基礎理論だ。
されど圧倒的な才能を持つ連中はどこか常人と違う価値観で行動する傾向がある。故にアサイラムの中ではあまり今までの理論が通じない為、見識を広げるには良い機会だとVM$は楽しんでいる。
ただし、それはあくまで楽しめる範疇にある相手だけだ。
トン2とGingerは奇人変人だらけのアサイラムの中でも明確に常人と違う価値観で行動する傾向が強い。人よりも獣に近く、獣よりは気まぐれ。今までの理論が一切通じない。
そのくせ常人の理論を飛び越えた方法で周囲の感情の変遷に敏感に反応してくるのだからタチが悪い。
ゲーム感覚で動いて本心を分厚い仮面で覆い隠すVM$からすれば、自分の感情をストレートに見抜いてくるトン2とGingerは相性最悪に近いのだ。
ノートのも少し似た部分はあるが、ノートはその読み取った情報から気を使って踏み込まれたくないところまで強引に踏み込んでこない常識がある。しかしトン2とGingerは疑問に思った事はストレートに問いかけてくる。相手の触れられたくないゾーンまで平気で踏み込んでくる。気を使えないわけではない。使おうと思えば使う頭はある。それ以上に害意や悪意に敏感過ぎて「お前は私の敵か」と問わずにはいられないのだ。
嘘と誤魔化しが一切通用しないし、本気出さずにそれなりで済ませて余力を残しておく事が当たり前のVM$からすれば、全力を出すまで容赦無く攻撃してくる2人が苦手で仕方がない。
まだ出来るはずだ。誤魔化すな。逃げるな。
そう言わんばかりに2人はVM$の弱点を突いてくる。
対してネオンは素直だ。言われた事に全力でぶつかるし、基本的に嘘や誤魔化しがない。トン2やGingerから見ても雑念がなく非常に接しやすい相手だ。
対人関係に於いて対極に立つ2人をノートがセットで当たらせたのは偶然ではない。
VM$はなんて事を言うんだ、とノートに恨めしげな視線を向けるが、ノートはどこ吹く風。ガンバレ!とサムズアップする。
何もノートは意地悪でトン2とGingerをVM$に当てたわけではない。
VM$がトン2とGingerを苦手としている事はわかっている。普段猫を被っている連中ほどこの2人は天敵でしかないだろう。
VM$は今までその要領の良さで嫌な事から逃れてきたが、世には避けられないものもある。特に指揮官を担うプレイヤーは好き嫌い得意苦手をぐだぐだ言って逃げられるポジションではない。
勿論、嫌な事から逃げてはいけないとは言わない。
逃げな過ぎるとノートのように人格に歪みが起きる。
それでも本当に全力で逃げなくていい事まで逃げる事は許さない。ノートは似た系統の才能を持つ者には基本スパルタだ。
「VM$さん、一緒に、頑張りましょう」
「う、うん」
そして苦手なのはトン2達だけではない。
微かな隔意すら無い真っ直ぐな瞳で見つめてくるネオンに対して、VM$はいつものどこか酔っ払ったようなニヤケ面で返せなかった。
ノートの人心掌握は並外れた観察眼をベースとしてそこからプロファイルを行い対象と周囲のバランスを考慮した飴と鞭を使って為される。
一方でVM$は人の歪みを利用する。例えば嫉妬心、自己顕示欲、承認欲求など、どんな人の心にもある『歪み』だ。その歪みは欠点ではない。誰にでもある歪みなのだ。
正方形のパズルがないように、ピースは凹凸があるのが自然なのだ。
VM$の人心掌握はこのパズルに当てはまりそうなピースを用意して、それが欲しければこっちにおいで、と望む方向へ進むべき場所を誘導するのに近い。
馬の鼻先に好みのにんじんをぶら下げて誘導する。
簡単に言えばこれを人間相手にもやっているだけだ。
しかしこの誘導方法には『馬は好物を食べようとする』という前提がある。
本来届きそうにない位置の物にまで口を届かせようとする動きは、人間で言うところの『歪み』に当たる。
好物を意地でも食べようとするその『歪み』があってVM$の人心掌握は効力を発揮する。
されど、極稀に嫉妬心をどっかに落としてきたような人間は存在するのだ。
努力をする事に大きな理由を必要としない人種がいるのだ。
歪みが極端に欠落した人種がいるのだ。
人は努力する際にすら歪みを必要とする。
今より勝ちたい。
今より優れたい。
今より美しくなりたい。
欲求は歪みの源泉なのだ。
だがネオンは努力に際し大きな歪みを必要としない。
抱える欲求の小ささに際し出力される努力の量と質が常人では理解し難い一次関数の傾きを見せる。
元々メンタル強めな真性陽キャ寄りの存在が生育環境に於いて非常に大きな不幸が重なった結果孤独を拗らせ、そこから再び自信を取り戻した結果、他者の介入を受けてもまるで揺らがないメンタルお化けが爆誕していた。
本来あるべきパズルの凹凸を恋人からの愛情でほぼ完璧に無くしている。故にネオンは揺らがない。
VM$からすればここまでコントロールし難い相手はいない。
隙が多くて抜けているようで芯の部分があり得ないほど丈夫。心をこじ開けようとした手の方が怪我をするレベルで堅い。
そんな相手が善意100%で見つめてくるのだ。
他者に嫉妬心を抱かないと言うのはつまり、人の劣等感を理解できないと言うことでもある。
自分がそう思うから周囲もそう思うだろう、と人は無意識に周囲を見ている。逆もまた然り。周囲に嫉妬しない人間は自分が嫉妬されるとは考えない。
心に闇を抱えた者からすれば、ネオンはまるで自分の歪みを映し出す鏡のような存在だ。
トン2もGingerもネオンも、根底に悪意があるなら幾らでも反撃できた。
しかし3人ともまるで悪意がない。
「いやや〜〜!!恨むでリーダーーーー!!」
トン2とGingerに両腕をガッチリ確保されたVM$はノートに怨嗟の声を吐き出しながら引きづられていく。
「酷い……」
「相変わらず、指揮官タイプには容赦がないのね」
「VM$はなー、どっかまだ壁があるからスパルタで叩き直す」
いつ間にかノートの後ろにいたヌコォと鎌鼬がその様を見てポツリと漏らす。
「内容は知ってるんだっけ?」
「近接格闘の演習と聞いているけれど」
鎌鼬が射撃以外の演習で顔を出す事はかなり珍しい。
おそらくそれを鎌鼬に知らせ、鎌鼬をこの場に連れてきたヌコォを見ると、ヌコォは少し離れた位置に立って無手で構えた。
「私も稽古はつけられる。良い機会。2人の技術をみたい」
あまりに近接格闘には不向きなトランジスタグラマーな体型と何を考えているかわからない無表情さでアサイラムの中でも認知度は低いが、ヌコォは空手の段位持ちである。
それも演舞重視ではなく、護身術の方面に重きを置いた流派で段位を持っている。
つまりその技術にはリアルに於いて殺傷性が認められている。
体格があまりにも格闘の適性とかけ離れた成長を始める前のヌコォはそれこそ大会で優勝を狙える腕前の強さを誇る選手だった。
現役よりもその腕前は確かに劣化はしているだろう。
しかし肉体も知能も当時より格段に成長している。技術は頭脳で埋められる。
確かに悪くない。
そう思いノートがヌコォの前に立ち構えの姿勢を取ろうとすると、コツコツとヒールの音をやけに響かせながら更に声が割り込まれた。
「貴様らは、相も変わらずよくわからぬ事をしておるな」
「バルちゃん……」
通路より闘技場に入ってきたのはバルバリッチャだった。
鮮烈にして優美にして尊大な絶対的強者。
アサイラムの真の支配者。
君臨すれども統治せず。
アサイラムの中で誰よりも自由な存在は神出鬼没。
真紅の長髪は風のない空間でありながら意思を持つようにたなびき、ひとりでに纏まると蛇が鎌首をもたげるように動く。
漆黒を基調とし深紅を散りばめたゴスロリドレスは歩きながらより肉体にフィットした形状へ変化し、余分なパーツは砕けて赤いポリゴン片となって散っていく。
長手袋がメタリックな輝きを放ち出し、ヒールも形状がブーツの様に変化し、更に材質がいつのまにか金属へと変化していく。
真紅の眼が輝きを増す。
あらゆる宝石よりも我こそが美しいと叫ばんばかりに。
「格闘術について基本的な理論を学ぶ事は良かろう」
アメリカでの戦闘は色々な物が大きく変わるキッカケとなった。
その中でもアサイラムにとってノートの初期特である『ネクロノミコン』の進化は大きな影響を齎した。
実質的に死霊全体が1段階強化されたと言っても過言ではない。そしてその死霊の中にはノートの支配こそ受け付けないがバルバリッチャも存在する。
ただ、バルバリッチャはネクロノミコンの影響以上に強くなっている。
率直に言えばまた勝手に『進化』していた。
ノートはバルバリッチャのステータスを見る事はできない。しかしバルバリッチャの強さに連動して強化されるバルバリッチャコートは事実を淡々と伝えてくる。コートを常に装備しているノートが気づかないはずがない。
おそらく原因はバルバリッチャソードを護符にしての文字化け討伐。
バルバリッチャはハッキリと、自分の力の断片を使ってノートは文字化けを倒した、と言った。
バルバリッチャソードはただの武器では無い。ノートのコート以上にバルバリッチャ本体と強い結び付きがある。バルバリッチャの力を使って倒したのなら、その時の報酬がバルバリッチャに流れていても不思議では無い。
ノートの見立てでは、初期に出会ったバルバリッチャを容易く粉砕出来るレベルまでに今のバルバリッチャは強くなっている。
最早ノート達と一緒にいる事が道楽に過ぎないとしか思えない程度には。
「しかし、貴様らはもう鍛える必要はあるまい?人が費やせる可能性には限りがある。格闘を主体で使う機会があるのならば一考の価値はあるやも知れぬが、貴様らはそうでは無いだろう」
未だ行動原理を明かさぬアンタッチャブル。
ゲームバランスを著しく狂わせている諸悪の根源の一つ。
ALLFOがどの様な意図で野放しにする事を許しているのかノートですら理解できない存在。
「より深きを目指せ。深きで浅きを退けよ。磨き上げた一は幾千の惰性を打ち砕く。貴様らなら理解出来るはずだ。我が相手してやろう」
大悪魔はいつだって自由だ。
おめぇも生徒だ
 




