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No.539 スポーツは筋トレ至上主義

ゲリラだ!ゲリラだぁああああ!!



「(これを乗り越えたら、フェードアウトから少しは延命できるかな――――――)」


 インフレについて来れないバトル漫画のキャラの処遇はいつだって似ている。そのうち話の本筋に関われなくなって登場しなくなるのだ。

 それと同じ。

 想い人の周りにはインフレし切ったバトル漫画の終盤に出てくるヤツが何故か定期的に湧いてくる。そして戦闘について行けない奴は置いていかれる。

 そのついていく為の最終ラインの基準が、ノート周辺のコミュニティで1番年下のユリンになるのは通常の組織では違和感のない事なのに、その一番年下が1番才能の塊みたいな存在なのだから着いて行く方は絶望しかない。

 何が問題と言えば、運動だけでなく知能面に関しても優れている事だろう。およそ弱点らしい弱点が刺々しい性格くらいで大体の事は涼しい顔でやり遂げる完璧超人。

 それがユリンだ。

 ユリンに対して憧れではなく絶望を抱いた女からこのコミュニティからは脱落していく。


 けれどLOWWA子はユリンが嫌いではなかった。

 

 人が羨む物。

 裕福な家庭、愛を与えてくれる両親、優れた知能、世界でもトップレベルの運動神経、可憐な容姿、複雑な事情を理解して愛してくれる恋人。

 皆の欲しい物を、キアラ自身が欲しく仕方のない物を大体は持ち合わせているのに、誰よりも生きづらそうにしているから。


 本当は誰よりも才能に溢れていて、それでいて冷静で冷徹なのに、兄貴分に可愛がってもらえるから敢えて兄貴分の前では殊更に子供っぽく振舞う人間らしさ。

 小学生からその成長を見てきたLOWWA子は、ユリンが兄貴分のいない場ではもっと冷めた感じだと良く知っている。


 本当に感情のままに動くだけの存在なら、兄貴分もここまで甘やかしたりしないし、周囲からの風当たりも強かっただろう。


 本質的には冷めているから、ユリンは強いのだ。

 それをトレースする。

 

 本能的に体を動かすが、戦略は冷静に。

 

 LOWWA子はユリンの動きを夢想する。

 この状況下で、ユリンならどんな挙動をするか。

 ゲームのパラメータ上はそれを可能にするだけのフィジカルがあるのだから「できる」と思って成せばいい。

 

 さどこれは「言うは易く行うは難し」の典型例だ。


 「はい、貴方に今リアルのフィジカルの10倍のパワーが与えられました!オリンピックの選手なんて歯牙にもかけない動きができますよ!ほらやってみて!」

 そんなことを急に言われて、例えばフィジカルが足りていても運動選手が鉄棒でやるような技をいきなり出来るかと言えば、答えは「不可能」だ。


 一般人は脳が状況について行けない。

 相当の練習を重ね、先入観を捨てる練習をしてようやく少しずつ脳が適応していく。

 オリンピックの選手ですらいきなり鉄棒の上で飛んだり回ったりできたわけではない。補助のインストラクターが横について指導して感覚を覚えて初めて実戦に移れる様になっていったのだ。

 もし筋力だけでスポーツの勝敗全てが決まるなら、世の選手は練習などせず一生筋トレだけをしているだろう。スポーツは筋トレ至上主義だったはずだ。

 世のスポーツの金メダリストがその競技会で1番フィジカルに優れているのかと言えば否。

 筋力と、その体を動かす運動神経が釣り合って初めて十全に力を使うことが出来るのだ。


 余談ながら、どうしても脳がリアルの身体の動きを大幅に超える動きをすることに拒否感を覚えてしまう一方、逆に「自分のリアルの身体に存在しない部位」の操作には妙な適性を発揮する人間も極めて稀だがいるには居る。

 そう、例えばLOWWA子の想い人、今杭のように廃材をそこら中に打ち込みまくっている奴がその才たる例と言って過言ではない。

 

 肉体のコントロールにおいて人外の領域に片足突っ込んだような適性を見せたユリンとスピリタスの背をGBHWで見続け、それに追いつこうとしても無理だと中学生の段階で早々に悟った。

 ではどうすればいいのか。

 自分の肉体以外の操作なら、敵うのか?


 その発想から鍛え上げたコントロール能力はプロさえも翻弄する領域に至った。


 発想を自由に。

 もっともっと、自由に。

 現実という名の固定観念を破壊する。


 これがVR上の戦略の妙だ。


 人類が面々と受け継いできた指揮のノウハウを一部流用できる部分はあれど、本質的には違う。チェスと将棋が大まかに似ていても将棋の戦略をチェスに適応できないのと同じだ。

 

 LOWWA子はラノ姉の動きから狙いを推察する。


 地面に打たれるのは杭の様に見立てた廃材。

 廃材には複数のパークが効果を発揮している。

 トラッパーと戦術の両適性をとったラノ姉が使えるパークははてさて。


「(なんだっけ?)」


 記憶力の限界。

 基本は抑えていても時間経過に応じて解放されていくパークにまで記憶が及ばない。

 それこそネオンがいればスラスラと誦じただろうが、様々な知識を吸収する力に長けた才女の記憶力ほど優れた脳みそをLOWWA子は持ってない。


 兎に角何かを狙って動いているのは確かだ。

 自分がやるべき事は撹乱。ラノ姉へのヘイトを散らして――――――


 そこまで考えが及んだ所でいきなりゲンゴロウの動きが変わった。

 足元のフィールドにチマチマ細工をし続けている不穏な女に対して並々ならぬ脅威と判断したのか今までの中で最も俊敏に挙げた手を縦に振り下ろす。


 距離的には全く届かないのだが、LOWWA子の優秀な動体視力はゲンゴロウの指先からポテチの様な何かが散弾銃の様に放たれたのが見えた。

 ラノ姉のいる方向に一点狙いで広角に放たれたポテチのカケラの雨。サイズこそリアルのポテチだが、その硬度が金属と同等で、目で追うのも難しいスピードとなればただの殺人兵器だ。


 加えてポテチの独特の形状に対する空気抵抗が組み合わさったせいかポテチのカケラ群は非常に読みづらい軌道で拡散する。


「っ!」


 対して標的にされたラノ姉はちょうど地面にまた杭を打ち込もうとしている最中。片手で廃材を地面に垂直に添えてちょうど槌を振り下ろさんとしている。回避行動に即座に移れる体勢ではない。


 間に合わない。例えフィジカルが足りていても救出に至るまでの想像ができない。

 それはLOWWA子と同じく反応していたメルセデスも同じ。


 メルセデスは最前線でゲンゴロウの足止めを紙一重で続けていた。普段は指揮官として最前線を張るタイプではないメルセデスが1人で戦線を支えていただけで驚異的な貢献なのだが、それ故にここからラノ姉を救うだけのキャパがない。


 では残りのプレイヤーは。


 これまた活動限界に近い。


 まずもってラノ姉の邪魔をしない様に距離を取っていて、フィジカルを最大限に駆使して間に合いそうなのはたった1人。

 しかし今生き残った連中は精鋭だからというよりは生存能力が高かったからとしか言えない連中。

 ラノ姉を庇いにいくだけの発想が足りない。自分の命を捨ててカバーに入るには守りの姿勢が染みつき過ぎている。


 詰み。


 走馬灯の様に引き延ばされた時間の中でメルセデスとLOWWA子の脳裏にその2文字が過ぎる。


 ただ1人。

 この状況下で諦めていなかったのはただ1人だけ。


「(――――こうして!)」


 リアルのフィジカル云々ではちょっとキツい体勢。

 足腰を駆使して苦し紛れに飛び上がったところでポテチの散弾銃は縦にも横にも散らばっていて致死のレベルで被弾してしまう。確実にラノ姉をここで潰すべく放たれたとしか思えない必殺技だ。


 故に今使える手札は少ない。

 限りある手札の中で生存ルートをこじ開ける。

 なんだいつもやってることじゃないか、男はそう思う。

 

 棒状の廃材を掴んでいた左手首を直ぐに返す。

 方向は適当でいい。廃材が地面に対して平行以上に斜めになれば。

 同時に発動予定だった空間固定のパークを廃材に瞬間的に発動。

 固定するのは一瞬でいいのだ。

 連動してスイング仕掛けていた木槌を持つ方の手の軌道を強引に変えて、地面に対して平行になった廃材の尻を木槌で一切の手加減なしに思い切り打つ。

 一瞬だけ地面に対して平行に廃材は設置され、解除と同時に木槌の力が廃材に伝わる。

 両方とも硬化のパークをかけていたために激しい金属音が発生する。


 さてこれでどうなるのか。


 ラノ姉の左手はずっと廃材を掴み続けている。

 そして右手の木槌によって廃材は打たれた。

 こんな苦し紛れでもスイングでは、現実では大した力は伝わらない。

 ただ、アゲマイによってフィジカルが制御困難なレベルに跳ね上がっている今なら話は別。

 廃材に伝わったパワーは廃材を弾丸も斯くやの速度で吹っ飛ばす。そのパワーは、廃材に捕まっていた大人一人分の重量を簡単に引っ張れるレベルのパワー。

 廃材を掴んでいたラノ姉はライナー上の軌道で打たれた廃材に強烈に引っ張られて連動して吹っ飛ぶ。


 自分の足腰のフィジカルで解決できないのなら、自分以上のスピードで動く物に掴まって移動すればいい。


 発想自体は言葉に纏めれば簡素だが、咄嗟にこの手筋を一瞬で構築できるかどうかは別問題だ。


 だが、ラノ姉は事実やり遂げた。


 

このリアルスペックとの不一致の問題を解決しない限り、多分VRがいくら発達しても2Dタイプのゲームは一定の需要はあるんだろうなぁ、と

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲリラ!
[良い点] ゲリラだワーイ!(・∀・) [一言] 発明が生まれるたびに、才能もまた生まれるのだろうか。 インターネットのない時代にハッキングの才能は存在するのか。ネットの誕生とともにネット関連の才能…
[良い点] 廃材を打って掴まる…石柱を投げて乗るような人外挙動… あの一瞬でできるのは本当に不思議
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