No.534 介入
Ikkiのネームド人型NPCの名前は基本「米」にまつわる出来事と結びついている。
アゲマイは『上げ米の制』から取られた名だ。
米1万石につき100石の米を幕府に収める代わりに、参勤交代による大名の江戸の滞在期間を一年から半年に短縮する。
財政難に陥った幕府が打ち出した政策で、武士にも農民にも特に何か大きな影響をもたらした政策でも無い。
それでも一応なりとも大名に関わる政策なので武士側のNPCになったのか。
元ネタの要素をあえて挙げるなら米を徴収し、それに対するメリットを齎すというポーズを取っているだけで、実態としては全く違う。あくまで名はネタの原型なだけでキャラ造形は魔改造されてほとんど原型など無い。
米が費やされ、まるで貯金箱にコインが入っていく様にミラーボールの中に小さな米俵が入っていく演出が起きる。同時にミラーボールが更に大きさと高度を増し、ギラギラと周囲を照らし始めた。
「よかぞよかぞ!もっとだもっと〜!」
ぴょんぴょんと跳ねる割に鉄壁の絶対防衛線を形作るミニスカ。ハイテンションでスキップをする様に舞うアゲマイからハートのエフェクトが舞い上がり、プレイヤー達を強化し始める。
これでいよいよ勝率は分からなくなってきた。
対第五種向けのネームドNPCをドラフトするとしたら、Ikkiプレイヤーの多くが三位以内に必ずアゲマイを選ぶだろう。それは性能もそうだが、基本的にプレイヤーに対して協力的で、一般的に癖が強すぎてコミュニケーションがあまり成立しないNPCの中でもコミュニケーションが成立する、というのが大きい。
特にこのように武士と農民が入り混じって共闘している状況の中で、状況を鑑みずに農民死すべしと農民に襲いかからないどころか皆でゲンゴロウを倒そうとしているのを察して農民も強化してくれるアゲマイは都合がいい。
「(―――――――何か弄ったか?)」
あまりに今の状況には都合の良い存在。
メルセデスの中にとある疑念が過る。
それは運営からの秘密裏の介入。
Ikkiというマイナー寄りなタイトルにしては、今の配信の同時接続数はメルセデスから見てもかなりの数値を叩き出している。誰が意図的に火付けをして話を広めているとしか思えない勢いだ。
そんな状況の中で、分かりやすく皆が団結して強敵と戦闘をしている状況。Ikkiの配信としては満点とは言えないが、単純な配信映えとしては抜群だ。
メルセデスはすぐさま強化に反応し、足元に落ちていた瓦礫を拾い上げると綺麗なフォームで投球する。ただでさえフィジカルに補整がかかっている武士のパラメータに更に強力な補正がかかる。
アゲマイによってピンクのバフに包まれたメルセデスの投げた瓦礫は、ピンクのエフェクトの尾を引きながら流星の如く解き放たれる。
その時初めて、ゲンゴロウが能動的なガードを行った。顔面一直線に飛んでいった瓦礫の流星に対して飴細工の腕を構えてガードをした。
ドォン!と大きな音。凡そ瓦礫と飴の甲殻を持つ脚が激突したとは思えない音がする。
これはメルセデスがパークを使って投球をしたわけではない。ただ自分の運動神経と素のパラメータを使って瓦礫を投げただけだ。農民の攻撃からしたら必殺技にも匹敵する威力が、武士への超強化によって通常攻撃レベルまで引き下げられるのだ。
「いけるぞ!」
「やれる!やれる!」
これまではクリティカル級の攻撃でもゲージが減ったのかわからない様な状態だったが、アゲマイが現れて以降は明らかに自分たちの攻撃でHPが減っていくのが目に見えて分かる。
これなら致命的なミスをしない限り勝てる。誰もがそう考えた。
HPゲージは1割を割り込もうとしている。ゲンゴロウの挙動に若干に変化が見られ始めたが、それでも今は攻撃力の方がリスクを上回っている。
「みんな気を付けて、力に振り回されないで!」
風向きは追い風。体の動きもパワードスーツでも纏ったかのような軽い挙動。皆のテンションもうなぎのぼりだ。
普段であればこの状況を更に煽り立てるのがラノ姉のスタイルだが、ここでラノ姉は皆の手綱を強く引く。
鋭く差すような声で周囲の意識を強制的に束ねる。
ただ一人、皆のテンションが上がる中でラノ姉は逆行するように急にシラフになっていた。
「(え?飽きた…………!?)」
声質からLOWWA子はラノ姉の心情を感じとる。
先の結果が見えると急に飽き始める悪癖。普段はそこをユリンをはじめとした超人が後押ししてゴールポストまでボールを蹴り込むが、今は超人どもが居ない。
自分が最前線を突っ走っている時は皆が悲鳴を上げる勢いで引っ張っていく癖に、皆が勢い付きだし希望が現実になり得るとわかると逆に冷静になっていくという奇妙な性格をしている奴。それがこの女だ。
されど今回のソレは飽きとは違う。
ラノ姉はゲンゴロウの動きに不審なものを感じ取っていた。
いやまさか。
そんな訳。
けどこれは――――――
確かにAIの導入でゲーム制作難易度は部分的には非常に下がったと言われている。
特にGoldenPear系列はSophiaの開発で開発力にかけては独走状態。ALLFOの狂気的なヒットで膨大なデータを収集することに成功し現在進行形で有史のAI全てを大きく突き放す勢いで成長し続けている。
ラノ姉は、ノートは、ALLFOとGBHWの接点に気づいて以降、7世代のゲームを始める際は制作スタッフにどんな連中が参入しているか必ずチェックする様になってた。
そこから導き出されたのはALLFO製作スタッフの中核メンバーの異質さ。このメンバーはSNSで漁っても全く素性が浮かんでこない癖に他の7世代のゲームの中核スタッフとしても加わっている。
つまりそれは、大手を振ってGoldenPear内のデータが流用しやすい状況にあるという事。
Ikkiはベースの設定こそ癖が強いがバトルロワイヤルとしてはかなりしっかりとした作り込みでゲームバランスにも良く注意を払った意外と王道を抑える路線を取っている。
奇抜ゆえにこそ、抑えるべき王道を確実に抑えてユーザーからの意識とのズレを減らそうとしているのだろう。
ではこのIkkiがゲームの王道を踏襲しているのなら。
PvEを想定されていると思われるレイドボス級の敵が初期からの行動パターンのまま倒される、なんて“つまらない事”を認めるだろうか?
メルセデスはまだ疑いの範疇だが、ラノ姉はこの配信を見守っているはずのやたら静かな配信サポートの動きから確実にこの配信にテコ入れが入っていると確信した。
ゲンゴロウを出現させたのも仕込みか?
そこに相性が良く人気キャラのアゲマイが登場したことを偶然のラッキーとラノ姉は思えなかった。
―――――――――まさか、こうなる事を見越して?どうして配信者ではない自分の出演を強くGoldenPear側が要求してきたのか。理由が、このシチュエーションを狙っていた物だとしたら?
だったら、絶対にこのままアッサリ終わるはずがない。
アゲマイと言う追い風は強すぎる。
下手をすれば、自分と同じ結論に到達する陰謀論めいた奴だって現れる。
その考えを打ち消すとしたら。
この追い風が微かな奇跡としか思えないような逆風が吹けば。
遂にゲンゴロウのHPが1割を完全に切った。
そこでゲンゴロウが腕を大きく振り上げた。




