No.527 歯が全ダイヤモンド
「よく、笑えるな!」
一発掠ったら終わり。
説明されたことで恐怖感はより具体的なものとなったはずだ。第五種のスペックは説明されて「よーし、じゃあ気を付けて頑張るか!」となる代物ではない。正しく「クソゲーだねコレ!」って言いたくなる感じの代物だ。
なのに笑ってられるのは、恐怖や緊張と言った感情の回路が焼き切れているとしかメルセデスには思えない。
たかがゲーム。そう思うだろう。
だがいざVRの世界に降り立つと、そんな事を脳はいとも容易く忘れる。七世代はよりリアルだからこそ、余計に体はリアリティを全身で感じる。襲いかかる獣は皆恐ろしく、初めてであれば犬にさえ腰が引ける。何度も何度も経験を積んでその恐怖を乗り越えたとしても、初めて遭遇する巨大な敵に全く恐怖感を抱かずに戦えるのはもはや才能というべき能力だ。
「だって、楽しいからね!無理っぽいことに突撃する時が、一番成長してる気がするからね!」
対して、この女は楽しいと唄う。
楽しいから、怖くない、緊張もない。この状況を心から楽しめるから、強い。
それはこの女を象徴するような一つの考え方。
無謀を前に足をすくませるのではなく、面白い事だと笑える感性。
恐怖や緊張が擦り切れる迄、弾丸と怒号と罵声と臓物が一切の補正無しに飛び交う世界のその第一線をもっとも多感な時期に走り抜け、あまつさえ数々の伝説を打ち立て、クレイジーギャングは一匹の怪物に変貌したのだ。
GBHWという生き地獄で数々の死体の山を築き上げてきたこの女からすれば、この程度のクソゲー仕様はあまりにも温い。
フレーム回避や全方向ビームやらを当たり前にしてくるGBHWのボス連中からしたら、何を恐れるか。
もっと無理な状況だって最近なんとかした。㎞単位のどう考えても登場時期を間違えている化物を数万のプレイヤーと共に撃破した。
過去に積み上げてきたあまりにも濃い経験がこの女をより化物へと変えていく。全てを通過点にして、この女は笑う。
「それ、もういっちょ!」
パークを次々と使いラノ姉はダメージを稼いでいく。
トラッパーは使いにくい分、裏を返せば使い手次第で色々な顔を見せる。罠と言うのは設置しても効果を発揮するが、罠そのものをぶつけてもある程度効果は発揮するのだ。
「ひっくり返るぞ!」
「これの事ねー!」
2分ほど攻撃を続けているとゲンゴロウが両前脚を地面に深々と突き刺す。両前脚の振り下ろしでも衝撃波の発生がなく、いつもより深く突き刺すのがモーションの前兆だ。ゲンゴロウは下半身を深く沈めると、大きくジャンプ。その大きくて甘い香りのする巨体で前転倒立をする。
しかしゲンゴロウが下半身を大きく持ち上げる頃には既にラノ姉とメルセデスは左右に分かれて側面に回り込んでいる。ズンと大きな音を立ててひっくり返るゲンゴロウ。いかにも攻撃してくださいと言わんばかりのマシュマロボディ(読んで字の如くマシュマロ胴)の腹が遂に完全にさらされる。
ゲームでよくあるダメージ稼ぎの為のデレ攻撃だ。勿論、回避をミスったら一撃死の背面プレス攻撃でもあるが、事前にモーションを理解していて早めに避けてしまえば絶好のチャンスになり得る。
上の部分は甲虫の様に細長いせんべいやポテトチップスの様な物が甲羅の様にマシュマロを覆っているが、腹側にはマシュマロを覆う装甲用の菓子はない。
「わかってるよな?!」
「わかってるってー!」
このご褒美タイムを逃すゲーマーがいるだろうか?
遂に訪れた絶好の攻撃タイム。晒された明らかな逆転部位。わーい逆襲の時間だー!そうゲーマー達は思いニコニコに飛び掛かる。
そしてそれこそが最悪の罠なのだと気づく。
歯が全ダイヤモンドの怪物用としか思えない、あまりにも硬すぎるクッキーやキャンディーの装甲を持つゲンゴロウの中でも、マシュマロだけは割と見た目に近い硬さを持つ。つまり農民程度でも千切れそうなほど柔らかい。
ただ、柔らかいのと壊れにくいのは別の話だ。
クッキーやせんべいが異常に硬くなっている様に。マシュマロの場合はその独特の粘着性がお菓子としては不適切なレベルに強化されている。まるでそれは接着剤の塊のようなものだ。下手に柔らかさだけはリアルとのソレと変わらないために武器は深々と胴に突き刺さり、抜こうと思った時には手遅れ。獲物はがっちりと飲み込まれ、固着した瞬間接着剤よりも粘り気が強く、熱した上等なチーズの様に伸びて引き千切れない。
完全な初見殺し。ラノ姉がクソゲーと断じたプロゲーマーの習性を逆手に取った様な悪辣すぎるトラップだ。
その対策としてそれぞれ用いられるのがパークだ。
メルセデスが発動するは生存ボーナスで発動できる強パーク『ウルトラパリィ』。
将軍は通常でも防御が高く更には太刀による攻撃の弾き性能がかなり高いのだが、『ウルトラパリィ』はそれを更に強化して太刀に触れる前に周囲にある物を吹き飛し追撃ダメージを出せるようになる。
人程度なら軽く吹っ飛ばせる弾き能力があり、防衛にはうってつけの能力。しかしこの吹っ飛ばしでも吹っ飛ばない重量の敵に向けて使うと、この攻撃力は刀の周りに見えない円柱型チェンソーでも駆動しているかのような異常な殺傷能力を発揮する。
なにより重要なのは、太刀の周囲から物を退けるその力。このおかげでマシュマロボディを太刀で斬っても太刀にマシュマロが接触することなく攻撃が出来る。
ラノ姉の場合は罠化して攻撃力を高めた瓦礫を次々と突き刺し、時には生存し続ける事で後半にようやく使用できるようになる爆発物化のパークすらも使ってダメージを稼ぎ続ける。
「リスナーのみんなー、忘れてないともー。説明するとこのパークはねー―――――――――」
その最中、案件配信である事を思い出したように使い始めたパークの内容を次々と説明する徹底っぷり。
戦闘しながら完璧とは言い難いメルセデスの説明を聞き、一発でゲンゴロウの仕様を把握。
それだけでもかなり難しい事をやり遂げているのに。今度は敵を攻撃しながら視聴者サービスをしている。
配信者と言うのはしゃべり続けてなんぼの世界。基本的にずっと独り言を言い続けなければいけない様な状態で、更にそのまま鬼畜譜面音ゲーをクリアしたり、鬼畜ボスと戦っている最中にコメント欄をチラ見して反応するみたいな脳が取っ散らかりそうな事を求められる。ある種特殊能力めいた事を売れる配信者はこなすわけだが、その芸当は幾度となく配信を行ってきたメルセデスも出来る。
一方、ラノ姉のこなしてきた配信数は決して多いとは言い難い。初の案件配信、イレギュラーだらけのシチュエーション、炎上スレスレを綱渡りする台本破綻状態。一つでも掠ったら全てが崩れるかなりシビアな状態。特に最後の一つは其れ単体でもかなりの緊張状態を強いられるはずの条件。
なのにラノ姉は笑顔で、如何にも楽しそうに、案件配信のお手本の様に自分が今何をしているのか視聴者たちに詳しく説明し始めた。
「(一体どんな脳みそしてるんだ、この女)」
まさかそこに女装バレのリスクまで抱えてやっているとはメルセデスも気づけない。
脳みそと精神の構造が人間とは根本から異なっているとしかメルセデスには思えかった。
かなり高いダメージ効率でマシュマロにダメージを与え続けた2人。
そろそろパークが停止するところでゲンゴロウも復帰モーションを取り始めて2人は距離を取る。
「(悪くはない。理想的ですらあった。だからこそ――――――――)」
ほぼ最善手であっても、削れたHPゲージは僅か。根本的な火力不足。
現実が、より実感を持ってメルセデスに立ちはだかった。
ずっとずっとずっと根深く残るGBHWの爪痕
フラミ≠ゴちゃんはつべこべ言わずにGBHWに突撃した方が絶対に早いんだよねっていう
 




