No.522 空論
先に距離を詰め始めたのはメルセデス。
ラノ姉は元の位置に戻る途中でついでに回収していた小さめの桶を右手に引っ掛けてメルセデスから見て右側に動き始める。
緩いステップ。しかし腰の位置は低めに据えられていて急激な動きに対応できる様なヌルリとした動き。
身体能力に特筆すべきところはなけれど、素人とは思えないほど体捌きの基本的な部分は抑えている。一体どこで学んだのか。素人に毛が生えたような立ち回りではない。
桶の中に何を入れてるのか。それとも桶ごと投げる気か。メルセデスが長物を持っているのに対してラノ姉は無手。完全に対面不利だ。
「(性格と使用アイテムからコマンダーの他に選択したのはおそらくトラッパー。また扱い辛いビルドだ)」
過去配信を漁ってみても、初めて対面したAMMⅢでも、ラノ姉は常人には産廃扱い寄りだが使いこなせたら非常に強いビルドを選択しがちな傾向が強く見て取れた。
使用率の低いものを採用することで相手の動揺を誘いやすく、データ外の動きをして意表をつける。理には叶っているが、実際に使いこなせないと話にならないのだからそれこそ机上の空論に近い。
その空論を器用さと頭脳で実用段階まで引き上げてくる。
「(1番使い勝手の良いガードのパークは暫く使えない。ここで桶の中に何か仕込まれていて直撃したらかなり面倒な事になる)」
より近づく。
切先が迫る。中段の何の面白みもない型だが故に隙がない。
ラノ姉の視線が桶の中を見た。
これは何か入ってるのかーーーーー。
そこで頸にチリッと熱が走り右に大きくステップを踏み直進を避ける。
同時に先ほどまで進もうとした地点の地面が食虫植物の様にバチンと閉じる。大きさは膝下くらいまでだが、内側に網が貼られていて絡まったらかなり動きにくかっただろう。
逃げる時に桶を拾う動作をすると同時に切り札級の罠を躊躇いなく設置したのだ、この女は平然とした顔で。
おまけに直前に視線誘導して桶の方への警戒を高めさせるという手の込みようだ。
同時に避けた先に桶が投げられる。
本来は罠にかかったところへの追い討ちだったのだろうが、これをメルセデスは今までの経験則で避けた。しかし避けたら避けたで動揺もせず二の矢が来た。
「(これは――――受ける!)」
桶の中に物があるかどうか。
ビルドが絞り込めたらパークとアイテムに費やせる総合点数も読める。そして今ままで切り札級のアイテムを使ってきたラノ姉が自由に使えるポイントでは致命傷を与えるアイテムは用意できない。
一瞬でそこまで計算したメルセデスは小手で桶を弾く。
当たりだ。桶の中には何も無し。
下手にパークを更に使うことなく二択に読み勝った。
「(今度はこちらが択を強いるぞ、ラノ!)」
激しい高速戦闘ならば、選択肢を次々と押し付ける方が有利を取りやすくなる。その点、ラノ姉は先手を取ってくるのが異様に上手い。これはメルセデスが今まで戦闘してきた誰よりも上手いと感じた。
攻撃系パークを発動。
中段からの突き。
突きとは元の身体の速度がついていれば刀の中で最速の攻撃となる。動きとエネルギーの流れに無駄がない。中段構えをしていれば尚更。
「(笑ってる?)」
ゾーンに入って視界がクリアに見えるメルセデスの目にはラノ姉の顔が笑っているように見えた。
しかしその笑いの質は相手が罠にかかったことを悦ぶ愉悦の笑みではなく、飽きを満たす様な充足感を滲ませた笑みだ。
ラノ姉は左手に何かを持っている。それを突き出された太刀に押し当てる様に動かす。
「(無駄だ!)」
メルセデスが直撃寸前で発動したパークはスーパーアーマー強化。衝撃を受けても実行しようとした攻撃を強引にやり通せる能力だ。
回避が難しい突き技に武器を当てて咄嗟に弾く行動はやりがちだが、このパークを発動中に下手にガード受けすればガードをこじ開けられてチェックメイトだ。
特にラノ姉のビルドは身体強化とは真逆のビルド。補正無しで直撃などしよう物ならその時点で死ぬ。
取れる!
そう思い強く太刀を突き出す。
が、ラノ姉は予想外の挙動をする。
左手で押し当てたのは単純な構造のただの剪定鋏。
パーク無しだとしても太刀をハサミで弾くなど無謀もいいところ。なのだがラノ姉がしたのはガードではない。太刀が動かないことを利用して左腕を勢いよく開き反動で中心から身体を逸らしターンで回避する。
「ッ!」
もしメルセデスがパークを発動しなかったら刀を押された反動で刀が少し動くだけでラノ姉は十分な反動をつけられずに回避しそこなっただろう。パークにより太刀が座標不動状態にあったから壁がわりに利用できたのだ。
ガードをすればこじ開けて刺し貫いていた。
単純な回避なら追って斬り捨てていた。
守備と回避の二択を提示しながらどっちを選んでも死ぬはずだったのに涼しい顔でラノ姉は窮地を切り抜ける。
「(読み切ったのか!私の動きを!)」
パーク発動から直撃まで、その予兆はパーク発動時の発光のみ。0.2秒の間もない。
知り合いの中にはこの僅かな間で超反応をしてくる化物もいるが、目線の動きからしてラノ姉の動体視力は常人の域を出ない。
つまり、一瞬でラノ姉は突きからメルセデスがスーパーアーマーパークを切ってくる事を読んだという事。
マグレか必然か。
スーパーアーマー判定が残ってる間に即座にメルセデスは突きから肩を突き出してのタックルに繋げる。
しかしこれも右手を添えて自分の身体を回転させながら上手く受け流す。
「綺麗な突きだね。剣道……いや、刀術でも習った?」
「色々なゲームでテスターに選ばれがちなのでな。一通り齧ったよ。そちらこそどこでその体捌きを習得した?」
「昔、みっともなく足掻いた時の残滓だよ」
「?」
今時、VRにおいてゲームでも使える格闘や剣術、銃火器の扱いの指導も珍しくない。
いくらゲーム的な補正があるとはいえ、基礎的な動きを知っている方いないかでは天と地の差が生まれる。プロゲーマーであれば所属事務所主導で色々な事を学ぶ事も可能だ。
「(妙に防御が上手いな…………)」
仕切り直し。
アイテムを使う以上、時間が経過するほど不利になるのは農民側。武士であるメルセデスは焦る必要はない。パークは使ったがパークはアイテムと違って時間をおけば再使用できるのだから。
今ここで決めにかなくても、ラノ姉を動きを学ぶだけでもメルセデスにとってはアドバンテージになる。
メルセデスはラノ姉を深く分析する。
視線、呼吸、動き、思考。やはり対面して直接戦闘するとデータ以上に感じられる物がある。
「指揮官にとって大事な事は――――」
それ故に感じるのはラノ姉の防御への慣れ。
荒削りだが、その動きには多くの蓄積を感じた。数多の戦場を駆け抜けて身につけた生きた感覚を感じた。
「全体を効率的に動かす事も大事だけれど――――」
次は下段から。
下段の構えはアニメやゲームの所為で弱そうに感じている者も少なくないが、むしろ逆だ。人間は自分の上からくる攻撃への反応はかなり速いが、実は下からくる攻撃は反応が遅れがちだ。加えて防御も難しい。
同じ長物を持っているならまだしも、今のラノ姉はハサミしか持っていない。ガードは極めて困難だ。
距離を詰める。
今度は同時にラノ姉も距離を詰めてきた。下手に距離を取ると下段は中段からの突きに派生しかねない。それを理解しての接近か。
並の人間なら動揺したかもしれないがゾーンに入っているメルセデスは即座に反応する。むしろ予想の範囲内。
即座に切り上げに動きを変えていく。
だがここでもラノ姉は予想を超えてきた。回避でも攻撃でもなく、まるでタックルするように自分で自ら身体を刀に当てに行った。
リアルなら絶対に選択できない選択肢。されどこの世界は非現実。多少切れてもちっとも痛くない。
「(どこまでも!)」
リアルの先入観に囚われない柔軟な思考。十分に威力が乗ってない時に身体が刀身に当てれば斬り捨てられずに身体に太刀を逆に絡め取られる。
武士の生命線は武器だ。それを理解しての捨て身タックル。肉を切らせて骨を断つ。
すんででラノ姉の考えを読んだメルセデスはカウンター狙いから回避に切り替える。
「――――――何よりも、自分自身が生存する事。私はそう考えてるんだけどどうかな?」
プロゲーマーの本気の攻撃を2回捌いておきながら、ラノ姉はへらりといつも通りの調子で笑った。




