No.66 Let's GO!墓荒し隊!➁
明日はお休みにします。
その代わりにいつもの三倍の量をドーンだYO!
「《ウィンドミキサー》」
ネオンの唱えた魔法で、またもスケルトンが粉微塵になる。プレイヤーが吹き飛ばされる。
だがしかし、先ほどとはプレイヤーの力の入れようも違い、死んだプレイヤーの方が圧倒的に少なかった。
「怯むな!確かに強力な魔法だが、絶対にどこかで限界が訪れる!あんな大火力の魔法を打ち続けられるわけがない!!」
最初に居たプレイヤー達はあっけなく死んだが、後から入ってきたプレイヤー達は幾分か状況を理解しており、そして比較的強かった。
というより、あの盗賊団討伐戦で苦渋を味わった練度の高いメンバーが多くおり用心度合いもかなり高かった。故にしっかり陣形を組みジリジリとネオン達に迫る。そして物量戦と言わんばかりに、彼らは魔法や矢をネオンに放ち続けていた。
実のところ、ネオンが使っている魔法はスキルやその他諸々で勝手に強化されているだけでMPを大きく消費することはない(ネオン比)のだが…………。
それを正直に言えばプレイヤー達には相当の絶望を与えることができたが、ネオンにそのような煽りスキルは搭載されていない。なのでプレイヤー達の士気も高いまま、ネオンはプレイヤーとアンデッド両方の処理を行わなければならなかった。
流石に実力差があるとはいえ、今度のプレイヤー達はネオンが魔法しか使えないと理解するとアンチマジックに傾倒。ネオンに対して的確な動きを取り続けて徐々に追い詰めていた。
そして更に状況が悪くなる要因が一つ。
ネオンという人物は元々人と接するのが苦手なのだ。だというのに、大人数から敵意に満ちた目で迫られるのは心臓に非常に悪い。
ノートも、ネオン本人もうっかりしていたが、実力差はあれど一対多は非常に圧力を感じる状態なのだ。普通のプレイヤーですら相当に緊張するであろう状態なのである。
故に、精神的な重圧から遂にネオンはクールタイムを忘れ更に使おうとした魔法名をド忘れしてパニックに陥るという致命的なミスを侵した。
千載一隅のチャンス。攻撃手である魔術師系プレイヤー達は各々が放てる最高の魔法をネオンに放つ。ネオンは魔法攻撃に特化しているが、防御力が極端に高いわけではない。それで致命的な傷は負わなくとも、精神的なダメージはかなり大きい。下手をすればパニックは更に加速して、そのまま討ち取られかねない状況だ。
そのなかで、あまりにも我関せずの状態を貫いていたので皆が忘れていた存在が遂に動く。それはパフェを模った奇妙な仮面を付けた非常に小柄な人物。それが散歩でもするかのように大量の魔法とネオンの間に割り込むとスッと手をかざす。
それだけで魔法がぴたりと止まった。
「…………え?」
あまりにも異常な事態。しかし、その中で一人、その状況に惑わされずボウガンを放つ。
その戦闘においてはMVP級の一手だった。誰もが戸惑い動けない中、ただ一人冷静に攻撃をして見せた胆力と判断力は素晴らしい物だ。
だが――――
その小柄な人物は、いつの間にか出したもう片方の手の指で挟んで矢を飛んできたボールをキャッチするかのように容易くキャッチする。
そしてペン回しをするようにクルっと回して矢の向きを変え、あくびをしながら指先のスナップを効かせて投擲した。
その投擲の最中、矢に魔法の付与で紫電を纏わせ、手から放たれると同時に槍のように巨大化させる。
軽く指だけを動かして投げる様な動きから放たれるのは超電磁砲を彷彿とさせる必殺級の一撃。矢を放ったプレイヤーだけでなくその近くにいたプレイヤー諸共、その一撃で簡単に死滅。
残されたプレイヤーは唖然とする。
「な、なんで、魔法が…………!」
その中にはパニックを起こして魔法を闇雲に放ち続ける者もいたが、全て着弾前に止められていた。
「なんでって、あたし【魔女之女王】よ?あたし相手にプロテクトも掛かってない魔法で攻撃するとかおバカさんなの?」
その人物は、魔王アグラットは非常にかったるそうにそういうと、パチリと指を鳴らす。すると魔法の向きがプレイヤーの方へ変わる。
「おかえししてあげる、強化してね。魔法ってのは、こう使うものなの」
アグちゃんの付与魔法により黒い靄が掛かると、5倍ほどになりその増えたエネルギー量を表すように輝きも一気に増す魔法群。それらが全てプレイヤー達に5倍返しで返却され、プレイヤー達はあっけなく全滅した。
それを見てネオンは思わずホッとしてその場に座り込む。そんなネオンの頭をアグちゃんは優しく撫でてやる。
「よく頑張ったわね。でもあの程度なら貴方なら勝てるはずなのよ?曲がりなりにもあたしを召喚したのだから、もっと胸張っていいんだからね!!」
見た目は小学生。自分よりもずっと年下だ。しかしアグちゃんに頭を抱えるように抱きしめられ、少しは恥ずかしさはあったものの、ネオンの心も幾分か癒されパニックも治るのだった。
◆
「クッソ!?さっきから何が起きているんだ!?」
思わず宛先の無い罵声を飛ばすプレイヤー。そのプレイヤーはいきなり「くはっ!?」と言葉を詰まらせると赤いポリゴン片になって爆ぜた。
「所持品はいつの間にか目減りしていくし、変なアンデッドは暴れてるし、それに“なにか”がいやがるっ!」
『サードシティの墓地』にソレが現れたのはほんの数分前のことだった。背の高い、ピエロに見えるように落書きされたホッケーマスクを付けた怪しげな奴が現れたのだ。
そいつは順番や取り決めも無視して、呪いのかかっていそうな巨大な盾を二つ持って乱暴に振りまわしている。
そいつは確かにアンデッド共を倒しているのだが、プレイヤーも墓石でさえもを巻き込むのもお構いなしにただ機械的に攻撃を続けるのだ。それでもそこにいたプレイヤー達はあまりの無機質な動きに、それをプレイヤーではない何かと判断して様子見をした。
その結果、どうやら鑑定が通じないどころか鑑定すると未知の呪いにかかり死亡すること。また近づかない限りは積極的にこちらに攻撃はしてこないこと。アンデッドと墓石の破壊を最優先に行動している事はわかった。
だが、このまま放置しておいていい感じの存在でもない。他のプレイヤーにいきなり攻撃を仕掛けた以上、こいつも敵に違いない。或いはなんらかのPKプレイヤーか。
どちらにせよ、今の墓地は利率が高いだけあって何となくルールめいた物もある。それを自分勝手に乱す存在はプレイヤー達は看過できない。
些か自分たちが上位層であるという自負から来る奇妙な自治厨的な正義感もあったが、彼らはその存在へと攻撃を仕掛けることにした。
問題はその時に起きた。
指揮を執っていた中心的なプレイヤーがいきなり死んだのだ。何の前触れもなく、スパっと見えないなにかで首を斬り落とされた。
疑いようのない致命的な一撃だ。
そしてまた一人、また一人と、墓荒しを敢行する存在に攻撃を仕掛けようとするたびにプレイヤーがいきなり死んでいく。まるで見えない何かが襲い掛かってくるようにだ。
異常はそれだけにとどまらない。ふとした拍子に自分のステータスを確認したプレイヤーは、自分のHPやMPが勝手に減っていることに気づいた。攻撃を受けた感覚はない。なのに勝手にHPもMPも減っていく。更に、自分の所持品が勝手に減っていることにも気づく。
今までに遭遇したことのない異常事態にプレイヤー達は一気に混乱に陥る。
かといってアンデッドは湧き続けているので戦闘もしなければならない。逃げ出そうとしたプレイヤーから、謎の墓荒しに攻撃しようとしたプレイヤーから。次々と死んでいく。
もしここに『討伐戦事件』に参加していたプレイヤーがいたならば、これと同じ状況を引き起こせる存在に思い至ったかもしれない。
『HP・MPを自動消費する代わりに、ランクの低い相手ほど触覚さえ偽るほど強力な隠蔽状態になる』効果をもった無表情乳白色のピエロマスク、特徴的な体型の存在。
あの時と同様に、そのマスクをかぶった彼女の隠蔽状態を見破れるプレイヤーは誰一人として居ない。
初期限定特典による強力無比なスキルと装備により、触れた相手のアイテムもHPもMPも、一時的にとはいえステータスさえ盗む恐ろしい存在。他のプレイヤーは彼女に触れられていることすら気づかず、用が済めば盗んだステータスで強化した腕力をもってしてククリナイフで首を斬り落とされていく。
その間にも、廃村から発掘した大盾を改造した物を二つ装備し、まるでブルドーザーの如くゴヴニュは全てを破壊していく。彼がドスドスと地を揺らしながら盾を構えて走り回るだけで、ぶち当たったスケルトンも屍鬼もゾンビも轢き殺される。墓石も何もかも関係なく、全てをぶち壊しながら、ペアの命令を従順に行う。
対プレイヤーでは最も大きな被害をもたらし、『ヌコォ&ゴヴニュ』ペアは次の墓地へ向かった。
◆
「オラァ!!」
また一人、無慈悲な一撃によりプレイヤーはポーンと吹き飛んで地面に落下。それと同時に赤いポリゴンとなり爆ぜる。
そのプレイヤーが構えていた盾と鎧ごと粉砕されており、それを見てしまった他のプレイヤーは自分の行く末を見たようでゾッとする。
なにせそのプレイヤーはこの場で最も防御力の高かったプレイヤーだ。敵の攻撃を引き受けるタンクという役割をしっかりこなし、日本サーバーのタンク界隈でも3本の指に入るほどの有名な人物。つまりそれだけ強いプレイヤーだったということだ。
そのプレイヤーがスキルを用いて、他のプレイヤーからバフを受けてなお、その防御は簡単に貫かれた。それもただの拳でだ。
逃げ出したい!なぜこいつ等は俺達を襲うんだ!しかしそれも叶わない願いだ。
「フフフ~、一人もぉ、逃しませんよ~」
怒りの形相を浮かべた赤いピエロマスクに血を連想されるガントレットを着けた者と、呪われたような歪んだ木の小さな盾にピエロの顔を落書きした仮面を着けた者が現れたのはほんの三分前。
たった三分で、80人もいたプレイヤーの半数は殺されていた。
その場所は第二陣でもトップクラスのプレイヤーなどの中堅層が集中的に集まっていた墓地だった。お互いに良きライバルとして、他の墓場で鍛える上位層に追いつけるように必死に頑張っていた。
だが、木の盾の仮面を着けた存在が何かを蒔く様に手を動かし、ブツブツ何かを呟きつつ祈祷するようなモーションをとった瞬間、墓地に茨の大量に生えたツルが大量に伸びて墓地を包囲した。そのツルからまた花が早送りするように開花し、そしてあっという間に実となり、破裂してタネをばらまく。そしてまた新たな植物が増殖する。
そうしてあっという間に墓地はその茨に囲まれてしまった。
「ここはスケルトンさんがい~っぱいいるので、土壌に栄養がたくさんあっていいでっすね~」
間延びしたのんびりとした口調。甘い声は思わず警戒心を解いてしまいそうになる。だが、やっていることは残虐極まりない。
蔦を自在に操りプレイヤーを捕らえ、そしてそのプレイヤーに不気味なナニカを植え付ける。するとプレイヤーのHPとMPがみるみる減っていき、代わりに茸の様な、タンポポの綿毛のような物がそのプレイヤーを土壌とするように生え、新たに胞子をばらまく。
降り注いだ胞子はプレイヤーにもアンデッドにも関係なく降り注ぎ、レジストできない者から苗床にされて死んでいく。
「おい、あんまり殺しすぎるなよ!!」
それを見て、墓石諸共破壊して回っていたもう一人の者が咎めるように叫ぶ。それを聞いて咄嗟に『もしかしてある程度は生かしてもらえるのか!?』とその者の行動を度外視して生き残っているプレイヤーは消極的な期待を込めた目でその者を見る。
「オレの取り分が減る!!強そうなのだけでも残しとけッ!」
「りょうかいで~す」
しかしその期待は、最悪なレベルで踏みにじられた。結果としてなにもできないまま、プレイヤーもアンデッドも含めて恐ろしき植物の餌食となり死に果てた。
「まっ、こんなもんか。こうも歯ごたえがないと拍子抜けするな。というより、お前がやたら強いってのもあるがな」
自分たち以外に誰も居なくなった墓地にて、スピリタスは自分以上のキルスコアを叩き出したネモを感心したように見つめる。
一方ネモはというと、プレイヤーなどを苗床に繁殖した植物を大事そうにせっせと回収していた。それを見て何をすべきか理解したスピリタスは自主的に収穫を手伝いながら問いかける。
「ところで、こりゃいったいなんだ?」
プレイヤーなどに取り憑いて繁殖する植物というだけでも奇妙なのに、アンデッドですら関係なく繁殖しその命を奪った恐ろしい植物についてスピリタスはネモに問いかける。
「原型は~御主人様たちが預けてくれた『冬虫夏草』に近い植物ですねぇ~。ネオン様に協力してもらって植物と悪魔を掛け合わせる実験をしていたのですが~その中で繁殖に成功した『植物兵器』の一種ですよ~。それをわたしの~『樹木魔法』であやつっているのですよ~。ある意味純粋な植物とは言えませんねぇ。ただ~、それにより~繁殖できた植物は~貴重な薬の材料になるんですよ~」
「冬虫夏草っていうとあれか。昆虫の幼虫とかに寄生して生える奇妙な茸、だったか。しかしこんな滅茶苦茶な生態してたか?しかもアンデッド相手でも有効って、なんかおかしくねえか?」
冬虫夏草、それは非常に不思議な生態をしている菌の一種だ。生きている昆虫の幼虫や蛹に寄生し、そこから成長する茸。もちろん苗床にされた生き物は死ぬ。古来から主に中国では金と同レベルの価値を誇る薬の材料としても知られている。
「それは~御主人様が~死霊術師だからでっすよ~。それに~わたしは~ドライアドの亡霊。死した植物でさえも操ることができるのですよ~。よってわたしの力は~アンデッドにも関係なくおよぶのでっす~」
もちろん、これだけの惨劇が起こせるのも、まだプレイヤー達が未成長で各種耐性が低く、ネモとも圧倒的にランクの差があったが故。本来ならばこうも簡単にいかない。
というより無条件に上手くいってたらゲームバランスが完全に崩壊してしまう。
惜しむらくは、プレイヤー達が炎をもってして撃退を試みなかったことだ。あまりの実力差と異常性に誰もが攻撃できずにいたが、もし炎の魔法でも用いていればもう少しはあがけた可能性もある。
ただ、ネモの異様なポテンシャルは、ステータスに刻まれたある『呪いの様な能力』との表裏一体。闇雲にネモやその繁殖させたものを害するならば、ノート達ですら洒落にならない呪いが解き放たれていた。ノートはそれをうっかり忘れているが、何ともなかったので結果オーライともいえる。
「まあ、お前が全く守る必要がないほど強いってのは分かったし、オレももっと自由に動くぜ。いいよな?」
「はい~それでもかまいませんよ~」
圧倒的な暴虐を齎したスピリタスとネモは、キルスコアを稼ぐためにかなり急ぎ足でもう一つの方の墓地へ向かった。
◆
「くっ、ここにもか!?」
「見えねぇ!速すぎるッ!」
見えない糸に絡めとられ、身動きが取れなくなる者がまた一人。
目視できないほどのスピードで黒い影が迫り、首を致命的な一撃で斬り飛ばされて死んでいく者がまた一人。
「あのアラクネを誰か止めてくれ!!」
その墓地は、今や一つの蜘蛛の巣の迷宮と化していた。そしてその中を飛翔できる者のみが縦横無尽に移動して無双し続けていた。
嘲笑する黄檗色のピエロマスク、 被ダメを超上昇する代わりに敏捷値と回避能力を超強化する異常な装備品。それをつけたユリンは今、他のプレイヤー達に対し数段階も上のステージの速度で動いている。
それはまるで、ノート達を長く苦戦させた般若面蟷螂人の様な格の違うスピード、攻撃力、そして回避力だった。
それは圧倒的な運動神経と空間認識能力を持つユリンだからこそ制御できる超高速の世界だ。
それを援護するのが自由自在に糸を生み出すアテナ。彼女は墓地中をスルスルと移動し、器用に糸を張り巡らせる。プレイヤー達はその見えない糸に苦しめられ、同時に湧き続けるアンデッドも倒さなければいけない。
アテナ自身には高い攻撃力はない。しかし彼女はWirepullarの名を冠するアラクネレイス。こと罠にかけては誰よりもエキスパートであり、その妨害は極めて的確だった。
そして直接的な戦闘能力も皆無ではない。糸を操りスケルトンやグール程度なら問題なく殲滅できる。アテナもユリンも言葉は交わさない。しかしお互いに最適解で動くからこそ、息がぴったり合った超絶技巧の戦闘を展開できる。
ほとんど抵抗らしい抵抗もできず、また一人プレイヤーが死んでいく。
あっさりとプレイヤーを処理したユリン&アテナのペアはユリンの飛翔時間のクールタイム回復がてら墓石を破壊。すべてをバラバラにしたところで次の墓へと移動を開始するのだった。
◆
「うぉおおお!!死ねぇ!!!」
『クハハハハハッ!!脆すぎる!弱すぎる!!』
その墓地では黄土色の異形の怪物が無双していた。一応人型ではあるが、頭部はなく背中から蝙蝠の翼が生え、体から幾本も目の無いウツボの様な触手が生えていた。
その怪物はアンデッドには一切関与せず、プレイヤーのみを蹂躙していた。
放つ魔法は悉く吸収され、物理攻撃すら通じない。またも自棄になって切り込んだ一人のプレイヤーが、それ以前に切り込んだプレイヤーと同様にウツボの様な触手に胴から上を噛み千切られて死んだ。
「なんだよ…………なんだってんだよお前はァ!!?」
あまりの圧倒的な強さに、武器を投げ捨て座り込むプレイヤー。そんなプレイヤーに心底失望したような嘲笑が浴びせられる。
『なんともまぁ、脆いな、心が。主とは比べるのも烏滸がましい。アレは絶望の最中ですら最善手を模索し続けるというのに、工夫も知恵もなく、ただ闇雲に殺されにくるばかりかあっさりと膝をつくだと?道化にすらならんほど笑えんぞ!!
立て!剣を取れ!!ガタガタと震え縮こまりただ死を待つなど許さん!最期まで死の恐怖を湛えた目でこちらを見つめろ!!』
そして暴れているのはその怪物だけではない。
「貴方は、レア、ミディアム、ウェルダンのどれがお好みでしょうか?」
「は、はっ?」
「いえ、料理人としてオーダーに沿ったものをできるだけお出しするのが信条でして。まずは万人受けするウェルダンにしておきますかな?」
ソイツは銀の髑髏にピエロの落書きをしたような奇妙な仮面を着けていた。
ソイツは落ち着いた老紳士を連想する声と立ち振る舞いをしていた。だがパチリと一たび指を鳴らせば業火が起こり、問いかけられた一人のプレイヤーが消し炭になる。
『それではウェルダンではなく、消し炭ではないか。お前が焼き加減を失敗するなど珍しい』
「これは失敬。つい気分が乗りすぎたようで」
そんな恐ろしいことをやってのけた人物は、あろうことか異形の化物と気軽に会話をしている。
タナトスは執事としての技能に特化したアンデッドだ。一見、彼自身には大して戦闘能力はない様に思える。しかし、それは違う。
今しがた『変幻』の能力で大きく姿を変え無双しているバルバリッチャ同様、ノートの本召喚死霊の中で第二段階へ進化している存在。そして彼は執事だとしても本質は“リッチ”なのだ。そこに秘めているポテンシャルは非常に高い。
彼の魔法がかなり強力なのは、アグちゃんにも原因がある。アグちゃんが狩って持ち込む悪魔素材はそれ相応に調理の難易度が高い。それを上手に解体するだけでも全力で攻撃魔法をかける必要もある。少し火を通すだけにプレイヤー程度消し炭にできる威力の火が必要な場合もある。
そんなことを繰り返しているうちに、タナトスの戦闘能力は一度も戦わずしてある程度のレベルまで上がっていたのだ。
「しかし、なぜノート様は墓石の破壊をご命令なさったのでしょうか?」
『恐らく、我と出会ったときのことを覚えていて、なにか似た様な事が起きないか試しているのだろう』
だが、本来生産職であるゴヴニュもネモもアテナもタナトスも異常なまでに無双できている手品の種は――――――
◆
「《ブラックヘイル》!」
墓地に降り注ぐのは真っ黒な雹。それはプレイヤーやアンデッドに降り注ぎ、そのHPを目に見えて削り取る。
「相手はたった一人だぞ!なんでここまでいい様にされてるんだ!」
「《ダークショット》!《ダークショット》!」
続けざまに放たれる黒の散弾。それだけでプレイヤーはまともに接近ができない。
「畜生!なんで魔法を連続で放ち続けられるんだ!?」
その墓地でたった一人孤軍奮闘するのは、涙を流すピエロのマスクをつけた者。プレイヤー数十名及び百はくだらないアンデッドを同時に相手取り、いまなお闘い続けていた。
「(面倒だな、想定の倍はプレイヤーがいやがる!掲示板で上位層の狩場になってることは把握してたが、これほどとは思わなかったぞ!)」
だがしかし、完全無双状態かと言えば、実はそうではない。プレイヤー側からするととんでもない理不尽な存在だが、ノートからすると常に最適解でない限り一気に戦況が傾きかねない厳しい状況なのだ。
「(自ら望んだ状況だ。むしろ感謝すべきかもしれない)」
何事も想定内の演習では突発的な事態に対処する力を付けることは難しい。この演習の様な状況下で想定外が発生したのはいいことかもしれないとノートは前向きにとらえておく。
練習は本番のように、本番は練習のように、というわけではないが、演習(いくらでも取り返しのつく状況)でこの様なアクシデントに遭遇できるのは決して悪いことではないのだから。
「(まあ、そんなこと言ってられるのもこの仮面のお陰だけどな!)」
垂涙の表情の蒼いピエロマスク、武器の耐久値を一瞬で0にする代わりにそれを行使する際にその武器の全能力を超絶極大強化する、というイカサマくさい能力を持った仮面だ。
この仮面をつけて弓でも放てば弓は消滅する代わりに矢は銃弾と化し、槍でも投擲すればそれは狙撃中の弾丸の如き殺傷力を持つ。
武器が確実に消滅するものの、あまりに強力な呪具だ。だがしかし、ノートの場合は武器が耐久値無限のネクロノミコンだけあって消滅することがない。故にただ武器の性能が強化される。
さてここで改めてネクロノミコンの性能を見てみよう。
――――――――――――――――――
死狂禁忌之秘宝書杖・ネクロノミコン
・強化限界無し
・耐久値無限
・自動MPドレイン・大
・自動MP超高速回復
・闇系・呪系魔法習得率超上昇
・闇系・呪系魔法消費魔力減少・大
・光系・聖系無効化
・闇系・呪系魔法威力極限上昇
・闇系・呪系魔法クールタイム無し
・召喚死霊強化・大
・召喚死霊ランダム技能付与
・敵対PL・NPCの闇系・呪系耐性1段階減少
・死霊召喚時のコスト減少・超絶
・全魔法(闇系・呪系以外)クールタイム20倍
・全魔法(闇系・呪系以外)消費魔力上昇・大
・全魔法(闇系・呪系以外)習得率減少
・全魔法(闇系・呪系以外)威力半減
・光系・聖系魔法使用不可
――――――――――――――――――
現在注目すべき性能は
・自動MPドレイン・大
・自動MP超高速回復
・闇系・呪系魔法消費魔力減少・大
・闇系・呪系魔法威力極限上昇
・敵対PL・NPCの闇系・呪系耐性1段階減少
・闇系・呪系魔法クールタイム無し
・召喚死霊強化・大
の8つの性能だ。
そもそも死霊術師は魂などの他のコストに着目しがちだが、要求されるMPもそれ相応だ。故にネクロノミコンはそれをカバーするために自動でMPが回復するだけでなく、周囲から強制的にMPを奪い取る効果まで付いている。
これが更に何段階も強化されると、死霊召喚を用いないノートにとってはいくら魔法を使おうと回復スピードが上回るので一切問題がない。
其処に更に数段階効果の上昇した『闇系・呪系魔法消費魔力減少・大』まで付属しているとなれば、MPが枯渇するということはない。殊更闇系の耐性が高いアンデッドどもでもゴリ押しで殺せるほどの魔力効率である。
そして『闇系・呪系魔法威力極限上昇』『敵対PL・NPCの闇系・呪系耐性1段階減少』『闇系・呪系魔法クールタイム無し』のトリプルコンボ。ただでさえチートじみたこれらが数段階上のステージになる。
すると、ただの闇魔法の弾丸一発で上層プレイヤーのHPの半分を吹き飛ばすなんて芸当ができる。
さらに言えば、現段階では闇をメインに攻撃を行う敵がいない。なのでその耐性を持つアイテムも防具もスキルも魔法もプレイヤーは所持していないのである。正に『分が悪い』と言ったところだ。
そして一番の問題が『召喚死霊強化・大』。この効果の範囲には“本召喚の死霊”も含まれている。ただでさえ出鱈目なこの効果は、仮面の力で数段階引き上げられる。
つまり、今のタナトス達は普段の一段階上の領域に達している。故にそのポテンシャルの差から戦闘専門のプレイヤー相手でも関係なく無双できるのだ。
バルちゃんが普段使いを許可しないのも、改めてその能力を確認すればあたりまえの事である。
「(さて、そろそろ試してみるか)」
逆を返すと、ノートがダウンすると作戦全体に致命的な影響が出る。故にノートに死は絶対に許されない。
なのでランク10になり覚えた新しいスキルをノートは行使する。
「〔死者の指揮者〕!」
その魔法を行使した瞬間、ノートから赤い光が放射状に放たれる。すると、それに直撃したアンデッド達が赤い光に包まれその目が赤く光る。
「(よし、成功した!)アンデッド共よ!敵を討ち滅ぼせ!」
続いてノートが指示を出すと、赤い光に包まれたアンデッド達がノートへの攻撃を止め、他のプレイヤー達や赤くなっていない他のアンデッドを襲い始めた。
「ちょ、嘘だろ!?」
「隊形を立て直せ!!」
ノートの本領は死霊術師。死者を意のままに操る冒涜的な存在である。
その本質は魂を支配し、操ることだ。
だが、今回は死霊は召喚できない。せっかくストックを貯めに来ているのに貯めた側から使っていては意味がない。
ではどうするか。その場にいる死霊を強引に支配すればいいのだ。
圧倒的なランク差があるからこそできる力技。これならMP消費だけでアンデッドを従えることができる。無論、ずっと従え続けていられるわけではなく、扱いは簡易召喚に近い。その上召喚しているわけではないので、ネクロノミコンの恩恵はない。
なので使いどころがあるスキルかと言えば、結構微妙なスキルである。
しかし数的に完全に劣勢だった今、この一手は非常に大きい。ノートのスキルで支配できたのは30程度。だがそれは逆に盾にもなる。
今まではあまり意識を割くことができなかったが、アンデッドが時間を稼いでくれるので全体を見渡すことができる。
そして急な状況の変化に対してプレイヤー達は隊列を組みなおすことを優先してしまった。これは本来ならば悪くない手だ。一度冷静になればたかがアンデッドが数十ついただけ。元々処理すべき者であり極端な戦況の変化が起きたわけではない。
だが、それにより『誰が指揮をとっているか、どんな風に動き出すか』それがノートに筒抜けになる。人間相手の分析能力ならノートは図抜けている。故に攻撃優先度も手に取るようにわかってしまう。
まずは今まで秘匿していた闇魔法の不意討ちで一番の指揮官を撃破。続けて戦闘能力的に一番厄介な奴を呪いで足止め。
副リーダー的な存在を更に撃破。指揮系統を完全に破壊する。
こうなってしまうと半端に隊形を立て直したのが仇になる。突発的な更なる状況変化に咄嗟に勝手な行動をとるプレイヤー達。その連携力が下がればノートにとっては敵は烏合の衆に成り下がる。
そしてアンデッドの運用にかけてはノートは全プレイヤー中誰よりも優れている。その利点も弱点も理解している。
プレイヤーは知らない。恐怖知らぬ愚昧なアンデッド達が、優秀な指揮官の元に動きだした時の恐ろしさを。それが特に対人戦に特化した指揮官だった時の恐ろしさを。
ノートはたった一人で、ボロボロになりながらも『ファーストシティの墓地』を制圧するのだった。
◆
とあるナンバーズシティの教会、そこで祈祷を行っていた聖女が弾かれたように顔をあげる。
非常に顔色が悪く今にも倒れそうな雰囲気だ。教会自体“とある存在”の復活のせいで心休まることが長くないのだが、その時と同レベルで聖女の顔色が悪かった。
何の因果か特殊なイベントに巻き込まれそれ以来よく教会に通うことになったプレイヤーである『マーマイト』(バルちゃんが復活した直後、そのステータスを覗き見ようとして呪いをかけられた非常に運の悪いプレイヤー)は聖女の異常に気付く。
勿論、聖女の異常には周りにいた神官NPCも反応しているが、今回はそちらに頼る気はないらしい。聖女は教会の中をキョロキョロと見渡す。
そしてなんだなんだと『聖女ちゃんを見守り隊』という変なプレイヤー集団に混ざって聖女を見ていると、マーマイトと聖女の目がばっちり合う。するといつものお淑やかさはどこかへ捨ててきたのか、全速力でマーマイトの元に走ってくる。
「(え?オレ?なんかしたっけ!?)」
鬼気迫る様子の聖女に思わず後ずさるマーマイト。しかしそれ以上に聖女が距離を詰める方が早かった。
「マーマイトさん!一つお願いを聞いてはくださりませんか?」
「は、はい!なんでもどうぞ!」
『聖女ちゃんを見守り隊』のメンバーは名前の憶えられているマーマイトに、たっぷりのジェラシーを塗り付けた視線を送る。そのせいで変に緊張して声が裏返ったが、聖女はお構いなしだった。
「この街に、いえ、他の街にも危機が迫っています!この地を守る大結界が、何者かによって破壊されようとしているのです!
詳しい話はできませんが、兎に角、この街の近くにある墓地をお守り下さい!あの場所は決して、無闇に侵してはならぬ場所なのです!他の方々もどうかお手をお貸しください!この街に危機が迫っています!
そして、マーマイトさん。貴方を苦しめた存在が、再びこの地に戻っております!このままでは取り返しのつかないことになるやもしれません!!あなたならば、その危険性を一番御理解して下さっているはずです!どうか、それを沢山の人に広めてはいただけませんか!?」
それを聞き、実際に一番の実害を被ったマーマイトはサッと青ざめる。そしてなりふり構わず、掲示板にログインして色々なスレに今の情報を流し始めるのだった。
一方そのころ、多数のプレイヤーkillを察知。街より“猟犬”が放たれた。
誤字脱字の報告、深謝申し上げます。
現在妖怪ブクマはがしで気が沈んでいるので、ブクマ、評価、感想、レビューをしていただけるといつもの数倍嬉しいです。よろしくお願いいたします。