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No.482 万力


 後続を大きく突き放す形で仮称ラヴァーリザードを前にノート達は散り散りになる。

 本格戦闘の一番槍を務めるのはこの男だ。


「【全の鎖(グレイプニル)】!」


 見上げるほど巨大な怪物にも怯まず突撃するお頭。既にNEPTの海水を振り払い再度進軍を開始しようとした仮称ラヴァーリザードに両手を振りかぶり勢いよく振り下ろす。するとジャラララと独特の金属音を響かせながら空中より金色の鎖が放出。仮称ラヴァーリザードに巻き付いていく。


 グレイプニル。

 元は北欧神話に登場する神器だ。北欧神話ではフェンリルという主神オーディンすら飲み込んだ狼が登場するのだが、その強力な狼を捕えたのがこのグレイプニルと言われている。

 世界を滅ぼす狂獣すら捕縛した神の鎖の名を冠するこの鎖は、6本あるうちのたった一本だけでもノートの切り札の一つであるメギドを容易く拘束した。3本ずつでも坂を転がり落ちてきた大きな鉄球を全て受け止めるほどの強靭さを発揮した。シナリオボスにすら通用するこの鎖の拘束力はお頭が最も信頼のおける相棒であり、その信頼に陰りが生まれたことは無かった。

 だが、そのお頭の信頼に初めて揺らぎが生まれるほどに怪物は大きすぎた。生物としてのスケールの違い。まるでノミが人間を見上げるが如く。果たしてこの鎖で拘束が可能なのか。綱引きのロープで山一つを縛り上げようとしているような、そんな無謀さをお頭は感じる。

 それでもやるしかない。お頭のこの攻撃が通じるか通じないかでこの戦闘は大きく話しが変わってくる。


 放出された鎖は伸びて伸びて、仮称ラヴァーリザードに螺旋を描きながら巻き付いていく。仮称ラヴァーリザードが大きすぎるせいでゆっくりとした巻き付きに見えるが、全長を考えるととんでもないスピードで鎖は動いている。ジャラララララという鎖が伸びる金属音が響き渡る。お頭の惑う心に反して鎖の動きに迷いはない。ただの鎖ならその熱量で即座に壊れてしまうのに、鎖は熱で色を変える事すらなくその金色を不変の象徴のように保つ。    


「ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 重い。あまりに、重い。

 この鎖は単なる無敵の鎖(チート)ではない。それ相応のデメリットもある。対象の抵抗力や膂力に応じてお頭に相応の重圧がかかるのだ。シナリオボスクラスにもなればもう巻き付かせただけでその場から動けないほどに重くなる。鎖を巻き付かせる数が多いほど頭にかかる負担は増大していく。故にお頭も滅多な事では全ての鎖を同時に使う事はない。

 今、お頭の頭の中にあるイメージは万力。金属の板に挟まれてゆっくりとクランクが絞られていく。しかも二面ではなく四方八方から絞められているかのように。あるいは、真空パックに詰められて深海に引きずり込まれていくかのような。

 カップラーメンを直のまま深海に持っていくと、水圧でミニチュアの玩具の様に、およそ10円玉サイズまで小さくなる。人間がその水圧に生身で晒されたら当然ぺちゃんこではすまない。お頭が感じている圧力はまさにそれ。生身の人間が感じていいレベルの重圧ではない重圧が全身にかかる。むしろ今何故自分の身体が粉々になって1㎝スケールの肉塊の様な何かに圧縮されていないのか不思議なほどの圧力だ。


 不幸中の幸いではあるが、グレイプニルのフィードバックは鎖にかかる『負荷』を『圧』の“イメージ”で与えているだけで、実際にダメージまでは及ぼさない。裏を返せば、どんな圧に晒されようと死ねないという事だ。自分の手で鎖を解除しない限り、痛覚制限を貫通するような重圧による痛みを感じていると“錯覚”する、本能が恐怖する圧は自分が解除しない限り終わらない。

 山を高速で落ちてくる鉄球を受け止めた時も欠片も怖くないわけではなかった。けれど自分以外に出来る人がいないからお頭はやり遂げた。いつもそうだ。自分以外にやれる人がいなくて、逃げ出せなくて。なのに周りは「お前は本当に度胸のある凄い奴だ」という。そうじゃない。ただ俺は逃げるのがへたくそなんだ。お頭はそう思う。今共闘しているアサイラム達が自分と比べて如何に要領良く動いているか。

 だが、そのお頭の不器用さを、不器用さから生まれる漢気を、皆は慕っているのだ。皆の信頼に応えて藻掻くこの男を。言葉ではなく、漢気で人を率いる。ノートには決してできない別方向のリーダーとしての資質。


「舐めるんじゃ、ねええええええええ!!」


 吼える。

 カラ元気でもいい。

 ダメージがないのなら、この重圧がただのフィードバックのまやかしでしかないのなら、俺が耐えればいい。  

 

 ギギギギギギギというかつて聞いたことがない音がグレイプニルから聞こえる。あるいはそれはお頭の脳の錯覚か。全身の骨を押しつぶされているかのようだ。何故立っていられるのか、お頭にもわからない。いや、全身にくまなく圧力がかかっているからこそ膝をつくどころか身動き一つできないというのが正しいか。それでもこのまま倒れたりなんてしない。強迫観念にも近い信念の強さがお頭を叱咤する。

 自分一人しかいないときは、アサイラムの統領との戦闘で膝をついてしまった。それは男として悔しいことだ。今、自分の後ろには、自分を信じて山を駆けおりてくる大量のバカたちがいる。男として、皆の前で膝をつくダサい真似なんて絶対にできない。

 根性だ。根性。忍耐。男は強がって、カッコつけて生きるもんだとお頭は親父に教わった。お頭はその教えをずっと守ってきた。


「ガアアアアアアアアアアアアア!!」


 悲鳴か、絶叫か、気合か、怒声か、咆哮か。お頭にももうわからない。

 北西勢力とDDとの戦闘のはずなのにアサイラムに全部片づけられた燻りか。

 よくわからないうちに続けて始まった大規模戦闘か。  

 わからない事ばかりだ。お頭とて不満が無いわけではない。今すぐ知ってることを全部言えとアサイラムの統領をとっちめてやりたい気分だ。内に溜まった不満も怒りも全部全部ぶつける。今持てる感情の全てを武器にする。


 そして、その永遠にも思われた、際限なく上がり続けていた重圧の上昇が遂に止まった。 

 人の理を超越した化物が、一人の男のど根性によって動きを止められた。


「止まった!作戦Aだ!」


 グレイプニルの拘束が成功するや否やノートは指示を飛ばす。 

 部隊を展開。後続のDD戦闘部隊が到着するまでオロチが用意した悪魔軍団はノート指揮下の元ミニリザードの足止めに。他は仮称ラヴァーリザードへと挑む。


「(アツイ!)」


 先陣を切ったFUUUMAがまず感じたのは異様な熱気。一方でアサイラムの面々は仮面のせいで表情こそわからないが動きに淀みがない。それもそのはず。アサイラムのメンバーは火炎と熱で責めてくる赤銅の遺跡を攻略してあり、熱気耐性系の装備も仕上げてある。特にエロマ用の装備を作る実験の都合上、対熱に関しての研究は大きく進んでいる。


「こらほんまあついな~」


 だが、それでも熱い物は熱い。暑いのではない。熱いのだ。

 対してVM$は打ち合わせ通りインベントリから氷柱を削って作り出したような氷の杖を取り出した。すると杖の先端からドライアイスの蒸気の様な独特の煙が放出されていく。


「ウベルリ、第二とんで【第三解放(サーヅリラシオ)】」 


 VM$が解放詠唱をすると、氷の杖が応えるように強く白い輝きを放ち、熱気を追い返していく。戦闘に突入したメンバーに白いエフェクトがかかり体を焼くような熱気が消えていく。

 

 DDメンバーからするとまるで何が起きているか分からない。それもそのはず。VM$の存在自体をつい先ほど知ったのだ。ノートからVM$への指示は曖昧すぎて何が出来るかもよくわからなかった。だが、動き出せば理解する、VM$の万能さを。

 ウベルリの効果は氷結する雲の化身の召喚、及び冷気の加護の付与。VM$は召喚物のアイテムとは出力に応じて段階的な契約を結んでおり、第三段階ともなればその出力は並みの魔法など全く敵わない。


『キャップ、これやっぱ変や。えらいアッサリ通る』

『熱気自体に魔法的効果はないって事か?』


 文字化け怪物の熱気ですら無効化するVM$のアイテムに皆は賞賛、驚愕などをするが、当のVM$の表情は渋く音声通話でノートに懸念を伝える。


『魔法的な競り合いになると抵抗されるはずなんや。せやけど熱気自体は簡単に消せた。出力的には第二解放でも行けたかもしれん』

『となると、熱気自体は単なる物理的な現象に近いのか?グレゴリ、シルクは何て言ってる?』

『(;一_一)あっちぃって』

『いやそうじゃなくて。シルク、さっさと喰え!』


 ユリン達が仮称ラヴァーリザードに攻撃を始めた一方で、ノートの視界はヌコォから独立して行動中のシルクに向けられている。そのシルクと言えば運搬用の悪魔が背負うリュックの中に籠城していて、そのリュックの中からグニャンとエメラルド色のつぼみの様な物が出てくる。そのつぼみは風船のように一気に膨らみ、瞬く間に直径5mを超える大きさへ。その風船はリザードたちが負傷したことで生まれた推定眷属個体に迫る。

 当然眷属たちはそれに反応し獣の様に飛び掛かるが、次の瞬間、そのつぼみがバカリと大きく開いた。

 8つに分かれたつぼみの内側にはビッシリと牙と歯が生えている。それはつぼみではなく、口だった。飛び掛かった眷属共は自分から花開いたつぼみの中に飛び込み、バチンとつぼみが閉じて眷属たちは上半身を食いちぎられた。そしてズルンと出てきた時を逆再生するようにつぼみはリュックの中に戻る。


 それでも眷属達は怯まない。特性で言えば完全にアンデッドに近いのだろう。恐怖以前に生物的な反応があまりにも薄い。下半身だけになってなお微妙に動いている仲間の身体を躊躇ないなく踏んづけて更に眷属達が飛び掛かるが、再度リュックからズルンとエメラルド色に光るものが出てきて、即座に巨大な拳に変形すると眷属達を一気に殴り飛ばした。


 今まで腐食性能を有する特定の生物を召喚し使役していたシルクだが、進化したことでその性能は大きく向上し変わった。具体的に言えば、召喚物とシルク自体が融合し、シルクは自分の身体の部位を変形させることができるようになった。分類で言えば半霊的存在。精霊にも近いしい存在になっている。

 そして今まで持っていた金属ですら腐食させる腐食能力はシルクの消化能力に統合された。元々どう考えても食えない様な結晶だのをバリバリ食べていた腹ペコモンスターである。通常の生物など比較にならない消化性能を持っている事は周知の事実だったが、その消化能力の出どころは腐食だ。元はけものっ子サーバンツ達がウイルス兵器まがいの物を作り、それをノートが卵に捧げたことでシルクが獲得した能力だが、それがより大きく強化された。

 その圧倒的な浸蝕力と消化性能で口に含んだ物を破壊し、飲み込み、吸収。祭祀がわざわざ贈り物にする非常に霊的な力のこもった結晶だの、悪魔から作り出した餌だの、ゴヴニュが放置していた金属だの、アテナの作り出した糸だの、ネモが廃棄処理にしようとしていた植物など、ありとあらゆるものをバクバク食べていたことでシルクは『捕食』と『吸収』に特化した怪物に変貌していたのだ。なまじ見た目が可愛いままなのは詐欺としか言いようがない。


『(/・ω・)/シルクから食レポだよーん』

『(。-`ω-)ジャリジャリ、アチチ、ベタベタゲンキ』

『( ̄▽ ̄)だってさ』


「ふーん、なるほど」


 そして、シルクは捕食する事で部分的に捕食したものの性質を自分の肉体に反映する。ヌコォが防御に徹する事を仕込み続けた結果、生体自体から適応させることで周囲からの攻撃に強くなるようにシルクは進化した。重要なのはこの反映プロセス。シルクは反映時に魔法でもなんでも一度食って吸収する。この時にシルクは食ったものの性質を断片的に理解する。理解するから対応できるモノに変身できる。鑑定師の鑑定よりもかなり曖昧ではあるが、故にこそ獣の本能的により真理に迫る解明をする事も有る。


 ノートはシルクが何を感じたのかを念頭に置きながら、メギド達に指示を出して本格的に仮称ラヴァーリザードへの攻撃を開始した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] お頭、アツい良い漢だ 最高だぜ 兄貴肌ってとこだとノートと飲み明かしてた関西弁のお兄さん達が近いのかな? [一言] あのネモが廃棄処分せざるを得ないと判断したとんでもねぇものを喰ってる…
[一言] >>だが、そのお頭の不器用さを、不器用さから生まれる漢気を、皆は慕っているのだ。皆の信頼に応えて藻掻くこの男を。 そして、そんなお頭にCethlennは、、、 シルクがヤバい!
[良い点] 更新ありがとうございます。 [気になる点] ベタベタゲンキ……?
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