No.480ex SNAFU
もう少し詳しい作戦を個々で行った後、戦闘部隊が山を駆けおり始めたその上をイザナミ戦艦から放たれた砲弾の雨が追い越していく。山の頂上から谷までかなりの距離があるが、イザナミ戦艦の方が上にあるのなら演算する事で当てる事も出来る。その演算を一瞬でやってのけたツッキーは自慢げだったが、自慢してもいい程度には極めて正確に砲弾は雨となって仮称ラヴァーリザードに全弾降り注いだ。
『ウーム…………協力者のお陰で海の加護を得られているが、厳しいでア~ル』
『力の配分を私に回して皆様に与える結界の強度を引き上げましょう』
『うむ、やはり提督殿の指示通り生産と防御に回った方が適切であるな。ただの砲撃では提督殿の邪魔になってしまう』
通常でも驚異的な力を発揮するイザナミ戦艦だが、今はNEPTという超常の力を使うプレイヤーによって船艇を覆うほどの『海』によって陸での活動でありながらマイナス補正がかなり大きく減っている。その為にいつも以上に出力が高まり数㎞先の化物の頭に集中的に砲弾の雨を降らせるという曲芸も可能になっている。
だが、それを見ていたイザナミの三幹部の反応は芳しくない。
操舵室でただ一人総合指揮官として残ってそのやり取りを聞いていたCethlennの内心は穏やかではなかった。
当たり前のように死霊達が話している。しかも高知能。何より自分たちの成果を誇るでもなく冷静な状況判断ができている。加えて自分の声を増幅させている謎の仕掛けや、外の光景をホログラムとして投影する機能。これは一体なんなんだと。作戦行動中の為に黙ってはいたがアサイラムは幾つ手札を隠していたのだと。
もし、この仮称ラヴァーリザードが現れなかったら、アサイラムは世界一位の勢力を持つアメリカサーバーの中でも第二位とされる勢力を相手に戦いながらこれらの手札を協力者であるDDにすら全て隠し通していてたのではないか。隠し通したうえで完全勝利していたのではないか。そう考えただけで軍師であるCethlennはゾッとする。
それは自分がアサイラムの統領に感じた危機感を裏付けるモノであるし、同時に自分の手札を見せているようで欠片も見せていなかった男がその手札を晒す判断を下すくらいにはこの戦闘は非常に厳しいモノという考えが浮かんでしまう。加えてアサイラムメンバーの冷静さ。と言っても数人は浮足だって見えたが、そのほとんどは異常なアナウンスや文字化けしたアナウンスというそれだけで驚嘆に値すべきモノを見てもまるで驚いていない。
つまりそれは、彼らにとってこれらのアナウンスは初めてではない、と考えられる。アサイラムの統領の判断の速さからしてもそうだ。散々手札を隠しておいたのにいきなり晒すことにためらいが無かった。相手の戦闘能力を想定できる指標でも無い限り、それは今までの慎重さとはあまりに別人じみた判断の速さだ
スレで推測されていたメンバーよりも4人もメンバーが増えているし、そのうち恐らく7人が初期特持ちで6人がオリジナルスキル持ち。おまけに簡単に悪魔の軍勢まで用意してみせた。一体何がどうなっているんだこの一団は、と何度言いたくなったことか。同時にCethlennの中にあったとある疑問に対する答えも見えた。
Cethlennは常々、どうしてアサイラムは異様に少ない手勢で動いているのか疑問だった。
数は力だ。いくら技量が高くてもALLFOのシステムには『スタミナ』の概念がある為に被弾が0だとしても暴れていればいずれパフォーマンスが落ちる。また、VRに24時間潜っていられない以上外部からの襲撃に備えて多くの人員と手を組んで誰かしらが常に防衛に回れるようにしておかないと危険だ。故にCethlennは多少を無理をしてでもDDの兵隊の頭数を増やしていたのだ。
けれど実際に彼らの素の言動を見ればわかった。アサイラムは外部から思われているような冷徹で人の心がない連中の集まりではない。いや、人の心が無いような連中ではあるのだが、身内に対しては寧ろ並みのクランよりも遥かに気安く仲がいい。全員の能力値が軒並み高く、足を引っ張る者が誰一人としていない。誰もがどこのパーティーやクランでもエース級に相当する能力を持った連中だ。そうなるとアサイラムの超少数精鋭スタイルにも説明が付く。とどのつまり付いて行けないのだ、“ゲームがとても上手い”連中程度では。数の利を無視しても今の空気を維持していた方が強いと断言できる程度にはアサイラムの駒は一つ一つが勝敗を左右する大駒なのだ。どおりで狂犬ですら大人しくなるとCethlennは納得する。誰と遊んでも彼女を飽きさせない程度にはアサイラムは一人一人が強いのだ。
なにそれ、ズルい。
Cethlennの子供っぽい部分が拗ねている。そんな大駒が自分の指示に素直に従うなんて、軍師からすればあまりに理想的な環境だ。事前のミーティングでも総指揮官にCethlennが任命されたものの実際に仕切ったのはアサイラムの統領だし、アサイラムのメンバーは統領の指示に対して一切の異論を挟まなかった。この人が言うならそうしようという揺らがぬ信頼があった。NEPTやFUUUMA、Gingerといったかなり我の強い連中ですら自然と従っていた。それは、Cethlenn自身も含めてだ。自然と人を従わせるオーラにCethlennは圧倒されていた。
本当はCethlennも分かっている。なにもズルくない。アレは初期特の力でも何でもない。アサイラムの統領自身が元から持っている才能だ。大駒がただ指示に従っているだけなのではない。指示に従う事を認めさせ信頼を寄せられるだけの才と今までの積み上げがあるのだ。それを良しとする環境を事前に作り上げておくのもまた軍師に必要な才なのだ。
言葉通り、大所帯を継続的に管理するという点ではCethlennの方がアサイラムの統領より才能があるのだろう。けれど総合戦闘能力ではアサイラムの統領が上だとCethlenn自身も理解していた。なまじ才能があるから如何に統領がおかしな存在か理解できてしまった。お頭が自分の足掻きより、アサイラムの統領の策を取ると判断した時、どれほど悔しかったか。どれほどみじめで情けなくて、泣きたくなったか。そしてそれに反抗できないほど、自分でも格が違うと思ってしまったことがどれほど苦しかったか。
人を褒めるというのは、ある種の心の余裕がある事の証でもある。対象に嫉妬していて、或いは憎んでいれば、心の余裕が無く自分に誇りを持てない者からは素直な賞賛は出てこない。穿った見方をすれば、アサイラムの統領はCethlennの才能を認め賞賛できる程度にはCethlennと自分を比較しても自分自身に自信があるという事だ。
このままで終わっていいのか。良いはずがない。
アサイラムの統領の言葉は正論だ。自分は現場で特記戦力を集中的に指揮し、Cethlennの方がそのポテンシャルを十全に把握しているDDを動かす。憎たらしいほどに的確な采配だ。“棍棒”のクールタイムは長く、“数㎞離れてようが見えていれば回復を撃てる”ヒーラー能力を持つCethlennを最後方に置くのは正解だ。
あと何枚、アサイラムの統領は鬼札を持っているのか。
この状況下でも憎たらしいほどに冷静で、揺らがない。アメリカサーバーのトップPKクランを当たり前のように自然に下に置いて運用している。ああ、本当に憎たらしい。自分が統領に嫉妬していることを見越して自分に総指揮官の座を渡したことも理解できてしまうから。
自分がどこかで無意識のうちに上に見ていた兄を目の前で簡単に丸め込み、威圧し、脅し、嘲笑う悪魔を見て、これは何か自分の尺度で測っていい存在ではないと分かっていたはずなのに、それでも嫉妬心が沸き上がる。
だが、それでいい。指揮官とは孤独で、そして常に上を見ていなくては。上を見上げるのは首が疲れる。けど指揮官だけは簡単に頭を下げてはいけない。嫉妬心と向上心は紙一重。無理に嫉妬心を無視しようとするから人は歪む。向き合い続けておかしくなった怪物もいるが、そんなのは稀だ。
このままで終わってたまるか。
Cethlennの瞳に力が宿る。
手札を隠したのはお互い様。最初のアサイラムの襲撃で、ただ一人即座に彼我の実力差を見抜きヒーラー能力を温存したように、Cethlennの手札にも鬼札がある。
「…………【SNAFU/Back of The New Moon Division】」
SNAFU.
Situation normal, all fucked up.
英語圏ではすでに馴染み切ったスラングだが、元は第二次世界大戦中に生まれた軍事用語。
「状況は平常通り、つまり全部クソ」という意味だ。
PKは基本的に急襲だが、とちったりすれば逆に追い込まれる事も有る。Cethlennは色々なオンラインゲームを渡り歩いてきたのでゲームに関する知識は大量にあったが、何も最初から今の様に指揮をしていたわけではない。むしろ物静かで引っ込み思案で集団の端っこに居て自分の中ではいい考えがあってもなかなか言い出ない人物だった。そんな人物が初期特と言うアイテムによって強引にスポットライトが当たるようになり、否が応でも前に立たなくてはならなくなり、今まで頭の中にため込むだけだった策を試せるようになった。
失敗は多かった。失敗して反省して失敗しての繰り返し。それでもお頭は次また頑張ろうと言ってくれたから、お頭が皆を引っ張り続けてくれたから、Cethlennは辛くても上を見上げ続けることが出来た。
それはそんなCethlennが初期特という紛い物ではなく、自分自身の手でようやくつかみ取った切り札だ。
指示を出してもいつも通りみんな好き勝手やって、ただの一度も思い通りに全てがいった試しがない。ああもう最悪。けどそれはもう慣れた。どうせそんなもんなんだ。集団から離れた場所で策を考えるばかりだったころはどうしてみんなうまくやれないんだろうと思っていたが、実際に集団の中心に立ってみるとCethlennも指揮の難しさを理解した。その上で、どうするか。SNAFU。その通りだ。いつも通り最悪。だがそこから覆して乗り越えてきたからこそ今のDDがある。
このオリジナルスキルは逆境時に、Cethlennが追いつめられているほどに効果を発揮する。
初見、文字化けという超常の要素、味方はいつも通り好き勝手やるどころか何を隠しているか分からない特大の不確定要素アリ。負けたらDDは折角手にした最高の拠点を失う。勿論何かしらのペナルティも受けるだろう。今までの苦労が全てパアになるかもしれない。
かと言って逃走も選択できない。謎の[逃走禁止]の行動制限。アサイラムのメンバーは何か知ってそうだったが口を割らなかった。
武装やアイテムはどうだ。アサイラムの手でかなり楽にいったとはいえ、北西勢力との抗争直後。準備万端とは言えない。そもそもあのサイズの敵がギミック無しでどうこうできるのか。普通のゲームならあの大きさの敵はギミックで対処したり何かしら強力なNPCが出てきて都合よくどうにかしてくれるはずなのだ。
マイナス要素は考えれば考えるほど出てくる。ああもう、考えれば考えるほどほんと最悪だ。
けれど、このオリジナルスキルはこうしてマイナス要素を考えることが重要なのだ。今が如何に最悪か認識して、そこからようやく始まる。かなり独特なトリガーだが、Cethlennは基本的に悲観主義な自分らしいオリジナルスキルだと思っている。
操舵室に用意された椅子に腰かけているCethlennの身体からゆっくりとヘドロの様な黒く重い液体が滲みだし、ボタリと地面に落ちた。背負ってられずに抱えているダグザが活性化するように大きく煮立つ。ボタリボタリと落ちた黒い液体はやがて連結して鎖のような形を描き、イザナミをすり抜けるようにイザナミの床に落ちても直ぐにすり抜けていく。物に触れる度に黒い泡がパチリと弾ける。高速で泡が動き出す。
すると、仮称ラヴァーリザードに突撃中のプレイヤー達の周りで小さく黒い泡が弾けて服にへばりつく。誰も気づかない程度の小さなシミだ。そのシミは何故か鎖の様な形をしていた。
「…………来た」
連動してCethlennの脳内でイメージ図が浮かび上がっていく。突撃した者達のそれぞれの状態を表す情報が脳に流れ込んでくる。能力の対象になった者達が認識している情報が収束し、Cethlennの中で精錬されて還元される。その中でも中央先頭のメンツの情報は意図的に削除されている様に情報が抜け落ちている。
「(レジスト………されてる?)」
アサイラムだ。DDの初期特メンバーも何故か情報が抜け落ちやすいが、アサイラムは特に意図して防がれている様に情報が上がってこない。けれど情報還元の対象には取れるようになっている。“鎖”を繋ぐ対象にはなっている。Cethlennは戦闘部隊員に情報を還元しながら全てをCethlennだけが見える鎖でつないでいく。
このオリジナルスキルは万人単位の荒くれ者どもを率いる為に彼女が発現した能力。指揮下の存在の視覚や聴覚情報などを吸い上げ、整理し、正確性の高い情報を還元し全体の動きをサポートする。更にフレンドリーファイアによる被害を下げて、鎖で繋いだメンバー同士での連携攻撃の発生、成功率を大きく引き上げる。連携のれの字もできないバカどもに半ば強制的にでも連携をさせる。散り散りになってしまいそうな意識を強引に纏めて共有させる。それがこのオリジナルスキルの肝だ。
「…………勝って」
Cethlennは祈るように鎖を繋ぎ続けた。




