No.476ex 虚勢
「だっしゃらあああああ!!」
「逃げたか!?」
「追え追え!」
「アサイラムからの報酬は俺んモンだぜーーー!!」
「あっテメェ!?」
目を爛々と光らせながらDDは北西勢力に襲いかかる。平均ランクで言えばそう離れておらず、人数も圧倒的に北西勢力の方が多い。しかし今のDDには日蝕の加護がある。赤いオーラを放ちながらDD達は心の獣を解放し北西勢力を駆逐していく。
「(俺がオリジナルスキルを使うまでもねぇ、か…………何から何までおかしな野郎だ)」
イキイキとしてPKを楽しむDDのメンバー達を都市の防壁の上から見守るのはお頭だ。アサイラムからの報酬は気になるが、今まで我慢していた仲間達に花を持たせてやろうとお頭は思っていた。
同時に、壁の上からこの戦いを全てお膳立てした人物にも目をやる。
初期特持ちというだけでチートだとなんだと絡まれる事が多かったお頭だったが、アイツを見てから言ってくれと心底思う。確かに初期特持ちは強い。しかし初期特を持つから必ずしも強い訳ではない。そこいらにいるプレイヤーに初期特を与えたところで勝手に潰れるだけだ。事実、世界にはまだ初期特持ちは少なくない数残っているがアサイラム統領と同じ様な事を成し遂げた奴はいない。それが事実なのだ。初期特があるだけでなく、それを十全に発揮する才覚があって初めて初期時は覚醒する。
「………ごめんなさい」
「Cethlenn、どうして謝る」
アレだけ自分を苦しめてきた奴らが急にやってきた男にたった1週間も満たない期間で殲滅されている様を見るのはトップとしては少し複雑な所はある。もし本気でアサイラムが暴れたら、DDの力も使わずにこの都市を攻め落とせたのではないか。そんな嫌な疑念すら過る。
そんなお頭の後ろからか細い声で話しかけたのはいつもより深く俯いたCethlennだった。
Cethlennとお頭が出会ったのは本当の初期も初期。他のプレイヤーにモンスターと勘違いされてCethlennが襲われていたところをお頭が助けたのだ。煮立った鍋を背負った怪しげな人物となれば勘違いしても仕方なくはない―――――――実際アサイラムにはハイテンションすぎて初期特持ちをレアモブと勘違いしてリスキルした鬼がいるが――――――Cethlennもそのケースだった。Cethlennは話すのが苦手だったせいで余計に勘違いが酷かった。
けれど日本の例のあの人と違い、Cethlennは同じ初期特持ちに救われた。それ以来Cethlennはずっとお頭の側で献身的に補佐をし続けた。空腹値が減りやすい初期特と、空腹値減少を抑える初期特という圧倒的な相性の良さもあった。
けどその献身を正しく知るのはお頭だけだ。本人がそれを表沙汰にする事を嫌がった、厳密には恥ずかしがったから。
ただの副官にして参謀というには、Cethlennはお頭に対してゲーム的なソレで片付けるには難しいほど献身的だった。
「本当は……あなたの力で………………勝たせたかった…………貴方が、凄いって、見せつけ、たかった……のに………………」
斜面下で爆発。化物みたいな強さを持つ刀使いが次々と敵を装備ごと切り捨て、分身した忍者が一斉に雷を解き放ち、サメの群れが泳ぎ回り、炎の鳥が斜面を薙ぎ払い、対抗するように大津波が巻き起こる。まるで終末戦争の様な有様。爆風が斜面を勢いよく駆け上がり暴風が吹き抜けてCethlennのフードを強引に剥がす。
赤毛に茶色の目。そばかすがちょっとある素朴で小柄な女の子。山の一角にちょこんと生えた小さな花のような自然な可愛らしさを持つ少女。
お頭を見上げる彼女の目から涙が溢れる。
「私は、判断を誤った……要塞も、兄のことも………………貴方の苦労を、減らしたかったのに………………増やしてしまった………………ごめんな、さい………………」
この小さな体で万単位の荒くれ者どもの頭脳を務めているだけ十分凄いことだとお頭が思うが、Cethlennが聴きたい言葉がそんな慰めではないことはお頭は知っている。それはむしろ彼女に対する侮辱だ。小さいから、女性だから、声が小さいから。それらの理由は彼女の勇気や知性を低く見積もっていい要因になり得ない。彼女はできる事を自分の力の限り努力した。
「たまにだ。たまに。今回はアサイラムのやり方が上手くいっただけだ。たまにはこれくらい過激なやり方も悪くねぇ。奴らも喜んでるさ。けどよ、いつもこれじゃ疲れちまうぜ。毎日揚げバターは食えねぇさ。胃もたれするぜ。アサイラムの連中もよくもまぁあんな奴と動けるもんだ。俺には無理だぜ。やっぱり肝心な部分じゃ、俺はもうCethlennの頭を頼ってる。まだ終わった訳じゃねぇ。DDはこれからもっと大変だぜ。勝てば勝ったで別の奴らがちょっかい出すかもしれねぇ。奴らはいつまでもいるわけじゃねぇ。アサイラムには関われねぇからってパイプを作ったっつうか作らされたDDに更に入ってくる奴も増えるかもしれねぇ。流石に俺1人じゃどうしようもねぇ。NEPTやFUUMAの力も借りて、まあGingerにも頼るというか力を利用してだ、そんでCethlennのアドバイスがあって俺はようやく虚勢が張れる程度の男だぜ」
虚勢なんて言わないで。
Cethlennはそう言いたかったが、VRの過剰な感情表現のせいか涙が止まらず上手く言葉が出てこない。嗚咽が漏れる。けれどCethlennがどんな想いで頑張っていたのかは言葉を聞かずともお頭は分かる。その奥にある自分に向けられた強い熱を帯びたCethlennの感情も。
「(買い被ってんだよ、全員。Cethlennもよ。けどよ、こうも慕われて、期待されてちゃ男ってのは意地はって平気なフリしすんだ。可愛い女の前じゃ余計にカッコつけんだ)」
お頭は、Cethlennの為にそれは言葉にはしなかった。
お頭はふと思う。もしかするとアサイラムの統領も案外そんなものなのかもしれないと。多くの者から嫌われ憎まれ恐れられているが、同時に絶対的な敵対者として在る事を潜在的に望まれ続けている複雑な存在。一挙手一投足が世界的に着目されている状態。
その重圧は常人の神経で耐えられる物なのか。
DDを前にした演説では、悪役をするのも疲れると愚痴を吐いていたと聞く。半分は皆を笑わせるジョークなのだろうが、実際に巨悪のトップになってみるとお頭にも見えてくる物がある。
お頭はNEPTのようなプロゲーマーでもないし、FUUUMAの様なネットを彷徨う廃人でもないし、ましてやGingerのようなVRスポーツ選手でもない。フリークライミングのインストラクターの会社の社長を務めている為に体育会系のノリを熟知しているが、それだけだ。社長の椅子も親から譲られただけで、自分の力で勝ち取った物でもない。けど、どうしてか皆が自分を慕ってついてくるから。初期特の強化にはPKが必要だと知っていたから。気づけばPKプレイヤー達のトップになっていた。Cethlennの様にオンラインゲームに熟知している軍師がいなかったら、お頭だけではとてもこんな人数を管理しきれなかったとお頭は思っている。
しかし、アサイラムはトップも軍師も兼任している。人数の規模こそ少ないがDDの焚き付け方を見るに彼の真価はむしろ多数を率いている時なのではないかと思う。圧倒的な慣れ。人を使い、導き、扇動する事に対する慣れ。お頭が素直に敵わないと舌を巻くほどの人心掌握能力。世の大半に憎まれ、悪意に囲われようと、嗤って見せる常人離れした精神性。
アレは競ってはいけないタイプの異常者。それこそ、チャンバラに於けるGingerの様に。お頭はそう考えたからプライドを押し込めてノートの策に乗った。
「これからも頼りにしてるぜ、Cethlenn」
「ッ!………………うん!」
Cethlennは想いを抑えきれなかったのか、涙にぬれた顔を隠すように抱き着くようにお頭の背中に顔を埋めた。本当は全てが終わったら自分の想いをお頭の告げるつもりだったCethlennは、けどアサイラムの力で殆ど解決したような今言うべきことではないと飲み込む。代わりに想いが伝わるように頭を押し付ける。
不器用な感情表現。本人は隠しているつもりなのかもしれないが、鈍くないお頭からすると分かってしまう。
まだリアルで顔で合わせたことはない。だが、Cethlennは酒が飲めていなかった。つまり未成年である可能性が高い。という事は年齢差は15才以上あるのに、自分の何がそんなに気に入ったのか。Cethlennの想いにどう応えるべきなのか困ったようにお頭は頭を掻いて黒の空を見上げる。
その下では、勝利を告げるように獣の遠吠えと大きな荒々しい勝鬨の声が上がっていた。




