No.473 ディゴ=スーヤ
ノートはLucyが裏切り者だとわかっていたが、敢えて放置していた。DDにでさえもだ。知らせたのはレイド決行前日だ。
何故か。
それはLucyにレイドの直前まで本当に裏切り者でいてもらった方が都合が良かったからだ。
Lucyが見聞きしたことを一切の嘘なく伝えるからこそ、北西勢力はそのリークを信じた。本当の裏切りというのはチマチマやるものではない。ここぞと言う一点のタイミングでやるからこそ最大級にして致死的な被害を齎す。
どんな上等なワインがあってもそこに泥水が一滴落ちれば全てが泥水になってしまう様に、溜め込まれたワインの量が多いほど一滴でもそこに泥が落ちれば全てが裏返る。
Lucyが北西勢力の指揮官についた嘘は最後のたった1つだけ。
当日にNEPTが不参加になった。この1つだけだ。あとは沈黙していただけだ。このただ1つの嘘が猛毒に化ける。
何が悪質かと言えば、ノートは盗聴されている前提で本丸でダミーの作戦を語った事。いや、実際にはソレが今も本当のプランだとDDのメンバーは信じきって動いている。Lucy以外の内通者がいた時に備えて、ノートは作戦時に事前と違う動きをしてもらうお頭、NEPT、FUUUMAの3人にしか本当の策を教えていない。VM$の作成した契約書にサインした者だけだ。しかもその動きを教えたのはレイド出立直前だ。情報の漏れようがない。
一方でLucyはノートの語っていた作戦を盗聴していたからその情報をリークした。その策を本当だと信じて疑わなかった。ノートの狙い通りに。
故にDDも本気で北西勢力を攻め込んだ。必死になっていた。一見無策にしか見えない突撃の為に何か手を打っていると見せかけて実は何もしていない、と思い込んでいた。それはDDも含めてだ。
敵を騙すには味方から。このセオリーをノートは愚直に使った。
大爆発、崩落、戦艦の雪崩突撃。さながら鹿が降りられるなら馬も行けるだろうという脳筋思考で崖を馬で駆け下りて敵の背後を急襲してのけた一ノ谷の戦いか。
あまりの出来事に誰もが其方に目を向けた。向けてしまった。ポカーンと数秒ただただその光景を見上げてしまった。
それはこの戦闘中に於ける最悪の隙を生んだ。
崩落の開始と共に前線基地に待機していた2人の人物が崩落を一切気にせず出てくる。
いつの間にかお頭は回収されていて、後ろを見上げている敵がいるだけの見晴らしのいい斜面。鎧の怪物が盾を構え、その後ろでは災厄の魔女が赤い稲妻のバフを纏いながら直線距離500mオーバーの非常に広大な“斜面全体に照準を定める”。
そう。視線を逸らすべきではなかった。ノートの派手な突撃がまさかこの抗争最大のブラフだと、誰が思うか。
これはスキルでも魔法でもない古典的な猫騙し。
故にこそレジスト出来ない致命的な隙を作り出す。
北西勢力もその存在を知っていて、一番警戒していた魔女が殲滅劇の開幕を告げる。
「《インペラヘラドーレメタクセルアゼルス》!!」
生贄消費クールタイム短縮スキル全使用込々でチャージ時間約30分。クールタイムはリアル時刻72時間と言う凡そ通常戦闘には使えないポンコツ魔法。
魔女がその魔法を習得したのは青の女王を撃破した直後だ。これは青の女王の形見の様な魔法だ。
大量のバフを乗せた状態で放たれた自爆系を除きネオンが今発動できる中でも威力だけなら最強クラス、つまり世界でも最強クラスの魔法が解き放たれたその決定的瞬間を見ていたのはごくわずかなメンバーだ。
ただ、都市を挟んで上。山の上から戦艦に乗って下るノートにはその様子が一番よく見えていた、灰の混ざる黒みがかった斜面が一瞬にして凍土のように真っ白に凍り付くのが。街から飛び出して襲撃に向かっていたプレイヤー達は一切の容赦なく凍り付き、大量の呪いが与えられて身動き取れず、強烈な寒気に震えながら何が起きたのかも理解できずに死んでいった。
その氷の勢いはすさまじく、まるで都市に押し寄せた大津波が壁に激突した瞬間に凍り付いたかのようだった。それが何を意味するか。
「かかれ!テメーらのスパイク靴なら氷を登れるぞ!!」
仲間に回収してもらっていたお頭が未だ重傷癒えない状態ながらも大声で叫ぶ。FUUUMAが視線を惹き付け攪乱している間にお頭の指示に従い前線基地まで下がって隠れていた人狼部隊がすぐさま飛び出した。事前に聞いていた作戦とはまるで違う。けど、今北西勢力が泡を食っているのは事実。それが何よりも面白い。こんなあり得ない光景が見れることが楽しい。移り変わる状況に混乱して攻め時を見失うバカはDDにはいない。
ノートがDDにスパイク靴を手配したのは山を登る為だけではない。本命はネオンが展開する氷の足場を駆け上がる為だ。
逆に北西勢力にとっては最悪。氷の斜面を下ろうとすれば何が起きるか子供でも分かる。そもそも壁の高さを超えて結界を半ば飲み込むように氷が固まっているので北西勢力は門からも出れないし大砲やバリスタですらもまともに使えなくなっている。
上からは戦艦。下は凍土。さてどちらに手勢を向けるべきか。その迷いが死神の鎌を首元に更に近づける。
「DD!ここからだ!底力を見せろやああああああああ!!Awooooooooooooooooo!!!」
「「「「Oooooooooooorah!!」」」」
お頭が咆哮する。遂に戦闘部隊全軍に突撃の指令が出る。
力任せの突撃。この凍土を登る。ただそれだけ。しかしシンプルだからこそ大規模戦闘に適した明快な指示。大規模戦闘はどれだけ指揮を簡略化するかも重要だ。前線基地の更に後ろに隠れていた戦闘部隊本体4000人に迫る勢力が雄たけびと共に一気に凍土を登り始めた。
ノートはDDに語った。
この戦争を勝つためには、どうするか。
不滅のプレイヤー同士。どうしたら北西勢力が一番ダメージを与えられるか。
それは極めて単純なやり方だ。これが悪を完璧に拒む『街』ではなく、性質が極悪だろうが分け隔てなく受け入れる『都市』だからこそ通じるやり方。
都市に侵入して、リスポンポイントを都市の中に更新してしまえばいい。都市自体を攻めるのではない。兎に角拠点に入ってしまえ、と。
つまり拠点の乗っ取りだ。
都市の中での殺し合いは祭祀が許さない。雪崩れ込んで仕舞えば北西勢力は土地のアドバンテージを失う。
更に予想外の事態は続く。
「おい!なんで北の門が開いてる!?」
「誰が開けた!?」
「今誰があそこ守ってる!?」
突撃してきた戦艦が忽然と消えるや否や、都市の中心、祭祀の治める広場にプレイヤー達がリポップする。
閉ざされていたはずの門が開き、瓦礫が街の中になだれ込む。門の開場は内部から弄れないはずなのに。
「「「「「フーーーーーーハハハハハ!これぞ、忍法開門の術!でゴザル!」」」」」
そんなやかましい声が聞こえた。都市の内側から。
元々手薄な防備。ここが攻め時と見て北西勢力の全員が都市の南東に集まってしまったが故に、山の上側の防備は0になっていた。そこを突かれた。
そして更にリスポンしてきた北西勢力のプレイヤー達は大きく動揺する。
リークで襲撃日が分かっていたので北西勢力は都市のNPC達には当日一切手出しせずに屋内の中で待機するように通達していた。それを祭祀は否定するでも肯定するでもなく、当日住民に出来るだけ都市の中央の屋内にいるように勧告。その後祭祀の姿は無かったのだが、その年若い美麗な女性の――――長袍、キョンシーの様な服を着た見るからに性格がきつそうな、厳しい風紀委員長の様な空気を漂わせる切れ長の目の美人である―――――祭祀がリスポンポイントに現れた。“黒い軍服を纏ったプレイヤー”と共に。
「戦争を止めなさい」
「なっ!?待て、勝負はまだ!!」
「迷惑です。私達は“アサイラム”側の提案を受理します」
「は!?」
まるで祭祀の言っている事ができずにプレイヤーは動揺し、祭祀に皆で詰め寄ろうとする。祭祀を護衛するように立つ推定敵対勢力を数の暴力で倒そうとする。
「黙れ!!貴様らの言い訳はもう沢山だ!!!」
「!!!!?」
しかし、総勢1000人近くその場にいたメンバーは祭祀の一喝だけでまるで全身を象に踏みつけられたような重圧と共に声も出せずに地面に叩きつけられる。デスペナ込みでも平均ランク40オーバーの集団がまるで手も足も出ない。
「あんまりごちゃごちゃええたないけどさ~………アンタら人んちの家で好き勝手やりすぎやで」
一体今何が起きているのかわからずに多くのプレイヤーが混乱していると、この状況を見かねてか白い仮面に黒い軍服を纏うプレイヤーの1人が話始めた。声からして女性で、鈍りのある英語だった。
「祭祀さんとウチらの事前会合と契約通り、この都市はウチらに鞍替えするってことや。人んちに土足で上がり込んで一カ月近うただただ居座って一方的に物資を貰うとって 、DDとの抗争を理由に都市側から言われたことにはほとんど手ぇ貸さん。出ていけ、言われても当然やな?」
VM$は勝利宣言に近い説明を最後の情けのように行う。
VM$はこの抗争に於いてもっとも重要な役割をノートに与えられていた。
それは北西勢力の支配するこの都市、休火山都市というべき都市に秘密裏に侵入し、祭祀側にノートの言葉を伝え、交渉し、祭祀とノートの話し合いの場を作る事。
アグラットブレスレットの変装をベースに、初期限定特典で契約した数々のアイテムを駆使して見事に都市に潜入したVM$は誰にも気取られる事なく祭祀側と接触し、とある契約を締結。祭祀お付きのNPCに紛れてずっとこの都市に待機して都市内部の情報をノートにリークし続けていた。おかげでノートは北西勢力が何を知っていて、何が分かっていなくて、組織はどのような状態なのか、更には兵站の状態や転移門の状況から北西勢力がどこの手を借りようと画策しているかも手に取るように分かっていた。そして、北西勢力がNPCの影響力を過少評価している事も。
ALLFOのNPCは確かにゲームのNPCだが、実際に生きている人間と同じようにこの世界で生活している。そこにいきなり言葉も通じない様な万単位のプレイヤーが押しかけてきて我が物顔で生活し始めたら当然いい顔をするはずがない。北西勢力は序盤から休火山都市側の好感度を大きく下げていた。そして更に運の悪いことに籠城中に正月イベントが重なってた。
正月イベントはNPCからの依頼が多く発生する期間だ。だが北西勢力はDDとの抗争を理由に、コミュニケーションが片言でも取れるようになってもその依頼の殆どを後回しにした。そうなれば当然更に好感度は下がる。本来であれば依頼を独占できるフィーバー状態を自分達で無視したのだ。相応のペナルティが無いわけがない。
それを北西勢力の状態を語るスレから推測したノートはこの状況は利用できると見て祭祀にとある交渉を持ちかける事を考えた。
VM$がかなり頭を捻って何とか設けた会談。DDにすらも黙って、VM$の手を使ってレイドの数日前には既に休火山都市に侵入していたノートは祭祀に説明ととある約束をした。
何故北西勢力が今ここで活動しているのか。何故彼らが貴方達を軽んじているのか。
そして約束した。我々が力をお見せしましょう。働かない豚共より貴方方の脅威を打ち払う矛としての力をお見せしましょう。
もしあなた方が我々の力を認めて下さるなら、その時は貴方方の好意に胡坐をかく愚か者どもを見限っていただきたい。
契約書を出し、ノートは粘り強く交渉した。
ノートは語った。我々使徒はある種の不死だ。ここで付け上がらせてはいけない。ここで使徒に対してハッキリとスタンスを示してやらなければまた同じ事が起きる。やるなら徹底的にやりましょう。そして彼らにとって一番堪えるのは、この街から追い出される事だ。彼らは貴方方を逆恨みするかもしれない。しかしその時は私達が手を組んでいる一団と手を組みましょう。彼らは対人戦に長けている。きっとお役に立ちますよ。
嘘は言ってはいないが真実と言われると微妙なラインの事をすらすらと並べ立て、そもそもDD側が撤退すればいいのでは?という祭祀の指摘にも論戦で勝利し、そして遂に根負けした祭祀は契約書にサインした。
北西勢力が何より警戒すべきは、重要視すべきは、DDを潰すことではない。まず自分たちが間借りしているこの休火山都市としっかりと手を結んでおくことだった。一番初歩的な事を怠ったから、彼らはノートに足を掬われる。足元から、サッカーをしようと言っているのに野球のバッドで殴りかかってくる様な、戦場の根本から覆してくる魔王に地盤から破壊されるのだ。
ザッザッザッと奇妙な規律のある足音が響く。濃霧と凍える様な冷気が街の北から流れて来る。
死霊達が掲げる旗。掲げられた赤と黒の旗は見覚えのあるモノ。
死霊の軍勢が都市の中を我が物側で行進する。その先頭を悍ましい形状のクリーチャーに跨った赤いローブの男が行く。
その真反対からも足音が聞こえる。
獣の唸るような声。勝利宣言の遠吠え。
凍土を駆け上がり街の中に侵入。邪魔する奴らを蹴散らして人狼部隊とソレを率いるお頭もその広場に到着した。
「お騒がせして大変申し訳ございませんでした。ですが、宣言通り指定時間以内に勝敗を決しました」
「ええ、そうですね」
「では」
「ええ」
何故アサイラムのトップが祭祀と知り合いのように会話しているか理解できたプレイヤーはほんの一握り。お頭の後に続いてきた人狼部隊ですらノリで動いてはいるものの実際何が今起きているのか全く理解していない。ただ、事情を理解していそうなお頭の背中についてきただけだ。そのお頭も「とにかく何としてでも都市の中に入れ」というノートの指示に従っただけだ。実はよくわかっていない。
それを知ってか知らずか、それ以上を語ることなく祭祀がコンコンと杖を地面に打ち付ける。杖が強烈な光を放つ。
『契約に基づき、私、ディゴ=スーヤの祭祀であるルイゼ・ドーヘルはアサイラムの提案を受諾し―――――――』
その声は不思議と都市全体に響いた。それもそうだろう。この都市全てが祭祀の庭。この中では祭祀は神のような存在だ。祭祀がどんな能力を持っているかノートは熟知している。ヤーッキマとテルットゥから多くの事を聞いている。だからこんな策を考案する事ができた。
『――――――クラン『亜祭羅武連合』及びユニオン『The Doom Division』以外の使徒を『ディゴ=スーヤ』より追放処分と致します! 』
祭祀の声が響くと北西勢力に属するプレイヤー達の足元に魔法陣がそれぞれ展開される。
この都市では祭祀以上の権力者は居ない。ノートですら真正面からは絶対に戦いたくない相手だ。
北西勢力は最後の最後までまるで事情を理解できない中、今この場に居ないメンバーも含めて強制的に都市の外に転移させられ追放された。




