No.467 抗争のゴール
強くてハンターハンター再開記念
「本来であれば、北西勢力という大きな一団が一カ月近く特定の場所に張り付くのは精神的にもキツイ事です。ゴールの見えないマラソンは辛い。無秩序なゲームのPvPには終わりがなかなか見えない。相手を引退に追いつめるまでリスキルできればいいですがそんなことをしていれば確実にペナルティが付く。そもそもゲームをしに来ているのだからわざわざそんな楽しくない事をするのは余程の物好きです。なのでALLFOのシステム的に大規模な抗争が長期継続する事は本来なら起きないようになっている」
本丸に到着したノートは、お頭を始めとしたDD幹部に加え、突撃部隊などそれぞれの隊の隊長格たちを前に課金要素であるプロジェクター機能を使いながら改めて説明をする。
「ですが、今回の場合は北西勢力側にゴールができてしまった。そのゴールとはなにか?」
わかりますか?と言わんばかりに指名された防備部隊の隊長は「え?俺?」と言わんばかりに目をぱちくりさせたが、それでもこのまま黙ってるのも恥ずかしいので考える。
「…………俺達に、PKを辞めさせる?」
「確かに一つのゴールですね。彼らにとっては一応ベストな解答の1つではあります。しかしそれは実際問題難しい」
はい、では次にお答えください。と言わんばかりにノートは相変わらず不機嫌そうな顔をしている三叉槍使いのNEPTを指名する
「チッ、学校じゃねーんだぞ………。アレだろ、この要塞をぶっ壊すって事だろ」
「はい、大正解。DD全員にPKを辞めさせるのも引退させるのも難しい。しかし彼らは反DDで纏まり名声を享受してきた者達だ。彼らは明確な形でDDに勝利したという結果が欲しい。その点に於いて、現在DDの本拠地として名高いこの要塞を陥落させることができれば、明確な形でDDは敗走する事になり彼らはDDの本拠地を潰したことでより多くの支持を得ることになるでしょう。同時にDDの求心力も落ちる。これが今の彼らのモチベーションになってしまっている。彼らはこの抗争で明確な決着がつかなくていいんです。成果があれば大義名分を持ち続けられるんですから」
手段と目的の逆転。
最初に反DDとして決起した者達は、恨みや或いは治安維持の目的で決起した。そしてそんな声明に呼応して彼らに協力する者達が現れ組織は大きくなっていく。自然と彼らは組織の中心人物になりちやほやされる。同じ意思を持つ者に囲まれ、明確な敵に対して一斉に批判の声を投げかけるというのはある種の気持ちよさがある。人は誰かの良い所を述べてるより、悪口を言う方が仲良くなるように。明確な敵は強固な結束を齎してくれる。
いつしか、その組織の中には目的が手段に代わってしまう者も現れてくる。反DD活動という本来の目的が手段になり、その活動を通して得られる力や賞賛、人員が目的にすり替わっていく。それを自覚している方はまだマシで、その多くは自覚すらしていない。
「始めたときは、それがどれほど善意から発したことであったとしても、時が経てば、そうではなくなる」とはカエサルの言葉である。
○○活動家などと称される人物はこの症状に囚われている事が儘ある。何か問題に感じたことに対して声を上げていたはずが、その問題を本当に効率的に実現させることを目的に真剣に考え続けるのではなく、学術的な勉学に励み根本的な解決方法を模索するのではなく、不満に思う事をただただ仲間と一緒に叩く事が目的になってしまう。そうして人は醜悪な共感欲求と攻撃の快感の怪物に変貌していくのだ。
今の北西勢力はまさにそれに近い状態にあるとノートは見ていた。
なまじ強くてアメリカの2番目くらいの勢力と言う評価を受けているが故に燻る。MMOに於いてそれぞれが目的にする事は色々あるが、それでも誰もがうっすらといつか自分が何かで一番になりたいと思う。リアルではできなかったから、ゲームなら、違う世界なら、俺でも一番になれるんじゃないか。そう考える。けれどそれは難しいことで、ALLFOはかなりフワッとした意義しかプレイヤーに与えていないためにプレイヤーは自分で意義を見つけることを求められる。
プロゲーマーが雁首揃えているアメリカトップ陣には勝てない。
けどこのまま終わりたくない。では何を目的に動くか。
PKプレイヤーの、世界的最大規模と称されるPK組織を潰すことを目的とすれば?もし潰すことができれば?
承認欲求は人を容易く狂わせる。
中には本気でDDにPKを辞めさせたい人もいるだろう。けどオンゲで上に登り詰められる奴ほど無意識の部分で現実を知っている。運営が動かない限りPKの撲滅など不可能という事を知っている。実際恨みもあるだろう。自分がDDによって受けた損害に対して感じた口惜しさをDDにも味合わせてやりたいという感情もあるだろう。けれど本気でDDを引退に追い込もうとしているほど頭が茹っている連中は本当にごく少数だ。
よくて『DDの解散』が最終的なゴールだろう。
「つまり………ここは敢えて言いましょう。目に見える形で要塞を作ってしまったのはDDの致命的なミスです。そしてここから更に北西に結界を持つ都市がある事を見逃してしまったことも」
もし最初からDDが多少のリスクを承知でももっと探索を続けて都市に入っていれば、北西勢力はDDを攻めあぐねた事だろう。教会傘下ではない都市内部では戦闘行動が可能だが、祭祀が其れを許さない。本格的な抗争などしようとすれば祭祀が激怒するだろうし、その祭祀の後ろにいるモノも黙っていない。同時にNPCを巻き込む可能性があるとなれば余計に北西勢力も攻めづらいことだっただろう。
「要塞を構築する、つまりワイプに影響を受けない陣地を作る上で色々な立地の条件があり、更に『ボスモンスターの縄張り』であることが重要だったためにここに要塞を置くしかなかったことは分かっています。近くにはダンジョンがあり、魔物も豊富。資材も多い。本来立地としてはベストなはずだった。立地選定自体は素晴らしいんですけどね」
ALLFOの通常フィールドは定期的なワイプが起きるので、何かを置いたり建築しても一定時間経過すると容赦なく消滅する。だが、特定のシビアな条件を満たす土地と力が揃っていれば、限定的にワイプの影響を受けないエリアを構築できる。
この陣地選定は本当に条件が厳しくて、例えるなら『広い海の中から海流や気象条件が全て奇跡的に噛み合って一切波が発生しないポイントを見つけ出せ』と言っているようなものだ。実際DDがこのエリアを見つけることができたのも偶然に近い。ただ、完全にランダムではなくボスモンスターの縄張りがそのエリアの条件である確率が高めではあるのでボスモンスターの縄張りを中心に探していればいずれは見つかる事も有るだろう。この土地もまさにそのケースだ。
物資面で限界だったDDは開拓可能なエリアの発見に湧き、しかも近くにはダンジョンもある。ここに拠点を作ればひとまずは安泰だ。当時のDDはそう思っていた。もはやストーカーの様なアンチがわざわざ追いかけてきて近所に引っ越してくるなんて事さえなければ、ノートも100点満点を与えてもいい土地だと思っていた。
「北西勢力の本拠地である都市を崩壊させることは無理だと思ってください。できたとしても同時にここら一帯が核爆弾の雨で吹っ飛ぶくらいを想定してください」
DDのメンバーの中には冗談だろ、と笑う奴もいたが、ノートが笑わずに黙っているのに気づいて自然と静かになった。
「ジョークじゃねぇよ。マジで吹き飛ぶからな。考えてもみろ。教会という運営も絡んでる絶対的な強さを持つ組織が管理している街ではない場所で、このワイプが発生し続けてるディストピアで一定領域を守り続けているNPCだぞ。普通のNPCだと思うな。祭祀だけは本当に別格だと思っておけ。例え見た目が幼い子供だとしてもだ。本気を出せばこの拠点を一撃で粉砕する程度訳ないぞ。それが祭祀NPCの強さだ。俺でも正面切って戦うのは絶対に嫌だね」
ノートの言葉に、丁寧さを捨てた本気の警告にDDメンバーの顔も自然と引き締まる。普段は多少無礼な事を言っても笑ってくれる男が笑ってくれないこそ言葉の意味を正しく理解する。
「とまぁ脅しはほどほどに、祭祀は基本的に自分達に直接的な被害がない限り首を突っ込んでくる事はないと思っていいでしょう。それこそ核と同じく、彼らの力は軽々しく使えるものでもないので。故に、祭祀が介入しづらい攻め方を考える。私達にとってのゴールを考える」
DD側の一番の問題は、何をもってこの抗争のゴールとするか。
終わりの見えない戦いがDDの士気を下げ続けていたのは事実だ。されど北西の都市に直接レイドを仕掛けることはできない。非常に困った状態だ。かと言って相手にアンチDD行動を辞めさせるのも難しい。表面上の大義名分は確実にアンチDD側に存在しているのだから。DD全員にPKを辞めさせるよりも遥かに無理難題である。
「1番のベストは反抗心が起きないほどに敵対勢力を叩きのめし主要メンバーを公開処刑。一罰百戒ですね。俺達にまだ手を出すならどうなるか、という見せしめをする。私達が偽ロストモラルに対応した時と同じですね。ですが、これは難しい。これをカンペキにすることはできない。ただ、戦っても勝てない、全戦力を投入すれば勝てはするけどそんなことしたら自陣営もタダでは済まない事になる、そう思わせることができれば相手も手出しが難しくなる。指揮官が安全圏からふんぞり返って指示を出しても、実際に大きな被害を受けることが確定しているなら現場が戦闘を嫌がるようになる。そうすれば上層部の支持率も大きく下がります。これはリアルの戦争や政治にも通づる所があります。通じておきながら、これは戦争ではないので現場側も上の指示に反抗しやすい。故にMMOの抗争は難しいのです。特に運営が謎の不介入をし始めると」
故にこそ、民意を巧みに操り、皆を楽しませることができる、楽しませることができそうだと思わせることが上手いヤツが上に立つ。
「ここまで首を突っ込んでおいて言うのもなんですが、この戦闘に私達は介入しません。この抗争はDDが勝つからこそ意味がある。ですので、ゴールをこのように定めます」
そうしてノートはプロジェクターのプレゼン資料を次のページにスライドさせた。




