No.61 武器の領域を超えたナニカ
復活記念にもう一話!!
久しぶりすぎて妖怪ブクマはがしが多発してるけど新規さん取り組み、古参の皆さんカムバックのために頑張ります!
「バルちゃんの好感度気にして普段使いは封印してたけど、これは使ってもいいよな?」
ノートが出した答え、それは『バルちゃん謹製ナイフ』である。
ノートが依然としてさっぱり鑑定不可能なナイフであり、バルちゃんに『一度だけ実験させてほしい』と頼み込み、現状ノート達の知るMOBの中で最大HP・物耐ホルダーの『鮟鱇型クリーチャー』をノートが一振り掠らせただけでポリゴン片へ変えるというバグ的な光景を発生させた恐ろしい固定ダメージ値を持つナイフである。
ただし、バルバリッチャがアグちゃんの戦闘支援を禁じたように、このナイフは本来『アグちゃんを殺すために創り出された武器』である。特にノート達を戦闘面で甘やかしその成長を妨げることを嫌うバルちゃんなので、ナイフを他の敵に幾度も使えば取り上げられてしまうことは目に見えていた。
なのでノートはバルちゃんに『普段使いは絶対にしない』と改めて宣言している。しているが、バルちゃんとアグちゃんに更に呪いをかけてもらい『使用者固定』状態にしてお守りとしてノートは持ち歩いている。
この使用者固定は便利そうな能力に思えるが、れっきとした強力な呪いの悪用であり本来は不可能である。アイテムとしての格が高すぎるからこそバルちゃんたちの呪いを受けてもアイテム自身が変質しないし、ノートの性質が『極悪』かつ呪いに対して極めて高い耐性を持つ種族だからこそデメリット無しで所持可能なのだ。
というより、完全にノートが持つことを前提としたフルカスタマイズ済みなのでノート以外が所持しても『非常に愉快なことになる』とはバルちゃん談である。
どうやら彼女としてはノートが自分の作り出した物をお守りとして持ち歩いてくれるのは嬉しいらしく呪具化に関してはノリノリで付き合ってくれた。(と言ってもノートが許可をすればパーティーメンバーであれば短時間でも使用できる様にはしてもらっているので、純粋にナイフとしてなら『祭り拍子』のメンバーも扱える)
実際はどちらかと言えばバルちゃんはナイフ作りで弱体化期間中なのでアグちゃんがメインでこき使われていたのは言わぬが花というやつである。なおその代わりにタナトスに新種フルーツ極盛パフェを食べさせてもらったので結果オーライではあったりするのだが。(この辺はミニホームのログを見れば確認できるのである)
閑話休題。
「ユリンがこのナイフで根本刺せば、それだけで破壊できそうな気がするんだが」
ノートの記憶の中には、アグちゃんを脅す時に重さを感じさせないこのナイフが胸の高さから落としただけなのに床に根元までサックリと刺さった光景が鮮明に残っていた。
つまりこのナイフには尋常ではない斬れ味があると確信していた。
「あー…………できなくはないと思うよ。でも一つ言っていい?確実にマズイこと起きるよね?」
「だろうな」
ユリンの懸念に対し顔色一つ変えず頷くノート。それに誰もツッコめず、結局ナイフを使って照明を取り外すことを決定する。
そのために光源代わりに発光する苔をフロア中に撒いて、照明の下、つまり祭壇の上にクッションを設置して万が一落下したときも照明が木っ端微塵に砕け散るという事態を避けるなど細々とした準備をする。
それをノートの号令一つで粛々とやり始めるあたり『祭り拍子』の連携力の高さも伺えるのだが、ほとんどが成人済みの連中が黙々と光る苔を地面に撒き続けるさまは非常にシュール。
スピリタスでさえなんとも言えない表情で無言のまま苔を撒いていた。
「んじゃ、いくよぉ!」
「おう、やってくれ」
五分ほど時間をかけてフロア中を苔だけで照らせるようにし、宣言と共に翼をはためかせ飛び立つユリン。少し旋回するように飛びながら加速していき、ナイフを構えて照明の根元に突き刺す。
ナイフはまるで豆腐に包丁を入れるような滑らかさで材質不明の天井にスッと抵抗なく突き刺さる。あまりの抵抗のなさにユリンがそのまま天井に激突しかけるが、ユリンは類稀なる反射神経と運動神経で即座に天井に足を向けて“天井に着地し”衝撃を殺す。
「よいしょぉ!」
そして全身を使い円錐を描くイメージで照明の根元の部分でユリンが腕をグルリと回せば、ナイフが天井を切り裂き土台から切り離された照明は天井から落下する。ルビーを切り出して作られたラフレシアの様な形状の巨大な照明は直径5mもあり、それ相応の重さがあるのか勢いよく落ちていった。
もちろん物体の落下速度は重量に寄らないので気のせいではあるのだが、ユリンの手ごたえでは相当の重量があることは察することができた。そんな物体が地面に落ちたらおそらく木端微塵になる。
気を付けて!とユリンは鋭く警告するが、その時には既に祭壇の上に『余次元ボックス』を開いてノートが待機しており、照明が天井から切り離された次の瞬間には部屋の明るさが一気に消えうせ、続けて照明がボックスに触れた瞬間に照明そのものがボックスに吸い込まれて消える。
シーンと静寂が満ちるホール。明かりは発光する苔のみ。見ようによっては幻想的な光景に見えなくもないが、眩しい位に光を周囲に分散させていた祭壇が一転して真っ黒になったことでどことなく不気味さを感じさせた。
全員がなにか異常は起きていないか周囲やステータスを確認。しかし何事もなく、ノート達はホッと一息ついて肩の力を抜いた。
だがそれを見計らったように、部屋の中で緩やかに異常が進行する。それにいち早く気づいたのは上から滑空してゆっくり部屋全体を俯瞰していたユリンだった。
「全員警戒を維持して!モノリスが微かに震えてるよ!」
部屋は暗く、一つだけを見るなら気のせいに思えただろう。しかし上からいくつものモノリスを一度に確認できるユリンにはモノリスのかすかな振動を見抜くことができた。
ユリンの鋭い警告を聞くが早いか、すぐに戦闘態勢へと再び戻るノート達。それと同時にモノリスが赤く発光を始める。
「なんだ!?何が来る!?」
出口に向けて回復の要であるネオンを守るような体形で後ずさりするノート達。ノートは護衛用の、現段階で簡易召喚可能な死霊の中で最も耐久の高い全身鎧を纏ったゾンビを数体召喚しながらメギドも召喚するか迷っていると、遂に状況は動く。
赤く発光を開始していたモノリスがいきなり砕け散ったのだ。
そしてその砕けたモノリスの中から、白い金属でできた人と百足とタコを組み合わせた様な不気味なのっぺらぼうの球体関節人形が瓦礫を蹴飛ばしながら出現。カクカクとした非常に気味の悪い動きで行動を開始した。
「チッ、鑑定できねぇぞコレ!!だが系統としてはアンデッドに近い敵のはずだ!!」
それが友好的な存在に見えるならよかっただろう。しかしギチギチなるパッと見て数えきれない量の関節をもつ十数本の多脚は不気味で、4mは優に超える体躯に、幾本もある手に直接合体している2.5mに届く大鎚や大剣、大槍をいくつも装備しているとなればどう見ても友好的な存在には見えない。
ギギギっとゆったりとノート達に接近開始する巨大人形ども。ズリズリと武器を床に引きずりながら近寄ってくる様はホラーチックでありながら、一方で人形達の鈍重さを表しているようだった。
GRRRRR!と唸りながら主人を守るためにノソノソと動き人形の前に立ちはだかるゾンビ。両方が4m級の体躯なので、ちょうど中BOSS同士の睨み合いにも見えなくはない。
ゾンビは大きく咆哮して力と防御を引き上げるスキルを使用。
一方で人形は大剣を持つ手をギギギとゆっくりと動かす。
ちょっとした怪獣決戦にノート達全員が思わず注視し、いよいよゾンビが人形に飛び掛からんと身を屈める。
その瞬間、大剣を持つ人形の手がブレて、そしてズドンッッ!!と地面を揺らす衝撃。大剣を脳天から叩きつける致命的な一撃、ゾンビは柔らかなペットボトルの様にクシャっと潰されポリゴン片になって消えうせた。
その一撃は、限界まで引き絞られた投石器が解き放たれたように機械じみた俊敏な一撃だった。それまでの行動がのろかっただけに確実に意表を突く恐ろしい一撃。それは本能的な恐怖を想起させ、VRの中でありながら寒気と共にブワッと鳥肌が立つような感覚にノートは見舞われた。
いくら本召喚の死霊ではないといえ、ノートの召喚可能な簡易召喚の中では最高の防御力を誇るゾンビだった。全身鎧により素の防御力の高さは折り紙付き。スキルで強化すればその防御力はスピリタスが撃破した『蟲の悪魔』の装甲にも劣らない。そのゾンビが、『スキルを用いない純粋な物理攻撃』で、その上たったの一撃で殺されたのだ。
それは元々物耐は低いネオンやユリンは言うに及ばず、スピリタスでも掠れば一撃で死にかねない攻撃であるということに他ならない。
更に脅威となるのはスピード。人形の放った一撃はノートではほとんどブレて見えていただけだった。つまりアドリブ回避は不可能であるということである。
「(鈍重な動きだが、恐らく自分の攻撃範囲に入った瞬間に凄まじい速度の攻撃を放つわけだ。普通なら回り込むなりして攻撃するところだが——————)」
巨大な体躯に巨大な武器。そもそもの攻撃範囲が圧倒的に大きい。加えて鈍重とはいえ其の脚はタコ足のようで360度どこへでもスムーズに動けそうだ。そもそものっぺりとした球体の頭に前後左右なんて概念があるか定かではない。
一体だけでもBOSS級の様な存在。それが16体。だだっ広く見えたホールが今や小さく見える。ズズズズ、ギギギギと音を立てながら、わざと恐怖を煽るための様にゆっくりと近づいてくる巨大人形。モノリスの崩壊と同時にいつの間にかせり上がった壁により退路も封じられた。
ノートの指示を待ちきれず、ゴヴニュ手製の槍を試しに一番近い人形に投擲するスピリタス。圧倒的な膂力から放たれる投擲は並の前衛プレイヤーでも一撃で沈みかねない恐ろしい攻撃だ。
だがその一撃は、初動の見えない素早さで構えられた大盾に無情にも弾かれる。
その防御スピードはスピリタスも見たことのないほどで、思わず舌打ちをする。
攻撃も防御も一品級。状況的には詰みに近い。その中で、ノートは笑ってみせた。
「精々あがいてやろうじゃねえか。漸く面白くなってきやがった!!」
無双も結構。しかしてゲームは時に難しくなきゃつまらない。ノートの声に応えるように、ユリン達も獰猛な笑みを浮かべて人形どもを見据えるのだった。