No.461 身バレ
「だから、ここの陣が一致してるんですよ」
「いや、だからさ。魔法ってのは本来球形陣でさ」
「けど魔法陣のエフェクトは平面じゃないですか」
「それに関しては1番安定化してる部分が見えてるんじゃないかって話よ。魔法陣のエフェクトをスクショしたものを陣としてスクロールにすれば魔法は使えるけど出力が落ちるのはここら辺にも理由があるはずだ。言わば魔法陣球体のど真ん中で真っ二つにした時の断面が俺たちがエフェクトとして偶に見ている魔法陣で――――――」
生産担当区画の一角の隅でトン2が天を見上げてぼーっとしている。ぼーっとしながら指の中で糸をスキルで操作して熟練度上げしていて周囲はその超絶技巧に絶句しているのだが、そのトン2の内心を端的に表すなら「いつまで話してんだろこの人たち」である。
ノートの傍でメモを取っていたカるタも明らかに疲労が滲んでいて、最初は周りで話を聞いていた生産担当者の案内組達も付いていけないと撤退していた。
それほどまでにノートとLucyの議論は白熱していた。
ノートからすれば実利から逸れた話にも付き合ってくれるLucyとの議論は面白く、Lucyも初めて自分と同じ知識レベルで議論が出来る人にようやく出会えたものだから全力で自分の意見をぶつけていた。
「――――――まぁ、アンタの言う事も納得できる部分はあったので、試すだけはやってみますよ。けどいいんですか。このインク、明らかに普通のものではないですけど。俺これに見合った物なんて持ってないですよ」
「いいよ別に。それはまた作ればいい。けど知識には鮮度がある。良き技術者には投資をしなきゃ。世界を変える発明をしてきた人たちもまず発明があった訳じゃない。出資を受けて研究する地盤があるから深い研究ができて、そこから発明なりした訳だ」
今まで生産担当区画を見学してきたが、ノートはLucyをかなり高く評価していた。将来性に非常に大きく期待、と言ったところか。フレーバーの部分もしっかりと考慮してそれを研究に活かそうとする考え方はノートの好みでもあった。
ようやく終わった。2人の話がひと段落すると、そう言わんばかりの少し疲れを滲ませた動きでトン2がヌルリと立ち上がる。1時間以上拘束されていたのだからこの反応も当然だ。昔のトン2であれば1分ともたなかったので、飛躍的な進歩である。
と、軽い足音が聞こえた。生産担当区画の裏手、ノートが案内された本丸からだ。
トン2の耳がピクリと動く。鉈に伸ばした手の軌道を変えてインベントリからメイン武装である薙刀を取り出して走り出す。
人影がいきなり生産担当区画に入ってきた。全力疾走。その足取りは直ぐに生産担当区画の奥に定まり、更に加速する。
「セィ!!!」
「――――」
その人物は怪しげな黒い光を放つ錆びた両刃直剣を構えてノートに切り掛かる。が、それをカットインしたトン2が同じく怪しい光を放つ妖刀化薙刀でいなす。
その様に信じられないものを見るように襲撃者は目を見開く。一方でトン2側も普段は追撃するところをすぐに振り払って切り結ぶ事を避けた。
それを見てノートは面白い物を見る様な目をして、Lucy達も唖然とした顔になる。
そもそも並みのプレイヤーであれば斬りかかった時点でトン2にカウンターを取られて一撃目で死ぬ。なんせ襲撃者が装備しているのは普通の長さの直剣、対してトン2が手に持つのは薙刀。リーチの問題でトン2の方の攻撃の方が先に届くので直剣で斬りかかった側の方が不利な状態だ。
が、トン2は一撃目で決めに行かずに直剣を受けた。
できなかったというよりはノートはトン2が何かを警戒をしている様に見えた。
その警戒は正しかった。
右から振るように直剣を受け止めたトン2のさらに右。死角になりがちな場所に黒い大きなナニカ、鱗のある表皮や動きから恐らく尻尾の先、目に見える部分でも直径2mに達するソレが、トン2の横っ腹に向けて強烈な突きを尾で繰り出した。
「!?」
が、既にトン2の手の中に薙刀はなく瞬時の判断で横に構えた盾で尾先の直撃をギリギリ避け、人間の重量からは考えられない挙動でフワリと浮き上がり衝撃を殺す。それを驚愕の目で襲撃者は見たが、惑う事なく直剣をトン2に向けて更に振る。
トン2は足が地から離れ大きな回避はできない。体勢も側面からの衝撃を咄嗟に殺したためにまるで空中で逆立ちしたような状態になっている。
そのトン2の装備は既に盾から斧に切り替わっており直剣の軌道に斧を割り込ませる。しかし直剣と衝突すると本来威力的に有利な斧の方に大きな亀裂が入った。
そのトン2の上にまた尾先が出現する。まるで叩き落とさん挙動だ。
そこで発砲音が生産区画のホール中に響く。撃ったのはカるタ。スマートで軽そうな拳銃を撃つやいなや即座に短弓に切り替えて狙撃体勢に移る。
カるタが撃った弾丸は襲撃者の傍らに現れた尾に止められる。トン2を叩き落とそうとしている尾先とは別。その尾はカるタの放った弾丸を生身の尻尾で弾く耐久力を持っていたが、被弾すると弾丸に込められた凍結魔法が解放されて一瞬で凍り付く。
トン2は襲撃者の目線と影で上に何かある事を理解。魔法を発動して空中に足場を作り小刻みなステップで空中で体勢を強引に変えて叩き落としの直撃を回避。敢えて完全に回避をせず、足を叩かれたその勢いを逆に利用して体勢を正して強引に着地。
一つ一つが曲芸に近い挙動だったが、三回目にして襲撃者はトン2の強さを完全に理解。再度転移の様な詰め寄りで接近すると直剣で斬りかかる。黒いエフェクトが空間を凪ぐ。対してトン2も刀に切り替えて振り上げる様に迎撃。鏑矢の音と雷撃のエフェクト。赤月の都に棲む黒騎士の力だ。ただのプレイヤーならこの一撃で終わる。
刀と直剣が衝突。衝撃波が弾け、黒い雷光が爆発する。
そこにカるタが連射した矢が殺到するが、トン2を叩き落とそうとした尾がカットインして全て矢を絡め取る。魔法を発動させないように鏃には触らないようにしつつもキャッチする様というとんでもない挙動だ。
「そこまで」
「ん゛ぁ!?」
直剣との衝突はトン2の方が若干押されるという形になる。そこで更に襲撃者は追撃をしようとするが、その襲撃者に向けて咆哮と共に鉄塊が振り下ろされる。本当にギリギリの割り込みだったために襲撃者もこれには自力でガードするしかなく、咄嗟に直剣でメギドの本気の振り下ろしを受け止めただけ人外じみた反応速度だ。されど衝撃を殺しきれずに思い切り地面に叩きつけられる。
「それ以上本気になるな」
弾き飛ばされたはずのトン2の手には毒々しい赤色の槍が握られていた。もし、あそこで襲撃者が更に踏み込んでいたらトン2のカウンターは確実に炸裂していた。それも手加減一切の無しの一撃で首を突き刺されていただろう。ノートはトン2のエンジンがかかりきったら危ないと考えて強引に割り込んだ。身バレを防ぐ為に本気にならないと約束はしていたのだがそのタガが完全に外れかけていた。
「あ、ちょ、なにしてんすかアンタ!?」
「頭おかしいんか!?」
「いや、ほんとすみません!」
「この駄犬が!またやった!」
「リードはどこ!?幹部は!?」
「てか凄いっすねあの人!完全に凌いでた!」
ようやくトン2と襲撃者の動きが止まり、周りで見ていた者達が我に返る。生産担当者達は襲撃者に詰め寄り、一部は心底申し訳なさそうにノート達に頭を下げた。
襲撃者側に味方は無し。DDのプレイヤーは皆で寄ってたかって襲撃者を叱っており、起き上がって胡坐をかいている襲撃者はトン2の方ばかりを見ていてまるで話を聞いておらず、それが余計に周囲の怒りのボルテージを上げていた。
「まぁまぁ、そこまでにしましょう」
話しの終わり所が簡単に見つからなさそうな生産担当者達に割り込んでノートは宥める。不完全燃焼そうなトン2も表面上静かなだけで割と危ないが、それはあとで自分がガス抜きをすればいいのでまずはDD側を対処する。
「ん?あんちゃんがアサイラムって奴のリーダーかの?」
「ええ、そうですよ。お噂はかねがね。DDの幹部の1人、Ginger・A・Armstrongさんとお見受けします」
「幹部かは知らんけど、ウチはGingerじゃな」
「それとも、VRチャンバラ世界ランキング5位、とでも言った方がいいですか?」
「そうともいう。あんちゃんはウチのこと結構知ってるみたいであるな!」
純欧米系の顔。ミルクティーベージュ色の髪を雑に結った頭に若干茶色みがかった黒色の目。そんな和とは真反対の様子だが、装備は和装に黒いオーラを放つ古風な、どちらかといえば和を感じるデザインの直剣。おまけに足は下駄の様な靴である。胡坐はやけに様になっており、ノートが近づいてくると叱られて不満げな顔から一転にやにやとした顔つきになる。
Ginge・A・Armstrong。これは単なるプレイヤーネームではない。本名そのままだ。しかも容姿まで寸分違わずリアルの容姿そのまま。身バレなんて知ったこっちゃないと言わんばかりの超ストロングスタイル。何かと話題に事欠かない破天荒が服を着て歩いているような有名人が襲撃者の正体だった。




