No456 スタンプラリー
「この手のことさせたら、本当に右に出る者がいないわね」
「のっくんだからね~。うん、いつも通りだね~」
ログイン時間限界があるし、いったん落ちる。ノートがそう宣言したことでバカ騒ぎも一旦お開きになる。今ここで沸き上がった熱は冷めていくだろうが、完全に消える事はない。強く熱の入った炭の様に熱を保ち続ける。そう確信できるだけの熱を与えたからノートは一度引いたのだ。
テントの中に戻ればテントの中ではノートの指示を受けて色々とやっていたトン2と鎌鼬が出迎える。
テントの中は外の見た目よりもかなり広めだ。原理で言えばミニホームと同じである。
「こっからもっと面白くなんだろ?期待してるぜノートっ」
「ああ、準備は整ってきてる。相変わらずアドリブだらけだがな」
スピリタスが投げた酔い覚ましの薬をキャッチし一息で飲み干す。ログイン時間限界が近くなっているのは嘘ではないが、まだ完全に迫っているわけではない。今日中にやっておきたいことはまだある。
「凄い熱気だった。少し怖いほどだった、と私は思う」
「なーに慣れるさ。男なんてだいたいバカだかんな。いざ戦い始めればエロマも人蹴るぐらい迷わなくなるだろ?FUUUMAとの1対1、なかなか良かったぞ。特に自分の不死性を利用した不意打ち。初見殺しに近い技とはいえ練習した成果がキッチリ出てたな」
「うん。アレは私も上手くいったと自負している」
「今後も戦う場面は多いだろう。本番は日程によるけどな。あくまで本業を優先で、リアルは大切にってな」
「そうしよう。そういう配慮は本当に助かる。けど私も楽しいとは思っている。楽しいから此処に居る。出来る限り頑張ってみたいと思う」
「そうか。そう言ってくれると嬉しいな」
まだノートと言う男に慣れていないエロマからすると、先ほどのノートもまた今までとは違う一面だった。
大衆向けの顔。場を支配する声音。言葉は丁寧だが下手に出るのとはまた違う言い回し。そして瞬く間に皆を乗せる演説。エロマが初めて見るノートの姿だ。
また、エロマとしても初めての本格的な対人戦というだけあって、少しは落ち着いてきている物のまだアドレナリンが微かに残っており、いつもよりも幾分か素直な言動をしている。本業の体操の大会が近づいてきている事でスケジュール的に厳しくはあったが、襲撃に合わせてなんとか時間を作ってログインしていた。その程度にはエロマは再びALLFO熱が再熱していた。
目的もなくただ探検を続けていたが、その探検に意義が与えられた。今まで見たことのないフィールドを幾つも見れた。装備やアイテムで頭を抱える事もなく、スケジュールに関しても十分に配慮してくれるリーダーがいるのでちゃんと休みながら動けるようになった。そして自分が今まで学んできた事が明確な成果を齎し、認められるという事がとても楽しく感じた。
勿論、まだ師匠であるスピリタス達には遠く及ばないし先ほどの戦闘でも幾つか注意された点はあるが、それもまだ自分の伸びしろがあるという事。自分の進むべき道を示してくれる指導者たちが多くいる環境と言うのは研鑽を苦にしないエロマにとって非常に相性が良かった。
「凄ぐであった!かっこえがったよ!あの言葉って考えぢゃーの!?」
一方であふれ出る興奮を隠しもせず、目をキラキラさせながらツナはノートの元に飼い主を見つけた小型犬のように駆け寄った。位置関係の問題でエロマの方が先に話しかけ、その間割り込まずに待っていただけかなりツナ的には進歩しているのだが、エロマの話がひと段落としたみるや我慢しきれなくなりリードから解放された小型犬のようなテンションでノートに近寄った。興奮していて訛り全開なのか翻訳もかなり訛っている。
「いや、その場のノリだよ。周りの反応見て、どんな言葉が求められてるのかってのを考えて言うだけだ。やっぱり直接見て話してみた方が考えている事が分かりやすいし、それが判れば与えるべき言葉も変わってくる。ツナもいつか練習してみるか?」
「うん!」
エロマがFUUUMAと初期特の力を使いながらもハイスピードな読み合いをする技巧を要する戦闘だったのに対し、ツナとネプトの戦闘はとにかく初期特の力をぶつけ合うようなド派手な戦闘だった。
大波がフィールドでうねり、サメが喰らいつく。自分と相手の攻撃で視界を占有されてしまう中でどれだけ冷静に自分の手札を的確に切る事が出来るか。どれだけ自分のペースを相手に押し付けられるか。ビビった方が負けるというチキンレース。
先ほどの戦闘ではツナが単独で勝利していた。海を操るネプトとその海を乗りこなすツナという相性差もあったが、テンションが上がっていくほどパフォーマンスが高くなっていくツナは絶好調だった。師匠たちと戦っている時にはなかなか実感できなかった自分の戦闘能力の成長を強く実感した。
相手の攻撃が見える。相手が焦っているのが見える。
サメの雨を降らせても涼しい顔して反射神経と動体視力に任せて全部ぶった切ったり、逆にサメを足場に空中を駆け上がってくるみたいな曲芸もしてこないし、パリィして尻尾を掴んで投げ返してくるみたいな事もないし、サメの雨を縫ってほんのわずかな射線を見つけてヘッドショットされることもないし、罠を張られて反応が遅れた瞬間に煽られて投擲されたハンマーで頭を殴打されたり、平衡感覚を奪われて世界がひっくり返った挙句に耐性を取られて窒息死させらたりしない。
いきなり頭の上から死霊から降ってくることもないし、鞭で引きずりおろされることも、闇魔法の連打で滅多打ちにされることも、スキルで対策できない目潰しされることも、音波で吹き飛ばされることも寄生攻撃で乗っ取られることも守備力のゴリ押しで突破されて受けたダメージ分を発狂カウンターの一撃で潰されることも、戦艦の全門斉射で超火力の弾幕に晒されることも、気づけば呪詛だらけで身動きを取れなくなったところをジワジワ絞め殺されることも、アンデッドに集られて身動きが取れなくなり圧死させられることもない。
ああ、やっぱりウチのクランがおかしかっただけだったんだ!
師匠たちに比べたらこんなもの!
そう思えてしまえばもはや怖いものなどなかった。
闘技場でランク上げをする。近い能力同士を持つプレイヤー同士で戦えば接戦になりやすいのだからランクも上がりやすい。
と、言葉で言えばその通りだが、偉業に認められるかは別だ。
ランクが上がればそれは猶更。
闘技場のようなお互いに実力を把握している状態。イレギュラーが起き得ない状況。その中で偉業と認められるには超高度な戦闘を求められる。
つまりそれは、アサイラムの連中は敵に回せばランクが上がるだけに妥当と評価される力を持っている者ばかりという事。更にはよりリアルに近づけるために闘技場の設定で不利な状況で戦闘をさせられることもザラであり、その状況でノート達と戦ってきたのだ。ツナ達が積み上げてきた経験は並みのPKの其れを一瞬で超えた。
対人戦、楽しい!
ツナは心からそう思えた。
アドレナリンは大放出。先ほど黙っていたのが奇跡的なレベルでテンションは上がり切っており、それでね、あれでね、とノートに自分が感じたことを話し続ける。もしツナに犬の尻尾が生えていたら千切れんばかりに振られていた事だろう。久しぶりに家に帰ってきた一番懐いている人の周りでぴょんぴょんしている子犬の様だった。
「はいはい、ツナはこっちだ。まだまだ直すとこあんだぞっ」
「わなゃああぁ…………!」
が、いつまでもその楽しい時間は続かない。スピリタスがツナを後ろから羽交い締めするように緩く拘束しツナを奥へと引きずっていった。勝ったとはいえ、勢い任せな部分も多かったのでトン2達から見ればまだまだ荒は多い。もう反省会はイヤだーとツナは奇妙で情けない悲鳴を上げるが、ノートは頑張れーとにこやかに手を振って見送った。
「動いた?」
「まだ」
そうしてツナを見送ったノートは手前にあるベンチ、そこに腰かけていたヌコォの横に座る。ヌコォは大量のUI画面を展開し作業を続けていた。
「まーた出たとこ勝負なんだからさぁ。ふぁああああ」
「疲れたか?」
「シナリオボス連戦の後のレイドは流石にねぇ………ツナもエロマも元気だよねぇ」
「まあ温存してたしな。自分の実力を発揮できればそりゃ楽しいさ。2人とも結構頑張ってたしな」
ツナ、エロマ反省会会場からスルッと抜けて出てきたユリンはそのノートの横に座り欠伸をする。ALLFO時刻は深夜だが、今はリアル側も深夜だ。
その上、ノート達はアメリカに繋がる転移門からキサラギ馬車を飛ばしてこの奥地まで来ただけではない。途中でシナリオボスの跡地の各街に寄ってボス撃破をしておらずUIの機能解放をしていないVM$とケバプの為にアメリカサーバーシナリオボススタンプラリーをしてきたのだ。その上で最大1万人以上のメンバーを擁する世界トップクラスの基地にレイドを仕掛けているのである。DD側の考えている以上に本日のアサイラムは地獄のようなスケジュールで動いていた。
「シナリオボスの時にはネオンとかJKとか居たからもちょっとラクだったけどさぁ、あの二人無しでレイドは結構無茶だよぉ。罠やサポートできるゴロ助たちも面制圧できるVM$とかも居ないし………」
「PKに絶対はないし、勝ちゃいんだよ勝ちゃぁ。辛い分ツナとエロマの成長って言う非常にいい成果を得られた。その分ユリン達に負担をかけちゃったのは謝るよ」
自分の肩に寄りかかってくだを巻いているユリンの方を抱き寄せて撫でまわすノート。
割と余裕そうな顔をしていたが、アサイラム側も実は結構ギリギリな所もあった。リアル側の事情で事前のプランでは大きな役割を与えられていたネオン、JK、VM$が急遽レイドに参加不能に、ゴロワーズはログインしてきたもののノートに強制的に休みを命じられるレベルの体調不良で、カるタは元々今日はお休み。
加入時に自己申告していたように対人戦が苦手、「出来ない」というより精神的な問題で決闘形式ならできるが数々のオンゲを経験してきた者としてPKには苦手意識のあるケバプは、シナリオボス戦スタンプラリーの方には参加したがその後はレイドには加わらずノートに与えられた宿題を達成するべくソロでミニホームの方へ帰還した。
ノートとしてもPKを無理強いする気はない。ただただPKを否定せず、されど自分は苦手だと表明する分には全く悪くないと思っている。むしろ昔のPCゲームと違ってリアルで手ごたえのある人間を容赦なく殺せるノート達の方が異常なのだ。ノートはそのケバプの意思を尊重した。
古き良きオンゲに慣れているケバプとしてはノルマを与えられた方がむしろ楽しいようで、ノートから与えられた宿題を見てこれはやりがいがあると笑いながら帰っていった。なお、ケバプもレイドに全く関与していないわけではない。ミニホームに行って生産関係で今も既にアサイラムのサポートに回っている。“自分で直接PKをするのは苦手”だけど“仲間を援助する分にはいい”、と言える辺りケバプもなかなかいい根性をしていた。
「てかこれからが本番だしな。これからもっと楽しくなるぞ」
「ノート兄の“楽しい”って大体地獄に片足突っ込んでるじゃんかぁ」
掲示板を開いてノートも幾つかのスレを同時に追いながら時にコメントを打ち込む。ユリンも慣れたもので口では愚痴を言っているが作戦通りスレに書き込みをしていく。
「兄さん、これ」
一方で黙々と作業をしていたヌコォはメッセージ機能で掲示板のURLをノートに飛ばす。それを見たノートは頷いた。
「…………よし、これでひとまず問題ないな。どうせ今日明日で北西が詰めてくることもなし。様子見だな」
「ゴロワーズ、大丈夫?」
「明日からは復帰できるだろう。今日も動けなくはなかったんだろうけど無理して拗らせた方が不味いからな。VRは寝てるだけって言っても睡眠よりかは回復速度が格段に落ちるのは科学的に証明されてる話だ。要塞改造にはゴロワーズの力が確実に必要だし、休んだ分動いてもらうさ。一昨日ちょうどいきなり冷えた日にベッドでうたたねしちまっただけらしいし、しっかり眠ればまあゴロ助のバイタルならなんとかなる」
「じゃあゴロワーズが居る前提で予定立てる」
「ああ、それでいこう」
DDはDDで、アサイラムはアサイラムで。
それぞれ思惑を持ちながら各々は密かに動き出す。




