No.455 薪
この曇天深夜の中、明るい空気が人が人を呼ぶ。10人、50人。少しずつ人が増えていく。増えれば楽し気な空気も広がる。酒が入って声が大きくなり笑い声が上がる。
なんか楽しそうだな。混ぜろよ。
ええ、どうぞ。
ホストはどんな奴が来ても上手く丸め込んで受け入れる。お互いに愚痴を言い合い、ツッコんだり笑ったり。
これどうやって作ってるんです?
アサイラムって生産どうなってるんだ。
その話もするのでさぁどうぞ。
DDの中でも裏方、生産を務めるプレイヤー達も好奇心を抑えきれずノートに話しかけ、これも上手く引き込む。
100人、150人。食べ物が次々と回される。酒を始めとした飲み物が多数提供される。
話題がひと段落してくれば、今度はノートは展示会の様にアサイラムで作っているモノをまるで通販番組の形式で紹介する。
これ欲しいな。
何か交換できるものは?
これは?
では交換成立で。
ちょっと待ってくれ俺も欲しい。
200人、300人、400人。
時には交換に応じて軽いオークションの様にしたり。
余次元ボックスから明らかに箱の大きさ以上のパンジャンドラムを取り出した時は大きなどよめきが起きた。
それライブで見たことあるぞ。
ええパンジャンドラムって兵器でしてね、史実だとてんで使い物にならないんですけど。
そんな事を軽快に語り、笑いを齎しながら場を回し続ける。
やがて500人を超えるプレイヤー達が1時間も経たずに集まる。元々資材置き場の名残で空いていた誰も使ってない埃っぽいスペースは今は多くのプレイヤーが集まる場所となった。そうなれば更に人が寄ってくる。まぁお前もそういつまでも怒っているな、と気分が良くなったプレイヤーがまだ不機嫌そうにしている仲間を引っ張り込んで輪に入れる。
楽し気な空気と言うのは伝播する。広がる。そして更に人を呼び込む。鬱屈した空気の中で明るい空気に自然と人は吸い寄せられる。
アサイラムには敗北したが、少し苛立ちはあったが、実際に話してみると面白い奴だ。そんな感情が広がる。
ゲインロス効果。最初のイメージが低く設定されているほどその落差でより好感を覚える。
自己開示。裏話を面白おかしく語ったり、実際はこうなんだと愚痴を吐いたり。内面を曝け出すことで距離感を縮めたように錯覚させる。
ネームコーリング。相手の名前を積極的に呼ぶことで印象を深める。同時に先ほどの戦いではここが良かったと嫌味にならない程度に賞賛する。
類似表明。自分は世間で思われてるような人間ではなく、貴方達と同じPKを楽しんでいる人たちですよと伝える。自分が実際に経験した事例を参考に今のDDと北西勢力との関係を語り、正義マンの粘着ウザイよね、私もアレは嫌いだ、と共感をする。俺達は世に疎まれるPKだが、負けてらんねぇよな、と扇動する。
刷り込み。会話の中に出来るだけ「好き」などのプラスの言葉を混ぜる。
ALLFOの酒に実際酔わせる効果はないが、酒を飲んだ時に感じる感覚を再現してくれれば脳が錯覚して楽しくなってくる。つり橋効果と同じだ。橋の揺れた恐怖による心拍数の上昇を、恋愛感情を抱いた時に発生する心拍数の上昇と取り違える。感情と言うのは脳からだけでなく、身体的反応から逆説的に発生する事もあり得る。その身体的反応の模倣があまりにも真に迫っていれば脳も勘違いする。
旨い飯。酒。楽しい出し物。プラスの感情を生み出すのには適切な土壌だ。
言葉を使い、身振り手振りを大げさに、時に道化に、時に魔王になりながら楽しませ、瞬く間にノートはDDのメンバーの心の錠を解いていく。
ノートにとってそれは特段意識してやっている事ではなかった。昔から自然と出来た事を少し大げさにするだけでいい。
同時にホスト側にとって何よりも重要なのは、ホスト自身がそれを楽しむ事。ノートにとって人の輪を広げる事は楽しい事だ。自分の知らない人と話すのは価値観が広がるいい機会だ。言葉を交わせばそれだけ相手の事を知る事が出来る。皆が楽しめば自分も自然と面白く感じる。自分の動きで人の輪が拡大していくことを面白く感じる。人との輪を広げること自体を楽しめる才がノートにはあった。
メンバーが喋らない分、自分が話す。これは冗談ではない。他のメンバーがテントで休んでいたりするのだがノートは周囲の目が其方に向かないほどにたった一人で場を回し続けていた。場を支配していた。無視できない強烈な存在感をアウェーの地で、先ほど一方的に殴った相手に発していた。
人を惹き付ける才。
人を自然と輪に巻き込む才。
普通の輪からドロップアウトしていく変わり者から好感を集める才。
視線を、興味を、話題を、全てその身に集めて場をコントロールする才。
一般的な評価で言えば、アサイラムはその神出鬼没さやPKとして多大な被害を齎しながら要件が無ければ表に出てくる事なく多くを語らない事が強みとされている。
傍迷惑な愉快犯の気質を持ちながら同時に持ち得るはずの自己顕示欲を潰せる事。それがまるで災害のようだと恐れられていた。
だが、真に恐れるべきはそこではない。初期特の性質上隔離されていた為に今まで知られる事はなかったが、集団の中に存在している時にこそノートの本領は発揮される。
人の願い、苦しみを見抜き、其れを叶える、或いは欲求を昇華させる力。
くすぶっている薪に風を送り的確に大火事に変える力。
考えてもやるまでには至らないレベルの欲求の燻りに油を注ぎ、PK側に引きこむ能力。
場を支配する力。手駒を作る力。
この人の言う事ならまあ聞いてもいいかな、と思わせる空気を作る力。
まるでウイルスの様に感情を伝播させコントロールし、自分に視線を引き付けて上に立つ。
そうして人の意思を纏めていく。そこに自分の意思を刷り込んで同化させていく。
ノートは高らかに吼える。
我々はゲーマーだ。
嗚呼許せない。我々は正しい事をしている。我々には北西勢力を討つ大義名分がある。
不法な圧政に反撃を。
不平等な裁定に抗戦を。
復讐は何も生まない?バカを言うな。少なくとも我々の気は晴れるさ。
それでは終わりがない?なら相手が2度と復讐できなくなるまで翼をもいで地に落とそう。復讐をやめろというのなら俺達が復讐を遂げてスッキリしてから言い出しっぺがやめればいい話だ。
我々こそがゲーマーだ。
我々は此処に居る。我々は悪しき者。されど同じプレイヤー。ルールに準じているのなら、彼らの粘着は私刑でしかない。私刑を運営が許すというのなら、我々も私刑を執行するのだ。このままで終わってやるほど、俺達は可愛い根性をしてるはずがないだろう?
抗え。常識を疑え。怒りを示せ。武器を持ち暴力で応えろ。それでこそ我々はPKプレイヤーだ。
集団の思いを言語化する。不満を明確な形に。そしてその不満を打破する言葉を。武器を。
そうだそうだ。俺達はルールに則って遊んでいるだけだ。
DDの抱える不満の燻りに明確な火が付いた。
誰かが声をあげれば、俺もそうだと声をあげる。火種は別の木に引火し、焚けり、抑えていた不満が爆発する。場の民意が大きく傾いていく。燻っていた薪に風が送られて再び炎を放ち始める。そこに更に新たな薪を乱暴に積み上げていく。
よしよしその言葉を聞きたかった。やはり私達は同じ穴の狢。
ALLFOには対人用の技能が確かにある。
それはこの世界で対人が許されている事に他ならない。
ならば答えは一つだ。
武装を与えよう。
策を与えよう。
勝利を与えよう。
数は力だ。アサイラムだけでは成し得ないことがあり、DDだけでは成し得ないこともあった。
しかし我々が此処で手を結べば、如何なる敵を恐れようか!
どんな事が出来るか、ワクワクしないか!?
大きく手を広げ、皆を見渡す。誰もがノートに注目していた。
俺達はゲーマーだ!
さぁ共に吼えよう!我ら此処に在りと高らかに!
さぁ見せ付けてやろう!DDの名を世界に刻むのだ!
さぁ今こそ叫べ!俺達こそ真のプレイヤーだ!
アサイラムが神殺しの槍になろう!その槍の使い手はお前らだ!何を恐れるか!?このまま何も残さずに死んでいく事を我々は恐れるべきだ!!!
歴史に名を刻む準備はいいか!!?
VR史に我々の悪名が刻まれるぞ!!一生消えない黒歴史を作る覚悟は出来たか!!?
The Doom Division!その名を何一つ恥じる事なく叫び、未来永劫語り継がせろ!
愚かでいい!後ろ指を刺される事がなんだ!?最高にゲームを楽しんだ奴が勝ちだ!!
このまま負け犬で終わるか!?いいや世界に名を刻む愚かな勝者を俺達は選ぼう!
歴史はいつだって勝者が作ってきた!
俺達が、俺達こそが真のゲーマーだ!!
いつしかそのセールストークは演説へと移り変わる。
その声は朗々と、しかしやけに鮮明に要塞の中に響く。
その声に追従する様に、荒くれ者達は溜まった不満を爆発させながら大声で吼える。
夜間に仄かに光る赤黒いコートが演説に応えるように、炎が焚けるように一層強い光を放つ。
その男は遠い場所にいる、目の上のたんこぶにも近い存在だったはずだ。
そいつらは先ほどまで自分たちを襲撃してきた敵だったはずだ。
そうでありながら、いつの間にかノートはDDの輪の中心に立っている。
師に悪質な詐欺師と評されたその力をノートは今十全に発揮していた。
世界を探せばノート以上に上手く策を立てられる者などいくらでもいる。
より軽度な負担で、より軽度な費用で、より短時間で「勝利」を齎す策。ノート自身、策など一度も真面目に学んだことなどない。ゲームごとにセオリーがあって、そのセオリーを大本に考えているだけだ。
そもそも、ノートの視点は違う。勝つことは最低十分条件。機械的に自分が考えるままに動く兵隊を指揮したいならオンゲーを今すぐやめてストラテジーゲームでもやればいい。指揮によって動くのが人だから、指示通りには動かないし、時に指示以上の結果を叩き出す事も有る。そのエラーをノートは愛している。故にノートはギリギリで辛い状態になるとしても「皆が楽しめる策」を出来る限り作るようにする。
本気でボスに勝ちたいなら死霊を召喚しまくれば、クールタイム無しの闇魔法を使いまくればノートは極論勝ててしまう。けどそれではまるで面白みがないから、皆の可能性を閉ざすから、自分の思うままに動く死霊の召喚を後回しにして皆に指示を飛ばす。
とどのつまり、ゲームに於いても効率は確かに目指すべきものだが、指示に従う者達は『自分』と言う物語のわき役ではなく一人一人が主人公である事を理解していなければならない。故に多少不安定な指示を出すヤツでも、「コイツについていけば面白い事になる」と思わせる事が出来る指揮官が台頭してくる。これは戦争という現場でも、仕事と言う現場でも起きなかった、遊戯と言う場であるからこそ起きた特異な現象だ。
今、この場に居るDDの面々の多くが、ノートに大きな可能性を見た。
この男の後ろをついて走っていけば、何か見たことが見れない面白い物が見れるかもしれない、と。
これは理屈ではない。「面白い」という感情は理屈だけではないのだ。人の本能に根差した感情の一つで、故にこそ強力なのだ。
「野郎どもォ!北西潰すぞ!!!」
「「「「「「「「「「「「O゛ooorah!ーーーー!!」」」」」」」」」」」」
長らくDDの上に立ち込めていた暗雲を蹴散らす様に、台風の様な反英雄は血のような光を纏って現れた。
「なんだ!?なにが起きてる!?」
そんなお祭り騒ぎをしていれば流石にお頭達も気づく。慌てる様に東南東エリアに行く。
そこには脚立に跨ってシャウトする男に乗せられて皆で拳を突き上げて気合を入れるDDのメンバーが居た。気味の悪ささえ感じる熱気と奇妙な独特の一体感があった。DDから近頃失せつつあった熱気があった。その中心に居るのは部外者であるはずの、ほんの少し前にこの要塞に入ったばかりの男だった。
柵も諍いも不満も国籍の壁も何かもねじ伏せて、俺が頭が張ってやるから後ろを気にせず突っ走れと叫んで、冷えつつあった薪に咎人の王は地獄の窯を煮立たせる程の業火を齎した。病にも似た消えない熱を齎した。
「まさか、これが狙いだったのか?」
「…………かもしれない。野放しにすべきでは………なかった…………」
明らかに罠に見える契約書。DD側にとって都合の良い契約書。当然DD側は何かあるのではないかと考える。本当に今ここにいるのがアサイラムなのか使える手を使って探ろうとする。
が、「罠がない」こと自体が「罠」。
幹部たちが罠のない契約書から必死になって罠を見つけ出そうと不毛な事をしている間にノートはその土台から切り崩しにきた。
幾らDDの幹部たちが強くても数は無視できない。DDは軍隊ではない。面白くないと思ったら最悪幾らでも命令を無視できるのがゲームだ。会社を辞めて転職をするよりも遥かに気軽に所属先を鞍替えできる。DDの民意を掌握されたら幹部たちは力を大きく損なう。契約書上ではDDにとって不利ではない条件でも、DDの内部の方が上手く動かなくなったら契約上のメリットなどあってない様な物だ。
しかしノートの演説を止める事はできない。なんせノートはDDにとって悪いことを何一つ言っていない。
DDを助けたい。
一緒に戦いたい。
こんな鬱屈した状況を共にブチ破りたい。
PKを軽視する世間の目を覆そう。
邪魔する者共は殲滅してやろう。
世界に俺達の咆哮を轟かせろ。
俺達だってプレイヤーだ。
その『強い言葉』はDDのメンバーがずっと待ち望んでいた物だ。それをDDを導く側に或る幹部が否定できるわけがない。
コイツ面白いぞ。
そう思わせる事が出来る奴が上に立てる資格を持つのがオンラインゲームなのだ。
ノートはそれを一番良く理解していた。
ゲーマーが求めているのは後方ですました顔で賢い指示を出してくるお利口な優等生なんかじゃない。
一緒になって転んで泥だらけになっても、真っ先に立ち上がりさぁ先に行こうぜと笑いながら率先して危ない橋に突っ込んでいくバカなんだと。その橋の先にある輝きに手を伸ばす者なのだと。
危ないだって?チキってんのか?と後続を煽り、危険な橋を皆にも渡らせる扇動者なのだと。
「ああクソッ。なんて野郎だ」
自分が考えていたことを悉く潰していくアサイラムにお頭は思わず頭を掻きむしる。
何が悔しいかと言えば、そこに立ち込める熱気をお頭もどこか好ましく感じてしまった事だろう。
皆から疎まれても、それでも俺達はPKやるんだと究極の身内ノリを周囲に押し付けるには熱が必要だ。妬みでも嫉妬でも憂さ晴らしでもいい。PKには正気を揺らがすだけの熱気がいるのだ。
梯子の上で勢いよくシャウトしすぎたのか梯子が大きく揺れてそのまま倒れた。それを見て皆が笑っている。落ちたノート本人もゲラゲラと笑っている。品性も何もない下品な笑いだ。けどそれは仲間うちだと楽しいものだ。どんなくだらない事でも笑えてくる。その内輪の空気を作り上げる事に輪の中心に居る男は圧倒的に長けていた。内輪の中に周囲を巻き込んでいく事にかけては天性の才を持っていた。
「作戦変更だ。俺はアイツに全賭けしてみるぜ、Cethlenn」
「!?………わかった…………」
何をどうあってももうこの男を無視するのは無理だ。お頭はそう悟った。
止めてもこの男はDDを巻き込んで動き出す。そう思わせる熱気がこの場にはあった。初期特を持ったから、それがPKに向いていたから、いつの間にかトップに立っていて長い事DDを一番上から見ていたからこそお頭の判断は早かった。
その降伏宣言にも近いお頭の言葉に動揺したようにCethlennは反応するが、すぐに小さな声で答えた。
その深くかぶったローブの奥からCethlennの感情を窺う事はできなかった。




