No.Ex 第九章補完話/ミ≠ゴ・キャロル❽+α
『バルムング』はその後も数々のトラブルに見舞われた。皆が皆で縄張りを主張し合い、中盤からはトレインを引き起こすクリスマス個体の対処にと、若き指揮官であるフラミ≠ゴは奔走した。
「ふむ、悪くはない。君達の所感はどうだった?」
そんなクリスマスイベントがひと段落すると、質素な執務室には2人のプレイヤーが訪れていた。
「ぶっつけ本番であれだけ動けるならじょーとー?あとは慣れがあればいいんでないです?」
「うん!少し捻ているが根は素直だね!キャップほどイカレてない!指示の狙いが読みやすい!」
クリスマスイベント中、別の指揮下で動いていたパンツ皇子と炬燵ムリはその成果と自分達の指揮を執ったプレイヤーに関する報告をしていた。
「PvPはまだ経験値が足りないね!セオリーに近い!別動隊の存在や、敵が意図しない飛び道具を持っている想定も足りていなかった!“対人戦”は何が起きてもおかしくないって発想が足りてない!戦艦が空から落ちてくることを想定しろとは言わないけどね!」
「うひひ、皇子氏それは無理ゲー。けど罠が設置されている可能性や、私達が誘い込まれた可能性、背面から挟撃される事もあまり考えてなかった感じですねぇ。もっとの意地の悪いPK団体だったら勝てるか微妙なラインだったかも」
「私達がPvP慣れしているのは分かっている様子だったし、私達が意見すれば案を変える予定だったのかもしれないね!」
「ですねぇ。けど、面白い子だと思いますよ。1番強いと見て皇子氏を単身突撃させる思い切りの良さ、自分で前線に打って出て囮にする度胸。前に立つ事で注目を集めて指揮を簡潔化するやり方。キャップの指揮に似たところもありましたよん」
「MfSの使い方は賢いと思ったね!自分の衣装を最大限利用するのをあの土壇場で思いついたのはなかなかできることじゃない!策を打ち出すまでも早かった!」
先生はフムフムと頷く。しかし特段感心する様子もなく、これには2人もフラミ≠ゴを擁護するような意見が口を突く。
「先生は理想が高い!そして性急だ!もっと様子を見ても私は良いと思うよ!」
「イベントを利用するなんて随分熱心?さすがに私もタイアード」
「キャップが異常なんだ!アレを常人に求めるのは気の毒だね!」
「キャップはこっちがドン引きするレベルでガンガン地獄へ一直線ですからねぇ」
イベント初日の襲撃。アレは起こるべくして起きた襲撃だ。
先生が幾つかのPK団体にリークをし、パンツ皇子と炬燵ムリは先生の指示通りにPK団体が潜伏している場所で敢えてMfSの捕獲を始めた。裏事情を知っていたのはパンツ皇子と炬燵ムリだけだが、この2人も相手がどれくらいの勢力でどんな感じで攻めてくるのか、どれくらいの強さなのかは一切知らされていなかった。戦闘自体は本気の戦闘だった。そうでありながら完全敗北は許されないのだから、2人は通常の戦闘以上に多く事に気を配る必要があった。
「彼女にノート君と同じようなプレイヤーになることは求めていない。常人でいい。常人のまま、多くの選択肢を持っている事が望ましい。少なくともあの最初の一戦で『バルムング』に配置した組合員が彼女の指揮下に入る心理的抵抗は薄くなったはずだ。彼女は確かに実績を一つ積んだ。あとは少しずつ味方を増やしていけばいい」
「確かに実績にはなったが、博打にも近い!先生的にはどうすればベストだったんだい?」
「そうだね。PKを返り討ちにするのは最低ライン。問題はそこから。どうして相手が攻めてきたのか。どうしてイベントにかぶせてきたのか。どうしてベストなポイントで待ち伏せできていたのか。そもそも相手の所属は。PKというのはただの一戦を勝てば終わりではない。プレイヤーはある種不滅で、幾らでもリベンジができる。相手の身柄を抑えていないとまた一からやり直しの可能性もある。桜くん辺りなら私の関与を疑って初日の時点で怒りながら私の元に殴り込みに来ただろう。ノート君であれば笑いながらこれでいいかと後で答え合わせをしに来たかもしれない。対して彼女は人を強く疑う事に慣れていないね。けど、それでいい。彼らの懐疑心の強さはそれだけ自分も卑怯な真似をするからだ。人は他者の意思に自分の思考を無意識に重ねる。彼女にはそこまでを求めてはいないが、撃退後に何かしらのアクション、身柄を抑えるなり牽制をするなりのアクションが有れば更に評価は上がったね。指揮をする上で、人の悪意を学ぶことは避けて通れない。PKは良い教材だ」
「あの二人を引き合いに出すのはハードルの高さが棒高跳びな件について」
「つまり先生は、常人の神経を保ちながらキャップレベルにも喰いつける指揮官を作ろうとしている、という理解でいいのかな?」
「その言い方だとまるでノート君や桜君が正気じゃないみたいに聞こえるが………概ね皇子君の考えであっている。ハードルは高いが飛び越える必要ない。潜ればいいだけの話だよ」
滅茶苦茶な事を言っている指導者に2人は顔を見合わせる。
「私ももう若くない。年寄りが前に立つのは周囲の可能性を狭める。世代交代が必要だ。彼女の様な存在がね。可能性の吟味だ。故に今まではあまり声をかけていなかったタイプの子にも声をかけるようにしている。育てがいがある。どうなるか楽しみだ」
「いよいよじじ臭い事言い始めましたね」
「まだいけるんじゃないか!?私は先生が素直に死ぬところが想像できない!悪魔を言いくるめて10年くらいは延長で居座りそうだ!」
「おや、私は地獄行きかい?」
「天国で改革者セミナーを開かれても天使も困るだろう!先生はきっと地獄の住人に如何に人生を楽しく生きるかを説いている方が楽しいタイプだ!」
「それはなんとなくわかりますねぇ。天国行くような牧歌的な人だと張り合いがないんじゃないです?」
善人であり、賢人であり、人徳者であり、大衆利益の守護者。彼をそう呼ぶ人は少なくない。
しかし彼を良く知る人ほど、それはないと首を横に振る。
底なしの外道ではないが、善人でもない。即座に地獄に堕とされるほどでもないが、天国に行くかと言われると若干の疑問がある。自分の脚で地獄に降りて地獄の住人に教育している様が似合う。そんな男が先生という存在だ。
弟子たちの忌憚のない意見に、彼は愉快そうに笑うのだった。
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(おまけ)
彼のランキング推移は不気味だった。
個人ランキングでありながら、戦闘でも生産でも演芸でも全ての分野で同時に点数が伸びていく。ありえない事だ。その上、ログイン限界があるにも関わらず彼のランキングはノンストップで動く。
バグか、チートか。
種明かしをすれば死霊と悪魔を総動員し、『代行』というプレイヤーと同じ能力を疑似的に使用できるタナトスがノートの代わりにせっせとMfSを預けたりCPをケージに交換して回収班に配ったりと活動をしていたのだが、プレイヤーはそれを知る由もない。GMにチートではないかと訴えても、チートではないと即レスされる。
これはおかしい。流石に変だ。
彼らはいよいよもってアサイラムの根城を突き止めるべく、イベント期間中にも関わらず深霊禁山攻略を決意した。彼らには勝算があった。今、彼らはイベントに専念している。それは点数推移を見ればわかる。今の彼らに深霊禁山攻略を妨害する余裕などない。今のうちにマッピングをしよう。そう考えた。
が、結果から言うと彼らは根城を見つけるどころか、半分すら超えられなかった。
「ネェ、コッチ………」
「!?誰か今なにか言ったか!?」
「いや?なにも?」
探索隊は夜の深霊禁山を進む。月は雲に覆われ、上に広がる木の葉が屋根を作り、星々の光は地に届かない。重い闇が地を覆う。彼らはそんな暗い森を慎重に進む。
けれど、途中から彼らは幻聴を聞くようになる。誰かに呼ばれているようなか細い声だ。
強い視線も感じる。一つではなく、多くの視線がこちらを見ている。だが、シーフの索敵に引っかからない。不安だけが膨らんでいく。
「うわぁ!?」
探索隊の一人が急に滑落した。深霊禁山に点在する亀裂。その一つに落ちかけた。
「な、なにやってんだよ」
「ち、違う!誰かに脚を引っ張られた!」
「………そんなホラーじゃあるまいし」
「アレ?アイツどこ行った?」
「ん?あれ?」
気づけばいつの間にか1人消えていた。慌てて辺りを探す。だがいない。
音声通話はどうか。反応がない。リアルの事情でログアウトしたのか。そうとは思えない。
これは単なるゲームだ。ゲームの世界だ。けれど、彼らの腕に鳥肌が立つような怖気が肌を舐める。
一体何が起きているのか。まるで状況がわからない。
闇は恐怖をたきつけ、不安は混乱の火種となる。
「灯り、つけないか?」
「でもバレるぞ」
「魔物も寄ってくるかもしれない」
「けどこのままじゃ…………」
「俺は火をつけてもいいと思うぜ」
後方からの唐突な賛同。それは先ほど消えた筈のプレイヤー。なんだ居たのかと思わず皆で其方を向く。が、そこには誰も居ない。皆も反応しているのだから聞き間違いはあり得ない。何か良からぬことが起きている。彼らはここから離れようとして前を向き直し、そこで先頭にいた筈のプレイヤーが消えている事に気づく。振り返った時間は僅か。その僅かな時間の間に決して弱くない一人のプレイヤーが音もなく消えた。
まるでそれは神隠しの様で有った。
「なにが、起きてるんだ?」
「てか、妙に静かじゃないか?」
深霊禁山には虫が多く生息しており夜間はその鳴き声を聞くことができる。
しかしふと気づけば森は妙に静かだった。招かれざる客を沈黙を持って歓迎している様に山は沈黙をする。彼らが踏み抜いた枯れ枝の折れる音がやけに大きく響く。
「な、なんだ今の声」
「獣、か?」
「けどこの森に獣なんか」
それは獣の唸り声と、飢える様な浅い呼吸音だった。近くに聞こえる。何かが駆ける音がする。前か、後ろか、横か。音が森の中を軽快に動く。彼らはいよいよ焦燥を抑えきれなくなり走り出した。
「うげっ!?ちょ、まっ、う゛わああああああああああ!!」
1人転んだ。この山は足場が悪い。走れば転ぶ。けれど振り返る余裕もなく、続けて後ろから断末魔が響いた。一体背後でないが起きているのか。こらえきれずに一人振り向いた。直後、そのプレイヤーは何かに足を引っ張られた様に転倒し同じ道を辿る。
「こっちだ!」
1人は仲間の声が聞こえて其方に向かい、亀裂に落ちて悲鳴を上げながら闇に吸い込まれていった。
消える。消えていく。一人ずつ。
そして1人。振り返ることなく走る。走る。走る。そして体が石のように重くなっていく。スタミナ切れの兆候。体が重く感じるのはALLFOのスタミナ低下表現だ。だが、おかしい。重い。あまりに重く、動きにくくて、本当に石になってしまったように足が重くなっていく。息が、苦しい。
「はぁはぁはぁ」
ついに立ち止まる。木に手を突いて寄りかかるように。いよいよ足が石のようになる。
「…………?」
それでも進もうとしたが、足が動かない。まるでセメントに固められてしまったように動かない。手がひとりでにだらりと落ちて、受け身を取ろうとしたのに体が思うように動かず地面に倒れる。
「?、!?」
何が起きているのか。動けない。体があまりにも重く、体が固まっていく。
周囲から見れば一目瞭然だった。彼は本当に石になりつつあった。彼を背後から一体の死霊が見つめ、超至近距離で石化の呪いをかけていた。直接目を見た方が早いのだが、できるだけ姿を見せるなと厳命されているので姿を見せないように。じっくりと丁寧に、石に変えていく。そして彼の意識まで浸蝕したところで、石像はポリゴン片となり砕け散った。
彼らは気づくべきだった。イベント中でありながら途中からMfSの姿を一切見かけていなかったことを。その時点で彼らは呪歌の術中に囚われていた事に。
主人の不在を突いて根城を探す1パーティー単位の不届き者をたった一体でアッサリと壊滅させたレクイエムは、静かにその場を去る。
こうしてまた、深霊禁山には不気味な噂が1つ増えるのだった。
クリスマス期間中に偵察に出て定期的にプレイヤーを皆殺しにしていたレクイエムちゃんでした。
これが自律権により独立行動まで出来る高度な知能を持つアンデッドの恐ろしさです。レクイエムは特にしぶといので本気で倒すならランク40相当のレイドボス級に相当します。呪歌や石化攻撃をレジストできないうちはほぼ100%勝てません。素の耐久力自体は高くないので攻撃を当てられれば低ランクでも競り合いできますが、攻撃を届かせるまでがきついし、分身、寄生をして残機を増やし続けるので拘束、封印処置をしてから出ないと倒すのは困難です。なんなら周囲にいる魔物に支配寄生してトレイン引き起こしてMPKなんてこともできます。ノートが仕込んでるのでレクイエムやろうと思えばいつでもできます。実際もっと規模の多い探検隊がきたときはMPKと呪歌を組み合わせて魔物の雪崩を作り呪歌で身動きを取れなくしたところに雪崩を突っ込ませて殲滅しました。




