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No.55 そんな身内判定はいらない

【システムログ❹(予約投稿)】


(´・ω...:.;::..かゆ……うま……






「よし、じゃあ強力な前衛も増えたことだし、腐沈森の攻略を始めるぞ。全員必要な物は持ったか?」


 スピリタスのランク10達成から数時間後、今後の方針を話し合ったノート達は殆ど調査が進んでいない腐沈森の探索を決定した。


 『スピリタスのちょっとしたお茶目』に関してはどういう決着がついたのか一時停戦ということになっているらしく、ユリン達も通常営業状態に戻っていた。

 というより、それをあまりゲーム内でグダグダやってるとノートが確実にキレるのがわかっているので三人も停戦状態と相成ったのだ。


 渦中の人物なのにキレるのはどうなのそれ?理不尽じゃない?という誹りを受けるのはノート自身もわかっている。

 しかし彼はあくまでゲームをしにALLFOの世界に来ているのであって、それとは別のことをいつまでも引っ張られると面倒くさいのだ。ノートはもともと公私をはっきり分けるし頭の切り替えが非常にはっきりしているタイプなので『違うことしたいならよそでやってくれ』と自分を棚に上げて余計に思ってしまうのである。


 ノートは割と寛容そうで物腰は一見柔らかく見えるが、そうではないのだ。一般的な人と価値観がかなり違っており、こだわりのある部分と、面白いこと、それ以外は基本的に『どうでもいい』のだ。

 それに利用価値があれば最大限利用するし、使えないならその上で使い潰して即刻廃棄である。『善人を装うこと』のほうが社会の中では有利に働くのでその仮面を被っているだけであって、基本的に凄まじくドライで利己的快楽主義者なのである。


 一方で、傲慢的な博愛主義者に見えて一度身内認定するとなんだかんだで甘やかすししっかり面倒を見るので人に対する区分けが非常にはっきりしている、とも言い換えられるが、身内だろうがキレるときはキレるのだ。

 無論、ゲームを阻害されただけでむやみに怒ったりはしない。そこに『明確な理由』があればノートはそれを認めるだけの度量はある。

 だが、『自分がその手の事で何時までももめているのが好きではない』とよく知っている連中が『後でも対処できる完全にゲーム外の話でもめ続ける』となると話は変わってくるわけだ。


 逆を返すと、『どうでもいい存在』にノートはいちいち怒らない。なぜなら『今後関わることがないであろうどうでもいい物』に怒ること自体にエネルギーを割くことは徒労でしかないからだ。後で然るべき報復(極めて悪辣)をするか、静かに心の中の『ゴミ箱』フォルダに突っ込んでお終いである。


 なのでキレることは身内認定の裏返しではあるのだが、ノートの場合キレると怒鳴り散らすわけではなく舌戦(レスバ)で心を粉砕した後に滔々と何がいけなかったのか言い聞かせるのだ。しかも瞳孔が開いた様な無機質な瞳と張り付けた様な笑みを浮かべて。

 そのキレ具合が高いほど、それは見事なアルカイックスマイルをうかべる。そんな身内認定(デレ)は誰でも勘弁願いたいに決まっている。


 そしてユリンもヌコォもスピリタスも一度以上既に『やらかしたこと』があるのでその時のノートの恐ろしさも、其の前兆もわかるのである。

 『いや、あんたも渦中の人物なんだけど!?』というツッコミはノートに舌戦(レスバ)で勝つ自信が有るなら言えることで、下手に藪をつつくとその十倍の言葉の槍が即座に投げ返されるのである。

 

 しかしこれもまだいい方。本当の意味でノートがキレたら、満面の笑みで縁を切ってくる。それが例えどんな存在でそこまで積み上げた物があっても、怒りを通り越して『面倒だな』と思ったらそこで終わりである。

 その時に湧き上がる激情を理性が抑え込もうとし『無視・排除』へ思考が切り替わるプロセスにおいてそれが『笑み』としてノートは現れるのだ。


 だが、この『異常なほどのドライさ』も重い悩みを抱えた沢山の人々を相手にする“カウンセラー”としてはプラスに働く。

 毎度毎度相手の心に長く深く寄り添いすぎてしまうカウンセラーはそのカウンセラー自身の心が持たなくなってしまう。自分は自分、患者は患者、とどこかでしっかり割り切らなくてはならないのだ。


 いつまでも過去の患者にとらわれているのも良くない。精神科医と違って『相手と深く向き合い治療すること』ではなく、『できるだけたくさん対応して精神科医との橋渡しをする』のがメインの役割であるカウンセラーは一々過去の患者を思い出していては脳も心もキャパオーバーを起こすからだ。



 22世紀に於ける『優秀なカウンセラー』は、よくも悪くもドライなのだ。そうでなければ彼らは重い悩みを抱えた大量の人間を相手する『カウンセラー』などという職業はやっていけない。

 なので身内認定する相手も自然と“必要以上に”必要最低限に絞り込むし、それ以外はどんどん心のフォルダから廃棄していく。ノートの行動は『カウンセラー』としては正常な対応である。元からそのような素養はノートの中に強く存在していたが『カウンセラー』になってからはそれがより析出した。


 『人としてどうか?』など改めて問わずとも明白だ。


 真人間だったら、殲滅的PKを全力で楽しんだりしない。

 『カウンセラー』という人種は、彼らは、『〔どこか正常でない〕からこそ相手の価値観を“理解”しても相手の価値観に“とらわれたり”せず〔正常な判断〕を下すことができる』のだ。

 無論、真人間なカウンセラーもいるだろうが、真人間のままカウンセラーを続けられたらその人もある意味どこかが致命的に壊れている可能性は高い。22世紀の『国家公認カウンセラー』というのはかなり儲かる職業ではあるがそれだけの高い適性と大きなリスクを抱えた職業なのだ。

 極論『割り切れない奴は自分が患者側になりかねない界隈』ということである。


 閑話休題。


 兎角、蓋を開けてみるとノートがかなりヤバい奴ということはよくわかってる彼らが停戦協定を結ぶのは早いのである。

 一方でネオンはよく分からないうちに終わってて少し状況についていけてないが『みんながもめているより仲良くしていたほうがいいよね!』という極めて真人間的思考で決して藪はつつかない。ネオンの人付き合いスキルの劣化はひどいものだが、その手の処世術だけはやたら理解できているのだ。


 閑話休題。


「でも、なんだか拍子抜けしちゃったよねぇ。あの胞子のスリップダメージが物理的な対処で大幅に緩和できちゃうなんてさぁ」


「ある意味、ゲーム慣れしきってないネオンの考えがプラスに働いたよな」


 腐沈森の本格的な探索の上で問題となったのは、スモッグのごとく飛び回る胞子によるスリップダメージ。装備のほうは色々と加工を工夫したりネオンが付与魔術を使うことで装備の耐久値による問題は解決できた。

 しかしPL自身のHPがガリガリ削れていてはおちおち戦闘もできないし、ポーションとネオンの回復だけで維持するのは長期を見据えると現実的ではない。 

 スピリタスが加わったことで人数が増え、アイテムの消費量も上がるので尚更それは実現不可能なものとなった。


 では、薬関係の技能をもったネモに任せるか?と考えてみても既に彼女は農業分野でフル稼働中だし新薬開発がいつになるかも不透明だ。


 さてどうしたものか、ノート達が悩んでいるとネオンがふと呟いたのだ。


「あの………おそらく、胞子を、吸い込むことが、いけないん、ですよね?でしたら、シンプルに、マスク、とかは…………どう、でしょう、か?」


 ノート達は自他ともに認めるゲーマーだ。それ故に『スリップダメージ』を無意識に『システム的な物』と考えていた。


 しかしALLFO以外のゲームを知らないネオンはALLFOの異常なリアリティに富んだこの世界観しか知らず思考に余計なバイアスがかかっていない。

 そのため、いかにも体に悪そうな胞子が飛んでいるのを見てとても常識的、逆を言えばゲーム的視点のない発言をしたのだ。


 しかしそれはノート達のバイアスを根本から破壊する、極めて価値のある発言だった。

 やるだけならタダ。そう考えた彼らはマスク代わりに例のピエロマスクを装着。試しに森に入ってみれば、なんとスリップダメージは発生しなかったのだ。


 体に悪そうなものが飛んでいれば吸い込まないようにする。

 極めて当たり前の事なのに、ゲームとしてみた瞬間その当たり前を当たりまえと思えなくなるトラップ。ネオンだからこそ気づけた意外にして単純なステージギミックの無効化方法だった。


 其れさえわかってしまえば話は早い。胞子対策を一切しなくてよくなったので彼らの準備が整うまでも早かった。


「前衛はスピリタスとメギドに任せる。特にスピリタスはメギドと攻撃範囲が被らないようくれぐれも注意してくれよ。それ以外は難しいこと考えなくていいから暴れていいぞ」


「おう!」


 スピリタスはガントレットを打ち合わせて気合十分とばかりに応える。


「ユリン、お前は攻撃重視の遊撃だ。偵察業務もしてもらう。大振りなメギドとスピリタスの穴を塞いでくれ」


「まかせてぇ」


 ユリンはあくまで自然体。しかしその手に持つ双剣を早く振るいたそうに弄んでいた。


「ヌコォにはメギドへの指示だしと全体のバランス調整を頼みたい。一番頭を使う難しいポジションだが、できるよな?」


「そうやって信頼してくれるのは嬉しい。できる限りやってみる」


 ヌコォはノートの無茶ぶりに動揺することなく、寧ろ前向きに了承した。ノートはどんな時も無責任な指示は出さない。つまり難易度の高いことを指示している時はそれだけ相手のことを信用しているという証でもあるのだ。


「ネオンは今まで通りだが、その中にスピリタスが加わったことでMP消費の感じが大幅に変わるだろう。最初は戸惑うだろうが、大丈夫、ゆっくり慣れていけば良い。無理に焦ることはない。ユリンもヌコォもスピリタスも多少の無理はやってのける。それに甘えてもいい。まずはできることを一つ一つきっちりやっていこう」


「はい!」


 そして頭をなでてもらい余計に忠犬度が増したネオンも気合十分と言わんばかりに元気に返事する。


「俺はヌコォにメギドの指示を任せてみる分、自分の手が空くから全体のフォローを行う。俺自身とネオンの後衛組は俺がきっちり守るから、基本的にユリン達は前だけに注意を払ってくれれば問題ない。何か質問は?」


 ネオンがメギドに指示を出して戦ったことがあるように、メギドはノートの指示があれば他のプレイヤーにも従う。なので今回はメギドの操作はヌコォに任せる形で作戦は決まった。せっかく色々とノートがインスタント召喚できるのにそのリソースをメギドの指示出しだけに割くのはもったいない、という意見は皆の共通するところだった。


「まずは、ノートとユリンが見つけったっつう廃村を目指すんだよな?その後はどうすんだ?」


「そうだ。こんなフィールドにある廃村には確実に何かあるはずだからな。なので一度詳しい調査をしようと思う。その後は廃村で何が見つかるかによるな。何もなければできるだけ奥まで侵攻するつもりだ」


「OK、じゃあさっさといこうぜ!」


 最初にノートがその集落を見つけのはまだランク5、しかもユリンとのコンビで『祭り拍子』は二人しかいなかった。

 それが今やしっかりとしたパーティーになり、そのうえ全員がランク10に到達している。装備も強化され準備もしっかり整っている。ノートの見立てからもそう到着までは時間がかからないと考えていた。


 意気揚々と出発したノート達は、予想通り危なげなく以前は大苦戦した腐沈森をサクサク進んでいく。


 今までは少し不安定な要素の強いメギドに頼るしかなかったが、大火力を出せる純前衛のスピリタスが加わったことで前衛は非常に安定。特にメギドと遜色ないレベルで暴れまわり敵のヘイトをスピリタスが的確に集めてくれるのが大きかった。

  

 こうなるとユリンは本来の強みである戦闘への柔軟性と機動性を十分に発揮でき、暗殺者としてKill数を着実に増やす。一方ヌコォは正確無比に機械的なまでに的確にメギドを運用し続け、皆にリアルタイムで戦況を報告し続ける。

 

 ネオンは混乱するどころか、HPががっつり減るのがスピリタスとメギドに絞られたことで回復テーブルは非常に安定。落ち着いてバフを回すこともできた。


 そして一番活躍していたのはノートだ。

 その場その場で様々な死霊を召喚。イレギュラーを即座に潰し、皆を的確に援護し、ヘイト管理をし、攻守ともに(死霊たちが)獅子奮迅の活躍をみせた。死霊の種類が増えたのもそうだが、ランク10になって増大したMPとメギドへ一切思考を割かずによくなったのが大きかった。

 今まではどうしてもヌコォがユリンと共に前衛~中衛的な動きをしなければならかったので、メギドはノートが運用するしかなかったのだ。

 それから解放されたノートはケラケラ笑いながらやけにテンション高めでガンガン進行していた。


「おっ、アレの事か?」


「そうそう、あれだよ。ユリンと見つけた奴だ」


 そうしてリーダーが絶好調なお陰で、予定より格段に速いペースで進んだ彼らはわずか15分で目的地に到着することができたのだった。




※ここでいう『カウンセラー』とは『この作品内の22世紀の架空のカウンセラー』であることをご了承ください。まかり間違っても『リアルの21世紀のカウンセラーの方々』と同一視しないでくださいね。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >>スモッグのごとく飛び回る胞子によるスリップダメージ。装備のほうは色々と加工を工夫したりネオンが付与魔術を使うことで装備の耐久値による問題は解決できた。 >>マスク代わりに例のピエ…
[気になる点]  やるだけならタダ。そう考えた彼らはマスク代わりに例のピエロマスクを装着。試しに森に入ってみれば、なんとスリップダメージは発生しなかったのだ。 ここに スリップダメージは発生しなか…
[一言] 21世紀のカウンセラー・臨床心理士も患者に感情移入してコワれる人が多いので概ね間違ってはいないと思います
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