No.439 地蔵
「各員通達。仮称エネルギードレインを受けている。スタミナと空腹値の管理に気を付けろ。特にこの白い氷とゾンビに触れるなよ。力を吸い取ってくる」
各メンバーより齎された情報を統合しノートの中で計算式が編まれていく。
空間認知の歪み。吸い取られるエネルギー。実体のないゾンビと増えるオブジェクト。消えた女王。
JKが玉座に突撃したが障壁同士が激突したような閃光が弾けてJKの鈍重な体が浮くほどの衝撃が発生する。
青の女王の暗示に関してはノートは既に見当が付いている。青の女王単体ならばもう少し時間がかかったかもしれないが赤の女王と照らし合わせれば予測ができる。消えた情報から如何にダメージを与えればいいか分かる。
「つまりこういう事なんじゃないか?《燃焦盲憤》」
実質スタミナ無限のアンデッドに自分を守らせながらノートは何もない自分の足元目掛けて火の特性を有した闇属性魔法を唐突に放つ。習得した時期はかなり前の魔法だがアグラット直伝の魔法だ。派生はせず熟練度だけが伸び続け今はそれなりの火力が出る。
いきなり地面に放たれた魔法は霜の張られた地面に飛び、魔法の当たった部分の霜が溶けて消えた、“様に見えた”。
「尻尾出したな。各員通達!女王の正体はこのフィールドを覆っている霜そのものだ!それとは別に本体の腕輪がどこかに隠れている!恐らく今は玉座だ!」
ノートはグレゴリと視界を共有しているためにほぼ正常な視界が見えている。ノートが見ている限り変異が始まって以降も部屋全体に異常は見受けられなかった。なのに全方向から氷の弾丸が飛んでくる。本体が透明になって動き回っているのかとも考えたが、ゴーストタイプなのかレクイエムの熱源関知でも引っかからず、グレゴリの探査も掻い潜っている。
なら発想を逆転する。見えていないのではない。見えているがそうと気づけていないだけなのだと。
赤の女王は杖が本体でありながら骸骨が本体であるように誤認させ続けていた。その傾向より青の女王の本体は玉座に腰かけていた死体ではなく腕輪であることは予想できている。
ゾンビや最初の死体もフェイク。腕輪の操る義体があると思い込ませるための罠だ。
「全員部屋中央右に対ショック体勢!ネオン、ブチかませ!」
「はい!」
「鎌鼬!」
「ええ」
ネオンは部屋に入る前から既にスタンバイしていた炎のビーム魔法を解き放つ。
同時に左に向けて鎌鼬が炎の魔法を込めた弾丸を左に向けて撃つ。
ネオンが手を向けた瞬間、既に霜は動き始めていた。女王にとってもネオンの魔法は当たったフリでやり過ごせるものではなかったのかなりふり構わずサーッと動いて逃げようとするが同時に鎌鼬が放った弾丸が女王が避ける間もなく着弾。炎の魔法で霜を焼く。体を部屋全体に薄く延ばすことでドレインも魔法も撃ち放題だが裏を返せば防御は薄くなっている。真面に弱点属性を受けて霜の動きが乱れネオンの魔法を避け損ねる。痛みに悶えるように部屋中の霜が波打ち、攻撃性をあらわにするようにパキパキという音を立てながら霜が氷の棘に変貌する。
「フーン、火かぁ~。せやったら試してみようか」
けれどノート達は既に氷属性の使用を予期していたので靴は対凍結用のスパイク靴だ。棘を平気で踏みつぶせる。
VM$は女王の正体を理解すると試しに赤い球体をインベトリから取り出して地面に放り投げた。床に落ちた球体がけたたましい音を立てながら割れると中から火が噴きだし、その中から燃える大きな蝶の様な物が幾つも飛び立った。
蝶は低空飛行しながら玉座に飛んでいくが動きが徐々に鈍くなり、小さくなり、玉座に辿り着く前にフッと消えてしまった。
「自意識の持ってへんもんは普通に使えるなぁ。せやけど生半可な火やと減衰してまうかもわからへん。一応低体温耐性のバフ貼り直しとくで」
「ナイスだVM$」
空間認知異常による移動制限にはある程度の規則性がある。
まず影響を受けるのは自意識を持つ存在だけあるという事。変異が始まった時点で居た場所が『初期位置』となり、その初期位置から視界が歪む。空間の距離を正しく測れなくなるが投擲物や魔法などは影響を受けない。空間の膨張はあくまで錯覚の様な物で距離自体は変わっていない。
ツナから見ればノートは遠く離れた位置にいるように見えるが、普段より少し多めのMP消費だけでツナの後ろに割り込みで死霊を召喚できた時点でノートは其れを確信していた。
そもそもノート達後衛組は少ししか空間認知異常の影響を感知できていないかった。心無しか部屋が大きくなったかな?くらいの感覚だ。しかし玉座に向かって移動を始めた瞬間に異常が始まる。扉から玉座に向けて移動し始めると一気に部屋が膨張し始める。いくら前に進もうとしても景色は変わらず、背後に見える空間が広がっていくのだ。
ノート視点では依然としてJK達の位置は最初からほぼ変わっていない。けれど後ろを見ればすぐ背後にあったはずの正面扉は随分遠くに見える。
つまり、玉座を中心に指数関数的に空間が拡張されているように見えるのだ。
その特性はツナの手前にいたユリンの視界から見抜ける。ユリンは大体部屋の中央にいたにも関わらずツナは最初とあまり変わらない位置にいて、ノート達はかなり後方に見えていたのだ。その更に手前にいたスピリタスとトン2もユリンは近くに見えるが、ノート達後衛が少し遠くに見える。
このボス戦は変異が始まった時点で居た場所で動きが指定される。
扉の手前に居たメンバーは進んだ瞬間から空間歪曲の影響を受けるので奥まで行こうとするとどんどん空間が広がって多くのスタミナを消費する。
中央より奥に既にいたプレイヤーはもっと奥へは進めるが、戻ろうとしても戻れない。
最奥に近い位置に居たプレイヤーはある程度自由度はあるが玉座から扉まで1/4くらいの位置から途端に進めなくなる。
初動が遅かったのは”敢えて”なのだ。
プレイヤー達は時間があるので完璧に隊列を組む余裕ができる。明らかに玉座の主がボスなのでボスの手前に前衛を置き、中衛がその後ろに立ち、後衛が部屋の外周をなぞるように展開する。
展開させたうえで位置を固定する事で前衛、中衛、後衛を分断するのだ。玉座に近いプレイヤーほど氷の弾丸の量は増えるので後衛が前衛と同じレベルで攻撃に晒されてしまう程鬼畜設計ではないモノの、どこからも飛んでくる氷の弾丸には後衛自ら対処しなければならない。一つ当たればスタミナを吸われ、空腹値がいつの間にかすり減る。だが、あまり動かない後衛ゆえに体の重さの異常に気付くのが遅れる。ALLFOはスタミナが減ると体にかかる重みを増すことで表現する。しかしそれは動かないと実感しにくいのだ。
あとは兵糧攻めにしてスタミナ切れ、飢餓、低体温症を併発させ動きを削ぎ、冷えた地蔵になって上手く避けられなくなったところで氷の弾丸をぶつけまくり殺しきる。ノート達はグレゴリの音声通話のお陰で状況を素早く報告しあえているが、本来であればそれすらもできない。動きたくても、体制を立て直したくてもできない事を各々報告できずにそのままやれるのがオチだ。嘲笑など単なるジャミングに過ぎないが、同時に行動描写を嘲笑に固定する事で他のメンバーが必死になって動こうとしているのを分からなくさせる。
それがこの悪辣なボスのコンセプトだ。
多くのプレイヤーを殺すのに多彩な技は要らない。
分断し、情報を断ち、すぐ近くから力を奪い取る。一撃で殺しきる超火力で殴るのではなく、まず動けなくしてから削り殺す。
ほぼ完璧な初見殺しのギミックボスだが、ノートはそれを初見で見抜いた。
が、見抜いただけだ。
まだまだこれからと地面に張った氷の針が波打った。
初見殺し系ギミックボス




