No.437 afraid
シャンフロ放送開始
女王が怪しげな行動を取っている間、ノート達も棒立ちだったわけではない。火属性を主体に女王の障壁を割れないか何とか試していた。
「われんばい!?」
「ツナちゃーん!下がってー!アブないよー!」
特に躍起になってツナは殴っていたが、障壁はビクともしない。実際は女王のMPリソースを削っているので無駄な攻撃ではないが目に見えて効果が出ないと人は不安になる物だ。
JKに促されてツナは再び後ろに下がる。非常に基本的なヒットアンドアウェイ戦法だ。
だが、ツナが後ろを振り向くとそこには地面に横たわる大量の人影があった。先程まではなかったはずの物で床が溢れている。直径20m程度だったはずのホールは既に100mにも感じる広さでノート達が遠くに見える。
遠くいるノート達からクスクスと笑い声が聞こえる。まるでツナを嘲笑するような笑みだ。
「What……?」
なぜ笑われているかツナにはわからない。一体何が起きているのか。ツナの頭の中が混乱に満ちる。嘲笑の声が更に大きくなる。いつの間にか床に這いずっていた物からも嗤い声が響く。微かに嫌な思い出が頭を過り―――――――後ろで衝撃が弾けた。高速でツナの背中に飛来した氷の弾丸を、割り込みで召喚された死霊がガードしていたが受け止めきれずにツナの背中に激突したのだ。
『大丈夫かツナ?何が起きてる?幻影だな?今グレゴリで音声を繋げてる。この声以外を信じるな』
ツナの脳に直接に響くようにノートの声が聞こえた。この意味不明な状況の中でも落ち着いた声で、それはツナを嘲笑するものではなくツナの憧れる冷静な司令塔の声だった。
『空間認知、音などに異常が発生している。各員兄さんの指示によく耳を澄ませて。話したい時は最小限に。レクイエムの音声通話使用不可。グレゴリの音声通話は糸電話式の一方通行なので気を付けて』
続けて副指令のヌコォより補足が入る。
離脱すべきか、攻撃をすべきか。ツナは迷いサーフボードのジェットの威力を上げてなんとか衝撃を殺しつつ女王の方に目を向けるがそこに女王は既にいない。そこには双頭の蛇の様な奇妙な生き物の像があるだけだった。
「消えちゃった!?」
辺りをキョロキョロしていると背後より何かが飛来する気配がして無詠唱で召喚したブレードタイプ(フレイムエンチャントVer)のサメを振り抜く。サメと飛来物が激突して飛来物が壊れる。飛来物は真っ白な氷だった。
何か良くない事が起きてる。詳しいことは分からないが本質的な事を理解したツナは一旦皆の元に戻ろうとするが、近づこうとするほど逆に距離が遠くなる。初めての経験にツナはパニックになりそうになるが体だけはその状況でも動く。飛来してくる氷を次々と反射で弾く。周囲では地面に散らばっていたヘドロの中から嘲笑をし続ける黒いヘドロのゾンビの様な物が立ち上がりツナに手を伸ばし始めたが、ツナは全てを避けて切り裂く。
「あれ?」
けれど手ごたえが薄い。見た目はゾンビ系だがまるでゴースト系を攻撃したような手ごたえの無さがある。
『ツナ、何が起きてる?』
「ぞ、ゾンビ!黒いゾンビが地面の汚いのからね!えっと、みんなの声が聞こえなくて、遠くて、あっ、女王がいなくてね、氷がとんできて!えっと、えっと、戻りたくてもどんどん遠くなっちゃうってね!あとなんか寒い!」
『なんとなく分かった。下手に動くなよ。恐らく距離は見えている程開いているわけではない。ゾンビとやらも幻覚に近い。俺がフォローを入れるから暫くそこで耐えてくれ』
「わかった!」
『重要な報告をありがとな。何か困ったことがあればいつでも頼れ』
「うん!」
攻撃を迎撃している辛い状況の中でも、それでもなんとかツナなりに説明をしようとする。
それは頭の中に浮かんだ情報をそのまま次々と出力したような要領を得ない説明だがそれでもノートは自分が見ている物とツナの性格と状況から何が言いたいか察する。
戦闘中に受ける報告に100%をノートは求めていない。粗や間違いがあっても不思議な事ではない。人間の脳はマルチタスクに向けて設計されていない。戦闘している中でも自分の見た物を報告できるだけマシだ。あとは情報を貰った側が推理し生きた情報を作るのだ。
しかし指揮官を務めるプレイヤーの何人がこのレベルにまで至れるか。
ツナはALLFOが初めてのゲームではない。ここまで本格的なMMOは初めてだが、オンライン要素のあるゲームには触れてきている。けれど『お前は何が言いたいのかわからない』と怒られることが少なくない数あった。それはリアルでもだ。自分なりになんとか伝えようとしているのだが、むしろ聞いている側の顔が逆に曇っていく。だがノートはツナの性格を理解した上で全部動いているので一々目くじらを立てない。下手に怒るとパフォーマンスが大きく下がるタイプのプレイヤーだと理解しているので逆に褒めて燃料を与える。
体は寒い。だが心が燃えている。カッと目を見開き次々と飛んでくる攻撃をいなす。テンションが上がれば上がるほどツナの動きはキレが増していく。喜びがツナに大きな力を与える。
ツナというプレイヤーは大きな才能を持ちながらもその才能を上手く発揮させる事が出来ていないプレイヤーだった。単体でも強いが誰かと組んだ方が強いプレイヤーなのだが、他の人の手を借りるのが下手だった。自分では頑張っていても周囲の人を怒らせてしまう。なまじ才能があるだけ完全に無視も出来ず集団から浮く。察しの良いタイプではないがツナも皆から距離を置かれたり遠巻きに笑わられたりすれば流石に自分が浮いている事はわかる。それでもくじけない明るさがあったが、悲しい物は悲しい。
だから何事も負けない強さに憧れていた。何かをキラキラした物を掴みたかった。
故にその映像はツナにとって衝撃だった。たった10にも満たない手勢が万単位の敵を一方的に殲滅していくのだ。『チート戦線』或いは『決闘騒動』と呼ばれたその事件は日本だけの出来事だったが、規模の大きさが半端ではなかったのでGoldenPear社の公式ALLFOニュース用のサイトでも取り上げられた。瞬く間に再生数は激増し多くのプレイヤーがその存在を広く認知した。
彼らは間違いなくあの場では悪を超越した存在だった。善と悪、両方を悉く粉砕し自分以外の全てを倒した。
ツナをそれ見て「かっこいい!」と強く憧れた。
何者にも負けない力。組織的に動く彼らの鮮やかな動き。無言の殺戮部隊。幼少期から妙にスパイアクションが好きだったツナにはドストライクだった。ピーチクパーチク煩いし落ち着きのないアンタにスパイなんか、周囲からそう笑われてきたが好きな物は好きなのだ。
けど、もし彼らの仲間に為れたらそんな自分でも何か変われるのかな。ツナはそんな思いを捨てられなかった。
特別な存在になりたい。それは思春期特有の漠然とした望みだ。その渇きは大人になっても完全に消えることはない。やっていることはPKでもツナはアサイラムに希望を見いだした。
その希望がいきなり目の前に現れた。
実際にアサイラムに出会えた時のツナの心情はかつてないほどにワクワクしていた。
圧倒的な力。張り詰める空気。冷徹な思考。全てのスケールが自分の予想を超えていた。
ただ、想像と違ったのはアサイラムは特殊作戦部隊の様に殺伐とした空気を纏う団体というより、本当によくある仲間内のグループだった。なんだったら通常の攻略組クランよりもノリは軽い。
何か厳格なルールがあるわけでもなく、リアルでのやり取りを強制されているわけでもなく、予定を皆でボードに書き込みスケジュールを大まかに共有して、足りないものがあればその時空いてる人たちで取りに行き、その日の予定ですらも来たメンバーでそれとなく決めて。イベントだからといって全員連日強制参加でもなく、リアルの事情でこれないだの友達と遊ぶから今日は休むだのという理由で普通に休める。そもそもできる事をやってるだけでトップを目指しているわけでもない。
メンバーの正体やメンバー同士の関係性についてそれとなく聞かされた時は驚いたが、それ以外は思ったより普通のノリのクランというのがアサイラムという存在だった。
なにより居心地が良かった。リーダーのノートは厳しく冷徹なようだが身内には優しい。何か困ったことがないか聞いてくれるし相談にも乗ってくれる。ノートが皆に周知している『ゲームだから楽しんで当たり前』『苦しむぐらいならやり方を変えてみろ』『リアルも尊重しろ』という心意気はツナにとって目から鱗だった。
実力はトップ層でも申し分ないが自由に伸び伸び遊びたいツナはトップ層から誘われても結局色々と強制させるとついて行けなくなってしまう。シフトが固定され、やる事を強制され、派閥争いで右往左往し、ドロップ権で揉める。オンラインゲームでトップを目指せばある程度何かを犠牲にしなければいけない。そんなイメージがアサイラムにはなかった。
変な人も多いけど自分の事を色々と構ってくれるし、リーダーは優しいし沢山褒めてくれる。話していて楽しい。自分が色々と話をしても顔を顰めたりせずに聞いてくれる。理解してくれる。
ツナはノートの事を内心では既に亡くなってしまった自分の曽祖父に似ているように感じていた。
自分にとってそれはあまりに過ごしやすい空気で、夢ではないかと疑ってしまうほどに楽しい。理想的過ぎて騙されているのではないかと微かに考えてしまうほどに。故に嘲笑を聞いて一抹の不安が過ってしまった。怖かった。
それでも声が聞こえたことで安心ができた。いつものノートの落ち着いた声が聞こえただけで冷静になれた。
遠くに見えるけど仲間は確かにいるのだ。恐れることは何もない。
『楽しめ、限界まで。色々と試していいぞ。何かあっても俺がフォローする』
召喚の運用について相談し、ノートから色々と勧められて頭がパンクしそうになった時にノートは笑いながらツナにそう言った。
分からない事があってもいい。失敗してもいい。ここはゲームだから、ちょっと危ない事にも挑戦できる世界だから。ビルドや運用について悩むことも含めて楽しむ。楽しんだ先にまた新しい楽しさがある。
やりたいように。自由に。枷を取り払って思いつくままに。
胸が高鳴り、世界がキラキラし始める。目も耳も良く聞こえる。思考が研ぎ澄まされていく。
飛来する攻撃を勘で避ける。
何故そんな事が出来るのか。そう聞かれてもツナも上手く説明できない。
勘で避けるな。そう注意された事もある。
だが数々の突き抜けた才能の持ち主を見てきたノートはツナの理論とも言えない回避理論に理解を示した。
黒いゾンビたちと鬼ごっこしながら白い氷を砕く。周囲ではサメが自動迎撃ドローンの様に旋回する。動けば動けばステップは洗練されツナは避けタンクとして機能し始める。
「I am not afraid of anything anymore!」
ティ⬜︎・フィナーレ!




