No.425 八尺
正面扉の先に広がっていたのはダンスホール。
刑務所擬きでは沢山の牢があったがこちらでは華美な装飾が満ちている。そしてその華美な装飾に見劣りしない衣装をかつては身に着けていたと思われるアンデッド達が一斉に新たな参加者の方に視線を向けた。
だが、そこにいたのはアンデッドが一匹だけ。あまりにも場違いな存在だ。代わりにその上には煌々と周囲を照らす白く発光する球体が在った。無感情に白い球体を見上げた貴族のアンデッド達。その球体が外で途轍もない破壊を解き放った事を知る者は誰もいない。いたとしてもどう耐えられるというのか。
カッと白い光がホール中を照らし全てを吹き飛ばす。豪華なオブジェクト全てを木っ端微塵にし強烈な熱に晒されて燃え上がり金属は軽く融解する。それはとある初期限定特典を“悪用”した破壊。これは本来このような使い方をする物ではないのだが、それもノートは利用する。破壊力という観点だけで言えばネオンの最大火力にも匹敵するその一撃を利用した先制攻撃はボスたちであろうとも貫通する威力があった。
続けて真っ先にパーティー会場に入ったのは熱で紅に輝くガラスの靴を履きドレスを身に纏うサクセスストーリーの代名詞でもある姫君。エロマは豪奢なカボチャの馬車に乗り大胆にパーティー会場に突撃する。
この高熱を発するガラスの靴は最近エロマが使い方を覚えたことで戦闘に用いられるようになった技術だ。
それは「熱した靴って白雪姫の方の伝承だったような?」という多くのリアル知識を持つネオンのつぶやきから始まった。
それはどういうことかとネオンの話を聞き違和感を感じたノートはエロマの【ガラスの靴】について調べた。そして一つ結論が出た。【ガラスの靴】はシンデレラ系統のストーリーを踏襲しつつも同時に『灰』の要素に着目し、その『灰』ととある要素を持つエロマの【種族】を生かす為の初期限定特典なのだと。もう少し簡単に言えば、〖ガラスの靴〗は二つの伝承を混ぜたような不思議な初期限定特典だった。
最初はどういう事かノートも首を傾げたのだが、冷静に考えてみると『ネクロノミコン』などの初期限定特典もモデルとなるものは簡単にわかるが、史実のそれに忠実化と言われればNOだ。『部分的に参考にしている』というのが正解だろう。初期限定特典の名に『シンデレラ』ではなく『ガラスの靴』を定めた辺りノートは開発側が理解してやっているように感じた。
問題はそれをエロマが理解していなかった事。故にエロマに特性を説明するとともに幾つか実験したところ、エロマは『通常戦闘モード』でも強力な炎を扱えるようになった。高熱による自傷ダメージというコストはかかるが、そこは自動HP回復とドレインと種族特性で踏み倒せるようになっている。
それに続くように半人半蠍の狂戦士が大声で叫びながら突撃し、同時にブブブブブブブブという奇妙な音を響かせながら青いナニカが突撃する。目立つのはオレンジのボディ。角の様に生えギザギザの刃が高速で振動する様は一瞬チェーンソーにも見間違えそうになる。
「FOOOOOO!!カチコミじゃーーーーー!!」
可愛らしさという点では大きな違いがあったが、一度戦闘を開始すれば無軌道に暴れ回るその様は正に狂戦士。メギドとツナの狂戦士コンビがダウンを取られたボスたちに容赦なく斬りかかり追撃をする。
「歌え」
それに少し遅れてアサイラム本隊が突撃を開始する。
ノートの命令と共にパーティー会場に相応しい華美なコーラスが響く。分身したレクイエムの多重コーラスだ。その歌はアサイラムのメンバーに多くのバフを齎す。ノートが召喚した死霊とVM$の用意した使い魔たちが一つの軍団を形成し瞬く間に散会し貴族アンデッド達を襲う。
「作戦タイプC右!各個集中撃破だ!」
切込み組以外のメンバーがまず戦闘を仕掛けたのは右手前で立ち上がろうとしていたアンデッド。
4mという異様に長い長身。それに劣らぬ長い黒髪。身長に対して体は人間の平均よりも細い。真紅のワンピースドレスに羽と花で飾りたてた華美なつば広の帽子、ゲインズバラ・ハットで顔を隠しておりミステリアスな雰囲気だ。
西洋版八尺様。そんな下らない単語がノートの脳裏に過る。ただ日本のオカルトとして有名な八尺様と違って腕がない。脚はまるで針の様に殊更細い。その細い脚の先にはブレードを複数枚取り付けた靴が在った。
そんな奇妙な存在に鎌鼬が狙撃を行う。全長からしたらあまりに小さな頭部に向けての的確な一撃。ここで仕留めてやると言わんばかりの殺意に満ち溢れた一発だ。
しかしその弾丸が防がれる。弾丸があたる直前にカットインした扇の様な何かが弾丸を握りつぶしていた。
何処からか現れた扇はキリキリと音を立てながら動く。扇面がばらけて回転しブレードの様な指になる。いや、それを指と形容できるかは意見が分かれるだろう。22本の指が円状に広がりアームの様に成る。それは指をつけすぎたUFOキャッチャーのアームの様でもあった。このアームがあればどんなものでも掴めるだろう。アーム状に変形した手の直径は凡そ1m。細身の体に対してあまりに大きな手。そんな手が二つ。鎌鼬の不意打ちの狙撃すら止める驚異的な反射神経を持つ独立した手。
だがそこで追撃は終わらない。ケバプが放った矢が続けて西洋版八尺様に到達する。これを再びブレードハンドが握りつぶすが同時に風の魔法により手が揺らめく。その隙に鎌鼬は即座に再度射撃。ブレードの間を抜いて狙撃を仕掛けるがもう一つの手が素早くカットインして防ぐ。
ノートが試しに魔法を放ってみるがこれもブレードで薙ぎ払われる。
ノートは死霊を操り物量で攻めてみるが西洋版八尺様がコンパスの様に片足を地面に刺しフィギュアスケートの様に回転すると脚のブレードが高速回転し近づいた死霊達をバラバラに切り裂いた。
「ははは、強いな」
性能、反応スピードからしてボスクラスでも十分なスペックとビジュアル。しかしこのボス一体だけならまだしもこれと同等クラスが後20体以上いる。ここはそういう場所だ。真正面から戦いを挑むべき場所ではない。そうわかっていてノート達は敢えて突撃した。
「(乗り越えるなと言われた高い壁程乗り越えたくなるもんだ)」
いつもはハードルを超えろと言われても脇に避けたり潜ったりと真面に超えようとしないノートだが、逆に「この壁は超えられることを想定していないだろうな」という壁を見ると逆に乗り越えてみたくなる。
人の限界はどこにあるのか。
年を取れば色々な物は当然劣化するだろう。しかしVRは人間の才能を可能な限り延命してくれる。才能の先を魅せてくれる。高い壁に皆で挑んだ時に限りなく限界に近いモノが見れる。いくら模擬戦を重ねても実戦には届かない実戦の中で見いだされる本物の強さがこの架空の世界の中にはある。
JKの時はシナリオボスという調整に非常に適した高い壁があった。アレはプレイヤーが乗り越えられる限界の壁を用意してくれるので自然と皆は死闘をする事になる。本来発揮されない非常電源までフル活用で各々の限界に挑みお互いを理解する。
熱した鉄を叩いて不純物を散らすように、アサイラムという金属は新たな金属を混ぜて今熱している最中だ。いずれは熱は冷めて固まっていく。どう固まるかは馴染み切っていないこの期間に決まる。故に強いストレスをかけて各々の底をさらけ出させる。不純物を、雑念を減らして、純粋な『戦闘』の要素を研ぎ澄ます。
ノートは新メンバーを含めた『アサイラム』というクセの強い合金を鍛造する場にこの屋敷を選んだ。
「細い女には攻撃をズラして当てるな。一定距離内で確実にガードされる。必要なのは飽和攻撃だ。遠距離攻撃を同時に10秒後くらいに叩き込む。できるだけスピードの出せる攻撃を出せ。グレゴリ、カウントダウン。俺が死霊を突撃させた直後に攻撃をしろ」
そんなストレスの環境で一番研ぎ澄まされる男こそがノートだ。
ノートはたった数度の攻撃で西洋版八尺様の攻略方法を考えつく。
西洋八尺様への攻撃は彼女から一定ラインを超えた瞬間にガードされている。例外があるとすれば狙撃銃の攻撃。あれだけは顔にあたるギリギリで止めている。アームのガードは自動防御の様だが結界的な物ではない。物理的に止めているからあまりに速い攻撃はガードが遅れている。一方でノートの魔法などは一定ラインで全て止まっている。それが彼女の最大リーチ。彼女の動体視力と反射神経は狙撃銃に反応できるレベルなので魔法などは遅く感じるのだろう。
加えてブレードハンドの数が二つしかないという点に関しても一応ヒントにはなり得る。
消えた腕。代わりにある二つの手。文字通りブレードハンドは彼女の二つの手。ブレードハンドの動き方からしてアレは西洋版八尺様から完全に独立した存在ではない。
無敵に思える攻防一体の西洋版八尺様だが、顔以外は焼け焦げた痕がある。ブレードハンドに焦げた様子があるので恐らく彼女は最初の爆発で熱波が顔面に到達する前にガードしたのだ。それでも全てを防げていないということは無敵ではない。ネオンが居ればもっと早く決着しただろうがない物ねだりだ。
ノートは召喚した死霊達にとあるアイテムを持たせて用意を整え、一気に死霊達を突撃させる。
死を恐れぬ死霊達の突撃。一部の死霊達は爆弾を投擲するが全てが足のブレードで切り裂かれる。その調子で突っ込んできた他の死霊も攻撃するがその死霊達は自爆型。脚にダメージが走る。続けて防御特化の死霊が突っ込んできてブレードの動きが遅れる。海由来の粘着質なボディのアンデッドだ。粘液を完全には切裂けない。
続けて本命の死霊達が突撃する。黒い武骨な箱を持ったゾンビ達だ。10人のゾンビが少しずつタイミングをずらして動く。脚のブレードの動きが反応するが数が多いために同時に倒せずブレードハンドも動く。が、彼らが彼女のリーチ圏内に入るよりも先にゾンビはギリギリで立ち止まり代わりに抱えていた箱を投げた。彼女は止まらずにその箱を一気に破壊する。箱から飛び出たのは粘液状の大量の糸。アテナが作ったトラップボックスに詰められた糸がブレードだけでなく炸裂し本体にまで張り付く。
「今!」
命綱であるブレードを汚すような策に怒るように彼女はブレードを振り回し邪魔な粘糸を引き千切る。その隙を突くようにノートが攻撃を指示し弾丸と矢と魔法が彼女に殺到する。不快な笑顔のテクスチャが張られる。それでも彼女はなんとかガードするが、ゴロリと首が落ちた。
「いい子だザバニヤ」
ノートが合図を出したのはアサイラムのメンバーではない。テレパシーの指示で命を受けて天井に張り付いて潜伏し大鎌抜刀の準備をしていたザバニヤだ。天井を蹴ってすさまじい勢いで上から突っ込んできたザバニヤの一閃により西洋版八尺様は首を断たれた。
西洋版八尺様はその背の高さでスピード戦に的したボディでガードとカウンターに長ける。ノート達が攻撃を仕掛ければ自然と見上げる形になり、西洋版八尺様は見下ろす形になる。視線は完全に下に固定される。それがこの西洋版八尺様の弱点。上からの攻撃に鈍い。といってもそもそも上からの攻撃手段をプレイヤーが持つことは珍しいので問題ないのだが、ザバニヤの前ではその隙は致命的だった。
「一体撃破。次」
僅か30秒でHP以外はボス扱いでもいい西洋版八尺様を仕留めたノート達は次のアンデッドに取りかかった。




